ソードアート・オンライン パラダイス・シフト   作:hirotani

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第12幕 ピーチ・インフェルノ

 

   1

 

 司祭の話を聞いていたら眠気も訪れるだろうと期待していたのだけど、ベッドに潜り込んでしばらくしてもわたしは寝付くことができなかった。不必要に寝相を変えて、何も考えず深呼吸を繰り返しても、意識は沈んでいく気配がない。

 

 無駄な努力を続けているうちに、腹が重苦しく唸った。胃の中がほぼ空っぽなのは分かっていた。あの肉が放つ臭気のせいですっかり食欲が失せて、他の料理も手が付けられず酒による酩酊で何とか誤魔化していたのだ。

 

 酔いが覚めた。酒の魔力も切れたということだ。ベッドから降りて部屋を出ると、なるべく足音を立てないよう気を遣いながら歩いた。司祭も床に就いたのか礼拝堂も灯りが消されていた。

 

 光が消失したのは村全体だった。昼間は所々にランプが光っていたのだけど、今や無造作に柱に括りつけられたランプはひとつ残らず消灯している。村人は皆眠ったのか、どこの家からも談笑や生活の物音らしきものが聞こえなかった。

 

 無音。時折遠くで吹く風の音がするが、人の営みらしきものは完全に眠っていた。無というのは怖いものと捉えていたが、思いの外安心できるものだ。誰も起きていない。誰もいないという錯覚は、緊張を緩めてくれる。

 

 今夜は雲が薄いお陰で月光が透過しているから見晴らしが良い。灯りがなくても、そう遠くもない目的地までは容易に行けるだろう。

 

 無人とも思える村を歩いていると、不意に音がしてわたしは立ち止まった。風じゃない。何か重くて硬い、鉄を打ち鳴らしたような音だった。

 

 わたしは一切の音を立てないよう動かず、耳を澄ませて再びあの音が鳴るのを待った。でも、いくら待っても音は打ち止められ、沈黙が村中を流れていた。少し神経質になり過ぎているのかもしれない。そう自身に言い聞かせ、再び歩き出す。

 

 足を進めたのは村の外れにある厩舎(きゅうしゃ)。近付くと房で寝ていた馬たちが目を覚まし、一斉にわたしへとつぶらな瞳を向けてくる。動物は人よりも耳が良いとはいうが、ここまで敏感だとかえって眠れず不便じゃないだろうか。

 

 すっかり村の馬たちに溶け込んでいるアーウィンの馬の鼻面を撫でながら、この子の名前を知らなかったことに気付いた。暗黒界で馬に名前を付ける風習があるかは知らないが。

 

 馬房に入りきらないから、目的のそれは厩舎の横に置かれていた。確か馬車の中に、移動中の食糧を積んでおいたはず。

 

 馬車の戸に手が触れようとしたとき、

 

「誰かと思ったらナミエか」

 

 不意に聞こえた声に、わたしは思わず短い悲鳴をあげてしまった。すぐに戸が開き、中からアーウィンが顔を出す。驚愕と困惑のあまり、わたしは話すのもしどろもどろになっていた。

 

「アーウィン、何で………」

「多分、君と同じだよ」

 

 可笑しそうに笑いながら、アーウィンは中へと手招きする。ほんの少しの気恥ずかしさを抱えながら、わたしは馬車に入った。

 

「ほら、お目当てのものはこれかな?」

「うん、ありがとう」

 

 差し出された革袋を受け取り、詰められた干し肉を一切れ取ってかじった。確かシカの肉と聞いたが、臭みもなく塩加減も丁度いい。

 

「まさかこれを美味いと思える日が来るとはね」

 

 わたしにとっては、これでも十分ご馳走なんだけど。そんな皮肉が出そうになったけど喉元に止める。ただ、アーウィンはその沈黙で早くも察したらしく「すまない」と罰が悪そうに言った。

 

「ううん、気にしてない。あの肉、何の肉だったんだろ?」

「さあね。私たちは誰も口にしていないから味も分からんよ」

「味、分かるのかな?」

「まあ、味以前に臭いだろうね」

 

 あの臭気を思い出すとまた食欲が失せそうだ。打ち消すように干し肉を食べた。

 

