術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話 作:三流木青二斎
八峡義弥が戻ると既に夜中から昼間に変わる。
移動中、傷ついた体では真面に休息出来なかった八峡義弥は。
保健室へと足を運ぶと、適当な薬を見つけてはそれを体に塗るのだった。
「いてて……」
九重花家の分家である花倉家が生成する薬。
その効能は身を以て知っている。
それを体に塗り、包帯で傷を負おう。
軽い傷なら一日で治る、左腕の切傷は三日もあれば完治するだろう。
「はぁ……クッソ疲れたわ」
体を動かして、自室に戻ろうとすると廊下で八峡義弥は。
「………」
傲慢そうな表情が目に余る少女が居た。
黒髪を靡かせて、優等生らしく立ち振る舞いな少女。
贄波璃々と出会う。
「…お嬢、どうした」
「その傷」
八峡義弥は驚愕した。
あの御三家である贄波璃々がケガをしているのだ。
頬に張られたガーゼ、右手には包帯が巻かれている。
恐らく右半身に全体的な攻撃を受けたのだろう、彼女の右足も包帯が巻かれていた。
「あら、八峡」
「私の怪我が気になるのかしら」
彼女の悠々たる立ち振る舞いは、その怪我の様子など大したものでは無いと思わせるが。
その歩き方、身のこなし、明らかに重傷であるらしく、ぎこちない動きであった。
「お前程の祓ヰ師が」
「ケガをするなんざ、珍しいな」
珍しいどころか。
彼女が大けがを負う姿など初めての事だろう。
それ程までに大けがをしていると言う事は余程凶悪な厭穢か、それとも外化師、転生者だったのだろうか。
八峡義弥の表情に贄波璃々は可笑しそうに笑みを浮かべた。
「少しケガをしたくらいで大袈裟ね」
「私よりも貴方の方が酷く見えるわよ?」
言われてみれば、八峡義弥もケガをしているのだった。
「あぁ、そういや、そうだな」
自分の左腕を上げて、下手に巻いた包帯を見せつける。
贄波璃々は少し溜息を吐いた。
そして、八峡義弥に意味深な言葉を発する。
「……これから先」
「大変な事に、なるかも知れないわ」
そう、彼女は怪我を見せて笑う八峡義弥に。
そうか細く口にして八峡義弥は静かな口調に何か起こるのかと思った。
「は?どういう意味だよ」
そう聞き返す。
贄波璃々はその理由を話そうとして硬く口を閉ざした。
「……なんでも無いわ」
「忘れて頂戴」
「いや其処まで言うのなら言えよ」
「気になるだろうが」
恐らくはその話の内容は彼女の怪我に繋がっているらしい。
しかし彼女がそれを話すのにはより親密な関係である事が条件だった。
「いいの」
「忘れて」
贄波璃々はそう言ってその場から離れだす。
彼女の言い淀んだ内容が後に学園を巻き込む大事件に発展するのだが。
その事を八峡義弥はまだ知らない。
「んだよ、あいつ…」
睡眠不足に肉体に奔る激痛。
戦闘を行った際の疲労が体に蓄積したまま壁伝いに八峡義弥は歩き出す。
「(くっそ眠い)」
「(ケータイショップは、明日でも……)」
肉体に薬を塗ったがそれでも肉体の疲労は拭えない。
このままケータイショップへと向えばそのまま八峡義弥は道中で気絶する可能性がある。
「(このまま、だと)」
「(久遠が勘違い、し続けてんだ)」
「(多少、無理をしてでも……)」
「(ケータイを……)」
ぐらりと意識が傾く。
いや、体が傾いて倒れそうになっていた。
最早肉体を活動させる為の力は残されていない。
「あ」
「(やべっ)」
「(意識が……ッ)」
そのまま倒れかけた八峡義弥。
地面へと激突する瞬間。
その目を瞑っていた身に備えるが。
数秒の間が空いても、八峡義弥が地面へと落ちる事は無かった。
「(………?)」
その体は、力強い手によって支えられている。
八峡義弥は目を開くと彼の体を抱き止める、永犬丸統志郎の姿があった。
「大丈夫かい、我が友」
「やかい、ひどいけがだ」
永犬丸以外にも絡繰機巧の肉体を持つ猿鳴形も隣に居る。
「お前、ら……」
学友に出会った事で八峡義弥は安堵の息を漏らす。
もしこの手が他の祓ヰ師だったならば八峡義弥は安心する事は出来なかっただろう。
八峡義弥を殺そうとする者の息が掛かった祓ヰ師かも知れないからだ。
「任務でもあったのか」
「酷い怪我だ、我が友よ」
「心配、ねえよ」
「薬、塗ったから」
そう言って包帯をした手を上げる。
その包帯は、微かに血が滲みつつある。
「これ程の怪我を」
「この程度の治療で治すなど」
「出来るワケがない」
「はやくちかにつれてかないと」
滑栄教師が経営する地下施設。
深手を負った祓ヰ師を治療する為に用意された医療施設だ。
「いや」
「マジで大丈夫だって」
「ほらら、さっきのは立ち眩みしただけだからよ」
そう言って立ち上がろうとするが。
八峡義弥の体は思う様に動かない。
力を込めても立ち上がる事は出来ない。
その痛ましい様子を見た永犬丸統志郎は。
首を横に振って八峡義弥の体を支える。
「悪いが、我が友よ」
「その様なやせ我慢は止めた方が良い」
「我が友が何と言おうとも」
「ボクは我が友を地下施設に移動させる」
八峡義弥をおぶって永犬丸統志郎と猿鳴形は地下施設にある医療場へと向かう。
「(……クソ)」
「(ほっときゃ、良いのによ)」
「(……けど)」
「(ありがてぇ、事だ………)」
八峡義弥はそう思いながらも、永犬丸統志郎の背中が心地良いのか。
彼の背中に乗ったまま、眠り落ちるのだった。