術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話 作:三流木青二斎
八峡義弥の看病を明朝に渡るまで行った九重花久遠。
額に手を触れて熱が下がって無いか確認する。
何度も何度もそれを行いようやく、八峡義弥の熱は、引いていく。
九重花久遠は安堵の息を吐いた。
徹夜の看病故に、目が少し重たくなっている。
「(熱が、下がって)」
「(良かった、で、す)」
「(安心、し、たら)」
「(少し、眠たく、なって)」
「(来、ました)」
ゆらゆらと、彼女は少し休む為に隣に敷かれた布団へと入ろうとして、そして、今一度八峡義弥の方を、見る。
「………」
安堵の表情を浮かべる八峡義弥の顔。
その寝顔は、自分だけが拝めるものだ。
その事を嬉しく思い同時に八峡義弥の寝顔と言うものを知る事が出来て九重花久遠は嬉しく思いつつあった。
「おやすみ、なさい」
「やかい、さま……」
その言葉を最後に彼女は布団へと潜り眠りに付くと。
入れ替わる様に八峡義弥が目を覚ます。
「……」
「(あぁ……寝てたわ)」
「(体、結構楽になったな)」
目を開く。
清々しい気分であった。
体中に纏わりつく熱が一斉に引いていった。
「……ん」
八峡義弥は布団から立ち上がろうとして、首筋に何かが当たっている感覚がある。
八峡義弥は真横を向くと。
「……あぁ」
九重花久遠が、隣で眠っていた。
八峡義弥と同じ布団に入り八峡義弥の体に手を添えている。
それは添い寝と言うものだった。
どうやら、九重花久遠は八峡義弥の傍に居たくて一緒の布団に入ったらしい。
「………」
「一日中」
「看病してくれたもんな」
八峡義弥は彼女の寝ている頭に手を添えて。
「ありがとな」
そう言って、彼女の頬に触れた。
しばらくして九重花久遠も、目を覚ます。
八峡義弥の温もりが無くなっていた為にそれに違和感を覚えて目が覚めた様子だった。
「……?」
「や、かい、さ、ま?」
目を開き布団から出る。
周囲を見回して八峡義弥の姿を探す。
「起きたか」
八峡義弥は外を眺めていた。
窓の縁に腰掛けて何もない温泉街を呆然と見ていた。
「や、かい、さま」
「お身体の、方は?」
彼女が心配そうに聞く、八峡義弥は振り向いて。
「あぁ」
「お前のお陰だ」
「治った」
「熱も引いてるし」
「体も軽い」
そう言う八峡義弥に九重花久遠は安堵の息を漏らす。
「折角したかった事」
「出来なかったし」
「今日は」
「やりたい事でもやるか」
八峡義弥は風邪で行動不能になっていた為、夜にやろうとしていた事が出来なかった。
だから、八峡義弥は彼女に向けて、言うのだ。
「温泉行こうぜ」
ざばぁ、と湯に浸かる八峡義弥。
病み上がりの風呂は心地良く。
「あぁ……」
しみじみとそんな声が漏れ出した。
ゆっくりと浸かる八峡義弥は湯に浸からぬ様に御絞りを頭に乗せている。
「いいな、温泉」
「ここ、人が居ないし」
八峡義弥は辺りを見回す。
寂れた温泉には、誰も宿泊客はおらず、ほぼ、貸し切りの状態だった。
「これで」
「久遠が居りゃ」
「良かったんだがな……」
八峡義弥が浸かる温泉は男湯であった。
混浴もあるにはあるが、経営難の為に混浴は現在、使用不可能であった。
「けど、まぁ」
八峡義弥は耳を澄ます。
ちょろちょろと、湯を被る音がする。
この露天風呂は女湯と隣り合わせになっている。
竹で出来た仕切りの先には彼女が、同じ湯を浸かっているのだ。
「ん、……は、ぁ……」
安楽の息が聞こえた。
どうやら彼女も体を洗った後に温泉に浸かっているらしい。
「良い湯だな」
八峡義弥が声を荒げて言う。
少し遅れて。
「は、い」
「とて、も」
「良い、湯、です」
と、彼女がそう言った。
本来ならば、声など聞こえぬ民衆浴場だが八峡義弥と九重花久遠しか居ない為に彼女の声も耳を澄ませば聞こえて来る。
「気持ち良いなぁ」
「ここの温泉にしといて良かったわ」
心の底から八峡義弥はそう言った。
「はい」
「本当に、良い、所、です」
「八峡、さまは」
「良き、所を、教えて、下さい、ました」
「八峡、さまは」
「物知り、なの、ですね」
彼女にそう言われるが八峡義弥はこの温泉に入った事は一度も無い。
この温泉街に棄てられた事はあるが。
「あー、まあ、そうだな」
適当に相槌を打って八峡義弥は暫く無言となった。
九重花久遠も、口を開かず温泉の熱で体を温める。
そして八峡義弥は温泉から出ると竹仕切りの前に立つ。
「もう、上がる、のです、か?」
八峡義弥が温泉から出る音を聞いて九重花がそう言うが八峡義弥は竹仕切りに向けてノックをする。
それは、向こう側の彼女にも届き、九重花久遠も温泉から出てノックしていた場所へと向かって来る。
そして八峡義弥の居る竹仕切りの前に立つと。
「どうか、され、ました、か?」
彼女の声が先程よりも大きく聞こえた。
八峡義弥は、彼女の見えない場所で。
「久遠」
「このまま」
「お前と、な」
「……はい」
八峡義弥は口籠る。
それは八峡義弥らしくないと自分でそうは思っているが…いや、自分らしくないからこそ、こうして仕切りを挟んで言うのだ。
「このまま」
「お前と一緒に居たいからよ」
「何処か遠くの街で」
「誰も知らない場所で」
「俺の伴侶になってくれよ」
そう、彼女に告白をする。
九重花久遠は、何も言わない。
驚いているのか、なにも言わなかった。
「……先、風呂から出るわ」
「そん時、答えを聞かせてくれや」
そう言って八峡義弥は先に風呂場から出ていく。
九重花久遠は八峡義弥の言葉を聞いて嬉しそうに、涙を流していた。