術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話 作:三流木青二斎
猿鳴形の手には花古屋華雪の煙管が握られている。
それを八峡義弥に投げると猿鳴形の手は元の場所へと戻る。
八峡義弥はそれを受け取って彼女が口にした煙管を銜えて一服した。
「ん~?どうしたお嬢サン」
「血相を変えて怖そうな顔をして」
「気分が悪いのならお香でも匂って」
「気分でも紛らわそうぜ?」
そう憎たらしい笑みを浮かべる八峡義弥は、呼吸をしていても肉体に異変は見られない、そして花古屋華雪は口を抑えながら狼狽する。
「なぁ~お喋りしようぜお喋りをよぉ!」
八峡は煙管を持ったまま彼女に近づいて、紫煙を彼女に向けて吐き出す。
「出来ねぇよなぁ?」
「なんせ体が動かなくなるもんなぁ?」
「煙管がなきゃ」
「この香の中で動く事も出来ねぇ」
「そうだろ?」
八峡義弥は花古屋華雪の弱点を理解していた。
彼女もまたこの香の能力の対象なのだ。
けれど彼女はこの煙の中。
彼女だけは簡単に動く事が出来る。
それは何故か。
初めに八峡義弥は永犬丸統志郎が花古屋華雪と戦っている最中、無我夢中で繰り出した蹴りが煙管を掠めた時。
いの一番に煙管を取りに行った事が引っ掛かっていた。
だから八峡義弥は彼女は全く同条件で戦っているのだと考えた。
何よりも木を司る九重花家の分家。
煙管の葉も、お香の香木も同じ植物から出来ている。
関連が無いはずが無かった。
それを猿鳴形に話して猿鳴形が花古屋華雪の煙管に向けて手を伸ばす様頼んだのだ。
「(クソッ、こいつ)」
「(これか、これが、ケラ爺を倒したのか)」
「(ムカつく程までに頭が切れるッ)」
八峡義弥は弱者だ。
何も持たない一般人レベルの存在。
その能力値も著しく低い、ならばどうするか。
修練を積む他ない、経験を積む他ない。
思考を張り巡らせ罠を張り巡らせ。
確率の低い勝利を手繰り寄せる。
持ち得る手札の全てを使い、自らの命すら勘定に入れて。
価値のある勝利を掴む。
それが無価値である八峡義弥の戦法。
「(だがっ)」
「(ウチが香の解毒が一つだけじゃないっ)」
着物の袖から箱を取り出す。
そして彼女は箱を放り投げて大刀で箱ごと切り刻む。
八峡義弥はその太刀の軌跡に入らぬ様に後退する。
太刀で切った箱から粉末状の解毒剤が零れ出す。
それを彼女は浴びると、鼻から吸引して香の毒を中和する。
「(この解毒剤は)」
「(煙の解毒剤とは違って器官に付着し易い)」
「(乱用すると解毒剤の成分にある毒に犯される)」
「(だからこれは本当に最終手段だ)」
「(そして、八峡義弥はこれ以上の芸当は出来ない)」
「(奴はただ頭がキレるだけ、戦闘に入ればウチが勝つッ!)」
段々と濃くなってくる煙のカーテン。
それを掻き分ける様に花古屋が立ち向かうと。
「………は?」
其処には倒れた八峡義弥が居た。
息を切らして、香の煙を思い切り吸っていた。
「(なにをしているんだこの馬鹿は?)」
まさかの自滅。
八峡義弥の手足は動かない。
いや、元々八峡義弥は重傷だ。
「は、……ひ、ひひ」
「お、おれ、は……おまえ、を、た、たおせ、ねぇ」
走る事はおろか、喋るだけでも苦しい。
そんな状態で、花古屋華雪を倒す事は出来ない。
八峡義弥はその事を理解していた。
「け、けど……よ、ぉ」
それでも。
「お、お前を倒す、の、は……」
「俺、じゃなくて、良い……」
花古屋華雪を倒せる。
「おい、八峡義弥」
「煙管を何処にやった?」
「ここさ」
