術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話   作:三流木青二斎

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第34話

九重花久遠は無知の仔であった。

幼い頃から敷地内での生活を余儀なく外出は禁止。

世間の情報を規制、娯楽品など触る機会も無く。

 

ただ一般的な教養と必要最低限の社会の常識、そして術式の継承のみを徹底。

 

陰陽師の元へと嫁ぐ為にの稽古を日々積み重ねる日々。

度を越した箱入り娘。

それは最早、独房の中と言っても差し支えない。

 

だが、彼女は自らの家庭環境を苦とは思わない。

彼女にとってはこの毎日が普通の事。

それが当たり前だと思っているからだ。

 

敷地から出た事の無い彼女に友人と呼べる者は居ない。

だから自らの環境を比較する事も出来ない。

世界を知らず、無知のままで成長する彼女に関して。

 

両親はその(いびつ)さを理解した上で教育を行っていた。

全ては娘の為にしている事だと九重花家の当主は知っていた。

彼女の未来に幸せは訪れない事を陰陽師は生まれたばかりの彼女を見て

その素質を見抜いた。

 

陰陽師の末裔である間人胤護と配合すればより良い子体が誕生すると、故に陰陽師らは九重花家と契約をした。

 

陰陽師の元に嫁げば宗家は多大な恩恵を受ける反面。

嫁に出された娘は、より能力に恵まれた仔を成す為に母胎の改良を行う。

 

その改良は肉体に莫大な負担を掛け完璧な仔を作るまで、何度でも孕ませられて産ませられ続ける。

 

例えどの様な愛し子でも基準値が満たさなければ分家に出され、望まれない仔を出産すれば母胎が悪いと責任を取らされる。

 

そんな生活が続けば身も心も壊されてしまう。

事実上、九重花久遠に幸せな未来は訪れない。

そんな残酷な未来を与えるくらいならば、過度な幸福を知る事無く、世界に満ち溢れた希望など知らぬ様に、彼女を育てたのだ。

彼女はその話を学園へ入学する前に聞かされた。

祓ヰ師の家系は如何なる者であろうとも禁忌条約によって学園に通わなければならない。

彼女は何れ外に出てしまう、だから両親はその事実を彼女に伝えた。

 

彼女は優しい人間だった。

その事実を聞いて、彼女は納得したのだから。

全ては愛する家族の為に、全ては大切な分家の者らの為に。

自ら犠牲になる事で、皆が幸せになれるのならば、喜んでこの身を差し出す。

 

両親は出来た娘だと感涙し。

分家の者は彼女の覚悟に賞賛した。

彼女も皆の役に立てて良かったと思っている。

 

例え自分の人生が最悪でもこの人生に意味があるのならばそれで良い。

だが、現実は彼女の意志を歪ませる。

 

付き人と共に外に出る。

その付き人は他者を絶望に落とすのが好きな希望を喰らう者。

 

彼女の計らいで、九重花は世界の広さを知った。

様々な娯楽品が至る箇所にある希望に満ち溢れた世界を見て彼女は絶望した。

そしてこの様な幸せがあるのに、自分には暗い不幸しかない事に。

 

心を病めた。

それもそうだ。

彼女は優しい。

 

優しいが、聖人では無いのだ。

祓ヰ師と言う家系を除けばそこらに居る少女とはなんら変わらない。

 

普通に笑い、普通に怒り、普通に楽しみ、普通に泣くのだ。

これから先の人生、自分は幸福にはなれない。

 

これ程までに絶望してしまうのならば、無知のままでありたかったと後悔する程に。

 

自分は決して幸せにはなれない。

知りたい事を、知る事は出来ない。

ただ、泣く事しか出来なかった。

 

泣く事しか出来なかったが。

そんな彼女の前に。

その男は、現れたのだ。

 

九重花久遠は八峡義弥と出会い。

変わったとはっきり言える。

 

先の未来、明日に希望を感じなかった彼女は。

毎日、明日が待ち遠しく感じていた。

八峡義弥と出会い、色々な店へ入って見識を広めた。

全ての出来事が新鮮だった。

携帯電話を購入して慣れないメール打ちを覚えるのがこんなにも楽しい。

 

八峡義弥は彼女に色々な事を教えてくれる。

その言葉の数々を聞いて彼女の狭い世界が一気に広がっていくのを感じる。

八峡義弥と共に居れば何処までも広い世界に居れた。

 

こんなにも心地良く思える人間は他には居なかった。

八峡義弥だけが未知の世界へ連れて行ってくれる。

古典恋愛小説の顔の良い主人公を連想し、八峡義弥ならばこの知らぬ恋を教えてくれると藁にも縋る思いで頼みをして、八峡義弥はそれを受け入れた。

 

その時から彼女は八峡義弥を選んで良かったと思っている。

八峡義弥の言動は夢見がちな恋愛小説の様なヒーローの如き言動とは違うけれど。

白馬の王子として、彼女を救うヒーローとなったのだから。

出来る事ならば九重花久遠は八峡義弥と永遠を共にしたいと思っている。

けれどしかし現実が彼女の願いを受け入れてくれない。

どう足掻いても、彼女は陰陽師に嫁ぐ事になっている。

その事実を彼女は曲げるつもりはない。

 

