術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話   作:三流木青二斎

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第17話

 

グツグツと煮込む音、早朝の四時頃から九重花は調理をしていた。

それは朝食ではない、弁当のおかずだ。

その内容の殆どは男子が好みそうな肉類が多く、家庭的な味を引き出す煮物もあり、冷凍食品など使わず全てが手料理だった。

テキパキと動く彼女に対して。

 

「んあ……」

「何してんすか」

 

彼女の護衛兼監視役である花天禱がそれを見て言った。

 

「おは、ようご、ざいます」

「花天、さん、私は、今」

「お弁当を、作っており、ます」

 

見れば分かる。

しかしその弁当の箱は三つあった。

何時もの彼女は一人分しか作らない。

彼女の手料理は、彼女の為だけに振るわれる。

 

「……あー、つまり」

「八峡の分すか」

 

弁当箱を見て彼女はそう言う。

九重花は花天の問いに頷いて弁当箱にひじきを詰め込んでいた。

 

「私は、八峡さま、に」

「もっと、喜んで、頂きた、く」

「私に、出来る、事を」

「八峡、さまが、喜んでくれる、事を」

「したい、ので、す」

 

八峡義弥に林檎を食べさせてから。

より一層、八峡義弥に献身的になっている。

彼女は八峡義弥の事を考えるのが、想うのが、想像するのが楽しみだった。

八峡義弥が、手料理を食べてくれるのなら想像を超えた喜びを受ける事になるだろう。

 

「(はー……八峡に料理すか)」

「(あいつ、手作り弁当を渡しても「あ、おれ菓子パンあるから」って、断りそうな気がしますけどねぇ)」

 

性格の悪い花天は彼女が曇る事を考えている合間に九重花久遠はお弁当箱を完成させる。

 

「出来ま、した」

「お弁、当、三つ」

 

彼女は弁当の上に蓋を置いて熱気を冷ましていく。

そこで花天が弁当箱が三つある事に気が付いた。

一つは九重花久遠、もう一つは八峡義弥、これは確定的だがもう一つは誰のなのか? 

 

「あの、花天、さん」

「もし、よろし、けれ、ば」

「お弁当、食べては、いただけ、ませんか?」

 

「え? 私すか?」

 

九重花久遠が八峡義弥の為だけではなく。

花天禱の為に作ってくれた事に驚きを隠せないでいた。

 

「はい、日頃の、お礼、と言います、か」

「私を、九重花久遠を、助けてくれる」

「花天さんに、感謝を、込めて」

 

花天禱はマジマジと弁当を眺める。

誰かが自分の為に料理を作ってくれるなど今まで無かったから新鮮だ。

 

「ま、まあ」

「要らないって言っても」

「お弁当が勿体ないすからね」

「頂きますよ」

 

花天禱は表情を崩さず、いつも通りの様子で言う。

九重花久遠は受け取ってくれると聞いて嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「(……この弁当を目の前で落としたら)」

「(良い顔しそうすね……まあしませんけど)」

 

今日ばかりは彼女は主を曇らせる真似は控えるのだった。

 

 

昼前。

校舎を全力で疾走、階段を昇って屋上を目指す。

地面を蹴る脚は鈍みを増していく。

肺は膨張と縮小を繰り返す。

呼吸を行う度に喉から血の味がする。

最初に屋上にたどり着いたのは永犬丸統志郎だった。

 

「かっ……はっ……」

 

屋上に到着すると同時に深く深呼吸をして息を零す。

永犬丸統志郎は疲労の表情を見せながらもその体が発汗している様子はない。

ゆっくりと歩いて、屋上に展開された簡易テーブルへと向かうと。

 

「はいトシくん」

「お疲れ様っ」

 

「ん」

「ありがとう巧姫」

 

そう言ってクラスメイトの葦北静月が、バケツ一杯の氷の中で冷やすスポーツ飲料を永犬丸に渡した。

 

「一着は永犬丸……っと」

 

その隣で男装している思川百合千代が記録する。

本日は合同訓練だった第93期生の三分の二が参加している。

 

「とうちゃーく」

 

永犬丸に次いで到着したのは猿鳴形。

彼は肉体が絡繰である為に疲れを感じる事は無かった。

 

「お疲れ様ー、はいドリンク」

 

「……猿鳴二着、後は……」

 

ノートを確認する。

永犬丸統志郎。

猿鳴形。

この二人以外にあと二人だけ参加している。

一人は言わずもがな八峡義弥、そしてもう一人なのだが意外な事に。

 

「シャァオラァア! 屋上じゃァ!」

 

汗だくになりながら八峡義弥が三着になるとその後に続いて。

 

「チッ!」

 

東院一が汗を流して到着する。

基本的に孤独を好む東院だが前回の討伐戦を反省して訓練に勤しむ事にしていた。

合同訓練に参加する事を条件に動く標的の役目を八峡たちに手伝って貰うらしい。

 

「おい葦北ァ、水ゥ!」

 

「はいはいっ……よっと」

 

葦北静月が八峡義弥に向けて飲料水を投げる。

東院一は黙ったまま葦北静月に近づくと、バケツを握って頭から被る。

 

「ちょッナガくんっ」

「水飛沫飛んで来てるんだけどっ」

 

「知るか」

 

東院は何時もの通りぶっきらぼうな態度を取るが。

 

「しゃあねぇよ葦北」

「ビリだからキレてんだコイツ」

 

八峡義弥は東院一を煽る。

それに聞き捨てならない東院は。

 

「なんだと?」

 

「あー、悪い悪い」

「ついお前に勝てるモンがあったから」

「つい煽る様な事言っちまったわ」

「悪いな東院ちゃん、いやビリちゃん」

 

にやにやと腹立たしい笑みを浮かべてからかう。

 

「貴様ァ!」

 

汗ばんだ八峡義弥の胸倉を掴む東院。

 

「んだこらボンボンお坊ちゃんがよォ!」

「悔しかったら俺を越して見ろやぁ!」

 

「上等だ下に降りろ貴様ァ!」

 

八峡義弥に勝てなかった悔しさ。

それと汗の不快感で苛立ちが強い。

そんな二人を見て思川百合千代は。

 

「(八峡は僅差で三着なのになんであんなに煽れるのだろうか……)」

 

次走ったら順位が逆転する可能性があるのだが。

八峡義弥はこの一瞬を煽る事だけに費やすのだった。

 

 

 

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