 急に、アーウィンが窓に険しい目を向けた。腰の剣に手をかけて、窓から外を窺っている。でもすぐに表情を緩めた。さっきわたしが来た時も、こうして最初は警戒したのだろうか。暗黒騎士時代に培われた勘の良さかもしれないが、どことなくわたしが近付くと目を覚ました馬たちと重なったのはここでは内緒だ。

 

「皆、考えることは一緒みたいだね」

 

 やれやれと彼女が両手を挙げて間もなく、馬車の戸が開かれる。わたし達という先客に、セツナは僅かばかり目を見開くも納得したように溜め息をついた。

 

「まだあるか?」

「うん」

 

 不躾なセツナに、わたしは持っていた干し肉の袋を渡した。彼は薄く切られた肉を3枚出して一度に嚙み切ってみせる。固い肉を頬張るセツナに、アーウィンが茶化しを入れた。

 

「おや、君は菜食主義者ではなかったのかな?」

「嘘に決まってるだろう」

 

 ぼりぼり、と咀嚼音を漏らしながら返すセツナに微笑をくべると、アーウィンは真面目な表情をわたし達へ交互に向けた。

 

「まあ丁度良い。聞いて欲しいことがある。この村に整合騎士が定期的に来ることは、君たちも村長から聞いたはずだ」

 

 口に物を入れたままだから、無言のまま頷いた。

 

「私たちが来たことが整合騎士に、そこから人界側に知られたら厄介なことになる」

「あんたの組織が非合法だからか?」

 

 セツナが訊いた。アーウィンは頷き、

 

「五族支援団体なんてものは存在しない。もし村長が整合騎士にべらべら喋って、そこから統一会議に伝わったら、実態を調べられるのは時間の問題だ」

「口封じに村長を殺せと?」

「そこまでは言っていない。私だって罪のない人間を無暗に殺したくはないさ」

「ならどうする」

「早めに調査を済ませて、明日にでも村を出よう。この村には何もなさそうだ」

 

 椅子に深く腰を沈めて、アーウィンは革袋から取り出したパンをひと口齧った。

 

「私の名前で団体が割り出されるかもしれない。本部に戻って部下に代表を一時的に変わってもらわなければ。はあ……、偽名でも名乗っておくんだったな」

 

 わたしの目から見ても、このトルソという村に怪しい影は全く見えない。人族とオークが共存している村。しばらくすれば忘却してしまいそうな、思い出すとしたらあの臭い肉くらいな、ちっぽけな村でしかない。

 

 でも引っ掛かりは確かにある。それが杞憂であることを願いながら、わたしは干し肉を飲み込み口を開く。

 

「ねえ、ちょっと気になったことがあるんだけど」

 

 

   2

 

 元はオークだけの住処にモレノ氏ら人族が移り住んで形成された村だということは昨日聞いたばかりだが、人族を迎え入れても人手不足は解消されなかったらしい。

 

 大人も子ども問わず村中がせわしなかった。広場に集まり木材でテーブルを組み、食材を包丁で捌く村人たちに休んでいる者はなく、休もうとすれば怒号が飛ぶ。休むことを許されているのは、客人であるわたし達だけ。

 

「良いのですか? 昨日あれだけご馳走になったというのに」

 

 宴会場設営の指示を飛ばしていたモレノ氏に、アーウィンが尋ねた。「良いのですよ」とモレノ氏は朗らかに笑う。

 

「もてなしなんていうのは建前で、たまには村の者たちに羽目を外す機会を設けてやりたいだけなのです。畑と家を往復するだけの毎日なんて味気ない。何か理由を付けて、娯楽を与えてやらんと」

「長というのは、大変なのですね」

「ちっぽけですが私の国のようなものですから」

 

 モレノ氏の提供する娯楽の準備だからか、村民たちの顔は一様に楽しげな笑みだ。これから浴びるほど酒を飲もう、腹が破裂するくらい食べよう。その高揚に、文字通り人とオークの区別はない。

 

 作業に勤しむ村民たちの顔を見て気付いたことがある。偶々近くで椅子を運んでいたオークの少年に「ねえ」と尋ねた。

 

「この村、若い大人はいないの?」

「いない。10年ぐらい前の戦争で、若い男はみんな戦場で死んじゃっだで母ちゃんいっでた」

「そうなんだ」

「おでの友達も、みんな父ちゃんが戦争に行っで帰ってごながったんだ」

「あなたのお父さんも?」

「いや、おでの父ちゃんは――」

 

