術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話 作:三流木青二斎
…壊れた八峡義弥の携帯電話にメールが届く。
『八峡さま』
彼女から、九重花久遠からのメール。
『先程のめぇるは一体』
八峡義弥から送られた『もう会わない』と書かれたメールの審議を確かめるべく九重花久遠は必死になってメールを送り続ける。
『なんなのでしょうか』
メールを送る。
『もうあってはくれないのでしょうか?』
届いてくれると信じて送り続ける。
『返事を下さると嬉しいです』
しかし、メールは来ない。
『八峡さま』
八峡義弥からの返事は来ない。
『返事を下さい』
何度も何度も彼女は祈る様に。
『お願いします』
メールを送り続けていく。
『私は八峡さまと』
不安が滲み出す。
『お話がしたいです』
悲哀を覚えながらメールを続ける。
『八峡さま』
彼の名前を送り続ける。
『お話を』
止む事無く延々と。
『してください』
彼の声を欲する。
『苦しいのです』
一方通行の苦しみに悶える。
『あの様な内容は』
その内容は世界の終わりで。
『私の胸が』
微かな希望であった筈の繋がりは。
『潰されるようで』
断ち切れて、絶望の底へと落ちていく。
『苦しいのです』
暗闇の底で。
『お願いします』
誰にも悟られずに。
『一言でも良いのです』
彼女は涙を流した。
『八峡さま』
八峡義弥と言う希望は潰えた。
『私のめーるを見て下さい』
それでも彼女はそれを求める。
『話をして下さい』
ただ逢いたい。
『それが出来るのなら』
八峡義弥と繋がっていたい。
『私は何も必要としません』
それ以外は何も要らないから。
『この様な終わりは嫌なのです』
その細やかな幸せを掴んでいたい。
『どうか八峡さま』
それを願う事すら叶わない。
『八峡さま』
それが彼女の運命であるからだ。
『八峡さま』
……。
カチ、カチカチ。
暗い部屋の中でメールを打つ音だけが聞こえて来る。
外に出た時の着物を着用したまま。
九重花久遠は自室で横になって、薄暗いモニターの光を見続ける。
送り続けたメールには彼からの返信は一切ない。
「(……いえ、分かって、いま、す)」
「(八峡さまと、共に、居れば、危険な目に、及んで、しま、う)」
「(それは、心の、底では、理解し、てまし、た)」
「(八峡さま、が、会うの、は止、めようと、言う、のな、ら、そ、の通り、にす、るのが八峡さま、の為)」
「(けれど……でも、私は、それでも逢いたい……私は、八峡、さまに……)」
心中では察している。
その願いは自分の我がままであり。
他人に迷惑を及ぼしてしまう事であると。
それでも九重花久遠は八峡義弥を求めた。
彼女は聖人などでは無い。
これまでの人生、彼女は自分の意志を抑えて来た。
他人の為に自分が犠牲にする道を選んだ。
その道しか知らなかった。
だから、別の道があるのだと理解すれば彼女は自然と、其方へと向かってしまう。
彼女は聖女ではない、ただの少女だ、苦しい道から逃れようとする事は、それは果たして悪と定義するのだろうか?
しかし。
九重花久遠に対する救いの文字は何処にも無い。
薄暗いモニターを見続ける彼女に八峡義弥からの返事は来なかった。
翌日。
気怠い表情を浮かべる八峡義弥。
「くそ、あいつ」
「俺のケータイ折りやがって……」
「直せるのか、こりゃ……」
八峡義弥は折れた携帯電話を握って部屋から出ていく、今日はケータイショップに行く様子だ。
「あ、八峡さんっ」
階段を下りていると、食堂からひょっこりと顔を出す祝子川夜々が居た。
「あー、どうも」
八峡義弥は祝子川夜々に対して軽く会釈をする。
特に用事が無い為にその場から立ち去ろうとするが祝子川夜々は少し、眉を顰めながら八峡義弥に声を掛けた。
「あの、あのっ」
何やら不安そうな表情で八峡義弥はそんな彼女の表情を読み取って近づく。
「あん?どうしたんですか?」
祝子川夜々は寮前の玄関口を見ると。
「あのですねっ」
「寮の前に教師さんが居るのですがっ」
教師?と八峡義弥は首を傾げる。
駕与丁教師や贄波教師がこのあさがお寮にやって来る可能性は低い。
なら一体、誰が来ているのだろうか。
「はあ、教師っすか」
「何か、悪い事でもあったのでしょうかっ?」
「分かんねぇすけど」
「まあ後で聞いときますよ」
八峡義弥は携帯電話を修復する事しか頭に無かった。
祝子川夜々との会話を切り上げて足早に廊下を駆けていく。
(久遠がメールしてるかも知れねぇし)
(早いとこ、直さねぇとな)
考えながら寮を飛び出すと其処にはホストの様な恰好をした金髪の教師が立っている。
「よォ」
「お前、八峡義弥か」
その教師の姿を見る八峡義弥は。
「八峡っすけど」
「えーっと……誰でしたっけ……」
「鬼籠深禪だ」
「学園に居ないから」
「早々と会う事は無いけどな」
学園に居ない教師が、八峡義弥に何の用事があると言うのだろうか。
「学園長がお呼びだ」
「付いてきて貰うぜ」
懐から紙煙草を取り出して空中から火が点ると、煙草に火が点いた。
「あ?学園長がすか?」
「(学園長って)」
「(俺、会った事ねぇわ)」
一体何の用事が気になるが八峡義弥は一先ず。
「すんません」
「俺、今急いでるんで」
「その用事はそれが終わった後って事で」
その場から立ち去ろうとする八峡義弥。
鬼籠深禪は手を振り上げると八峡義弥の体は硬直する。
「(ッ、だコレッ)」
「(体が、動かねぇッ)」
まるで巨大な掌に鷲掴みされている様な圧迫感が八峡義弥を苦しめる。
涼しい顔をした鬼籠深禪は紫煙を吐くと。
「悪いが」
「その私用はまた今度だ」
「付いてきて貰うぜ」
「え、ちょ」
「(このままっ!?)」
そのまま鬼籠深禪は八峡義弥を浮遊させた状態で学園長私室へと向かう。
それはさながら、捕縛された泥棒と警官の様な様だった。