地獄花   作:生米のみとさん

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ーーー辺り一面を覆うのは、目が痛くなるほどの、白。

どこだ、ここは........?
意識はあるが、体は自分の物ではないような感覚だ。

白くて、寒いーーーーーーーーこれは、雪...?
笑い声が聞こえてきた。誰かいるの?
........違う、一人じゃない。大勢だ。大勢が笑ってる。

ーーーーーーーーこれは、私が囲まれているの...?




桜の章(ニ)

ハッとして目を覚まし、慌てて起き上がった。恐る恐る周りを確認すると、当たり前だがそこは霊術院の寮の部屋だった。緊張が解け、その場で大きく息を吐く。心なしか、吐いた息が震えている気がした。

 

ーーーーーーーーまただ。またあの夢だ。

最近、同じ夢を見る。だがそれは、夢というにはあまりにもリアルで、そして何よりどうしても他人事だとは思えないのだ。

 

「なんなのよ、全く........。気味が悪いわ。」

 

時計を見るとまだ起きるには早い時間だった。しかし起きてしまったものはしょうがない。このままもう一度寝るときっと授業に遅れてしまう。

 

(仕方ない、予習でもしておこうかしら。)

 

最悪の目覚めにため息を我慢することもなく、まだ薄暗い空を横目に予習を始めた。

 

........私は流魂街出身者だ。とはいえ、私が住んでいたのは東流魂街3区。治安は比較的良いし、瀞霊廷に近いこともあり死神が訪れることも多かった。魂が流れ着く場所である流魂街では、全く関わりのなかった魂同士が集まり、まるで家族のように過ごすというのはよくあることだ。そんな中、たった一人で占いなんてやってると、訪れた死神が自然に集まってきた。

ーーーーーーーー流魂街には時折虚が現れるし、死神側としては気をかけてくれていたのだろう。彼らは私に鬼道や剣道を教えてくれた。そうして何年も何年も過ごすうち、実際に虚と相対しても身を守ることぐらいならできるようになった。

 

だからこそ、貴族や死神の家の出の者が多いここ霊術院に入っても、実習で遅れを取ることはないと思っている。

 

............しかし、知識は別だ。

私にある死神の知識は、京楽春水が教えてくれた必要最低限のものだけ。目覚めは最悪だったが、予習の時間ができたのは嬉しい誤算だ。

しばらく集中しているといつのまにか時間になったようで、廊下は教室へ向かう生徒の足音や話声で満ちている。

 

「........私も、そろそろ行こうかしら。」

 

手早く教科書類をまとめて立ち上がり、私は扉の方へ足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ霊術院のクラスは、入学試験の成績で決まるという。1組の、いわゆる特進クラスに入ることができたのは不幸中の幸いだろう。昨日は周りなど見ていなかったために気が付かなかったが、彼ーーーーーーーー惣右介も同じクラスのようだ。

 

(話せるかと思ったけれど........そうだったわ、彼、人前では猫を被っているのよね....。あの状態の惣右介と話しても面白い事なんてないし、だけど他に興味深い事も人も無いし........。)

 

人前であるが、不機嫌な顔を隠す事なく歩いていく。何はともあれ、授業は受けなければならない。ここ霊術院には飛び級制度があるし、早く知識と実力をつけてこのつまらない場所から抜け出そうと決めた。

 

扉を開けて入った教室は、教壇を中心にいくつもの長机が扇状に広がっていた。私は迷わず一番前の席につく。

ふと後ろの方を見ると、惣右介が他の生徒に囲まれていた。何やら成績だの首席だのと聞こえてくるが、成程、今年の首席は彼だったようだ。

 

(それにしても........輪に溶け込むのが本当に上手いわね。簡単に騙される周りも周りだけど。)

 

昨日と違い、彼がかけている眼鏡もある程度役立っているのかもしれない。........デザインは微妙だが。

ガラリ、と扉を開けて教師が入ってくると、途端に全員が席についた。教師の口から出てくるのは予想していた通りの形式的な文章で、聞いているこちらとしては非常につまらない。が、ここで変に目をつけられても厄介なことに変わりない。姿勢を正し、真っ直ぐに教師の方を見る。

授業中もこれを続けなければならないのか、と軽く絶望にも似た感情が生まれるが、卒業までの辛抱だと思いなんとか耐える。

 

一定時間の休憩をとることができるのはせいぜい昼休憩ぐらいで、授業の合間の休み時間はあって無いようなものだ。惣右介と話せるとしたら、その昼休憩ぐらいだろうか。

 

(早く授業、終わらないかしら...)

