術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話   作:三流木青二斎

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第56話

 

「正門、裏門から」

「八峡義弥率いる一派が突入」

「危険視されている」

「東院、飫肥、贄波」

「この三名が加勢されております」

 

従士が言う。

歯軋りをしながら間人胤護は苛立ちを隠せない。

 

矢張り八峡義弥は殺しておくべきだった。

そう思える八峡義弥の執念深さ。

 

「(たかが女一人)」

「(何故そこまで俺に突っかかる)」

「(この俺を誰だと思っている)」

 

世界にて希少とされる陰陽師。

その間人家の末裔。

いうなれば国宝に近い。

誰よりも価値がある存在。

 

それに手を出せばどうなるかくらい理解出来る筈。

なのに八峡義弥は立ち向かう。

 

間人胤護の想像通りにならない、それが真に間人胤護を腹立たせる。

 

「あの女は何処だッ」

「早くしろッ!」

 

間人胤護はこの屋敷から脱する為に、二番目に価値の高い女を九重花久遠を呼び寄せる。

 

「お待たせ致しました」

 

風呂上がりの九重花久遠は従士に手を掴まれてやってくる。

 

「退けッ!」

 

間人は従士の手を払い、そしてその体を手で押し退ける。

勢い良く倒れる従士に見向きもせず間人胤護は九重花久遠の手首を強く握った。

 

「痛、ッい、です」

 

彼女は顔を歪ませる。

間人は九重花久遠の意志など関係なく、そのまま、九重花久遠を連れていく。

 

彼が向かう先は正門でも裏門でもない。

外へ出て行くのではなく、むしろ奥、地下へと向かって行く。

 

「(まさか)」

「(屋敷の地下通路を使う事になるとはな)」

 

屋敷の周囲には圏域結界による進入禁止域が出来ている。

内側から外側に向けて正門と裏門以外のルートから入る事を不可能とする。

が、外側から内側に向けて出て行く事に関しては条件は緩く、地下にはもしもの場合となる外界移動処置が施されていた。

 

「(クソッ、何故)」

「(この俺が逃げなければならんのだッ!)」

「(八峡義弥、あのクズめッ)」

「(咒界に申し立て)」

「(外化師として指名手配してやる)」

「(奴は徹底的に潰してやるッ)」

 

扉が開かれている。

そこから下へと間人胤護は歩いていく階段を下り続けて。

 

広間へと出た。

屋敷の敷地内と同じ広さ。

軽く野球が出来る程に広い。

其処にその広間の中心に。

 

「チーッス」

 

包帯の男は、太刀を握る男は、八峡義弥と呼ばれる男は、其処に居た。

先程、扉が開きっぱなしだったのは既に八峡義弥が侵入していた為だった。

 

「ッ、や、かいッ」

「八峡ッ、義弥ァあ!!」

 

間人胤護が声を荒げる。

八峡義弥は小指を耳に突っ込んで。

 

「うるせぇな」

「臭い息吐くなって」

 

前との邂逅と同じ様に八峡義弥は煽りだす。

八峡義弥が刀を振るう、灰炎が巻き上がる。

その炎で間人を攻撃しようとした最中。

八峡の手は急に止まった。

 

「なんの真似だ手前」

 

これから戦闘が勃発、その寸前に間人胤護は両手を上げていた。

それは、降伏のポーズだった。

 

「参った」

「やめてくれ」

「流石の俺でも」

「それは痛い」

 

そう言って間人胤護は降参と言い出す。

見る限り、その炎灰の剣は、彼の力の対象外だった。

 

「この女が欲しいのだろう?」

「くれてやる」

「そしてこの屋敷から手を引け」

 

その言葉に八峡義弥は訝しげだ。

自分至上主義の男、間人胤護が優劣を付けるような行動をするとは思えない。

自らが敗北したなど己を愛するのならば、決して言わない。

そう思っていたが。

 

「ほら久遠」

「あの男の元へ行け」

「そして、何処へでも行くが良い」

 

その言葉を発した直後。

九重花久遠がゆっくりと、八峡義弥の元へと向かう。

一歩、一歩と、地面を踏みしめて八峡義弥の元へ行く。

 

