術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話 作:三流木青二斎
到着する前に八峡義弥は一通りの資料を確認する。
ざら、と資料を読み終えた後、八峡義弥は溜息と共に呟いた。
「蛭の厭穢、ねぇ」
蛭の厭穢。
吸血を行う怪物であり、山に来る人間を襲い、吸い殺したらしい。
現在は、建物に潜伏しているのだとか。
車が動く、そして建物近くに停車する。
現場に到着すると既に辺りは暗かった。
「(あー、なんつぅか)」
「(やりたくねぇ…………)」
八峡義弥は溜息を吐きながら廃墟を見る。
其処は古い学校だった。
既に廃校となっているらしく、建物だけが其処に突っ立っている。
その光景を見るだけで、八峡義弥は胃袋が震えて吐き出しそうになる。
「(漂う瘴気が恐怖を煽らせて来やがる)」
厭穢の瘴気だ。
まだ姿も見えていないが、この濃い瘴気からしてかなりの実力を持つ事が分かる。
「……就いたか」
「では……始めるか」
車の中で眠っていた東院が運転座席から出て行く。
校舎へと向けて歩き、東院一が仕事を始めようとしてそしてふと、東院は後ろを振り向いた。
八峡義弥は警戒していて、両手を構えていた。
「……何をしている、貴様?」
「いや、俺を殺すかと思って」
何を馬鹿な事を、東院一はその様な目で八峡義弥を見る。
「あと、俺は校舎には入らねぇぞ」
「ご指名だからと言って」
「俺は不本意で来たんだからなッ」
牙を剥いて威嚇をする八峡義弥に心底呆れた顔をする東院は。
「阿呆か貴様」
「……まあいい」
「俺の仕事を邪魔しないのなら」
「其処で見ていろ」
それだけ残して東院一は結界師と共に廃校へと足を踏み入れる。
意外にもあっさりと会話を断ち切る東院に。
「あ?」
「(やけに簡単に引いてくるな……)」
「(東院はマジで関係ない?)」
「(いや、そう油断させておいて)」
「(俺を殺すつもりかっ)」
油断してはならない。
八峡義弥は気を引き締めて臨戦態勢を強める。
しかし十分、ニ十分と経過するが、何も音も無く静かに時間は進んだ。
「(……遅いな)」
「(東院の奴)」
今回の蛭の厭穢は近年に誕生した比較的若い厭穢である為に幽世が展開されている可能性が低い。
廃校を拠点とする蛭の厭穢を倒すだけで良いのだが、かなりの時間を消費していた。
「(マジ、何してんだよアイツ)」
そう考えながら。
車から少し離れた直後、八峡義弥は身の毛がよだつ様な鋭い殺意を感じて感覚的に体を後退させた。
闇から現れる刃物、掠めて服を切りつけながらも八峡義弥はその攻撃を回避する。
「てめぇッ誰だッ!」
八峡義弥は叫ぶと、闇の先からひょっとこ面を被る着物の男性が現れた。
その手に持つのは恐らく士柄武物の刃物。
神胤が循環し洞孔を駆け巡る、瞬間的な速度を手に入れる男は八峡義弥に向けて刃物を突き付ける。
「ッ」
「(腹部ッ)」
一瞬の認識。
八峡義弥はその刃物が自らの腹部を刺そうとしている。
ならば八峡義弥は体を後退させる。
足を地面から離して後ろ向きに倒れる様にして八峡義弥の腹部を刺そうとする。
その士柄武物に向けて蹴りを繰り出す。
「ッオラァ!」
瞬時の行動にひょっとこ面の男は対応出来ず士柄武物は弾かれて宙を舞う。
八峡義弥は態勢を崩した状態で士柄武物を掴む為に四つん這いで動き落ちて来る士柄武物を拾うと立ち上がり様に左腕で士柄武物を構える。
これで武器を持たない八峡義弥は少なからずの戦闘力を手に入れた。
しかしそれは付け焼刃に過ぎないが。
「手前何者だぁ!」
八峡義弥は叫ぶ、その男の姿は東院一でも結界師の男でもない。
まったく別の何かであった。
「……」
ひょっとこ面の男は何も答えないが十中八九、八峡義弥の脳裏にはとある組織の名前が浮かび上がる。
「知ってるぞ、お前」
「あれだろ、六弁花って言うんだろ」
「俺を殺しに来たんだろうがッ!」
八峡義弥の問いは推測では無く、ただの当てずっぽうに過ぎないが。
ひょっとこ面の男はそれを聞いて動きが止まる。
「……あらま」
「知ってたのね」
ひょっとこ面は枯れた声でそう言うと。
お面を取ってその顔を見せた。
「っ、手前」
「(爺さんかッ)」
皺まみれの相貌、口の周りに白い髭が生えている。
「九重花家より派生されし分家」
「六弁花が一人、花良治家代表」
「
花良治伏籠。自らの素性を明かした男は。
「六弁花を知ってるのなら」
「素性を隠す必要も無いね」
「おいちゃんらはね?」
「久遠様に手を出す」
「お兄ちゃんを殺す」
「そうゆー事になってるから」
花良治伏籠の言葉に八峡義弥は叫んだ。
「殺すだぁ?」
「寝言は寝て言えや爺!」
八峡義弥はそう叫んだ。
少なくとも八峡義弥の手には士柄武物がある。
ヨボヨボの爺さんであれば、ぎりぎり勝てると思いそう調子付いた事を云ったのだろう。
花良治はそんな八峡義弥の言葉を聞き流して、懐から小袋を取り出す、その袋から出てくるのは複数の種。
「これ分かる?」
それは九重花久遠が持つ品種改良を成された術式用の種。
それに神胤を放出させて地面に投げる。
八峡義弥はそれを見て。
「(なんだありゃ)」
「(良く知らねぇけど……)」
「(ヤベェもんだとは分かる)」
「(なんで即座に逃げるッ!)」
種が発芽する寸前に八峡義弥は逃げ出す。
「あらら?」
「(そっちに逃げちゃうんだ)」
それも、校外に逃げ出すのではなく、廃校の中へと逃げ出すのだった。