約束
……暗い。
「その目を我々に見せるな。汚らわしい!」
……痛い。
「早く死んでくれたらいいのに」
……苦しい。
「目をつぶし、口を縫い合わせてしまわないか?」
「そうよ。そうしましょ」
私の自我が目覚めたとき、私の周囲は、憎悪に満ちた目で私を見ていた。それだけははっきりわかる。鬼の国から少し離れた貧しい村の中で気味悪がられた私。今思うと迫害されていたのだろうか。ただ、幼い私に、抗う術はなかった。保護者である老婆に縋り、秘かに成長する他なかった。だが、物心ついた私が、言葉を話した時。
私の世界は闇に閉ざされた。
私の見たものを伝えた時、村の大人たちは、私を暗い蔵に閉じ込めた。
「呪われた子め」
私は、村の厄介者から呪われた存在へと変わってしまった。私はただ一言、村人達の前で言っただけなのに。
【おばあちゃん、明日、転んで、死んじゃう】って。
村人達に、縁起の悪いことを言うなと殴られた。だが、次の日に保護者であった老婆が階段から転げ落ち、死亡した。それから私の目は、塞がれ、口も猿轡を嚙まされた。
そこから私の虐待の日々が始まっていった。ご飯もろくにもらえず、日々鬱憤晴らしに殴られる日々。涙が枯れ、痛みを痛みと感じられなくなった。なぜ生きてるかもわからず、気味悪がられ、自分を否定される日々が永遠に感じられた。
殴られれば痛い、だけどそれ以上に、存在を否定され続けることは、幼い私の心を傷付け続けた。
ある日、村人達が私を人柱にするといって、蔵に押し寄せてきた。
凶作や近くで忍の戦闘があったり私が生きているせいで村は呪われた。だから私を人柱にするといっていた。
両手を縄で繋がれ、歩かされる。罵声やおそらく石を投げつけられながら、一歩一歩歩いた。やがて、柱のようなものに縛り付けられた。そして、足元が熱くなり、煙が私を襲った。
「けほ、けほ」
呼吸できず、逃げることもできない私は、死んでいくだけだった。そのはずだった。
……
「何やってるってばね!!!」
聞いたことのない女性の怒号と共に、私の縄が切れる。そして、誰かに抱えられた。目隠しをしているため、誰かわからない。怒った女性と村人達が言い争っているのが聞こえる。
「お前たち木ノ葉の忍には関係ないじゃろ!!」
「そうだ。呪われたそいつがいるから、不幸が起こるんじゃ!」
「殺せ!」
「ふざけるなってばね! あんな子供を、大人たちが寄って集って!」
殺せ、殺せと村人たちの声が聞こえていると、両耳を優しく塞がれた。何が起こったかわからず、震えているとやがて私を抱えていた人が喋った。
「大丈夫だよ。安心して」
彼が言うように、罵声がピタリとやんだ。だが、息を荒くしている女性が少しづつ近寄ってくる。怖くなり、体が震えだす。気配と音で女性がしゃがんだのがわかる。ガチガチと奥歯が鳴り、体を縮こませる事しかできない。
女性は、怖がっていた私を抱きしめた。
「や」
「怖かったってばね。こんなになるまで大人にいじめられて……」
初めて人に抱き締められ、優しく頭を撫でられた。そして、私を抱きしめた人は、泣いているようだった。なぜ泣いているのかわからない。けど、胸の奥が、どんどん熱を持ち始める。
徐々に、熱は強まり、目頭が熱くなる。そして、必死にこらえようとしたのに、もう出なくなったと思ってた涙が流れるのを感じた。
「う、え、うぅ」
「よし、よし、泣いていいのよ。もう、貴方を虐める奴は、いない」
背中を摩られながら、求め続けたぬくもりに感情が爆発した。村にいた時は泣くと余計殴られたのに、涙も鳴き声も止めることができず、抱き締めてくる人物の衣服を汚してしまった。
ずっと泣いていると、少し離れたところで村の人と話している男性の声が聞こえる。
「では、彼女は我々が連れていきます」
「ふん、呪われた子を欲しがるなんざ、物好きだな。まぁ厄介を引き受けてくれるなら構わないさ」
「えぇ。二度と貴方達のような人には近付けさせません。……あの子に名はあるんですか?」
男性が問いかければ、村長が答えた。
「あるわけなかろう。あれは人ではない。呪いを振り撒く物の怪だ。お前もあの凶暴な女も、そいつの目を見れば実感するさ」