 「こらフーバ!」と鼻をふがふがいわせながら、母親らしき女のオークが少年へとずかずか歩いてきた。

 

「なーにくっちゃべっでんだい働きな!」

「ごめんなざい………」

 

 背中を強く叩かれた少年に、わたしはいたたまれなくなって「ごめんね」と小さく言ってその場から離れた。父親を失って、彼も立派な働き手なのだ。

 

 会場の設営と料理の準備が完了して、まだ陽のあるうちから――昼も夜も空の暗さは大差ないが――宴は始まった。

 

 献立は昨日と似たような、イモを使った料理。昨日は食べられなかったけど、少量の野菜と潰したイモのサラダは美味しかった。少し味が濃かったけど。

 

「酒が足りねえ!」

「樽だ! 樽ごと持ってこーい!」

 

 酒で陽気になった初老の男たちが、木のジョッキをあおり喉を鳴らしている。昨日モレノ氏が言っていたグラスを慣らす作法はどこへ行ったのやら、我先にと樽にジョッキを突っ込んで酒を並々と注いで飲んでいく。

 

 ああいった無無作法さは、村に欠けている若者の役目を代行しているようにも見えた。アーウィンを探すと、男衆に囲まれながらも涼しい顔で酒を飲んでいた。若い女が珍しいのか、男たちは酒も相まって揃って上機嫌だ。

 

 村にも若い女はそれなりにいて、空になった更に料理を追加している。にも関わらずアーウィンに群がるのは、彼女の若く美しい顔と肢体を間近に置いておきたいのだろう。こうして遠目から見ると、わたしも綺麗な人だなと見惚れてしまった。

 

「あの、ごれ………」

 

 危うく談笑に消えてしまいそうな声に視線を落とすと、小さなオークが皿をわたしへと差し出してくれた。さっき母親に叱られていた少年だった。

 

「ありがとう」

 

 そう言って皿に乗った大振りの豆のようなものをひと粒つまむ。口に入れると、それは乾燥させた果物だった。凝縮された甘味が口に嬉しい。

 

 「美味しい」と微笑むと、オークの少年は女という生き物に慣れていないのか顔を赤くしてそそくさと去ってしまった。わたしの所に来る男は子どもくらい。でも、それくらいの方が心地良い。子どもは邪念がないから。

 

 盛況な広場を見渡し、その中に黒装束の男が混ざっていないか探すけど、見つからない。まさかまだ村を散策しているのだろうか。民家の地区と畑しかないから、そんなに時間は掛からないはずなのに。

 

「おい、主菜がまだ来ていないじゃないか。何をしとるんだ」

 

 すっかり酔いが回ったらしいモレノ氏が荒げた声を飛ばした。広場に点々と置かれたテーブルの皿にあるのは、殆どがイモか野菜。時折乾物の果物があるだけ。量が少ないわけではないけど、宴にしては寂しいかもしれない。

 

「変ねえ、もう仕込みは終わっているはずなのに」

「おいおい、せっかく酒があるのに肴がないんじゃなあ」

 

 村民たちの中から戸惑いや不満の声が立て続けに出てくる。まだ見ぬ主菜とは、まさか昨日のあの肉のことか。またあの臭気に襲われると思うとまた食欲が失せてくる。

 

 ざわつき始める村民たちの様子に、わたしは違和感を覚え始めていた。声をあげるのは人族のみで、オークたちが皆黙りこくっているのだ。

 

 ばん、と何かが弾けるような音に、村民たちは声を詰まらせた。音がしたのは広場のすぐ脇にある、村長であるモレノ氏の家。その扉を蹴破ったのだろう。薄暗い屋内からより暗い黒装束の男が、脇に大振りなものを抱えて出てきた。

 

 村民たちが一様に後ずさる。セツナの脇に抱えているものから血が滴っているからだ。

 

「これがメインディッシュか?」

 

 低く言って、セツナは抱えたものをテーブルに叩きつけるように置いた。料理の皿がはずんで地面に落ちたが、誰もそんなことを気に留めていられる光景でもなかった。

 

 テーブルにあるものが、村民たちへ虚ろな眼を向けている。喜びとか悲しみとか、感情と呼ぶべき生の気迫がそれからは完全に消滅していた。

 

 一瞬それは豚の頭だと思った。実際にそれまで見た事はなかったけど、オークによく似た顔の動物とはかねてから聞いている。だがそれはオークに似た動物というよりは、オークそのものじゃないだろうか。

