術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話   作:三流木青二斎

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第41話

殴る、蹴る。

八峡義弥の攻撃は全て五十市依光に命中する。

 

揺れる、よろめく。

ダメージを受ける五十市依光は、歯を食い縛って八峡義弥に応戦する。

 

血が噴き出る、肉が弾ける、衝撃で骨が響く。

 

「ッぎ!」

 

「ッが、はッ!」

 

此処はあの世。

言うなれば魂のみの世界。

それでも攻撃を受け痛みを感じるのはそれは魂が傷ついている、精神を、削り合っているからに他ならない。

全力を以て、全霊を尽くしている。

 

「(強ェな)」

「(流石だわ)」

「(神童なんて呼ばれる程がある)」

「(けどなッ)」

 

八峡義弥が五十市依光の攻撃を捌くと同時。

背中を地面に落とし足を上に蹴り出す。

その蹴りが、五十市の顎に衝突。

ぐらりと五十市依光が揺れ動く。

 

「(届くッ)」

「(俺の手は)」

「(通用するッ)」

 

そう思った直後。

八峡義弥の振り上げた足を五十市依光が掴むと。

 

「お、おォ!」

 

八峡ごと、その体を持ち上げて勢いに任せて地面に叩き付けるッ。

 

「ぐぶッ!」

 

「は、ははッ!」

 

五十市依光は鼻から垂れる血を思い切り拭き出す。

固まり掛けた血を強制的に排出させ気道の確保を行う。

 

「き、は、ぁあああッ!」

 

八峡義弥は立ち上がり揺らぐ意識を自らの握り拳で頬を殴る。

喝を入れると同時に意識を取り戻す。

両者、互いに息が絶え絶えだった。

 

「はぁ……あ……」

「はぁー……すぅー……」

 

八峡義弥は五十市依光を見る。

手数は八峡義弥の方が多い。

なのに、ダメージは八峡義弥の方が喰らっている。

 

動くだけでも苦難であるのに攻撃を繰り出す程に疲労が蓄積していく。

 

「もうバテたか?」

「こんなもんかよ」

「誰かの為じゃない」

「俺だけの為に」

「それがお前の掲げる信条だが」

「今、お前は」

「お前の為になってるか?」

 

五十市依光が歩きながら距離を縮める。

八峡義弥は後退り。

五十市依光との距離を開けるが。

 

「しゃッオラァ!!」

 

体を翻す、体を回転させ五十市依光は回転力を秘めた一撃を八峡義弥に食らわせる。

その攻撃を両腕で防御する八峡だが、勢いが強くそのまま、八峡義弥は吹き飛んで行く。

 

地面を滑走する様に体を沈めて八峡義弥の体は、限界を迎えた。

 

「……それが限界だ」

「お前の為に戦った結果が」

「この様だ」

 

深く深呼吸をする八峡義弥は重い身体を無理に動かす。

腕に力が入らず何度も地面に顔を沈めるが。

 

「うる、せぇ」

「どうでも、いいん、すよ」

「おれ、は……」

「はやく、あいつの」

「と、ころ、に」

 

行かなければならない。

その一心だったが五十市依光は。

 

「捨て置けば良い」

「戻った所で苦しい思いをするだけだ」

「お前は昔から」

「そういう人間だろう?」

「イヤな事があればすぐ逃げる」

「贄波先生との訓練も」

「結局お前は、逃げ出したもんなぁ」

 

逃げた男。

それを否定する事は無い。

逃げた事は事実なのだから。

 

「退けよ、俺は」

「あいつを、ぶっ殺す」

「そして」

「あいつらを、助けなきゃ」

「なら、ね、んす、よッ」

 

無理に立ち上がる八峡義弥。

そして、五十市依光に向けて握り拳を固めて戦いを始めようとするが。

 

「……あいつらを、か」

「じゃあ聞くけどよ」

「八峡、お前は」

「あいつらを助けようとする心は」

「本当に、お前の意志なのか?」

 

……それを言われて。

八峡義弥の腕は止まる。

足は、一気に鉛の様に重たくなった。

 

「……は?」

「なに、言って……」

 

「五十市依光の呪い」

「それがどういう効果か」

「最初期は、お前の意識が無くなる度に」

「呪詛の言葉が襲い掛ったが」

「それが、俺の呪いじゃないんだよ」

 

違和感を覚える。

今までの、八峡義弥の行動に自信が保てない。

まるで、決められた道を進んでいるかの様な自由の無い窮屈さをこの瞬間を以て感じる。

 

「俺は、昔から」

「誰かを救いたかった」

「困った人が救われる」

「その瞬間が好きだった」

「俺も誰かに救われて」

「何よりも嬉しかったから」

「その喜びを、誰かに伝えたかった」

「俺が目指したのは」

「誰かを助ける者」

「正義の味方って奴だ」

 