男性は、村長に「そうですか。では、これで」と告げる。そして、私と女性に軽く指先で触れる。
「少し、びっくりするかもしれないよ」
とても優しい声で説明され、私がポカンとしていると、急に浮遊感が走り、すぐに収まる。
「? ? っ!?」
一瞬だった。だが世界が一転した。目を塞がれていた私の嗅覚と聴覚は、鋭く周囲の音や匂いが、一変したのを感じ取った。聞いたことのない音、嗅いだことのない香りに脳がパンクを起こしそうになる。
「ちょっと、ミナト。飛雷神の術なんか使ったら、混乱するにきまってるでしょ」
「ごめんごめん。少しでも早く、この子をあの村から引き離さなきゃと思って」
二人は何か話し合った後、男性のほうが私に話しかけてきた。
「僕たちの言葉はわかるかい?」
頷いて答える。難しい言葉はわからないが、日常会話くらいなら理解できる。目を塞がれたため、発達した聴覚は、村中の音を拾っていた。そこで言葉をある程度覚えた。
「そうか。ならまずは、僕たちの自己紹介からかな」
「その前に、この目隠し取ってあげなきゃ」
女性が私の目隠しを外した。急に眩い光が視界に入り、赤い髪の若い女性と黄色い髪の若い男性が居た。二人は私を見ており、驚いたように何かを口走っていた。だが、そんな情報を処理するより先に、私の脳はパニックを起こした。
「ヤーーーー! ヤーーー!」
私は一種のパニックになりながら、叫んで取られた目隠しを両手でもぎ取り、慌てて装着し泣き続ける。すると二人は驚いた後、叫ぶ私を宥めようとしてくる。優しさに触れたことのない私は、戸惑いながらも叫ぶのをやめる。
でも動悸が激しくなり、平静を保つことができなくなる。
「クシナ、勝手に目隠しに触っちゃいけない」
「そ、そうなの? ごめんてばね。もう勝手に取ったりしないから、泣かないで」
震える私を抱っこしながら、女性が心配そうに話しかけてくる。
「それ、とっちゃダメなのね?」
頷く。これは私の唯一の外界からの守りなのだ。幼い私の胸に刻まれた村人達のあの目。私の目を見ただけ皆が怖くなった。私の目が気持ち悪いと石を投げつけられ、憎悪に満ちた目を向けられる恐怖。私にとって目とは、自分を苦しめるものだった。他の人に見えないものが見え、嫌われるだけの部位。
だから、目隠しをされた時、あの村人たちの目を見ないこと、私だけが見えていたものが見えなくなったことは、ささやかな救いだったのだ。
今私に初めて優しくしてくれた二人も、私の目を見れば、あの目を向けてくるに決まっている。一種の防衛本能として幼い私には、目隠しをし続けることが刻まれていた。
「勝手に取ろうとして、ごめんってばね。よしよーし」
「……とらない?」
「取らない取らない。貴方が良いって言うまでは」
私がしっかり落ち着くのを待ってから、二人は椅子に座り温かい飲み物を用意していた。私は、女性の膝の上に乗せられたまま。女性が私に温かいミルクを飲ませてくれた。砂糖が入った甘いミルクを火傷しない温度まで冷ましてから飲ませてくれた。甘い飲み物なんて初めて飲んだ。
そして、私が飲み終えるのを待ってから、二人が私に自己紹介をしてきた。
「さて、じゃ僕らの名前を話しておこうか」
「そうね。忘れてたわ」
「?」
「まず君を抱いている女性が、波風クシナ。そして、僕が波風ミナト」
「みなと? くしな?……なみかぜ?」
「そうそう。彼がミナトで、私がクシナ」
「……私、私は……」
名前が出てこなかった。そもそも、名前で呼ばれた記憶がない。黙り込んだ私の反応を見て、男性が「そうだね」と言って私の手を取る。
「……わたしは、だれ、なん、だろ。のろわれた、子?」
「違うよ。断じて違う」
「それは名前じゃないってばね。それに呪われた子なんて、貴方のことじゃ絶対ない」
自分がわからない。今思えば私はただ生きているだけの生き物だった。でも、仕方ない。生まれてから周囲に否定され続けた私が、何かになれるはずがないのだ。
「君の事だけれど、あの村人たちから、僕たち夫婦が身柄を預かることになった」
「何かわからない」
「貴方は、私たちと一緒に暮らすってこと」
「なんで?」
私の疑問はおかしいのだろうか?