彼女が向かって来るにつれて。

八峡義弥の握る刀が下ろされていく。

それを見ていた間人は真面目な表情を浮かべているが、その内心では、ほくそ笑んでいた。

 

「(馬鹿がッ)」

「(まんまと騙されおってッ!)」

 

言葉を交わさず床を見ながら歩く久遠は。

 

「(く、口、が、開き、ま、せん)」

「(体も、勝手、に……)」

 

間人胤護によってそのに循環する神胤を操られていた。

全身に洞孔が展開されている以上。

臨核から流れる神胤は肉体の全てを操る事が出来る。

 

「(この女を愛しているのだろう?)」

「(なら、攻撃出来まいッ!)」

「(お前は女の手によって死ぬッ)」

「(この俺を怒らせた罰だッ)」

「(苦しんで死ねぇ!)」

 

九重花久遠が八峡義弥に向けて手を伸ばす。

その手が八峡義弥の首へと向かうと、力強く八峡義弥の首を絞めた。

 

「ッ」

 

首を絞められる八峡義弥は握り締める刀を。

転生者が残した灰燈灼を、思い切り地面に突き刺すと。

 

ごぅッ、と灰色の炎が巻き上がり。

八峡義弥と、九重花久遠を一気に包み込んでいく。

 

「ふ、ははは!」

「女諸共自決したかッ!」

「これは傑作だッ」

「自らの手で愛する女を殺したのだ、奴はッ!」

 

卑下た声が響くしかし炎の中はそんな音は、届かない。

 

九重花久遠は炎に包まれたが。

 

「(……熱く、な、い?)」

 

その炎の熱に違和感を感じた。

目を開くと、其処には灰色の世界が広がっていた。

 

天積(あまつみ)道理(ことわり)か」

「道理の中じゃあ、アイツの操る能力は届かないか」

 

煤の花が揺らめく。

彼女の目の前には八峡義弥が立っていた。

 

「よう、久遠」

 

八峡義弥がそう言って九重花久遠に近づこうとするが。

 

「っ」

 

九重花久遠は八峡義弥から逃れる様に離れていく。

 

「……八峡、さま」

 

そして彼女は八峡義弥に背中を向けて両手で、自らの体を抱きしめた。

 

「私の、お願いを、聞いて、くれ、ますか?」

 

彼女は静かにそう言った、八峡義弥は背中を向ける彼女に。

 

「なんだ?」

 

そう、聞き返す。

九重花久遠は。重苦しい息と共に。

 

「どうか、このまま、何も言わず」

「立ち去って、下さい」

 

身を震わせて九重花久遠は続ける。

 

「そう、すれば」

「清らか、だった」

「あの頃の、私の、ままで、いられます」

 

九重花久遠は既に純潔を奪われた、汚されてしまった。

その体は、虫に食われたまま。

 

「今の、私を、知れば」

「きっと、後悔、します」

「(汚された、私を)」

「(蝕まれた、私を)」

「(犯された、私を)」

「知れば、知る、程に」

「八峡さまは、きっと、幻滅して、しまいます」

「例え、どの様な、方に」

「奇異な、目で、見られても……」

「私は、構いません」

「です、が……」

「八峡さま、には」

「八峡さま、だけには」

「その様な、目で、見られたく、ありま、せん」

「きっと、耐え、られない…………」

 

もう、あの頃の純心な彼女の姿はどこにもない。

あるのは汚れを知り、汚れてしまった、少女だけだ。

 

「だ、から……」

「この、まま…………」

 

さよならを。

その言葉を口にしようとして、八峡義弥が、遮った。

 

「なら久遠」

「一つだけ」

「教えてくれ」

 

するすると、布擦れの音が聞こえる。

九重花久遠は、その音と共に八峡義弥の方を向くと。

 

「俺を見てくれ」

 

頭の包帯を取った八峡義弥、その顔は、八峡義弥では無い。

否、彼女の知る、八峡義弥の顔は無く。

其処には、ただ、つぎはぎの顔をした男が立っていた。

 

 

 

 

 

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