その先の言葉は八峡義弥の今までの行動を否定する様な真似だった。

それ程の爆弾を五十市依光は投下する。

 

「誰かを救う」

「無意識にそんな行動を取る」

「感じた事は無いか?」

「自分でも意味不明な行動が」

「取って付けた様な理由で動く感覚を」

 

「…………」

 

ぐるりと。

意識が混乱していく。

八峡義弥の脳内には様々な行動が思い浮かんでいく。

 

東院一を助ける為に向かった事。

九重花久遠に話し掛けた事。

それ以外にも、色々と。

 

自分主義であった筈の八峡義弥が誰かの為に行動していた。

それは、彼に心境の変化があった訳ではない。

 

「正義の味方になる」

「それが俺の呪いだ」

「お前の行動は」

「お前が選択した訳じゃない」

「お前の選択はお前の意志じゃない」

「俺に左右された選択なんだよ」

 

それはつまり。

九重花久遠との馴れ初めも八峡義弥の意志では無かった。

 

「本心じゃ」

「お前はあいつらの事だって」

「どうでもいい」

「そう思ってるんだよ」

「今だって」

「俺の呪いに動かされている」

「人形に過ぎない」

「お前が誰かを助けるなんて意志は」

「空っぽなのさ」

 

「ッ」

 

狼狽する八峡義弥の隙を突いて五十市依光は、渾身の蹴りを八峡義弥に食らわせた。

無防御であった八峡義弥は地面に倒れ込む。

…………その体は、動く事を拒否していた。

 

「もう諦めろ」

「それが一番」

「お前らしい」

 

八峡義弥は地面に沈んで動かない。

それ程までに己が心が歪んでいた。

 

 

「(そうか)」

「(それが、俺、だったんだな……)」

 

地面に転がり。

闇に変わりつつある空を眺める。

 

「(そうさ)」

「(それが俺だ)」

「(俺は俺の為に生きて来た)」

「(考えてみりゃ)」

「(誰かの傍に居なけりゃ)」

「(俺は自分の無価値さを知らずに済んだんだ)」

「(あいつらが居たから)」

「(俺は、自分のクズさ加減を知っちまったんだ)」

 

八峡義弥は記憶を反復させる。

東院一と出会い。

永犬丸統志郎と出会い。

猿鳴形と出会い。

花天禱と出会い。

遠賀秀翼と出会い。

贄波璃々と出会い。

思川百合千代と出会い。

葦北静月と出会い。

そして、九重花久遠と出会った。

 

彼らが居たからこそ八峡義弥は身の程を知った。

自分の愚かさを知った。

 

「(出会わなきゃ良かったんだ)」

「(そうすりゃ……俺は死なずに)」

「(生きる事が、出来たのによ……)」

 

それでも。

八峡義弥から離れなかった。

東院はライバルとして。

永犬丸は親友として。

猿鳴は兄弟として。

花天は友人として。

遠賀は悪友として。

贄波は話し相手として。

思川は学友として。

葦北は友達として。

九重花久遠は、大切な存在として。

 

「(なのに……)」

「(俺は、こんなにも)」

 

その記憶の最中。

確かに意味不明な行動は多々あった。

それでも、それ以上に……。

 

「(一人で居る事が)」

「(寂しい、なんて)」

「(感じちまうんだよッ)」

 

無意識に体が動き出す。

諦めていた己の意志が嘗ての仲間たちとの記憶と共に震え上がる。

出会い、話し、交わり。

馬鹿をして、友好を刻み続けて。

そうして得た、確かな絆。

何もない八峡義弥が、無価値である筈の八峡義弥が、ただ唯一誇りに思える、確かな証明。

 

「は、ぁッ」

「あ。ぁああッ!」

 

歯を食い縛り立ち上がり。

八峡義弥は幽鬼の如く蠢き、五十市依光の元へ行くと。

渾身の殴打を、五十市に与える。

 

「…………」

「力、入って無いぞ」

 

その一撃は五十市依光には喰らわない。

逆に五十市依光による握り拳が八峡義弥の顔面に容赦なく与えられる。

 

「ぎっ、ぶふッ!」

 

顔面を殴られて。

尻餅を突く八峡義弥は震える手足を無理に動かして、それでも尚を立ち上がる。

 

「は……あ、あぁあ!」

 

一歩、踏み出して拳を振るう。

蚊さえ止まるパンチを五十市依光は受け止めて、容赦なく八峡義弥の腹に蹴りを加える。

 

「ぐ、あッ、は、……ぎひッ……」

 

腹を抑えて。痛みに悶え苦しむ八峡は涙を流して、血の混じる鼻水を垂らしながら。

立ち上がる。何度でも、立ち上がる。

 