「今日から、ここがあなたの家になるからだってばね」
「家?」
「そうだよ。君は今日から、木ノ葉隠れの里に住むことになる。僕らが保護者ということになる……君が嫌じゃなければだけどね」
「……」
保護者が何かわからない。村の老婆みたいなものだろうか。また倉庫に入れられるのだろうか。
そして、また虐められるのだろうか。
いやだ。もう嫌だ。あんな生き方したくない。そんなことなら、あのまま……終わりたかった。
「あなたの考えてるようなことは起きない。私が約束する。指切りしましょ」
「ゆびきり?」
「そう約束。こうやって小指と小指で」
女の人……クシナが小指と私の指を繋いでくる。
「こうやってね、相手と自分に対して約束を絶対に守るって誓うの」
「……」
「もし破っちゃったら、針千本飲まなきゃいけないってばね」
クシナが笑っているのが声でわかる。
「針、飲んだら痛いよ? 血、何日も止まらなかったの」
「っ」
男性……ミナトが驚いたような声が聞こえ、固まっていたクシナが、力強く抱きしめてきた。
「絶対に、絶対! 楽しいこといっぱい体験させてあげるし、美味しいものだっておなか一杯、それに、あなた自身の目で色んな綺麗なものだって見れるようにしてあげる、……幸せだったって思えるようにする! 約束するってばね!」
クシナが泣き出してしまった。痛いくらい抱き締められているのに、心に温かい何かが広がっていく感覚がする。私にできたことは、その温もりにしがみ付き、彼女の誓いを受け止めるだけだった。
……
少女は、クシナが抱きしめ続けていると、すやすやと寝息を立てて眠ってしまった。熟睡した少女を寝床に寝かせた後、波風夫婦は、テーブルに向かい合っていた。冷めてしまったので温めなおしたコーヒーを差し出すミナト。
「ん。さて、クシナ。そろそろ話し合わないとね」
「ミナト。私が言いたいこと、もう分かってるわよね?」
クシナの問いに、ミナトは困った表情をしたまま、腕を組む。
「あの子を僕らの養子にしようってことだよね?」
「えぇ。あの子を見たでしょ? あの小さな体にどれだけの苦痛を……、心にだって」
「確かにね。僕もあの村に戻すつもりはない。戦争孤児は、沢山見てきた。だが、彼女は、村人たちのストレスの捌け口として生かされているような悲惨さだった。そしてあの光景……」
二人とも任務の帰りに偶然出くわした光景を思い浮かべている。大人たちが大勢で一人の少女に石を投げ、火をつけた光景。まともな神経の持ち主なら、あの村の異常性を感じ取れる。
「なら、決まりね」
「待つんだクシナ。僕が言いたいのは、彼女自身の事だ」
「……」
「養子の件なら、一度、木ノ葉の孤児院に籍を入れた後に引き取れば大丈夫だけど、あの子の瞳のことだよ」
勝手に目隠しをクシナが外してしまった際、二人は一瞬だけだが少女の目を見たのだ。
それは、木ノ葉の里に住む忍なら絶対に知っているものだった。少女の目は、間違いなく、ある一族の瞳術の特徴を有していた。
最初は紫の瞳だったが突如変異。発光し、瞳孔の周囲に黒い巴模様が3つずつ浮かび上がっていた。そんな特徴を持つ目は、ある一族しかいない。
「写輪眼。この子は、うちは一族の写輪眼を持ってる」
「あんな辺鄙な場所に、うちは一族が居たの?」
「わからない。だが、うちはの特徴を持つ子供のことは、一度三代目に報告したほうがいいね。うちは一族との関係もある」
輪廻眼、白眼に並ぶ三大瞳術の一つ。写輪眼。特殊な条件の術以外、すべての忍術・体術・幻術を見抜き跳ね返すと言われる瞳。それを備えた子供を保護したとなれば、ミナト達だけの問題ではなく、うちは一族、または里の問題になりかねない。
三代目火影、猿飛ヒルゼンなら知恵を貸してくれると考えた波風ミナト。
「でも、うちは一族の特徴は、目だけなのね」
クシナは、自分の知るうちは一族を思い出す。皆が黒い髪で黒い眼をしている一族であり、今回保護した少女は、その特徴から大きく離れていた。テーブルを離れ、ベッドで眠る少女の頭を撫でるクシナ。
淡い紫の瞳であり、髪はクリーム色。あまりにうちはから掛け離れていた。唯一、うちはと分かるのは、写輪眼のみだ。
「心配だわ。この子は、差別を受けて生きてきた。仮に、うちはが引き取ってくれたとしても、うちはで差別を受けたらこの子の居場所は……」
「そのことも報告するよ。絶対に悪いようにはしない」
クシナの心配をミナトも理解していた。写輪眼を持っていることは間違いないだろう。目を隠す防衛本能は、村人に写輪眼を見られたことによる迫害が理由だろうと想定できる。それだけなら、うちは一族に保護してもらえるのなら心配はない。むしろ一族の血を濃く受け継ぐとして、歓迎してもらえるかもしれない。
だが、決定的に少女は、うちはと違うのだ。
「青い写輪眼を持つなんて……」
「どうか、彼女にとって木ノ葉の里が住みやすいことを祈ろう」
そう。少女の瞳は、通常赤く発光する写輪眼とは別。青く輝く写輪眼だったのだ。
主人公の見た目は、劇場版のヒロインをそのまま持ってきたと思ってほしいです。