術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話 作:三流木青二斎
陰陽師。
世界との対話を行う者。
祓ヰ師を作り上げ神胤を生成する臨核を作った祓ヰ師の創設者。
彼らに特別な術式は無く。
ただ神胤を操る能力に長けている。
それは能力でも無く、陰陽師ならば出来る器官活動の一種でしかない。
「もう終わりか」
「呆気無いものだな」
間人胤護は蟲の様な八峡義弥を見て嘲笑しつつあった。
「どうするか」
「殺すか」
「それが良い」
「俺に歯向かい」
「俺の女を奪おうとした罰だ」
「万死、命を以て償え」
指を構える、それだけで八峡義弥の首が勝手に回っていく。
筋肉でどうにか押し戻そうとするが、それでも、神胤を操る力には敵わない。
「(ク、ソがッ)」
「(こんな所で、終われる、かッ)」
八峡義弥は歯を食い縛り、維持でもその力に抗い続ける。
「ははは」
「無駄な足掻きだな」
「お前が抗っているこの力は」
「俺の十分の一にも満たない過小な力だ」
「無様に抗う姿、面白いぞ」
だが、それまでだった。
「では」
「殺すか」
力を加える。
八峡義弥ではどうにでもならない。
強力な力が発生する。
首が曲がり、限界まで曲がっていく。
あと少しでも首が傾けば八峡義弥は死ぬ。
しかし、その直前で間人はその力を緩めた。
それは、彼の目の前に九重花久遠が、立っていた。
「お、お止め、下さい」
「間人、さま」
彼女は息を切らして八峡義弥の元へと向かっていた。
間人胤護は九重花久遠を見て。
「おぉ!久遠では無いか」
「良い所に来た」
「今からお前に張り付く蟲を」
「殺そうとしていたところだ」
「お前も共に見学しよう」
「蟲が死ぬ様をな」
力を加えようとする間人に、九重花久遠は、間人の手を掴んだ。
「やめて、くだ、さい」
「お願い、します」
「八峡、さまの命を」
「どうか、許して、下さい……」
彼女は泣く泣いて希う。
そんな彼女の顔を見て。
「ほう」
「なら」
「俺の願いを聞き届けるのならば」
「許してやらん事も無い」
その様に間人胤護は言う。
「私が、私が、出来、る事、は」
「なんでも、します……です、から」
「ならば早々に」
「式を上げよう」
「そして俺の仔を成せ」
「さすれば許してやる」
間人胤護は条件を付き付ける。
それに対して九重花久遠は目を伏せた。
絶望の未来が目の前にある。
それでも。
九重花久遠は八峡義弥を見た。
今にでも死にそうな男。
愛した男が目の前に居る。
その命が救えるのならば。
「……分かり、ました」
彼女は了承した八峡義弥を守る為に、その様に約束を果たした。
「ははは」
「ならば、誓いの口付けを」
「この男の前で」
間人胤護は言う。
それは、八峡義弥の心を折る為に、二度と歯向かわない様に自らの惨めさを突き付ける為に彼女との口付けを強制させる。
「……はっ」
「子供だねぇアンタも」
八峡義弥は、睨みながらそう言う。
しかし、それは間人胤護を悦ばせる負け惜しみにしか聞こえない。
八峡義弥は、歯を食い縛る。
ベキ、と音を鳴らして自らの奥歯を、折ったそしてその歯を間人胤護の方へと吐き出す。
「無駄な足掻きを」
間人胤護は手を翳す。
しかし、歯の軌道は変わらない。
そのまま、間人胤護の頬に唾液と血液が混ざる体液が付着した。
「き、ひひッ」
「万能じゃねぇんだな」
「それ」
そこで、初めて間人胤護は我を忘れて。
八峡義弥に殴り掛かる。
拘束された状態で八峡義弥は殴られ続けるがそれでも八峡義弥は笑っていた。
その神経を逆なでする行動が間人胤護に一番有効であると理解していたから。
「ふぅーッ、ふぅーッ!」
殴りに殴られた八峡義弥は依然、笑みを浮かべている。
「もう、終わり、かよ」
「自慢の良い面が、台無しだ、こりゃ」
八峡義弥はそう言うが。
「ならば、その顔面」
「剥がしてやろう」
間人胤護は八峡義弥の顔面を掴んで思い切り、皮を剥いだ。
「あ、がッ、ぐぁッ……」
「が、ァ……ぃ………」
見るも無残な姿に九重花久遠は、意識を失う。
彼女が斃れる寸前に従士が彼女の体を支えた。
「どうされますか?」
「このまま屋敷に向かう」
「この男は?」
「ほっとけば死ぬだろう」