 

退屈ではあるが、教師の話を頭の中で素早くまとめて手元にメモをとる。しかし、ふとその手が止まった。

 

(そういえば、私が彼を『興味深い』と思ったのはなぜなの...?)

 

直感と言えばそれまでだが、何もないところから興味は生まれない。

ーーーーーーーーとなると、やはりあの目だろうか?

無意識に周りを見下し、軽蔑している目。しかしそれは決して驕りではなく、純粋に彼の周りへの評価だろう。

私は、死神を目指して仲間と切磋琢磨するこの場所に、彼のような人がいるとは思ってもみなかった。........きっと、これが理由なのだろう。

 

(そして........そう、あの時私は無意識に彼が“似ている”と思ったの........。でも一体誰に似ているというの?)

 

授業内容をまとめていたはずの脳内は、いつのまにか自分の思考を深めることに専念していた。だから気付かなかった。午前の授業はとっくに終わっていて、今はもう、昼休憩の時間だ。

トントンと肩を叩かれて初めて、思考の海から意識が戻ってきた。一体誰だと振り向けば、そこに立っていたのは惣右介だった。

 

「ぼうっとしていたようだけど、大丈夫かい?紫藤さん。」

 

「........平気よ。心配してくれてありがとう、藍染くん。」

 

「それはよかった。........ところで、紫藤さんは霊力の扱いが上手く、入学試験の鬼道の出来も素晴らしかったと聞いたんだけど、本当かい?もし良かったら、僕にコツを教えてくれないかな?」

 

ーーーーーーーー要するに、一度この教室から出るぞ、ということなのだろう。こちらから話しかける手間が省けたのはとてもありがたい。

 

「かまわないわよ。なら、少し開けた場所に移動しましょう?」

 

机の上に散乱していた勉強道具を片付け、席を立つ。多少周りからの視線を感じるが、今日はまだ初日。トントン拍子に進む話に割って入るにはいささか勇気が必要なのだろう。視線を感じるだけで誰も私達には話しかけてこない。こちらとしては非常にありがたい限りだ。

 

 

 

 

 

 

少し進めば、桜の木が植えてある開けた場所に出た。位置で言うならここは霊術院の端の方だ。わざわざここまで足を運ぶ生徒は少ないだろうこの場所は、話すにはうってつけの場所だ。

 

「それで、さっきの誘い文句はなんだったのかしら?」

 

「おや、事実だろう?」

 

「そうだけれど。あの言い方じゃ、周りから多少視線を集めるでしょう?私、興味の無い人と話すのは退屈で嫌なのよ。出来るだけ関わりを持たずに過ごそうと思っていたのに........。」

 

「確かに退屈ではあるが、情報を得るには必要不可欠なことだ。君もやってみるといい。」

 

「気が向いたら、ね。........で、本題は何かしら?」

 

わざわざ私を呼び出したのだ。人に聞かれていい話ではないのだろう。

惣右介は桜の木に背をもたれかけて腕を組み、少し視線を落として話し出した。

 

「君の意見を聞かせて欲しい。君は、死神の力の限界について、どう思う?」

 

「限界、ねぇ...。そもそも限界って、それ以上いくと危険だっていう線引きのことでしょう?それについてどうこう聞かれても、ただそこにある事実がそうだってことしか答えられないわね。........ああでも、『限界を超える』ってことに興味はあるわ。」

 

「........成程。」

 

「こんな事聞くなんて、貴方もしかして本当に死神としての限界を越えようとでもしてるの?」

 

「そうとも言えるが、なにもそれだけが目的ではないよ。そうだね........鈴蘭、君、霊王は知っているだろう?」

 

霊王ーーーーーーーーこの尸魂界の王か。

 

「無論、知っているわ。........でも、そういえば見たことはないし、姿を知っている人も聞いたことがないわね...。」

 

王とは言うが、霊王の存在はあまりこの尸魂界では意識されていない気がする。居ることは知っているが、どんな姿なのかも分からない相手を気にすることがないのだろう。会話の話題になるのも珍しい。

 

「それで、その霊王がどうしたっていうの?」

 

「納得がいかないんだ。霊王とは何なのか、どのような存在なのかーーーーーーーー。何も告げられる事もなく、ただ従っていろと言われているようでね。」

 

「だから霊王が........この尸魂界がなんなのか、解き明かそうって訳。」

 

「察しがよくて助かるよ。どうかな、君の興味は誘えたかい?」

 

