「さようなら」
そう言って八雲は闇に消えていく。それは何故か。
(また私が弱かったから)
血まみれの池、そこで横たわるのは、オビトやリン、そして父と母。彼らは物言わぬ亡骸となりながらも、助けを求めるようにシャナを見ている。そして其処に空から亡骸になった八雲が降ってくる。べちゃりと血の池に落ちた八雲。彼女もまたシャナを責めるように目を開きながら死んでいた。
そして、其処で唯一立つのは、仮面の男と奴が従えし九尾。
―――――また後悔をしているのか砂利。
(後悔?)
シャナがよく見てしまう悪夢。この夢はいつもシャナに何かを語りかけてくる。
今回は何を後悔しろというのだ。
―――――己の力の無さをだろう。粋がっていても所詮は砂利。お前には何も救えない。
私は強くなった。あの頃とは違う。
――――――違わん。お前は何も変わっていない。ならあの小娘は何故連れ去られた。
あれはあいつが勝手にやった事だ。シャナは、仮面の男に怒鳴る。あんなこと望んでいなかった。なのに勝手に犠牲になりに行った。
――――――違うだろう。お前は命を救われたのだ。弱く醜いお前の為の犠牲となったのだ。
そんな声が聞こえ、シャナは強い怒りを覚え、声を荒らげる。まるで雑音を消すかのような咆哮。心の傷をえぐるような言葉の刃、その刃を払いのけるために、シャナは吠える。
――――まだまだ足りん。求めろ、力を。
(おきろー!! おっきろー!!)
突然、のんきな声が空間に響き渡り、シャナは光に包まれた。
―――――――
シャナは、目を覚ました。
体中がだるく、高熱を出しているのか、頭が働かない。だが生きているようで、全身に痛みが走る。
「くっ」
全身汗まみれで気持ち悪く、唯一頭の上に載せられたタオルがひんやりと冷たかった。シャナは、自分の状況がわからずに周囲を見渡す。どうやら川から近い洞窟で眠っていたらしい。
卑留呼との闘いで死に掛けたはずだが、何かが割り込んできたせいで吹っ飛ばされたのだと思い出した。
だが、自分を誰が此処に運び込んだのだろうか。
自分の荷物が傍に転がっており、食料が勝手に開けられ傍に捨てられている。誰かが食べたのだろう。そして、傍に八雲から渡された風邪薬の小瓶が転がっていた。
熱に魘されながら、ぼーっと川を眺めていると見覚えのある人物が現れた。
「やっと起きたね~。お姉ちゃん」
「お、ま、え…こ、だ」
「コダマだよ。お久しぶりだね」
のんきな話し方をするコダマ。前回、湯の国で殺しあった青い写輪眼を持つ特異な少女。恐ろしい強さを誇り、シャナが一対一で初めて負けそうになった相手。
そいつが両手に魚を掴みながら、シャナに笑いかけてくる。
「お魚取ってきたんだよ。お熱下がった?」
「なんで、おまえが」
夢でも見ているのだろうか。何故殺しあった関係でしかないコダマがシャナの体を心配しているのだろう。
「あのね、コダマ、お姉ちゃんカバン触ってたらご飯見つけて食べちゃったの……だから代わりに魚取ってきたの」
「いみ、ふめい、だって、ばね」
どうやら食料を荒らしたのは、コダマらしい。どうりで甘い携帯食料が根こそぎ食べられていると思った。だがわざわざ魚を取ってくるのは何故だ。
いやそれ以前に、シャナを生かしておく理由はなんだ。いろいろ尋ねたいが、のどが痛い。
「えーと、このまえは、ごめんね。コダマも任務だったの。だから戦わなくちゃいけなくて。けど、今回はお姉ちゃんの敵じゃないよ」
(そうだった。こいつ心読むんだったってばね)
以前は暗殺の依頼と護衛の依頼が双方にあり、敵対しただけで、個人では争う気はないというコダマ。
試しにどこの組織だと心の中で聞いてみるが、頭の弱いコダマでも、さすがに組織の情報は「言えませーん」と首を横に振って断る。ただ好きな食べ物や趣味などは、べらべら話す。
緊張感とは無縁の生き物であるコダマに、シャナは呆れ始める。
(なぜここにいる)
「えーっとね、別の任務の帰りで空飛んでたら……なんかすごいチャクラを感じたから見に来たら、お姉ちゃんたち戦ってて」
シャナ達が戦闘を行っている間、相手側の力量を空から観察、シャナ達の敗北の色が濃厚になったタイミングで助太刀したという話だった。阿保の割には合理的な動きをする。
その介入がなければシャナ達は死んでいたかもしれない。だから礼を言うべきかもしれない。
(なんか腹立つんだってばね)
「なんで!? お姉ちゃんの仲間、あの植物の人と毒の人は、どこ行ったか分からないよ。お姉ちゃんしかキャッチできなかったし」
あの二人はそう簡単に死ぬ玉じゃない。おそらく生きていると仮定してもいいだろう。コダマの自己紹介を聞かされながら、少しづつ脳が働き始める。
(あの戦いから何日経ってる?)