だからせめて、嫁ぐまでの間は八峡義弥との仲を邪魔しないで欲しいと。

どうせ不幸になるのならばせめてこの一瞬だけは幸福でありたいと。

その為ならば多少の不幸をおっ被って欲しいとも思っている。

自分が嫁げば。皆は幸せになるのだから。

 

この瞬間だけは、不幸になって欲しい。

優しかった彼女は自分を犠牲にする分家や家族に対して初めて抱いた負の感情だった。

それを引き出せたのも八峡義弥が居てくれたから。

 

彼が居てくれたから。幸せになれたのだ。

 

「(………きっと、私は、八峡、さまに。)」

「(出会う、ために、生まれた、の、です)」

「(この先、の人生が、例え、不幸、で、あったと、しても)」

「(私の、幸福、は、この一瞬だけ、で良い)」

「(私の人生は、八峡さま、が、居てくれた、この一瞬)」

「(その幸せを、噛み締めて)」

「(私は、残りの人生を、不幸に、過ごし、ます)」

 

彼女は目を開いて手を引いてくれる彼女を見る。

彼女に世界を教えて彼女に絶望を与えられて。

それでも彼女が世界を教えてくれた。

 

だから、九重花久遠はその少女を恨む事は無い。

むしろ八峡義弥を引き寄せてくれた大切な人。

その大切な人がまたも、八峡義弥に会わそうと奮闘していた。

花天に連れて行かれる九重花。

彼女は八峡義弥の元へと向かっていく。

彼は基本的に学園に滞在している。

 

學園敷地内であるあさがお寮に住んでいる為、学園に向かえばすぐに出会う事が出来る。

少なくとも花天は八峡義弥が本日退院する事を知っている。

だから敷地内に居る事は確定していた。

花天に手を引かれて数分、走り続けていた彼女はぼんやりとしていたが。

ふと我に返り、彼女の後ろ姿を見て、これまでの内容を振り返って。

 

八峡義弥に出会えると自覚するとそれだけで彼女は元来の元気を取り戻していくが。

 

「あの、花天、さん」

「皆様、は、ご存じ、なの、です、か?」

 

地下牢から出て、八峡義弥に会いに行く事を他の人間は知っているのかを聞くと。

 

「はあ?知る訳ないすよ」

「私が無断でやってるんすから」

 

と彼女は正直に申した話を聞いて九重花は足を止める。

 

「ちょ、なんすか急に」

 

「戻ら、なけれ、ば、なりま、せん」

 

「はぁ!?」

 

九重花久遠は自分が何故地下牢に入れられていたのかそれを理解していた。

八峡義弥に出会えば出会う程に九重花家及び分家の肩身が狭くなる。

家族や分家を大事に思う彼女は、此処で八峡義弥と切り離さなければならない。

 

「花天、さんが」

「八峡、さまに扮して、めーるを」

「送った事、に、私は」

「その、本意に、気づく事が、あり、ません、でした」

「花天さんが、教えて、くれたので、しょう?」

「八峡さまに、会えば」

「皆が、不幸に、なると」

「私が、我慢をすれば、良い、のです」

「そう、すれば」

「皆は、幸せに、過ごせ、ます、から」

 

二度と八峡義弥に出会わず、陰陽師の元に嫁げば宗家分家のみならず八峡義弥にも迷惑は掛からない。

恋に盲目だった彼女はその事に気が付かなかったが、地下牢に居たお陰で、冷静に考え直す事が出来た。

八峡義弥に出会わなければ全てが万事解決すると。

しかし花天は。

 

「なに言ってんすか今更」

「もう逃がしちまったんですから」

「後は八峡に会うだけなんすよ?」

 

「でも、そう、すれば」

「皆様に、ご迷惑を、お掛け」

 

「はーッ、なにいい子ちゃんぶってんすか」

「どうせ心の中じゃ皆死ねとか思ってる癖に」

「自分だけ絶望に浸るのに」

「みんなだけ希望に満ち溢れてズルい」

「全員地獄に落ちろっ!とか思ってるんすよね?」

 

「そ、そんな、こと」

 

そこまで考えては無いが。

少しだけ、不幸になって欲しいと思い掛けていた。

こうして見抜かれると、心臓が跳ね上がる程にドキリとしてしまう。

 

「私は昔から」

「優しい久遠さまが嫌いでしたよ」

「けど」

「最初から絶望している久遠さまはもっと嫌いです」

「八峡に出会って、一瞬だけの希望を抱いて」

「そんで、絶望に落ちて下さい」

 

花天が最早自分の心情を隠す事無く吐露する。

 

「……これが私の本心すけど」

「どうすか?」

 

彼女に問うて、九重花久遠は、うすらと笑みを浮かべる。

彼女の言葉の意図を汲んで。

 

「はい……私、は、」

「花天、さんが、不幸に、なってほしい、と」

「思い、ました」

「ですので、私は」

「八峡さまに、会いたい、です」

 

そう言った。

九重花久遠は。

花天禱が、「八峡義弥に会う為の口実」だと解釈したのだ。

それを聞いて花天は苦い笑みを浮かべながら。

 

「さっさと行きますよ」

 

「は、い」

 

二人は手を取り合って、強く握って。

學園へと、向かうのだった。

 

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