煙の先から出て来る、上半身裸の男。
狼の力を持つそれは、煙によって神経麻痺に陥ったが。
「キミの煙管は、ここにある」
永犬丸統志郎が煙管を銜えていた。
八峡義弥が、永犬丸に託したのだ。
「勝て、よ、イヌ……まる」
その言葉に永犬丸統志郎は。
「勝つさ」
「我が友よ」
八峡義弥の期待に全力で応える為に。
永犬丸統志郎は相対する。
「一つ、悪かったと言っておく」
永犬丸統志郎は煙管を銜えながら言う。
花古屋華雪はそれに対して疑問を抱いた。
一体何に対しての謝りなのか。
「先程のボクは」
「本気を出さなかった」
その言葉を聞いて。
彼女は強がりだと思わず。
本当の事だと理解した。
理解したからこそ、怒りが込み上げて来る。
「ボクは基本的に」
「厭穢以外には殺しはやらない」
「相手が女性ならば猶更だ」
永犬丸統志郎は常に紳士を目指している。
女性に対して優しく友人との絆を大切にして。
誰からも頼られる様な人間になる。
そう彼は心して生きている。
「けれど」
「キミはボクの友達を」
「我が友に害を成した」
「恐らく許す事は無いだろう」
永犬丸統志郎は爪を出す。
それを彼女に向ける。
「……いや、訂正しよう」
「ボクは、キミを許さないが」
「殺す気は無い」
「しかしキミは何かしらを失う」
「死ぬよりも苦しい道になるだろう」
そう宣言した。
永犬丸統志郎の精一杯の慈悲。
それに対して彼女は怒りが込み上げて来る。
「なんだ、お前はッ」
「ウチを、花古屋華雪を舐めやがってッ」
「……だが、良い」
その代わり、彼女も永犬丸統志郎に対して言う。
「その男はなぁ!」
「陰陽師の末裔に対して」
「喧嘩を吹っ掛けたのさッ」
「許嫁であるウチらの久遠様を」
「コイツは手を掛けやがったんだ!」
「良いか、良く聞けッ!」
「そいつに手を貸すと言う事は!」
「陰陽師家及びその関係者を敵に回すと言う事だっ!」
「お前も祓ヰ師の端くれなら」
「そんな男を切ってコッチに付くべきだッ!」
「そいつと居たって邪魔なだけだ」
「そいつを助ける事で、貴様らの家系も肩身が狭くなるんだぞ!」
「そうさ、此処で、今この場所で考えてみろッ」
「どちらに付くのが正しいのかッ!」
「お前の家族かッ!其処の死に掛けた男かッ!」
「お前が助けるべきはどっちだッ!」
永犬丸統志郎はそれを聞いて自らの家族・永犬丸家を思い浮かべる。
その中には、華やかに笑みを浮かべる彼の妹の姿を思い浮かべた。
そして、永犬丸統志郎はそれを聞いて。
「……どちら側に付くか?」
「決まっている」
「ボクは我が友に付く」
「それが生涯の友である男に誓う言葉だ」
永犬丸統志郎は迷わず、八峡義弥を取る。
「それに」
「永犬丸家はボクの手を借りずとも」
「ちゃんと強いよ」
「我が父も……我が妹も」
永犬丸は自惚れていない。
自らの家系を信じている。
自分の手が無くとも永犬丸家は強いと硬く信じていた。
「つまらない問答は止めたまえよ」
「キミの魂胆は分かっている」
「煙管の火が尽きるのを待っていたのだろう?」
煙管の草は消耗品。
永遠に火が点いている訳では無い。
何れ、消え入る運命だ。
永犬丸統志郎はそれを理解していた。
それを理解していた上で彼女の話に乗っていた。
自らの魂胆が見え据えていると分かった時。
花古屋華雪は眉を顰めて疑問を口にする。
「なぜ、問答に乗った?」
「我が共に倣ったまでだよ」
煙管の煙を深く吸って。
「つまり、キミを馬鹿にしているのさ」
紫煙を吐くと同時に永犬丸統志郎は。
八峡義弥を思い浮かべてそう言うのだった。