術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話   作:三流木青二斎

30 / 62
第30話

 

狼の力を持つ永犬丸統志郎。

御香が焚かれたこの空間内、時間が経過すれば永犬丸統志郎たちが不利になる。

ならば永犬丸統志郎は花古屋華雪を倒すべく短期決戦を決める事にしたのだ。

 

「(息を止めてたならば数十秒)」

「(その時間内でボクが出来る事を行うッ)」

 

両手から狼の爪を出現させて、永犬丸統志郎は腕を振るって花古屋に攻撃するが。

花古屋華雪は太刀の柄を両手で握り締めると、それを器用に動かして永犬丸統志郎の攻撃を捌いていく。

 

「(息を殺している……)」

「(勝負に出たか)」

「(しかし、何秒まで持つ?)」

「(防戦ならば此方の方が有利)」

 

永犬丸統志郎の猛攻はこの花古屋華雪には通用しない。

それは、永犬丸統志郎の真骨頂は肉体のバネを生かした機動性でありこの一直線しかない廊下では彼の実力の半分も出せないだろう。

 

「(息が苦しくなってきた……)」

「(動けば動く程に体に必要な酸素が消化されていくッ)」

 

 

攻撃を行い続ける永犬丸の力が緩んでいく、ふと気が付けば永犬丸統志郎は自らの目が霞んでいる事に気が付いた。

 

「(煙が目に、視覚が潰されるっ)」

 

我慢できずに永犬丸統志郎は一瞬の瞬きを行うが花古屋華雪はそれを逃さなかった。

永犬丸統志郎の懐に潜り込んで。腹部を太刀の柄で突くと。

 

「がはッ!」

 

その一撃を受けて永犬丸統志郎は息を零してしまう。

 

「い、イヌ丸ッ!」

 

膝を突いて倒れてしまう永犬丸統志郎にそんな叫び声を上げたのは瀕死状態の八峡義弥だった。

 

ボロボロの体を引き摺る様に、花古屋華雪の前へと向かう。

花古屋はようやく八峡義弥が出て来たのでゆっくりと煙管の煙を吸い上げて紫煙を吐く。

 

「八峡義弥」

「命、貰うよ」

 

太刀を八峡義弥に向ける花古屋。

そのまま蹲る永犬丸統志郎を通り過ぎようとして。

 

「か、あッ!」

 

 

永犬丸統志郎が渾身を振り絞り花古屋に向けて蹴りを出す。

 

下から上へと突き上げるような蹴り、しかし寸前となって花古屋は気が付いてその一撃を交わすが、咥えている煙管が蹴りによって彼女の口から離れていく。

 

「く、っ、しまっ」

 

声を上げて彼女は自らの手で口を覆う。

そして永犬丸統志郎に刃を向けるが、それが永犬丸統志郎の限界だった。

 

深く息を吸って、永犬丸統志郎の肉体は香に蝕まれていく。

動けなくなった永犬丸を確認すると、落とした煙管を取って、彼女は再び煙草を吸い始めた。

 

「すぅ……はぁ…………」

「ったく、驚いたよ」

「まだあんな力を持ってただなんてね」

「けど、それまでだ」

「もう、動ける事はないよ」

 

そう言って近づく花古屋。

二人、彼の友達がやられてしまった。

今まで、微かな睡眠を取っていた八峡義弥でも分かる出来事。

八峡義弥はこの状況、恐れを抱く所か、怒りに震えている。

 

「上等だコラ」

 

友がやられた、やられてしまった。

以前の八峡義弥ならば逃走の算段を立てるだろうが、今の八峡義弥は友を倒された怒りに満ち溢れている。

 

「瀕死の必死の決死を見せてやるよ」

 

永犬丸統志郎のシャツで口を抑えながら。

そう八峡義弥は虚勢を張って永犬丸のシャツに入っていた、携帯電話を取り出すのだった。

 

 

携帯電話を使い八峡義弥は誰かに電話を掛ける。

 

「そうか、大丈夫か」

「なら、行けるか?」

 

その電話をしている仕草は、隙だらけだった。

だが花古屋華雪は迂闊に踏み込まない。

それは、八峡義弥が花良治伏籠を単独で撃破している為だ。

 

「(祓ヰ師が実力を隠すのはこの世の常)」

「(八峡義弥は雑魚と言う話だけど)」

「(ケラ爺を倒した程の相手だ)」

「(同時に久遠様の想い人)」

「(何かあるに違いない)」

 

その様な深読みを行いつつあった。

しかし残念な事に八峡義弥にはそれ程の実力は持ち合わせていない。

 

正真正銘、能力を持ち合わせない雑魚でしかない。

深読みする程の祓ヰ師では無いのだ。

ガラケーを閉じる。

 

この携帯電話は永犬丸統志郎のものだ。

それを地面に置くと八峡義弥は深く息を吸う。

まだ香が回り切っていないエレベーター近く。

 

それでも、香が目に見える範囲に近づいている。

恐らくはその呼吸が最後になるだろう。

八峡義弥は背中に隠していた士柄武物を取り出して構える。

 

「イヌ丸ゥ!!」

 

酸素を無駄にする声を荒げて永犬丸統志郎の名を叫ぶ。

永犬丸統志郎は、その名を呼ばれて微かながら、手を上げた。

それを確認した八峡はそのまま花古屋華雪へと突進していく。

 

「(……なんだこの間抜けた突進は)」

 

花古屋は八峡義弥の隙だらけの突進に。

一太刀で伏せてやろうと考えたが。

 

「(万が一がある)」

「(ウチが切り殺す為に前進する)」

「(それが八峡義弥の狙いなら)」

「(わざわざそれを狙う事も無い)」

 

花古屋華雪は、太刀を構えたままに後方へと下がっていく。

 

「ぷ、……は、ぁ……」

「(それに後方へ下がった方が都合が良い)」

「(ウチの術式による煙で目を潰しちまいな)」

 

そうして曲がり角、その突き当りまで花古屋が下がった瞬間。

 

「猿鳴ィ!」

 

死力を尽くして八峡義弥が叫び出す。

その声に応じるかの様に、花古屋は真横を見る。

俯せになって倒れる猿鳴形は俯せのままに腕のギミックを発動。

前腕と手首が乖離してワイヤーで繋がれた手首が弾丸の様に射出される。

猿鳴形の手が花古屋の顔面を狙うが。

 

「チッ!」

 

間一髪で花古屋はその一撃を回避する。

先程、八峡義弥が電話をしたのは猿鳴形だった。

猿鳴形の内部には電話機能が搭載されておりハンドフリーでの会話が可能となるのだ。

 

先程の電話で猿鳴形が動けるかどうか確認した後。

携帯電話のカメラと猿鳴形の視覚を同期。

それによって俯せのまま見えない猿鳴の視界を補う。

 

花古屋華雪が突き当りに行った瞬間に猿鳴形が腕を伸ばす算段だった。

だが、花古屋はその攻撃を回避した。

 

八峡義弥に意識を傾けて猿鳴形が仕留める算段だったのだろうがそれは、失敗に終わってしまったのだ。

 

「ぐッ……く、クソッ」

 

だが。

絶望の表情を浮かべているのは八峡義弥では無く花古屋華雪の方であり。

八峡義弥はシャツの下で憎たらしい笑みを浮かべていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。