「藍染!!紫藤!!二人共、初日から遅刻とは何事だ!!」
実習が行われる演習場に入るとすぐ、担当の教師から大声が飛んできた。
私が答えようとするより先に、惣右介が一歩教師の方に進み出て行く。私は言葉を発するタイミングを失い、薄く開いた口を閉じた。
「遅れてしまい申し訳ありません。初めての鬼道の授業でしたので、鬼道が得意な彼女に色々と聞き、練習していたんです。」
........待て、嫌な予感がする。
「ほう?紫藤は既に鬼道を扱えると?」
教師の鋭い視線がこちらに向く。初日からあまり目立ちたくはなかったというのに、誰かさんのおかげで私の脳内計画が狂ってしまった。......仕方ない、手っ取り早く終わらせよう。
「........詠唱破棄で赤火砲ぐらいなら安定して撃てますけど、やりますか?」
「詠唱破棄だと?........いいだろう、やってみろ」
演習用に設けられている的のうち一つを狙い、手をかざす。赤火砲は込める霊圧を調整すると威力をコントロールできるため、使い勝手がよく流魂街にいた時にもよく使用していた。
故に、教師から圧があろうが周りからの視線があろうが、何の問題もない。
「破道の三十一『赤火砲』」
ドンッ、という音と共に的が一気に崩れる。実際に戦闘で使うなら威力は高い方がもちろん良いが、今回は小さな的一つを壊せばいいだけだ。これぐらいの威力で十分だろう。
「どうですか?実習としては及第点だと思いますが。」
「あ、ああ。素晴らしい出来だ。すでに詠唱破棄でコントロールできているとは........。」
もういいだろう、と下がろうとしたが、惣右介が道を塞ぐように立っていて戻ろうにも戻れない。........まだ何かしろ、ということだろうか。冗談じゃない。
「ねぇ、そこ邪魔よ。退いて頂戴。」
「驚いた、ここまで鬼道が上手いなんて。詠唱破棄でこれなら、一体詠唱ありなら何番までできるんだい?紫藤さん。」
そうか、今は周りに人がいるんだった.....。
おかげで私が猫被りモードの惣右介が嫌いだという事を、今一度はっきりと認識する羽目になった。
別に取り繕う必要もない、と、嫌な顔を隠さずに惣右介に答える。
「別に試したことはないけれど、大体五、六十あたりじゃないかしら。」
早くこの話を終わらせてくれ、という私の心の叫びに気付いていないふりをして、彼は話を続けた。
「へぇ、すごいね。そうだ、試したことが無いのなら、ここでやってみたらどうだい?........ね、皆んなも見てみたいだろう?」
傍観していた他の生徒たちが惣右介の言葉に答えている。........一体いつの間にクラスメイトを手懐けていたのやら。
次々と向けられる期待の眼差しに大きくため息をついた。要するに、惣右介はこの機会を利用して私の実力を知っておきたいのだろう。
「........分かったわよ。けれど、無茶振りはこれっきりにしてちょうだいね。」
まぁ、これっきりなんて無理に決まっているが。
退きかけていた先程の場所に戻り、赤火砲で壊れた的の一つ隣を狙う。
「ーーーーーーーー散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる ーーーーーーーー破道の六十三『雷吼炮』」
雷吼炮は雷を纏う攻撃を含む。威力は抑えたつもりだったが、やはりまだ六十番台は安定していない。一つを壊すつもりが、周りの的も壊してしまった。
流石に怒られるだろうか、と教師の方をチラリと見たが、向こうはこちらを見てはいないようだ。手元のボードに何かを書き込んでいるように見える。兎にも角にも、面倒なことにはならないならそれに越したことはない。
「...........すごいね、予想以上だ。」
「お褒めにあずかり光栄よ。........だけど、もう十分でしょう?」
流石に時間を使いすぎている。本来なら授業中なのだ、他の生徒たちも練習したいだろう。
今度こそちゃんとその場から下がり、端の方に移動する。
周りに人がいる状態で惣右介と話すのは疲れるというのに、彼はわざわざ私の隣に来た。
「まさか詠唱破棄とはね。驚いたよ。」
「惚けないで頂戴。私の霊圧を見て、できると判断したからあんな提案をしたのでしょう?........出来なかったらどうするつもりだったの」
「実際できたのだから、良しとしようじゃないか。見事だったよ、本当に。」
「あら、ありがとう。でもあれくらいなら、貴方でもできるんじゃない?貴方、私なんか非じゃないくらい霊圧が高いでしょう。」
「そう思うかい?........そうだね、否定はしないよ。」
ーーーーーーーーやはり、彼のこういうところは面白い、と思う。
自分を偽り周りをよく観察し、自分の思う通りの展開に上手く持っていく、そんな策士で冷徹な部分を持っていながら、人間らしさは消えていない。今だってそうだ。遠くを見つめる彼の目の奥には、隠しきれない孤独を感じる。.