 

 騒然と生首を見つめている村民たちには目もくれず、セツナはモレノ氏の襟首をつかんだ。

 

「お、おい何をする」

「セツナ?」

 

 モレノ氏の抗議も、わたしの声も聞こえていないのかセツナは村長を無理矢理引っ張って家の中へ戻っていく。村民の中からアーウィンが後を着いていき、わたしも急ぎ追いかける。

 

 家の中は、昨日訪ねた時と変わりない。部屋の広さも家具の配置も同じまま。ただ、床に正方形の、人ひとりは余裕を持って入れるほどの穴が空いていた。その穴から血痕が玄関へ点々と続いている。さっきの生首から垂れていた血だろうか。

 

 わたしが家に入ったときには既にアーウィンが穴の中へ消えようとしているところだった。急ぎ足で駆け寄ると、穴の奥には階段が伸びている。その更に奥から音がした。昨夜聞いたのと全く同じ、鉄を打ち鳴らしたような音。

 

 わたしは迷わず階段を降りていく。もうこの村で悲劇は免れないことを確信しながら。階段はそう長くはなく、地下の土を固めただけの簡素な床に足を着けた。

 

 少し荒くなった呼吸を整えるため、深く鼻で息を吸い込む。その瞬間、()えた臭気が鼻孔を突き抜け、唐突な吐き気に口元を抑えた。

 

 吐き気を飲み下して足を進めるとすぐに開けた部屋へ辿り着く。

 

「見ては駄目だ!」

 

 わたしに気付いたアーウィンがそう口走りながら、肩を抱いて無理矢理に視線を逸らそうとしてくる。けど、彼女も動揺しているのかその力があまりにも弱く、拘束なんてまるで意味をなさないものだからわたしの視界には光景が鮮明に映し出されていた。

 

 まず目に入ったのは、天井から吊るされた無数の肉。皮を剥がされ、赤い繊維と白い脂肪の塊は、腹を裂かれて中に詰まっていただろう内臓を綺麗に抜かれている。首は落とされていて、逆さ吊りだから頭部の切断面から滴り落ちた血が床に置かれた底の浅い盤にぽたぽたと落ちていく。

 

 壁に掛けられている斧や糸鋸は解体用だろうか、あまり手入れされていないらしく血錆がこびり付いている。

 

 ベッドが置いてあった。いや、あれはベッドだったのだろうか。これを書いている今になって思えば、布団も敷いていなかったから台と呼ぶべきだったのでは。

 

 いや、そんなことは今更どうでもいい。とにかくそのベッドとも台とも取れるものにはずんぐりとした肉体が横たわっていて、ベルトで縛り付けられていたがもう抵抗する意思は感じられなかった。

 

 何故なら、首がなかったのだから。まだ体内に血がたっぷり残っているのか、頭を失った首からは真っ赤な血が途切れることなく流れ続けている。落とされた頭は見当たらなかった。恐らく、宴会場にセツナが持ってきたものだろう。

 

 限界だった。わたしは膝をつき、腹から逆流してきたものを盛大に吐き出した。「ナミエ……」とアーウィンが背中をさすってくれたが、何の効果もなかった。さっきわたしに乾燥果物をくれた少年のオーク。彼と同じ容姿の者たちが、首を落とされ皮を剥がされて天井から吊るされている。

 

 ただ快楽で殺していたわけじゃないことは、容易に理解できた。これではまるで――

 

「オークを食っていたのか………!」

 

 核心をついたアーウィンの言葉が震えていたのは怒りだったのだろうか。それとも恐怖だったのだろうか。ただ込み上げる吐瀉物を飲み下すのに必死だったわたしに、彼女の顔を見る余裕はなかった。

 

 もうわたしは、昨日の肉が何を捌いて出されたのか理解してしまっていた。

 

「この事を、村の者たちは知っているのか?」

 

 アーウィンがモレノに掴みかかる。胸倉を掴みあげられても口を結び睨み返す彼に痺れを切らして、アーウィンはその顔面に拳を打ち付け怒鳴った。

 

「答えろ!」

「多分知っている」

 

 その返答は、セツナによる代行だった。

 

「畑でここの入口を見つけた。それに解体するのに人手がいる」

 