こちらを覗き込むようにして見てくる惣右介。疑問系で聞かれているが、どう考えてもこの誘いに乗る以外の選択肢は用意されていないだろう。

........そんな風に威圧的にならなくても、私は最初から貴方に協力する気でいるのに。

 

「........昨日言ったでしょう?私は貴方に興味があるの。貴方がどんな道をどうやって歩むのか。そしてそれを見届けたいと思った以上、私も最後までとことん貴方に付き合うわ。」

 

死神の力の限界を超える、霊王や尸魂界を解き明かすーーーーーーーーどちらもこの世界の禁忌に触れるだろう行いだ。

これは、私なりの覚悟でもある。

そして何より、最近見る夢や感じる違和感を解き明かすにはもってこいだろう。

 

「それを聞いて安心したよ。」

 

「思ってもないことを言わなくて結構よ。」

 

「........本心ではあるんだが。ーーーーーーーーそういえば、この場所はあまり人が来ないね。こんなに立派な桜の木があるというのに。」

 

惣右介が視線を向けた先にある大きな桜の木。美しい色の花びらも、風に吹かれて何枚かは既に散っていた。

 

「ここは教室からは離れているし、わざわざ来る人も少ないんじゃあないかしら?だからこそ私もここを選んだ訳だし...」

 

止まることのない風に、桜の花も散るしかない。今はまだ耐えている花びら達もいずれは散り、この木も枯れるのだろう。

そう思うと、少し寂しい気もする。

 

ひらり、と目の前に落ちてきたひとひらの花びらを手のひらに取るが、その花びらも風に吹かれてどこかへ飛んでいってしまった。

 

「........鈴蘭?」

 

「ーーーーーーーー『いずれ散りゆくはこの世の理。しかしそれに争うことは、果たして罪なのだろうか。』」

 

「........それは、詩の一部か何かかい?」

 

「いいえ。なぜかは分からないけれど、私が物心ついた時には既に頭にあった言葉よ。あまり思い出さないようにしていたんだけどね........。」

 

夢にしろこの言葉にしろ、全く気味が悪い。

 

「ーーーーーーーーさぁ、そろそろ戻りましょう?午後の授業に遅れてしまうわ。」

 

「鈴蘭、一ついいかい?今まで、自分のものではない記憶だったり、身に覚えは無いのに他人事とも思えなかったり........そんな体験をしたことは?」

 

どきり、とした。

私の占いを聞いた人がよく驚愕していたけれど、こんな気持ちだったのだろうかーーーーーーーーなどと軽く現実逃避をするほどには驚いていた。

 

「...........どうして知っているのかしら。話したことはないはずなのだけれど。」

 

「ただの質問だ。君がそうだと知っていて聞いたわけではないさ。ーーーーーーーー君はさっき、『物心ついた時には既に頭にあった』と言ったね。そこから一つの可能性を考えたまでのことだ。」

 

「........それで?その可能性っていうのは、私は今教えてもらえるのかしら?」

 

「ーーーーーーーーいや、やめておいた方がいいな。あくまで可能性であって確かなものではないし、それにこれは君自身の問題だ。他人に教えられるより、自身で解決した方がいいだろう?」

 

(き、気になる........)

 

彼の言っていることは一理あるどころか納得する要素しかないのだが、こうまでも気になる言い方をされると今すぐに聞き出したくなってしまう。

その不満を隠すことなく顔に出しながら、私は渋々頷いた。

 

「........分かったわよ。」

 

この事は一人で調べるしかなさそうだ。惣右介は私の言った一言だけで予想がついていたようだが........。単純に知識の差だろうか。それならば書籍を漁れば何か分かるだろうーーーーーーーー。

ある程度の今後の行動を決め、さて今度こそ授業に向かおうとしたその時、授業開始の鐘が鳴った。

 

「........ねぇ、惣右介。このチャイムって昼休憩終了と同時に、午後の授業開始の合図でもあったわよね?」

 

「ああ、そうだね。どうやらかなりの時間話し込んでしまっていたらしい。」

 

悠々としている惣右介だが、彼も成績を下げるのは本意ではない筈。なぜそんなに余裕なのだろうか...。

 

「ねぇ、随分と悠長にしているけれど、早く行かないとまずいんじゃない?」

 

「それはそうだが、焦ることでもないよ。次は鬼道の実習だろう?むしろいい機会だ。」

 

(だから何がいいのよ........)

 

この時に問い詰めておけば良かったと、私は後々後悔することになる。

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