ーーーーーーーーもしも彼のこの霊圧の高さが生まれつきだったのだとしたら、考えられるのは、自分と張り合えるような実力の者が今までいなかった........などだろうか。
(だとしても、私にはどうすることもできない。実力以前に私は貴方と張り合う気は無いし、ましてや対立する気もない。私はただ、貴方に............貴方の行く末に興味があるだけ。)
ーーーーーーーーただ少し、私も“寂しい”と思ってしまった。自分が周りと違うと認識しているからこその孤独を、私も知っているからなのだろうか。
余計な考えだ、と、頭を振って考えを一旦捨てる。せっかく面白いことを見つけたのだ、今はそちらに集中するべきだろう。
順番が惣右介まで回ってきて、的に向かう彼を見る。
先程の私同様、彼も詠唱を破棄して赤火砲を打ち込んだ。遅刻した分のマイナスを実力で黙らせるつもりらしい。
話しかけてきたクラスメイトににこやかに対応する惣右介を、壁にもたれながら静かに見やる。彼の実力は確かだし、一年で卒業するのも夢じゃないだろう。
(置いていかれないようにしないとね........。)
尸魂界に住む者ならば、死神の刀ーーーーーーーー斬魄刀のことは当たり前のように知っているだろう。個々によって様々な能力を有しているその刀は、何も初めからそうなっているわけではない。最初はただの浅打であり、死神が成長すると同時に斬魄刀の能力も開花するのだ。
そしてその浅打だが、霊術院では剣術の授業もあり、生徒たちがある程度刀の扱いに慣れた時点で配られる。
たった今、手元に来た自身の斬魄刀となる浅打をよくよく観察する。当たり前だが現状で何か他と違う特徴は見当たらない。
(これがあんなに個性的な刀になるなんて........にわかには信じがたいわね。)
周りを見ると、全員が期待に満ちた顔で自分の刀を見ていた。ーーーーーーーーそういえば、護廷十三隊にはその隊ごとに特色があるという。四番隊は特に特殊で、回復系の能力を持つ者ばかりの.....言わば医療班のような隊だと聞く。
あとは十一番隊。あそこは鬼道系の斬魄刀だと嫌われるらしい。
成程、目指す隊によって斬魄刀への見方も変わるのだろう。
「能力、ねぇ........。そんなに重要なものなのかしら。」
「おや、君は楽しみじゃないのかい?」
「...........。静かに後ろに立つのをやめてくれないかしら、藍染くん。」
「ああ、すまないね。既に僕の存在には気がついているものだと思っていたものだから。」
また思ってもみないことを........。
この霊術院に入学してから暫く経つが、惣右介との関係は相変わらず続いていた。
視線を下に向けると彼の手にも浅打が握られていることが分かる。逆の手に諸々の授業に必要なものをまとめて持っているところを見ると、どうやら寮に戻るところらしい。
「別に楽しみじゃないわけじゃないわ。どんな能力なのか興味はあるけれど、それにこだわる必要もないもの。........貴方寮に戻るのよね?途中まで一緒に行っても?」
「君がそう言うのは珍しいね。構わないよ。」
刀を紐で縛るとそのまま肩にかけ、惣右介の隣を歩く。
「ーーーーーーーーそういえば、もうすぐ対虚の実習よね。虚は本物じゃないようだけど。」
「斬魄刀は既に配られているし、早いうちに生徒の能力を見ておきたいんだろう。護廷十三隊は死神の数こそ多いが、隊長格の強さを持つ死神はほんのわずかだからね。」
「あら、それなら貴方にとっては絶好の機会ね。」
「それは君もだろう?君の鬼道の実力ならばすぐに上に伝わるさ。」
「鬼道ね........。」
たしかに今の鬼道の主席は私だが、このままいくといずれ彼に抜かれてしまうだろう。唯一の特技が取られるというのはーーーーーーーー少し複雑な気分だ。
ふと視線を感じて下げていた目線を上げると、こちらを睨む女子の軍団や物珍しそうに見る目など、周りからの視線がとてもうるさかった。
理由は明白だ。まず女子の視線だが、これは分かりやすい嫉妬。文武両道で顔も整っている惣右介の隣に特定の誰かが居るのが嫌なのだろう。........暇人なのだろうか。
次に、こちらを珍しいものでも見るかのような視線を寄越してくる連中。主席の惣右介は目立つし、私は周りに一線を引かれている自覚がある。ーーーーーーーー珍しいというより、見せものか何かだと思われている気がする。