 そう言って、セツナは部屋の隅を指さした。カンテラの光が十分でないのと部屋全域が血と骸まみれだったから気付かなかったが、セツナの指の先には確かに人族が壁に背をもたれている。

 

 3人いたが、既に事切れていた。喉のあたりを斬られている。誰の所業か大体の察しはつく。

 

 鉄を打ち鳴らす音が聞こえた。昨夜聞いたのと全く同じだ。昨夜は遠くからだったが、今度は鮮明に聞こえる。隣り合いに区切られた部屋へ近付いてみると、そこは牢屋のように床から天井にかけて鉄格子が嵌められている。

 

 鉄格子の奥には沢山の亜種とはいえ人がいた。豚の顔に人の身体を持つオークが。

 

 収容されたオーク達は衣類こそ身に纏っていないが、捕虜や奴隷を想像させるほど痩せ細ってもいなかった。程よく肉付きが良いくらいだ。

 

 鈍い音に振り返る。アーウィンがモレノに2発目の鉄拳を浴びせているところだった。口の端を切ったらしく血を垂らす彼の顔を見て、アーウィンは「貴様……」と呟くとモレノの服の袖を乱暴に千切り、その布切れで彼の顔を乱暴に拭った。

 

 ようやく解放されたモレノの顔は散々擦られたせいで赤く腫れていたが、暗黒界人特有の浅黒かった肌が白くなっていた。

 

「人界人か。大方落ちぶれてきた貴族だろう」

「落ちぶれた、だと?」

 

 癇に障ったのか、モレノは初めて聞く低い声を出した。

 

「一等爵家の私にこんな無礼が赦されると思うな。帝国基本法に乗っ取るならば――」

「生憎生まれも育ちも暗黒界だ。人界の法など知らん」

 

 肌に塗っていた塗料が落ちて何も隠すことがなくなったからか、モレノは別人のような人相を浮かべている。これが、化けの皮が剥がれたというものか。

 

「貴様こそ、こんなことが赦されると思っているのか? こんな、オークを食糧などと………」

「豚を家畜として何が悪い」

 

 モレノの言葉には、迷いらしきものが微塵も感じられなかった。それが当然であると、法で保証されているかのように。

 

「豚が人のように服を着て喋るなど、おぞましい化け物ではないか。私は本来あるべき姿へと戻してやっただけだ」

「人に食われることが、彼らの使命だとでも言うつもりか!」

「家畜とはそういうものだろう!」

 

 口の端を歪ませて笑う。その様はなんておぞましいものだろうか。オークを化け物と罵ったこの男こそ、人の姿をした悪鬼じゃないのか。

 

「むしろ貴様らダークテリトリーの連中が、今まで何故こうしなかったのか不思議なくらいだ」

 

 「なっ……!」とアーウィンが声を詰まらせる。力の緩みを感じ取ったのか、モレノはアーウィンの手を振り払った。元商工ギルドから人界貴族へと変わったその立振る舞いは、多くの私領地民を従わせるのも納得なほど堂々としている。

 

「ダークテリトリーの貧相さには私も絶望したよ。人界から持ち寄った種をいくら巻いても麦は育たず、少ない牛や馬はすぐに食い尽くした。オーク共など私たちが来たときには土を食っていたのだぞ」

 

 同じだ、ウンベールと。人界から流れた貴族たちは、持ち込んだなけなしの種を全て無駄にし、空腹に耐えかねて食用じゃない動物を食らった。満たされた環境で私腹を肥やしていた連中は飢えというものに耐性がないのだ。

 

「だが、食い物ならすぐそこにあるではないか。人を気取った豚がな。オークなど名乗りさも人のように振る舞うなど片腹痛い。豚は豚だ。我ら人に従順で、食糧としては申し分ない。まあ、味は確かに酷いがね」

 

 天井から吊るされている肉の中の小ぶりなものをモレノは掴んだ。他の肉よりも色がくすんでいて萎縮している。乾いた質感から干し肉だろうか。それを吊るし紐からむしり取り、わたし達に見せつけるように齧ってみせる。

 

「私はこの村の食糧危機を救ってみせたのだ。そこの豚どもを見ろ。痩せている者などひとりもおらん。十分に食わせてやっているのだ」

 

 確かにオークたちは皆丸々と太っていた。自分たちが脂と血滴る肉を食べたいがためなのは、容易に想像がつく。

 

