ソードアート・オンライン パラダイス・シフト   作:hirotani

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武器物語(ウェポンストーリー)

《断罪の剣》

 とある王国で罪人の処刑に使われていた剣。王国では罪人が自ら身を刺して命を絶つのが習わしで、代々使われる剣は罪人の悪しき魂を絶つ聖剣として祀られていた。

 とある罪人は貧しさ故に盗みを働いた少年だった。

 少年は残される弟と妹への懺悔を告げ、自らの心臓を突いた。剣は少年の鮮血に濡れた。

 とある罪人は不貞を働く夫を殺した淑女だった。

 淑女は夫殺しの報いを受け入れ、自らの喉を裂いた。剣は淑女の血泡に濡れた。

 とある罪人は王女を辱めた紳士だった。

 紳士は、自分は無実だ、自分は王女の婚約者だ、と喚いた後に血の涙を流して吐き捨てた。

「この国は俺を裏切った。呪ってやる。この国にいる者全てだ」

 紳士は剣を使わず息絶えた。剣は紳士の血涙に濡れていた。




第13幕 ディソレーション・ロウ

 

   1

 

 生暖かい鮮血がわたしの顔に降りかかった。自分の体温とほぼ変わらないはずなのに、人肌というものはどうして気色悪く感じてしまうのだろう。

 

 汚物を被ったかのような不快感を堪えつつ、何が起こったのか周囲を見渡す。怒りに耐え切れなかったアーウィンが暗黒術を放ったかと思ったのだが、彼女も当惑のあまり棒立ちになっている。

 

 ならばセツナが剣で刺したかと思ったが、彼の剣は腰の鞘に収まったまま。表情こそ変えないが彼にとっても予想外の事態らしく周囲に目を配らせている。

 

「何故………」

 

 血泡を吐きながらモレノが声を絞り出す。胸に空いた穴から血を零しながら振り向く彼の視線を追うと、その先に神聖力の残滓がちらついている。

 

 その残滓を纏うように立っていたのは、昨日わたし達にお茶を出してくれた壮年の女性。モレノの妻だった。

 

 モレノの妻が化粧気のない、皮膚のたるみ始めた口端を歪める。

 

「もうあなたは用済みよ、モレノ・シーキュカンバー伯爵」

 

 誇り高き家名を嘲るように呼ばれたモレノは白眼を剥いて倒れた。しぶとく無駄な呼吸を繰り返す彼の胸を、モレノの妻は容赦なく踏みつける。

 

「夫婦ごっこはそれなりに楽しかったわ、あなた」

 

 死にゆく肉体の天命がようやく尽きたのが分かった。痙攣が止まり、苦痛に喘いでいた顔が緩んでいく。その顔に黒ずんだ何かの破片が落ちた。

 

 視線を上げると、モレノの妻の顔面に亀裂が入っている。まるで陶器のような、丹念に土をこね固め焼いた作り物じみたものに変貌した皮膚がひび割れている。割れた皮膚の破片が零れ落ちていく。

 

「システム・コール――」

 

 そう唱えた口元から多く破片が落ちた。かざした手にも亀裂が走っている。ぼそりと呟くような詠唱は聞き取れなかったけど、とても高度な術だったことには違いない。「ナミエ!」とアーウィンが咄嗟にわたしを抱えるくらいには。

 

 すぐ傍を何かが高速で通り過ぎていく音がした。瞬間、後方で金属のぶつかり合う音がする。振り返ればセツナが吊り下げられた肉たちを巻き込んで吹き飛ばされていた。壁への激突は肉が緩衝材になってくれたお陰で大したことはないらしく、軽い身のこなしで起き上がる。

 

 咄嗟に抜いたのだろう彼の剣に、灰色の矢じりが付いていた。剣を振り払うと矢じりは壁に投げられ、鈍い音を立てて床に落ちる。

 

「やっぱりあなたが最も厄介ね剣士さん。初めて見た時から只者じゃないとは思ってたわ」

 

 モレノの妻の顔は、既に殆どの表皮が剥がれ落ちている。露になった顔は、剥がれる前より随分と艶めかしい雰囲気を放っていた。

 

 豊かな灰色の髪に、唇に厚く引かれた紅。化粧に余念がないらしく肌に染みや吹き出物といった類は見えないが、笑った口元に生じた皺がそれなりの年齢を感じさせる。

 

 首から下の身体も一気に崩れるように剥がれた。肉付きのいい肢体を隠そうとせず、むしろ誇示するように衣類は最低限の部位しか隠していない。自分がまだ現役の「女」であることを声高に主張しているようだった。

 

「ミニオンの粘土……」

 

 足元に転がってきた破片を摘まみ上げたアーウィンが呟く。「正解よ」と身体にこびり付いた破片を手で払いながら、暗黒術師の女は言った。

 

「お久しぶり。異界戦争の頃は可愛いお嬢さんだったのに、随分と骨太になったわね」

 

 眉を潜めるアーウィンに、暗黒術師は余裕の笑みを称えながら続ける。

 

「あら、覚えていないの? 私は覚えているわよ、アーウィン・イクセンティア。化粧気のない小娘が暗黒騎士なんて物好きと思っていたわ」

「イー・ジェイ・エム………!」

 

 思い出したのか、アーウィンは驚愕を込めてその名前を呼ぶ。次に発せられた言葉には、明確な怒気がこもっていた。

 

