術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話 作:三流木青二斎
電話を切った永犬丸統志郎は暫く、その携帯電話を眺めていた。
「(あぁ)」
「(さよなら、なんだろう)」
「(我が友とは、これで…)」
悲しみが過る.寂しさが募る。
それでも、永犬丸統志郎は後ろを振り向くわけには行かない。
「一先ずは」
「あの武器を士柄武物として扱う様に加工しなければ……」
永犬丸統志郎はボタンを外す、歩き出して、外へと向かう。
「(ほかにも)」
「(絡繰童子の部外発注)」
「(幽霊遣いのお見舞い)」
「(我が妹の安全を確保する為に)」
「(一度実家にも戻らなければならない)」
やる事が多すぎる。
八峡義弥が居なくなったが、永犬丸統志郎は立ち止まる暇など無かった。
猿鳴形は一人、新しい武器に選別を行う。
この戦闘では、猿鳴形は何も出来ないに等しかった。
「(おれはもっとつよくならなくちゃならない)」
「(もっとみんなのたよりになれるように)」
「(あたらしいぶきをつけくわえないと)」
「(やかいはこのたたかいでつよくなった)」
「(おれもつよくならないと)」
八峡義弥がもう学園に戻らない事は猿鳴形には分からない事であった。
それでも成長した友と同じ場に立てる様に猿鳴形は努力を重ねなければならないと思っている。
……いや、猿鳴形の場合。
努力を重ねるのではなく、装備を重ねた方が強くなるのだが。
遠賀秀翼は眠っていた。
天輪冠襲撃によって一人奮闘していた遠賀は。
神胤が枯渇した状態で戦い続け、背後から転生者に襲われて重傷であった。
両腕が切断されて、現在ではその腕を手術による治療を行っている。
滑栄教師の能力はあくまでの傷を治す能力だ。
肉体の切断に関しては滑栄教師の能力範囲外だった。
ある程度腕が引っ付けば能力が適用される為。
その間の時間は行動してはならなかったのだ。
「(多くの已祟が破壊されてしまったな)」
「(また補充をしなければならないらしい)」
「(ふ、今後の課題だな、これは)」
近接が弱い事を嘆きながら、遠賀秀翼は痛みを感じながら眠り続けた。
そして、東院一。
彼は、八峡義弥が去る事を気配で察していた。
「(ふん、愛故の逃走か)」
「(馬鹿な奴だ)」
「(せっかくマシな力を手に入れたと言うに)」
「(陰陽師などに盾突く様な真似をしおって)」
「(一丁前に謀反染みた真似を)」
「(アイツのバカさ加減には理解が及ばん)」
そう八峡義弥の存在を下に見ながら言った。
それでも、東院一にはその思考は最早。
八峡義弥の実力を認めている様なモノであった。
彼ら少年たちは今回の戦いで生き残った事で、経験を得た。
その経験が、今後の戦いに影響する事は今はまだ、誰も知らない。
八峡義弥が電話ボックスから出ていく。
外で待っていた彼女は。
「八峡、さま」
「どちらへ、電話、を?」
と彼女は聞いてくるので。
「あぁ」
「イヌ丸だ」
「学園の方は」
「どうなってんのか」
「聞いてみた」
「俺と久遠」
「どっちも探してるとさ」
八峡義弥はポケットに入れた小銭をジャラジャラと鳴らしながら歩いていく。
「私の、家。その関係者、が、ですか?」
九重花久遠の言葉に八峡義弥は頷く。
「あぁ」
「けど、まあ」
「心配する様な事じゃ無いさ」
彼女に向けて手を伸ばす、九重花久遠はその手を取ると八峡義弥と共に公園から離れる。
「さて」
「旅館に戻るか」
「デパート近くに戻って」
「タクシーでも拾うかね」
そう聞く八峡義弥だったが、唐突にポタリと八峡義弥の頬に一滴の雫が流れ出す。
「ん?」
空を見上げると何処までも広がる曇天が目に写る。
「雨、です、か?」
彼女が空を見上げながら言ってポツポツと降り出した雨は段々と、嵐の様に激しく振り出して来る。
「ッ」
「クソッ、大雨だッ」
八峡義弥は言いながら、自分の上着を脱いで彼女の頭に被せる。
「ぁ、あの」
「八峡、さま?」
彼女は未だ八峡義弥の温もりが残るジャケットに触れて混乱する様に彼に問いかける。
「せっかくの洋服だってのに」
「こんな雨で濡らされてたまるかってんだッ」
八峡義弥は彼女を濡らさない為に、ジャケットを彼女に被せたのだ。
「少し走るぞ」
「道路沿いに進めば」
「雨宿り出来る場所が」
「あるかも知れねぇ」
「は、い、分かり、まし、た」
そう言って八峡義弥と九重花久遠は道路を走り出す。
ざあざあと振り続ける雨、少し先の道すらも分からない程に振り続けるが偶然と八峡義弥はバス停を見つけた。
屋根のあるベンチに八峡義弥と九重花久遠はそこで雨宿りする事にした。
「ふざけてんな」
そう言いながら八峡義弥はシャツを絞る。
既に八峡義弥の服は降り頻る雨によってずぶ濡れになっていた。
彼女も雨によって靴が濡れてしまったが彼女の衣服は、殆ど濡れていない。
しかし彼女は何処か熱っぽい。
八峡義弥の匂いに焦がれてか、元々燻っていた想いが燃え上がったのか、八峡義弥に対する多大な熱を帯びていた。
「大丈夫か?」
そう言いながら八峡義弥がジャケットを頭から羽織る彼女に向けて、そう聞きながらジャケットを覗き込む。
「八峡、さま」
熱の籠る吐息を吹き。
八峡義弥に顔を近づけてゆっくりと、口づけをした。
「………」
八峡義弥は流石にそれは予想外だった。
驚きを隠せない様子で口に手を添えている。
「あの、私は」
「八峡、さまに、これくらい、しか」
「でき、出来ま、せん」
「で、ですから、わ、私は」
「……はしたない、事を、して、しまいました」
彼女は唐突に我に返って自らの行いに、恥ずかしさを感じていた。
だが、八峡義弥は。
「あぁ、まあ」
「そんな日もあるって」
「………くっ!」
息を止める様に八峡義弥はくしゃみをし出す。
八峡義弥の体は、熱を帯びだしていた。
それは、彼女に対する熱では無く。
単純に、風邪を引いてしまった様だ。