「豚どもが腹を満たす姿に私も幸福を感じたほどだ。腹を空かした子豚も、皿に乗っているのが自分の父親と気付かず喜んで食っていたものだ。あれは良い酒の肴だったぞ」

 

 もう、これ以上知りたくない。見たくもない。目を閉じて耳を塞いだけど、目蓋の裏に張り付いた光景が嫌でも浮かぶ。耳を塞いでも饐えた臭いが容赦なく鼻に侵入してくる。

 

 再び吐き気が込み上げてきた。もはや空っぽなわたしの腹から出てくるものはなく、唾液が口から糸を引いて垂れるだけだった。

 

 手を放してしまったわたしの耳に、モレノの声がよく通ってくる。

 

「これを罪と思うか? いいや、偉業だよ!」

 

 ひゅん、と風切り音がした。一瞬遅れてモレノの胸から鮮血が溢れ出た。

 






そーどあーと・おふらいん えぴそーど12


キリト=キ
アスナ=ア


ア「こんにちは、そーどあーと・おふらいんの時間です。司会のアスナです」

キ「解説のキリトです。まずは今回の話を読んで不快な思いをされた皆さん、申し訳ございません!」

ア「何で謝るのよ?」

キ「いやこれアウトだろ! 思いっきりタブーに両足突っ込んでるじゃん!」

ア「そんなの今更じゃない。この作品は他の人が躊躇するところに土足で踏み込んでいくのをコンセプトにしているんだから」

キ「だとしても今回のは流石になあ………」

ア「そもそも主人公が人殺しでヒロインがビッチな作品なのよ。読者さんだってアブノーマルなのは承知の上で読んでくれているんだから気を遣う必要なんて無いのよ」

キ「それでも原作の世界観とかあるだろう」

ア「原作はソフトな表現にするために書かなかっただけで、裏ではこんな事が起こる世界ってことよ。現実だろうとファンタジーだろうと、どこの世界も光あれば闇あるのよ」

キ「だとしてもカニバリズムなんて読者さんが喜ぶのかよ。狂気を目指すにしてもその辺りの分別はつけないといけない気がするぞ」

ア「もう分かってないわねキリト君は。作者は読者さんに気分よくなってもらうために書いてるんじゃないの。むしろゲロ吐かせるために書いてるの。因みに作者は昼食にハンバーガーを食べた後にこの原稿を書いて見事に吐き気を催しました!」

キ「作者がまともな倫理観持ってるアピールしても遅いわ!」

ア「因みに作者が今回の展開を思いついたきっかけですが、暇つぶしにカニバリズムという人肉食について調べてそこから今回のトルソ村の構想へ至るそうです」

キ「暇つぶしにエグいこと調べてるって………」

ア「流石に人が人を食べるのは作者もヤバいと判断したそうなのですが、『オークって顔は豚なんだよな。食えるんじゃね?』と代替案を採用したとのことです」

キ「他の代替案なかったのかよ?」

ア「えーと他の食糧候補はゴブリンとかオーガとかジャイアントとか………」

キ「食べるのはもう決まってたのかよ」

ア「一番食欲をそそりそうな見た目をしてたのがオークだったので、今回の被害者になったそうです。ゴブリンは骨っぽそうだし、オーガやジャイアントは筋張ってそうだものね。その点オークは見た目豚ちゃんなんだから美味しそうじゃない」

キ「劇中で散々臭いとか言われてたけどな」

ア「因みに肉が臭いのは作者曰くちゃんとした設定があるみたいよ。UWのフラクトライト達は本能的に共食いを忌避するよう設定されていて、臭いとか不味く感じるとかの生理的拒絶で現れるそうです」

キ「だからダークテリトリーが昔から食料難でも共食いが起こらなかったわけか」

ア「モレノがオークを食糧として見られたのは、亜人族を人と認めなかったからね。不味い豚程度に思っていたから」

キ「前話でスグが英雄として崇められているのを見た後だと何だかなあ」

ア「人界貴族なんて同じ人でも平民を家畜みたいに扱うんだから、当然ちゃ当然よ」

キ「うわあもう地獄だよこの作品………」

ア「次回はどんな地獄が待っているのでしょう? 乞うご期待! 原稿を書き終わった作者は景気付けにステーキを食べに行きたがっていますが、果たして美味しく食べられるでしょうか?」

キ「えー、普通に食べると思います。もう作者もぶっ壊れてるんで。それじゃあまた次回」

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