テムジンが目を覚ますなり、何かを知っている老人が、ゲレルの石に纏わる事実を伝え始める。シャナ達はそれを静かに聞いていた。
今回の異国からの侵略の原因であり、彼らの目的を知ることは今後の対策に役に立つからだ。
キャラバンの住人たちは、元を辿ればテムジンと同じ一族の末裔だった。彼らは、海を渡ったテムジンの一族とは違い、この地に残り、ゲレルの石の秘密を守ることを一族の使命としていた。
そもそもゲレルの石とは、テムジンの先祖が見つけ出し、自在に扱えた力。一族の王家だけが偶然見つかったゲレルの鉱脈から、ゲレルの石を精製出来たという。
ゲレルの力は凄まじく、戦いの力のみならず、あらゆる病を治し、作物を作り、寿命すら超越せんとするほどだった。その力で以てかつては強大な国すら築いたという。
だが人々は強大なゲレルの力を求め争い、やがてはゲレルによって繁栄した国すら滅んでしまったという。そして生き残った者たちは、ゲレルの鉱脈を封印したという。戦争で潰えてしまった、ゲレルの石に適合し、ゲレルの鉱脈をこの世から消滅させる事のできる者が現れるまで、見守ることこそが、キャラバンの一族の宿命だった。その事実が記されたゲレルの書を持ったのが、海を渡ったテムジンの一族だった。だが、彼はその事実を知らず、ゲレルの書の存在も知らないという。
その場にいた誰もが聞いた事のない伝承だが、実際にゲレルの石は存在する。テムジンの胸やラビリンスの義眼がそれだった。
ならば、その強大な力を持つ鉱脈が、この大陸のどこかに封印されているのも事実なのだろう。
老人は決して、ゲレルの鉱脈の封印を解いてはならぬと念を押したが、テムジンは「むしろ覚悟が決まった。ゲレルの鉱脈は何としてでも見つけ出す」と言った。
彼の態度に腹を立てたのか、シャナが立ち上がりテムジンの頬を殴った。殴られたテムジンは口から血を吐くも、不敵に笑っている。そんな彼の胸倉を掴み上げたシャナ。
「その耳は飾りだってばね? 大陸が滅んでしまうような兵器を何故求めるってばね」
「ちゃんと聞いていたさ。どれほど強大な力だろうと、それは力でしかない。要は使う人間次第だ」
「あれは、人間が持つべきではない力じゃ。決して、目覚めさせてはならぬ」
老人の言葉に対して強い決意を込めた目でテムジンは、話し始める。
「どんな力だろうと、ハイド様なら正しく使う。……争いは不幸しか生まない。なのに、誰かが上に立ってやらないと争いを止められない連中もいるのだと、ハイド様はおっしゃった」
彼は語る。ハイドの言葉は正しく、その願いこそが、あらゆるものを犠牲にしてでも叶えなければいけない悲願だと。戦争のない理想郷を作る。そのためには、どんな手を使ってでも石を手に入れる必要があると。
そして、テムジンは全身から雷状のエネルギーを発し、シャナと自分を縛った縄を吹き飛ばし、唖然としていた老人を捕まえる。そして、老人の首を叩いて気絶させる。テムジンの狙いはゲレルの鉱脈の在りかを知っているであろう老人だったのだ。
無抵抗を演じていたテムジンの暴挙に、シャナ達が臨戦態勢を取る。瞬時に首を落とそうとしたシャナ達をトルネが手で制止する。
まさかの自分を庇うかのような行動に、テムジンが困惑している。
「なんのつもりだ」
「一つだけ聞かせてくれテムジン。お前たちの言う戦争のない理想郷、そのためには、尊い犠牲もやむを得ないと言っていたな」
「あぁ」
「仮に理想郷が実現したとして、お前は心から、亡くなった仲間達やお前たちによって奪われた命に、顔向けできるのか?」
忍であるトルネには、やはりハイドの言う理想郷が理解できない。尊い犠牲の上に成り立つ、平和。その美しくも歪な願い。
どうやったって、この世から争いは消えない。だからこそ忍が生まれた。忍が必要のない世界。それを考えた事のある忍は多いだろう。そして、誰もその答えに至っていない。