「一日だよ。一日待っても起きないからコダマお腹すいちゃって、たべちゃいました。反省!」
正座しながら片手を上げ反省を宣言するコダマ。
こんなちゃらんぽらんなのに自分と並ぶくらい強いのだから、利巧だったらシャナは負けていた可能性がある。
そして、一日経過したということは、もう皆既日食まで一日しかないということだ。それまでにシャナの代わりに捕まった八雲を助けなければいけない。
しかし、どう考えても不可能だった。シャナは回復しておらず、トルネとヤマトも行方知れず。
里に応援を呼びに行っても、到着には何日もかかる。八雲はもう助からないだろう。八雲が偽物だと気が付けば殺されるか、そのまま取り込まれる。
そうなれば次こそ自分に向かってくるだろう。万全の状態で迎え撃てるなら、シャナは卑留呼であろうと殺せる。だから諦めるしかない。残念な事だ。初めての友達を失ってしまった。
けれど仕方ない。そう、これは仕方ないのだ。任務で死傷者が出る事は忍にはよくあること。
八雲は、ーー。
「なんで嘘つくの?」
「?」
シャナの目をじっと見つめるコダマが急に呟いてくる。
(何の話だってばね)
「嘘つき。お姉ちゃん嘘つきだよ。あのお姉ちゃんの事、助けたくて仕方ないんでしょ? 今すぐにでも助けたいし、無事かどうかも心配で仕方ないのに、どうして諦めるなんて考えてるの?」
コダマの言葉にシャナはむきになる。仕方のない事だ。今の自分では救えない。万全の状態になれば応戦も出来る。なのに無理に挑めば、結果は最悪の事態を招く。
未来視によってシャナが負け、その力を吸収されれば、卑留呼は強大な力を手にするだろう。それは木ノ葉の里を危機に落とし入れ、ナルトの身をも危険にさらすことになる。
第一に勝手なことをしたのは八雲だ。自分から攫われに行ったようなものなのだ。それに八雲の犠牲すらシャナが行動を起こせば無駄になる。ただの犬死になってしまうんだ。
なぜそれがわからないと憤慨する。
「コダマ馬鹿だからわかんない。けど、お姉ちゃんの声で一番大きいのは、八雲を助けたいって言葉だよ」
(そんな訳ない。私は勝てない戦いはしないってばね)
「だったら、何で泣いてるのお姉ちゃん?」
コダマに言われ、自分の頬に涙が伝っていることに気が付く。そんな筈がないと涙をぬぐうが、止まらないのだ。
「心が悲鳴を上げてるんだよ」
しゃがみ込んでシャナの頬を突くコダマ。シャナ自身でも気が付かない感情を読み取っているのだろうか。彼女はさらに言葉を続ける。
「コダマ思ったこと直ぐに口に出しちゃうから、嘘つけないんだ~。けどそれは自分に正直に生きてるんだって教えてもらったよ。それは悪い事なんかじゃないんだよ」
(でも、無理なものは無理なんだってばね!! 今の私じゃ、八雲を助けられない。どんな未来を見ても、助けられないんだよ……)
本格的に泣き始めてしまったシャナ。声を出しながら泣いたのはいつ以来だろう。人との関わり合いを避け、弟と自分の身を守るために繋がりを切り捨てた。
なのに、シャナの中には八雲の存在がしっかりといた。かけがえのない存在として。第4班のメンバーと過ごし、仲間が出来、友達が出来た。いつの間にかシャナの世界は広がっていたのだ。
失うことが怖くて、自分の力で守れるものを限定して固執した。けれど、今またシャナの世界の一部が奪われようとしている。だから先に切り捨てようとした。奪われるなら捨ててしまった方が傷は浅いから。
そんな言葉で自分を偽った。
(いやだ。そんなの絶対に嫌だってばね!)
