術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話   作:三流木青二斎

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第55話

 

暗い闇。

体を蝕む感覚。

乱暴にされれば闇の先から厭らしい笑い声。

既に実は破れて。中身が飛び散る。

空洞の皮に、蟲の体液が充満する。

 

苦しいのに。

悲しいのに。

 

それを口に出す事すら願わない。

絶え間ない暴力。

身を裂く程の痛みは。

 

闇の声よりも生易しい。

崩れていく。

何もかも。

 

薄れていく。

夢の全てが。

闇が這入る。

 

その度に絶望が押し寄せる。

幸せな未来など無い。

 

永遠に。

永劫に。

永久に。

 

暗い暗い闇の底で。

泣き叫ぶしかない。

誰も届かない。

 

誰も聞こえない。

悲哀を綴る歌声は。

誰に響く事も無い。

 

虫の囀りが響く。

零れ落ちる欲望の残滓を。

啜り、絡めて、飲み込む。

 

その行動が。

蟲を大いに悦ばせた。

全てが終わり。

 

全ての事に冷めてしまえば。

自然と瞳から。

何かが零れていく。

 

一滴、零れると。

何かが消えていく。

最初は大切なもの。

 

捧げる全てを失った。

残るは出涸らし。

絶望に浸る身のみ。

生きている内は。

幸せなど訪れない。

知らなければ良かった。

 

希望を。

幸福を。

……そして、恋を。

 

決して叶わないのに。

今でも焦がれている。

そして、届かないと知れば。

 

それを欲しながら墜ちていく。

何度も、何度も。

何れ関心が行かなくなるまで。

 

心を閉ざすまで。

永遠と。

延々と。

 

………幸せな夢など見ない。

九重花久遠は醒める。

目が覚めれば。厭な現実に戻る。

 

衣服を整えて、身を清める。

温かい風呂は、何時も冷めていた。

 

「(…………)」

 

何も声にしない。

何も口に出さない。

八峡義弥と共にしたあの日から。

 

まだ日は浅いと言うのに。

それでも、遠い昔の様に感じる。

挙式を迎え、初夜を迎えて。

 

九重花久遠は、別の男のものになった。

幾度と仔を成す為に体を貪られる日々は彼女の心身を削っていく。

両親が話していた事の通りに変わっている。

九重花久遠は、怖かった。

 

自分が死ぬ事に否、八峡義弥との日常を。

教えてもらった恋と言う感情を。

 

この地獄の様な日々に耐え兼ねて。

あの楽しかった日々を。

喜びに満ちた日々を。

大切な者と共にした日々を。

その全てを、否定する様な言葉が、出てしまいそうで。

何時か彼女は言うのだろう。

 

恋などしなければ良かったと。

そうすれば。

こんな地獄に淡い希望を見出さなくても良かった。

 

そう、思ってしまうのが怖かった。

それを言ってしまえば。

八峡義弥との日常を否定する。

 

同時に。九重花久遠自身を否定する言葉になる。

だから、彼女は。

 

何も言わない。

何も思わない。

 

死んで朽ちていくその瞬間まで。

彼女は、闇の底で、泣き続ける事にしたのだ。

 

「………?」

 

喧噪がする。

間人屋敷の外から。

騒がしい音が聞こえ出す。

 

風呂に浸かる彼女に。

女中がやって来る。

慌てた様子で。

 

「賊が来ましたッ」

「貴方を寄越せと言っていますッ!」

 

九重花久遠は。

泣き続ける筈だった。

けれど。

それでも。

どうしようも無い期待を。

ただ一人の男に。

希望を抱いてしまう。

 

 

 

外では。

 

「何時まで泣いてんだよ」

 

八峡義弥は隣に立つ男に言う。

 

一人静かに泣くのは。

永犬丸統志郎だった。

 

「だって」

「我が友よ」

「その様な姿」

「痛まし過ぎる……」

 

八峡義弥は包帯塗れだった。

その包帯の中は、陰陽師との戦闘の傷でいっぱいだ。

 