「........やっぱり一人で戻ればよかった。」
「言い出したのは君だろう?それに、たとえ一人だったとしても君は目立つ。注目を浴びるのは同じさ。」
たしかにその通りかもしれないが。やはり私も彼のように割り切って周りに愛想良くするべきだろうか。
そのまま中身のない上辺だけの会話を続けながら歩いていると、見知った霊圧が近付いてきていることに気がついた。
「........私から言い出しておいて悪いのだけれど、少し寄るところができてしまったみたい。」
「そうなのかい?......それじゃあ、また明日だね。」
「ええ。また明日。」
惣右介と別れ、寮とは反対の広場に向かって歩いていく。
霊術院には時々現役の隊長や副隊長が訪れることがある。そしてこの霊圧........間違いない。
「ーーーーーーーーお久しぶりです、京楽さん。」
「おっ、鈴蘭ちゃんじゃないの。久しぶりだねぇ。元気してたかい?」
「はい。お陰様で。」
ーーーーーーーー京楽春水。現護廷十三隊八番隊隊長にして私を流魂街からこの死神の世界へと連れてきた張本人。
もし彼に見つけてもらっていなければ、私は惣右介と会うこともなく、ただ流魂街で同じ日々を過ごすだけのつまらない人生だっただろう。一瞬軽く恨めしく思ったものの、結果的には感謝している。
「京楽、この子は?」
「前に言った、流魂街にいた凄い霊圧を持った女の子さ。ほら、最近じゃあ鬼道の扱いが上手いって話題になっていただろう?」
「ああ!じゃあ君が話題の紫藤さんか!........おっと、自己紹介が遅れてしまったね。僕は十三番隊隊長、浮竹十四郎だ。」
にこやかにこちらに手を差し出す浮竹隊長。成程、彼が京楽の言っていた........。
「存じ上げています。ーーーーーーーー改めて、紫藤鈴蘭です。よろしくお願いします。」
出来るだけ笑顔を意識して握手をする。側から見れば薄く笑っているだけのように見えるだろうが、これが私の精一杯だ。
「ところで、その、話題のってどういうことか聞いても?」
「そのことなら、別に悪い噂じゃないさ。主席の藍染くんと君の鬼道の実力の話が、君たちの担当教師から来ていてね。」
「鈴蘭ちゃん達、初日の授業に遅れたでしょ?それだけでも十分話題になるんだけどねぇ。その遅刻を忘れるぐらいの鬼道の実力を見せられちゃうと、護廷十三隊としては見過ごせないのさ。もちろん、良い意味でだよ?」
「それなら良かったです。でも私が出来るのは鬼道ぐらいですし、その鬼道も京楽さんから教わったものです。実力で見るなら、私よりも惣右介................藍染くんの方がいいと思いますよ。」
そうは言うが、護廷十三隊にも話が行っていたことは喜ぶべきだろう。無論、言ったことも本心ではあるが。
「『藍染くん』って言やあ、主席の子だよね?鈴蘭ちゃんと一緒に遅れて来た........」
「京楽さんそろそろ遅刻から離れて下さい。...........でも、京楽さんも彼に会ったら分かると思いますよ。彼、私以上に霊圧が高いですし、入隊後もすぐに座官になりますよ、きっと。」
「........(それは君にも言えることなんだけどねぇ...。やっぱりこの子は、無意識に自分の評価を下げてしまっているようだ...)」
何か言いたげな京楽の視線に気付かないふりをして、刀を下げている紐を担ぎ直す。そういえば、彼らはなぜこの霊術院を訪ねに来たのだろうか。
「お二方、今日は霊術院に何か用ですか?」
「特に何かあったわけじゃないさ。ただの定期的な見回りだよ。」
「そうですか。........では、近々に大きな実習を控えているので私は失礼しますね。」
「実習かぁ、頑張ってね。........そうだ、鈴蘭ちゃんにおじさんから一つアドバイスをあげよう。斬魄刀はね、重要なのは話しかけることだ。これを忘れちゃあいけないよ。」
話しかける........?斬魄刀と会話ができるということだろうか。
「........助言をありがとうございます。それでは。」
こちらに向かって大きく手を振る京楽と、終始穏やかな雰囲気だった浮竹。一見するとただの『良い人』だが、さすがは隊長。霊圧も取り巻く空気も普通の死神の比ではない。ーーーーーーーーそして一番恐ろしいのは、その隊長達に負けない霊圧を持っている惣右介だ。
(全く、彼はこの先一体どこまで強くなるのかしら........。)