術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話 作:三流木青二斎
九重花久遠と甲冑の男、二人が対峙し甲冑の男は口を開く。
「娘、名は何と言う」
甲冑の男は彼女の名を伺う、九重花久遠は口を開いて。
「九重花、久遠と、申し、ます」
敵意を向けながらもそう言った。
「そうか」
「俺の名は
「修羅道より派生されし道」
「捨羅道の住人である」
自らの情報を九重花久遠に向けて発信する。
それを聞いた九重花久遠は。
「何故、私に、その様な」
「情報、を?」
と至極当然な疑問を口にする。
天積をそれを聞いて深く頷くと。
「九重花殿。貴殿がこの中で一番強い」
「捨羅道は戦の道」
「戦の礼儀を欠かしてはならない」
戰の礼儀、それを聞いて彼女は怒る。
「この、ような」
「唐突な、奇襲に」
「礼儀など、ありま、せん」
言われて、天積は。
「至極真っ当」
「しかし誤れるな」
「我々の同胞に手を出したのは」
「空くまで其方側が始めた事」
「これは奇襲では無く敵討ちに該当される」
「本来ならば悪は其方」
「我々の剣に正義がある」
「その上で俺は対等な戦いを望む」
転生者を攻撃したのはあくまでも祓ヰ師が先だと言う。
実際その通りではあるが彼女はその根本を伺う。
「敵討ち、復讐、ならば」
「何故、その様に」
「戦いに、興を感じて、居るのですか?」
その言葉は彼らの本質、的を得た質問だった。
「俺たちは戦でしか輝けない」
「争いでしか存在を見いだせない」
「誰よりも戦う事が好きな」
「戦狂いに他ならない」
「敵討ち、復讐、報復」
「それら、都合の良い言葉を利用して」
「戦う為の理由を見つけた」
「此処が俺たちの死地なのだ」
「この平和な世界に準ずるのも悪く無いが」
「己の魂を偽る事は出来ぬ」
「故に争う」
「その口実を与えた」
「貴殿らには、感謝をしている」
彼らの本質。
それはただ戦う事だけ。
殺し、殺される事だけが彼らの願い、彼らの想い。
戦う事でしか生の実感を得られない。
そんなものは。
「なんと、悲しい、事、なのでしょう」
嘆き、悲しみ、憐れんだ。
その表情を見る天積はただ、どうしようも無い笑みを浮かべて。
「それが、俺たちだ」
その言葉と共に、彼は後ろを振り向いたまま指を振るう。
「それが、お前か」
その鋭い風圧が背後から忍び寄った八峡義弥の首を裂いた。
「ぎ、ッぐヴぉッ」
完璧な世界の同調。
決して漏れる事の無い殺意。
背後からの奇襲は完成されていた。
だが、此処は道理。
「俺の腹の中だ、此処は」
「何処に居ようが」
「何処に隠れようが」
「手に取る様に分かる」
「弱者の知恵は、奇襲しかないと言えど」
「お前が、一番つまらんな」
呆気なく八峡義弥は地面に倒れて。
首から溢れる血に溺れながら。
地面に倒れ、そして死んだ。
神胤を左腕に循環させる。
八峡義弥の臨核に貯蓄される神胤は著しく少ない。
それでも渾身を込めればコンクリートを抉る一撃を秘める。
永犬丸統志郎が斃れ。猿鳴形が斃れ。
八峡義弥の殺意は最高潮に達している。
「(一撃で仕留めてやるッ)」
そう決意して、九重花久遠がその男、天積の前に立ち憚る。
神胤は既に人影との戦闘で枯渇し掛けていた。
文字通りの最期の一撃、ありったけを左手に秘める。
死に物狂いで八峡義弥は最高潮の一撃を繰り出す為に、洞孔を超速で循環する神胤に激痛を覚えながら、天積を奇襲し殺せる一撃を宿す貫手を作り出す。
「(惨たらしく死ねッ)」
そして駆ける。
この瞬間、八峡義弥の空間同化は最高値に達する。
それでも道理は、その人間の前世を引き出す術式。
詳しくは前世の記憶を世界に転生させる。
世界は転生者と同等でありどの様な真似をしても手に取る様に分かる。
結果として言えば八峡義弥の一撃は不発に終わる。
天積の一線が、八峡義弥の首を切った。
ただの指振り、それだけで八峡義弥の命が零れ出す。
喉を抑えて、肺や口に流れていく血液。
「ぐぼッ、が、ばはッ」
息を吸おうと口を開くが。
呼吸器官は血液に溺し、ゴボゴボと泡立つ音が聞こえるのみ。
その場に倒れる八峡義弥。
「(こ、これで、終わ、りかッ俺は?)」
「(こんな、一撃も、当てられないまま)」
「(お、俺の、命は、此処で……)」
「(い、嫌ッ、嫌だッ)」
「(俺は、お、俺はむかッ)」
「(無価値のまま、死、死にっくなッ)」
「(動け、体、一矢、む、報るん、だッ)」
無理に立ち上がろうとするが彼の体は既に空を向いていた。
喉を抑えて、脚を動かす様は溺死するかの様に無様で醜い姿だった。
「――――」
何か言っている。
だが聞こえない。
八峡義弥は、次第に意識が薄れ。
そして、目を開いたまま、自らの血液によって溺死した。
「…八峡、さま」
彼女は八峡義弥の死に様を見て、ゆらりと幽鬼の如く歩み、彼の元に行く。
「九重花殿、要らぬ邪魔が入った」
「後は、俺と貴殿のみだ」
戦いを望む天積。
「………」
しかし彼女は、答えない。
八峡義弥の傍に近づいて。
膝を突いて。着物が血で汚れ。
そして彼の体を支えて指で目を瞑らせて。
そしてまだ温かい彼の体を抱き締めた。
その姿を見て、天積は。
「成程」
「愛し人か」
「ならば立ち上がれ」
「俺と同じように戦え」
「復讐を、報復を、仇討ちを」
「殺意を俺に向けろ」
そして、天積が彼女に切っ先を向ける。
しかし、彼女は振り向かない。
「……私、は」
「復讐、も」
「報、復も」
「敵討、ちも」
「しま、せん」
「したく、あり、ません」
「八峡、さまは」
「立派に、戦い、死に、ました」
「その結果、死、ならば」
「私、も、その後を、追う、のみ、です」
そして彼女が天積へと顔を向ける。
その表情は、安らかなものだった。
「……貴殿も」
「死を望むか」
「……はい」
「私は、未来に、恐怖しか、覚えま、せん」
「この先、どう、なろうと」
「私は、幸福など、感じず」
「生涯を、終える、で、しょう」
「なら」
「幸せだった時、に」
「大切な、人と」
「ともに、死を、迎え、たいの、です」
九重花久遠は八峡義弥と共に死ぬ事に決めた。
ゆっくりと瞳を瞑り八峡義弥を抱き締めたままに彼に背を向ける。
「介錯を、か」
「……惜しいな」
「生よりも愛を取るか」
「………貴殿との闘い」
「出来ぬ事が名残惜しくあるが」
「引き受けよう」
天積は刀を握り締めて天高く振り上げる。
そして、息を吐くと共に、その刀を、振り下ろした。