「滅茶苦茶痛いけどよ」

「心配する程じゃねぇ」

「それより、悪いな」

「俺の喧嘩に付き合って貰ってよ」

 

八峡義弥は永犬丸統志郎にそう言う。

涙を拭いながらも永犬丸統志郎は。

 

「気にするな」

「我が友の為ならば」

「地獄の果てでも付き合おう」

 

その様に言ってくれる永犬丸統志郎に八峡義弥は包帯の裏で笑みを浮かべた。

良き友人に恵まれた、恵まれ過ぎていると八峡義弥は、永犬丸統志郎の肩を叩く。

 

「それにこの服も」

「遠賀が用意してくれた奴だしよ」

「逆に包帯だから似合う」

「つか、かっこよくね?」

 

八峡義弥は無邪気にそう言った。

和服姿の服は、包帯姿の八峡義弥には似合っている。

今回の件、遠賀秀翼は怪我が治ってない為に来なかった。

かわりに、八峡義弥の姿に似合う服を用意したらしい。

 

「ん、まあ」

「我が友が、気に入っているのならば」

 

永犬丸統志郎には多少の不服であるらしい。

八峡義弥はそんな友の姿を見て笑みを浮かべると。

 

「んじゃ」

「行くか」

 

拳を強く合わせて気合を入れた。

 

「あぁ」

「我が友」

「これを」

 

八峡義弥は永犬丸統志郎から渡された一振りの刀を背負う。

 

「ありがとな」

 

「良いさ」

 

間人屋敷へと向かい正門前へと立つ。

無論、陰陽師の末裔が居る屋敷。

 

門の前には門番が居る。

八峡義弥の姿を見て最初、誰だか分からなかった様子だが。

 

「あ、どもっす」

「八峡義弥っす」

「入れて貰えませんかね?」

 

わざわざ八峡義弥は門番にその様な挨拶をすると、それで八峡義弥だと勘付いた門番は術式を発動して戦闘態勢に入る。

 

「八峡義弥ッ!」

「あの、八峡義弥かッ!」

 

「うわ」

「俺ってば有名人」

「サインしてやろうか?」

 

そう軽口を叩きながら。

刀を抜刀する。

 

「八峡義弥が現れたッ!」

「他の祓ヰ師を呼べッ!」

「貴様ッ、此処がどこだかわかってるのか!?」

 

「分かってるから来てんだろうが」

「分かり切った事聞いてんじゃねぇよ」

「この分からず屋がよォ」

 

「八峡義弥ッ」

「貴様は間人家への接近を禁じられているッ」

「それなのに来たと言う事は分かってるのだろうなッ」

「規則違反に従い」

「貴様を処分する、良いなッ!?」

 

続々と祓ヰ師たちが集まる。

その中には、九重花家関係者も居た。

 

「おいおい」

「スゲェ来るな」

「めっちゃ歓迎されてんじゃーん」

「人気者は辛いねぇ」

 

八峡義弥は抜刀した状態で正門へと歩き出す。

永犬丸統志郎はその後ろから八峡義弥へと付いていく。

 

「退く気は無しと見た」

「処分を決行するッ」

「かかれェ!!」

 

祓ヰ師たちが八峡義弥へと向かって来る。

術式を使役し、士柄武物を使い、式神を遣う。

八峡義弥は刀を肩に担いで。

 

「んじゃ」

「ちょっくら」

「通らせて貰おうか」

 

刀の柄を握り締める。

それに呼応し、刀から灰色の炎が巻き上がる。

 

「赴くは死地、捨羅よ逝け―――灰燈灼(はいのともしび)

 

ただ振るう。

それだけで、灰の劫火が巻き上がり正門を吹き飛ばしていく。

 

炎と煙。

其処からゆらりと飛び出すは包帯の男。

八峡義弥。

敷地内に侵入し、灰の炎を纏いながら。

 

「チィーッス」

「お宅の嫁さん」

「寝取りに来ましたァ」

 

高らかに間人家に対してそう宣言するのだった。

 

 

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