シャナによって外に連れ出された雪絵。
「どうして、私なんかの味方をしたの?」
雪絵はシャナに問わねばならなかった。当然問われると思っていたのか、背中を船の壁に預けながら、床に座り込んだシャナは空を見上げる。
「だって、誰かに何かを決められるって、気分悪いじゃないですか」
それだけは御免だと言わんばかりの表情。一切雪絵に敵意はなく、シャナは雪絵に同情しているようだった。
「それだけが理由な訳? うそでしょ。あのうるさいチビ、弟なんでしょ? なのにあそこまで」
シャナは外に出る直前、ナルトを痛めつけていた。仲の良い姉弟だというのは雪絵から見ても理解できていただけに、血も涙もない折檻にはドン引きしている。
それに、誰かに決定権を持たれるのは気分が悪いという意見には同感するが、それだけで自分の味方をするはずがないと疑う雪絵。
「世間知らずの弟を躾けるのも姉の仕事だってばね。それにナルトは、護衛対象である貴方を、危険に晒すような選択を強要しようとしました。そんな大馬鹿は、多少痛い目にあっても仕方ないと思いません?」
それこそが真実だと言わんばかりだった。シャナの表情を見れば、雪絵もこれ以上疑えはしない。そして、シャナの目を見た瞬間、自分と同じものを感じ取ってしまった。雪絵は腰を下ろし、シャナの隣に座る。
「貴方も同じような経験があるのね」
「そうだってばね。私も周囲に勝手に人生を狂わされた人間だってばね」
雪絵と同じく、シャナも大人達によって人生を歪められた経緯がある。シャナはその時の恨みを忘れていない。木ノ葉の里の大人達という大多数に対し、シャナは憎しみを抱いている。特にシャナが嫌うのは、”里の為”という全体主義だ。シャナは完全な個人主義者であり、木ノ葉の里を守るために行われる少数の切り捨てを嫌悪する。
社会的に見れば、シャナの存在は不穏分子でしかないだろう。だが、シャナにとってはその生き方しかできないのだ。そうしなければ自分や大切なものを守れないのだから。
「でも、あなたは私とは違うのね」
「……私は強いから。私は自分の力で、大人達をはねのけたってばね」
雪絵とシャナの違いは力の有無だ。雪絵は逃げる事しかできないのに対して、シャナは抗うことを選んだ。運命に翻弄される以外に共通点はないと言える。
「いいわね。今の私より選択肢が多くて」
「選択したいんだってばね?」
シャナは雪絵が逃げる事を選ぶのは当然だと思っていた。だが、雪絵が零した本音のような言葉にひっかかりを覚えるシャナ。シャナに突っ込まれた雪絵は、「そんなんじゃないわ」とすぐに否定する。
するとシャナは雪絵に跪いて手を取る。
「逃げるのなら、私が安全に連れ帰ってあげられる。だけど、ずっと逃げ続ける事になるし、私はずっと守ってあげられない」
当然だろう。シャナは木ノ葉の忍で、護衛任務に従事しているだけ。木ノ葉に逃げ延びれば、迂闊に手は出されないだろうが、もしドトウの命令でグライアが攻め込んでくれば、木ノ葉は壊滅してもおかしくない。
シャナはグライアの実力を、そのレベルだと感じ取っている。シャナであれば逃げおおせる事は可能だが、他のものでは雪絵を守れはしない。
「もし、立ち向かうなら、私が命に代えてもあの女傭兵を倒すってばね」
敵側の最高戦力であるグライア。同じ目を持つ異国育ちの姉。彼女さえ対処できれば、雪絵の生存確率は向上する。しかし、姉との戦闘中は、全神経を集中せねばならず、雪絵を守れない。
その場合、ナルト達に護衛を任せる事になるが、雪忍の練度や規模からして、確率は五分五分と言ったところだろう。
命をかけるには、分が悪すぎる。だが、ナルト達が言ったように勝利すれば、雪絵は国家の当主として台頭し、怯えることなく自由を得られる。
「何、あんたも結局あいつらと同じってわけ?」
結局は雪の国に行けと言うのかと、怒りを顕わにした雪絵がシャナの手を振り払おうとするが、シャナが雪絵の手を離さない。
「違うってばね。選ぶのは雪絵さんだってばね。私は雪絵さんの意思を優先すると誓うってばね。逃げるならいつでもできる。けど、進むのなら今しかないと伝えたかっただけ」
「どういうことよ」
雪絵の問いにシャナは、酷く邪悪な笑みを浮かべる。これは悪魔との取引ではないかと言うように。
「今雪絵さんは、うずまきシャナと言う世界でも類を見ない刃を持ってるんだってばね。敵は雪忍、相手はドトウ。けれどそんな奴らを蹴散らしてしまえる絶対の力を握っている。けれど、握っていられるのは僅かな間のみ」
「だから、有効に使えと?」
雪絵の問いにシャナは頷いて答える。
「貴方がそこまで雪の国を救いたい理由ってなによ」
シャナは、三太夫の夢を否定している。人の命を勝手に賭けた彼を軽蔑し、侮蔑した。だからシャナに雪の国に向かうメリットなどない。もし向かったとしてもグライアと戦わなければいけない。シャナは勝つと言っているが、結果はどうなるかわからないのだ。
「正直、言うと雪の国も三太夫さんも、どうでもいんだってばね。ただ私は最近、歯応えのある相手がいなくて退屈してたんだってばね」
突然告げられた言葉。出まかせではなく本心からの言葉。シャナは、心からグライアとの再戦を望んでいた。フィールドの関係でお開きになったが、決着をつけたくて仕方ないのだ。自分の強さを存分に発揮できる相手は、稀であり、久々に歯応えがある相手が姉なのだ。
このチャンスを逃せば次、何時戦えるかもわからない。
だから戦いたい。今度は全力で。
「もう一つは、どうしても欲しいものがあって、雪絵さんに恩を売っとこうかと思ったんだってばね」
シャナは、雪絵に耳打ちするようにシャナが雪絵に求める物を伝えた。伝えられた雪絵は、なんだか馬鹿らしくなったのか大きくため息を吐きながら、カラカラと笑いだした。
「弟に馬鹿って言ってたけど、あなたも相当馬鹿ね」
「心外だってばね!」
雪絵は、なんだかバカバカしいと言った様子で笑いながら、シャナの手を強く掴む。自分の悩みなど、シャナにとっては暇つぶしの延長線だと断言された。世間知らずの子供の戯言と言ってしまえばそれまでだが、シャナの強さに対する自尊心は、彼女の人生の過酷さゆえのもの。役者である彼女は、シャナが嘘を言っていないと感じ取れたのだ。
特にシャナの欲しいものがくだらな過ぎて、怒る気力も沸かなかったのだ。
だが、結局は賭けだ。富士風雪絵の人生をかけた大博打。それを選ぶのは雪絵だとシャナは断言してくれたのだ。他の撮影スタッフや三太夫、木ノ葉の忍達とは違い、シャナは雪絵の選択を求めたのだ。
「……いいわ。貴方の大口に乗ってあげるわ。貴方がいる以上、安全なんでしょ?」
「保証するってばね」
「……喜ばないでよ。自分が凄く馬鹿なことしてる気になってくる」
「そんなことはないってばね」
なんでこの子の自分に対する好感度は、ずっと高いんだろうと疑問に思う雪絵。
「せいぜい頑張ってよ」
「わかったってばね」
二人きりの短い会話だったが、少しだけ前向きに進むきっかけになったのだった。