「……勝負にならねぇよ」

 

その言葉を吐くと同時、五十市依光は八峡義弥が反応出来ない、全てが必中、全てが渾身の連撃を八峡義弥に食らわせる。

最早立つ意志すら刈り取る程に、折れぬ心を折る為に。

その攻撃は、五十市依光が息を切らす程に。

 

「くッ、は、はぁッ!」

 

息を吐く。

肩で呼吸をする五十市依光。

痣だらけ血塗れの八峡義弥を見て。

 

完全に倒してみせた。

そう思うが、しかし。

 

「く、ぐ、う、ぅあぁ」

 

八峡義弥は。

泣きながら、それでも立ち上がる。

 

「はぁ……はぁ……すぅー……」

 

五十市依光が、息を吸って呼吸を整える。

八峡義弥は、その内に握り拳を、五十市依光に向けて。

そして、体が自由を失った。

糸が切れる様に。

 

八峡義弥の体が地面へと向かう。

その体を五十市依光が、彼の体を支えた。

 

「…………なあ?」

「お前さぁ」

「なんで其処まですんだよ」

「何時もみたいに」

「諦めればいいのによ」

「そうすりゃ」

「お前は楽になれるのに」

「なんで其処まで」

「頑張るんだ?」

 

五十市依光の言葉に八峡義弥は語り出す。

自らの本心を子供が泣きじゃくる様に。

 

「お、俺、俺はッ」

「はじめは、あんたの言う通り」

「呪いで、突き動かされただけだ」

「そ、それでもッ」

「俺は、アイツらと居て」

「あいつらと一緒に居て」

「楽しかったんだ」

「腹の底から笑い合えたんだ」

「俺は、アイツらの為なら」

「命を懸けても良いって」

「思えたんだよッ」

「あいつらの為に命を捨てられる」

「それだけは、嘘だとは言わせねぇ!」

「あいつらが大好きなんだッ!」

「どうしようもねぇくらいに大切なんだ!」

「だから俺は、アイツらを救う為なら」

「なんでもする」

「なんでも出来るッ」

「なのにッ」

「俺は、アイツらの為に」

「命を捨てる事すら出来ねぇ!!」

 

八峡の決死の行動も天積には喰らう事すら無かった。

無駄死にしたのだ。八峡義弥は。

 

「全ては……俺が悪かったんだ」

「訓練から逃げ出して」

「強くなる事を放棄して……」

「何が価値を守りたいだ……」

「そんな上等な事を言うのは」

「強い奴の権利なんだよ」

「俺は、そんな権利すら捨てたんだ」

「あいつらの為に、何一つ成長してねぇ」

「再三気付かされた」

「何処までも俺は無価値(クズ)なんだッ!」

「烏滸がましかったんだ…………」

 

五十市の腕を掴み、号泣しながら自らの弱さを、選択を、嘆いた。

それを見て五十市は。

 

「それは……」

「後悔か?」

「それとも」

「懺悔なのか?」

 

五十市依光は確認する。

八峡義弥は、その言葉に対して。

 

「……後悔」

「もしも、俺じゃなくて」

「あんたが生きていたら」

「あそこに居たら」

「きっと」

「転生者を殺して」

「皆を救えたんだ」

「俺が死ねば良かったんだ……」

「そうすれば」

「アイツらが、死なずに済んだんだ……」

 

八峡義弥は後悔する。

しかしした所で、どうにもならない。

八峡義弥は死んだ。

例え生き返る事が出来ても二の舞を踏むだけだ。

結局行き着く先は無価値なる者の無駄死に。

八峡義弥の行動に、意味は無い。

 

「……そう、か」

「お前はその選択をするか」

「…………その涙は」

「友の為に」

「誰かの為に、流してるんだな」

 

五十市依光は八峡義弥の本心を聞いて、その言葉に頷いて、八峡義弥の体を片手で抱き締めると。

 

「俺は」

「お前に憑いてから」

「お前の行動が目に余った」

「自分の為だけに生きるお前を」

「誰かの為に生きる俺が許せなかった」

「だからお前に」

「誰かを救う道を無理に作った」

「それでお前が誰かの為に動かないのなら」

「呪い殺してやろうとも思ったよ」

 

八峡義弥の初期はどうしようもないクズだった。

呪い殺されても仕方が無い程に自分勝手な男だった。

 

それでも今八峡義弥は自分の弱さを嘆き誰かの為に拳を握り締めている。

 

「けど」

「お前の本心が」

「本当に誰かを救いたい」

「そう思うのなら」

「……あぁ」

「俺はお前を許すよ、八峡」

 

「…………」

 

八峡義弥は五十市依光を見る。

先程の、殺意が滾る表情は何処か安らかに、安堵の笑みを浮かべていた。

 

 

 

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