誰もが自分の中や世界に矛盾を感じているからだ。もし、そんな方法があるとすれば、酷く極端な方法にならざるを得ない。トルネはハイドの目的を理解できていた。ゲレルの石を求める理由がなんであれ、その使い方は一つだ。
だからこそ、目を覚まさせてやりたかった。目の前の少年に。心から争いのない世界を求めているテムジンだからこそ。
彼は己が最も望まないことをするために、利用されているのだと。だが、その洗脳ともいえる崇拝は、テムジンの視野を狭めている。
「と、とうぜんだ。俺達は、自分でそれを選んだ!!」
「本当にそうか? 他の選択肢がお前達にあったと言うのか?」
「黙れ! ハイド様の理想を邪魔するなら、誰だろうと殺す」
なんと見事な洗脳だろうか。助けた孤児に己の夢を語り、力を貸してほしいと願う。その状況下で、子供たちは、自分の意志で決断したと勘違いするのだろう。そしてその勘違いはやがて本物となり、そのものを縛る首輪となる。トルネはこのやり方を知っていた。
木ノ葉の暗部、根で行われている洗脳方法に、これと似たものがあると聞いた事があるからだ。
テムジンは、トルネの追求と目から逃れるように、光玉を地面に投げつけ、逃走を開始する。シャナ達なら、その逃走を事前に防ぐことも出来た。
だが、トルネが彼らを行かせなかったのだ。いつも任務を優先する彼らしくない行動に一同は、トルネの言葉を待つしかなかった。
「トルネ君、どうしたの?」
八雲の追求は当然と言える。トルネも自分らしくないと考えていた。
「元音の忍であるお前なら、追跡できるな?」
「えぇ。もちろん」
「すまない。だが、アイツの事を助けてやりたくなった」
もし自分が暗部に入っていれば、テムジンのようになっていたかもしれない。暗部でいる事を誇りに思い、どんな事であろうと罪を罪とも思わずに重ね続ける。それは、悲しい事だ。自分の気持ちを正直に語ったトルネ。
八雲は「なんだかわからないけど、トルネ君が我儘言うなんて、よっぽど助けたいんだね」と理解を示す。
「興味ないってばね。そろそろ追いかける。敵も総力で来ると思うってばね」
シャナは、ばっさり切り捨てる。シャナの目的は、ラビリンスとの決着のみ。ゲレルの鉱脈を前にすれば、ハイド率いる軍勢は、出し惜しみなく戦力を投下する。そうすれば、決着のついていなかったラビリンスとの戦いにも終止符が打てる。だからこそ、トルネの勝手な願いを邪魔するつもりもなかった。さらに心の内ではトルネが我儘を言っているだけでないともわかっていた。
ゲレルの鉱脈を狙うハイド達。奴らを倒したとしても、大陸を吹き飛ばす兵器など、忍五大国が放置するはずがない。それを火種に戦争になる可能性もある。
だからこそ、老人の話で、ゲレルの石を消滅させられるテムジンをゲレルの鉱脈へ向かわせたのだ。この世からゲレルの鉱脈を消してしまうために。
「世界が滅ぶかもしれないのに、暢気な人達ですね」
第四班の傍に控えるドスキヌタがそう零した。そして、テムジンの足音を頼りに、第四班とドスのフォーマンセルがゲレルの最終争奪戦へと向かったのだった。
――――――
一方で巨大な要塞で移動をしていたハイド率いる軍勢も、テムジンからの信号を受け取り、ゲレルの鉱脈へと進路を進めていた。その指揮を執っているのは、椅子に腰かけ、右目に眼帯をした恰幅のいい中年男性。優しげな表情をした彼は、テムジンの齎してくれた功績を喜び、手元にあった書物を眺める。その人物こそが、テムジンたちの崇拝するハイドだった。
ハイドは、己のガントレットに埋め込まれたゲレルの石を撫でながら、怪しく笑っていた。
「いよいよですね。ようやく、悲願が叶います」
その表情は、テムジンたちが信じ、崇拝する理想郷を追い求める男のものではなかった。怪しく笑い、瞳の奥に宿るのは明確な欲望だった。