術師名家の世間知らずなお嬢様が寝取られる話 作:三流木青二斎
「お前が神胤を操るならよぉ」
ゆらりと八峡義弥は歩き出す。
追い詰める様に間人胤護との距離を縮める。
「その神胤を」
「臨核を摘出すりゃあ良い」
「俺の臨核は人工モンでなぁ」
「取り外すのに半日も要らなかったんだわ」
余裕の笑みを浮かべる、それを見て焦りを生じる胤護。
「馬鹿なッ!」
「俺は知っているぞ」
「一通り調べた」
「貴様は侵蝕術式を継承したッ」
「最強の力を手にしたんだぞッ!」
「なのに」
「何故簡単に捨てられる!?」
間人胤護の質問に。
「棄てなきゃ」
「手前をぶん殴れねぇだろうが」
腕を軽く振り回して床を強く蹴り八峡義弥は握り拳を間人胤護の無防備な顔面に減り込ませる。
「ぶふぁッ!」
「く、クソッ、貴様ッ」
「それに」
「俺には必要の無いもんだ」
「五十市さんには悪いと思ってるが」
「それでも」
「俺が五十市さんから継承したのは」
「術式だけじゃねぇ」
自らの胸を指して。
とんとん、と指でノックする。
「この意志、思想」
「誰かの為に生きる事を」
「五十市さんから教わったんだ」
「自分至上主義?」
「そんなもん」
「ただ孤独の言い訳だろうがよ」
自虐する様に八峡義弥は言う。
それは嘗ての自分に向けての言葉であり。
その言葉は目の前の間人胤護に強く響く。
「黙れっ貴様ッ」
「いい加減にしろよッ」
「この」
「この俺を」
「一体誰だとッ」
間人胤護は顔面血だらけのまま。
貯め込んだ怒りを。
「一体」
「誰だと、思ってやがるッ!」
思い切りぶちまける。
握り拳を作り上げて八峡義弥に向けて拳を振るう。
八峡義弥はその攻撃を避けずに喰らう。
否。
八峡義弥は避ける気がない。
危機察知能力。
八峡義弥が培った後天的な能力。
相手の攻撃を先読みして回避する技。
しかし、それが今になって発動しなかった。
何故ならば、聞き察知能力は八峡義弥にとって危機となる行動限定だから。
命を断つ攻撃。
毒や肉体に影響を齎すものに関して八峡義弥は過敏となるが。
間人胤護の攻撃は八峡義弥にとって危機など感じる事は無い、それほどに、微々たる拳。
だからこそ。
八峡義弥はその攻撃を受けてしまう。
間人胤護は、八峡義弥に拳が当たる。
それに対して笑みを浮かべ有頂天になりながら八峡義弥を攻撃しまくる。
包帯が血で滲みダメージが蓄積していく。
それでも八峡義弥は決して倒れる事は無い。
「はぁ……はぁ……」
「クソッ、クソッ!」
間人の拳が鈍くなる。
腕を振り回し過ぎて力が弱々しくなっていた。
八峡義弥は口から血を吐き腕に巻き付いた包帯で血を拭うと。
「手前が何処の何様かなんざ」
「知りたくもねぇんだよ」
八峡義弥は握り拳を作り、腕を構える。
間人胤護は攻撃は最高の防御と言いたげに。
拳を振るが八峡義弥はそれを掻い潜り。
間人胤護の腹部に拳を沈み込ませる。
「ぐぷッ?!」
くの字に折れ曲がり。
痛みに悶絶する間人を見て、八峡義弥は。強く握り拳を作ると。
「歯ァ食いしばんじゃねぇぞ?」
「テメエにゃ」
「それ程の我慢すら」
「許しゃしねぇッ!」
その気迫、その鬼気、一瞬でも間人胤護は八峡義弥に恐怖を覚えた。
「ぎ、ひっ」
「待ッ────」
間人胤護が言葉を最後まで言い切る前に八峡義弥が。間人の意識を刈り取る。
強い一撃を、顔面に叩き込む。
その一撃を以て間人胤護は気絶した。
「く…は、ぁあ」
これで終わった。
八峡義弥はボロボロの体のまま九重花久遠の元へと向かう。
彼女は八峡義弥を涙ながらに見ていた。
「……疲れたわ」
八峡義弥はそう言って炎に飲まれる彼女に手を伸ばす。
一振りの刀に手を触れてそれを握り締めると炎は八峡義弥の意志によって急速に勢いを沈着していく。
そして煤一つ無い彼女の綺麗な姿だけが残り八峡義弥は刀を床に刺して。
「勝った」
「勝ったからよ」
「抱き締めて良いか?」
そう言って。
彼女は泣きながら笑みを浮かべて。
「はい、八峡、さま」
彼女が承諾すると共に八峡義弥は彼女の体を強く抱きしめる。
もう誰にも渡さない。
もうどこにも行かせない。
その様な意志と共に八峡義弥は抱き締める。
九重花久遠も八峡義弥の抱擁に答える様に強く抱きしめた。
「……なあ、久遠」
「俺が前に言ったの」
「覚えてるか?」
温泉街の時。
九重花久遠に発した言葉。
その質問を八峡義弥は。
「久遠」
「俺の伴侶になってくれ」
目の前で堂々と彼女の目を見て再度、質問する。
彼女はその言葉を聞いて。
「はい……八峡、さま」
「私は、貴方と」
「生涯を、共に」
「生きる、事を、誓い、ます」
「死を、迎える、まで」
「死を、迎え、ても」
「貴方の、傍に」
「添い、遂げま、す」
「大好き、です」
「八峡さま」
そして。
八峡義弥は彼女に向けて口付けをした。
九重花久遠はそれを受け止めて。
この瞬間、この世界は二人だけのものとなる。
上で戦う友も敵も忘れ下で伸びる陰陽師も忘れて。
ただ、二人は愛を確かめて互いの存在を求め合う。
「俺がお前の最初の男じゃなくても」
「俺がお前の最期の男になってやる」
そう宣誓して九重花久遠は。
「嬉しい、です」
「八峡、さま」
笑みを浮かべる九重花。
これで、事件は一見落着。
そう思えたが。
「ぐ、ぅ……」
「き、貴様ッ」
気絶から回復した一人の陰陽師。
八峡義弥を睨んで体を震わせながら立ち上がる。
「あ?」
「んだテメェ」
「しぶといな口臭野郎」
八峡義弥はそう言えば居たなと間人胤護を思い出す。
「許さんぞ……貴様も」
「その女もッ!」
「俺は陰陽師」
「その末裔だッ!」
「俺が一番だッ!」
「俺が一番偉いんだッ!」
「咒界に声を掛ければ」
「貴様らは外化師としてッ」
「生涯を追われ続けるッ!」
「もう二度と貴様らは」
「日の目を浴びる事は出来んぞッ!」
間人胤護は血眼になりながらそう叫ぶ。
八峡義弥は包帯の頭部に指を突っ込んで蒸れた部分を指先で引っ掻く。
「そう」
「其処だ」
「万事解決」
「俺たちが幸せになろうとしても」
「自己中な陰陽師ちゃんが居る限り」
「安泰はねぇもんなぁ?」
「さてどうしたものか」
八峡義弥は考える素振りをしながら。
間人胤護へと近づくとそのまま、間人胤護の腹部を蹴って。
尻餅を付かせる。
「そこで俺は考えた」
「俺たちが幸せになれる方法を」
「お前が地獄に落ちる方法を」
其処で八峡義弥は悪魔の様な笑みを浮かべて。
間人胤護へと、近づいていく。