捨てたくない。友達を失いたくない。自分のせいで友達と会えなくなるなんて絶対に嫌だ。
効率重視の自分の考えを心が否定する。
譲れないものがある。譲ってはいけないものがある。
(八雲を失いたくない)
シャナの心の仮面が砕けていく。むき出しの本音が内側からシャナの仮面を打ち砕く。八雲を助けたい。そして、きちんと顔を見て仲直りもしたい。喧嘩別れなんて絶対にごめんなのだ。
「だったら、やることは一つだよね。お姉ちゃん」
「……八雲を助けるってばね」
「そうだよね~。あのお姉ちゃんに謝りに行かなきゃね~」
(違うってばね。八雲を連れ戻して、喧嘩の続きをしに行くんだってばね)
仲直りしたいのに、其処は素直になれないシャナ。心の声を聞けるコダマにそんな嘘は無意味なのに噓をついてしまう。
迷いが消えたことで、少し頭が楽になる。
だが、シャナの未来視は常に警鐘を鳴らし続ける。何度も自分が死ぬ未来を自動で見せ付けてくる。この選択は間違いだと言わんばかりに。
(鬱陶しい!!)
シャナは自分の頭を殴った。いつも頼りにしている未来視だが、八雲の救助を邪魔するなら不要だと未来視を解除する。考えないで動いてみるのも大事だ。
まずは目の前にある最有力候補を味方につけるべきだろう。
(コダマ)
「何?」
(お前今は暇だってばね?)
シャナの問いにコダマは頷いて肯定する。やることはやったので、仕事はない。緊急の用事ならペインが伝えてくれるので今は暇だった。
(あいつを倒す。そのために手を貸してほしいってばね)
「えー。めんどうそうだよ?」
(じゃ、食べた食料返すってばね)
「うへぇ! そんなのあんまりだよー。……コダマもお願いしていい?」
コダマからも条件があるという。コダマからの要求が何か全くわからないシャナ。とりあえず言ってみろと心で伝える。
「抱っこしてほしいの」
(抱っこ?)
「うん。ちょっとでいいから」
そういうとコダマは、シャナの胸に飛び込み、抱き締める。まるで母を求めるような行動に戸惑うシャナだが、何故かコダマの気持ちがわかった気がして、抱き返す。数分の間、シャナに抱き締められたコダマは、彼女の心音を聞きながら安心しきって満足気に離れた。
コダマの欲しいものはまさにその温もりだった。同じ目を持つ年上の女性であるシャナ。彼女を本当の姉だと思い込んだコダマにとって姉の抱擁は、欲しかった家族の温もりなのだ。
「よし。お手伝いするよ」
(変な子)
「なら、お体なおさないとね。魚食べる?」
コダマを一時的とはいえ戦力に出来たのは大きい。そしてコダマの言う通り、シャナは体を治さなくてはいけない。そのため栄養のあるものを食べ、体を休める必要がある。
タイムリミットまでまだ一日あるため、今が勝負なのだ。
コダマの好意に甘え、彼女の取ってきた魚を焼いて食べ、残った食料も平らげた。
「にっっが」
八雲のくれた風邪薬を飲んだシャナは、その苦さに顔を歪めるが、時間が惜しいと眠りについた。
疲労と病気のせいで深い眠りについたシャナを見下ろすコダマ。今ならシャナを攻撃しても抵抗すらされない。忍が他里の人間に無防備を晒す危険性は、すさまじい。
コダマは、頭のツインテールを翼に変化させる。そこから羽根を飛ばせば、シャナは死ぬだろう。
だがそんなことはせず、翼で自分を包み込んだコダマは、翼の寝袋に包まれながら、シャナの隣で眠った。明日の戦いに備えて。
シャナの闇落ち回避。友を見捨てたとき、シャナはあの人のようになるところでした。コダマのお陰ですね。
心の赴くままに。大切な未来視すら邪魔だと言いきるシャナでした。