「そのままにしておけ」
「直接的にも間接的にも」
「殺して呪いを受けたくはない」
そう言って間人胤護は九重花久遠を連れてその場を去って行く。
ただ一人。
死に掛けの八峡義弥がその場に転がっていた。
その後。
通り掛かった温泉街関係者によって。
八峡義弥は病院へと運ばれた。
損傷が酷い為に丸一日を掛けて八峡義弥は手術を行われ手術が終わった後でも危篤状態として扱われた。
「………」
「――—」
そして八峡義弥が目覚めて二日が経過した。
激痛を伴う体を無理に動かそうとして焼けるような痛みが全身を貫くが。
「痛ェな、クソ、がッ」
持ち前の気力によって無理に起き上がろうとする。
八峡義弥は、間人胤護との闘いから奇蹟的に生還したのだった。
「無理に動こうとするな」
その聞き覚えのある声に八峡義弥は横を向こうとした最中、喉元に鋭い痛みが走る。
ナイフを突き刺された八峡義弥は血を零しながら絶命して……そして、復活する。
「カハッ……はぁ……はぁ……」
「なんで、此処に居るんすか」
「贄波先生」
八峡義弥は気怠そうにスキットルを煽ぐ贄波阿羅教師にそう言った。
「お前を回収しに来た」
「曲がりなりにも」
「お前は学園の生徒」
「保護する義務があるからな」
八峡義弥は鼻で笑う。
「今まで俺を」
「殺そうとしたのに、っすか?」
「事情が違う」
「上の連中は」
「お前を生かした方が都合が良いと思っている」
唐突な心変わりに対して八峡義弥はその理由をなんとなく理解出来ていた。
「俺の術式、ですか」
「そうだ」
「五十市依光の術式」
「まさかお前が体得するなど」
「思わなかったがな」
五十市依光は誰かの為に生きている人間だ。
八峡義弥とはその真逆の存在、決して相容れない。だからこそ。
八峡義弥は五十市依光の術式を引き継ぐ事は不可能だとそう思っていたが。
「奇蹟など」
「あるのだな」
そんな言葉に八峡義弥は噛み付く。
「奇蹟なんざありません」
「あるのは偶然と必然だけ」
「五十市さんならそう言いますよ」
八峡義弥は五十市依光と対話を終えている。
「……まあ良い」
「取り敢えず手続きは済ませておく」
「お前もこれに懲りたら」
「もう二度と、陰陽師の女に」
「手を出さない事だ」
「それは無理っすね」
「あれは俺の伴侶だ」
「必ず取り返す」
八峡義弥はそう豪語するが贄波阿羅は、少し溜息を吐いた。
「無理だ」
「もう」
「九重花家は間人家に」
「吸収された」
「……頭、悪いんで」
「分かりやすく」
「言ってくれませんかね」
贄波阿羅は考える。
八峡義弥に分かりやすい言葉を選んで。
「挙式は二日前に済まされた」
「九重花久遠は」
「間人久遠として娶られた」
「もうお前は過去の人間だ」
その言葉はどうしようも無い現実だ。
既に、九重花久遠は誰かのものに、なってしまった。
八峡義弥は、その事実を聞いて。
「はっ」
「関係ないっすね」
「俺はまだ」
「あいつから答えを聞いていない」
八峡義弥は贄波阿羅教師の言葉を一蹴して無理に立ち上がろうとする。
「……既に」
「他の男のモノになったんだ」
「男として諦めろ」
「『他の男に取られました』」
「『もう一緒に居られません』」
「『口惜しいけど仕方が無い事で』」
「『固唾を呑んで』」
「『悔し涙を浮かべて』」
「『彼女の幸せにはボクが邪魔だから』」
「『だから仕方なく身を引きましょう』ってか?」
「生憎、俺は往生際が悪いもんで」
「女を盗られようと」
「女が別の男の傍に居ようと」
「俺ァ意地でも女ァ盗り返して」
「俺の女にしてやるんすよ」
「なんせ、俺」
「根っからのクズ野郎なもんで」
そう言って八峡義弥は包帯だらけの顔で笑みを浮かべながら藻掻き出す。
「それに」
「男ならばこそ」
「立たなきゃならねぇ」
「そうでしょうよ?」
「……俺はアイツに質問をした」
「その答えを聞くまでは」
「俺は止まらねぇ」
八峡義弥は歯を食い縛って立ち上がろうとするが。
それでも、八峡義弥の体では動くことすらままならない。
だからこそ八峡義弥は目の前に居る男に。
「贄波先生」
「取引、してくれませんか?」
全てを捨てる覚悟をして、全てを失う覚悟をして、ただ一つの女を掴む為に、対人戦最強の男と、取引に持ち込んだ。