「これは貴様の仕業か!」

「あら、聞く事は他にもあるじゃない。戦死したはずの私がどうして生きているとか」

「暗黒術師の(こす)さはよく知っているさ。大方同胞たちを盾にしてやり過ごしていたんだろう」

「あら、賢くなったのね。でも楽じゃなかったのよ。身体の半分が消し炭になって、ひとりやふたりの天命を吸ったところで何の足しにもならなかったんだから」

「生き残ったのなら何故ギルドに戻らなかった? 何が望みだ!」

「支配よ」

 

 イーの答えは明確だった。迷いや、澱みが一切感じられない。それだけが正しさと信じ戦後の10年間を生き続けてきた者としての純然な強かさがあった。

 

「オークの王にでもなるというのか?」

「そんなの戦前にやろうと思えばいつでもできたわ。忌々しい十候会議なんてものがなければね。それに辺鄙な村の長で終わるくらいなら、こんな没落貴族に腰振ったりなんかしないわ」

 

 鼻をふんと鳴らし、イーは事切れたモレノの顔面に靴底から伸びるヒールを突き立てた。体重を乗せたヒールは杭のように、モレノの額を砕き血と脳漿をぶち撒ける。

 

 まるでカボチャを潰したみたい。人としての原型を失ったモレノの頭部は、畑に打ち捨てられたようだった。

 

「私が望む支配は暗黒界、ひいては人界、そしてこのアンダーワールドの全てよ。亜人だろうと人だろうと、全ての者がこの私に跪く世界を創り上げるの」

「ディー・アイ・エルの意思でも継ぐというのか?」

「あら愚問ね。ディーのみならず実力のある者は皆皇帝の座を狙っていたものよ。暗黒騎士は隷属するしか能がないのかしら」

「ギルド自体が裏切りの温床だったということか」

「力で奪う事こそ、私たちにとって絶対唯一の法だったはずよ。強い者が生き延び弱い者が死ぬ。そうやって私たちは先祖から力や技を受け継いできた。違う?」

「世界は変わるべき時を迎えているのだ。本当に護るべきは増長し硬直化した習わしと法なのか、いま一度考えるべき時代だ」

 

 「へえ」とイーはせせら笑う。

 

「なら、あなたは私と同志じゃない。法だ何だとばかり言っている退屈な世界を壊したいんでしょう?」

「違う! 私が望むのはこんなものじゃない! こんな、亜人だからと………」

 

 強く唇を噛んだせいで、アーウィンの口端から一筋の血が垂れた。欲望の食糧にされたオークたち。更に深い欲に弄ばれていたモレノ。何て醜悪な連鎖だ。あまりにも醜く恐ろしい。

 

「そこのあなたもじゃない?」

 

 イーはセツナへと細めた目を向ける。まるで夜の床に誘うように。

 

「人界人なのに血の匂いがぷんぷんする。きっと右目の封印を破ったのね。あなたならこの世界を壊せる。どんな敵でも殺せる」

 

 その口ぶりに既視感を覚える。そうだ、アーウィンがセツナを仲間として引き入れるときも、似たようなことを言っていた。彼ならこの世界を変えられるかもしれない。変革を求める志。そのために必要とするセツナという尖兵。アーウィンとイーは根本的に同類なのかもしれない。

 

「私と一緒に来ない? そうすれば望みが叶う。いくらでも殺せるし、私を好きにして良いのよ」

 

 右手を差し伸べ、左手で自らの胸を揉みしだいた。イー・ジェイ・エムは自らの存在を最大限に利用している。暗黒術師であることも、女であることも。その豊満な肉体を前にモレノは屈したのだろう。

 

 だがセツナはどうだったか。答えは単純。何の反応も示さなかった。いつもの仏頂面を崩さず、病人のような肌は紅潮することなく土気色を保っている。

 

「興味ない」

 

 彼の口から出たのはそのひと言だけだった。「ざーんねん」と間延びした口調で返したイーは指を鳴らした。床に散っていった粘土の破片が再び彼女のもとへ集まり、その身体に付着していく。

 

 さっきのように再び夫人の姿になるのか。一瞬そう思ったが、イーの身体を覆う粘土はどこから沸いて出たのか先ほどとは明らかに量が違った。身体は倍の大きさに膨れ上がり、この地下室に収まりきらない。

 

 窮屈になった黒土の巨人は、大きな拳を天井に打ちつけ容易に突き破った。

 

「出るぞ!」

 

 まだ足元がふらつくわたしはアーウィンに担がれ地上へ向かう。牢屋から出られないオークたちの悲鳴が聞こえたが、もはや構っていられる余裕はなかった。

 

 地上に出ると、宴気分もすっかり冷めきった村民たちがわたし達へ一斉に詰め寄ってくる。

 

「おい何があった?」

「お前らもしかして見たのか!」

「何とか言えよ!」

 

 立て続けに投げられる声にわたしは悟る。ああ、共存なんてまやかしだったんだ。アーウィンの肩から降ろされたわたしは膝から力が抜けるのを感じた。

 

「いいから逃げろ! ここに居たら――」

 

 アーウィンが言い切る前に、村長の家の屋根が破られた。煉瓦の破片を散らしながら屋根から出てきたのは、黒い肌の巨人。女ならではのしなやかで妖艶な体躯だけど、頭はまるで芋虫のように異様に長い。その背中から一対の翼を広げ、イーを核とした化け物が滑空してくる。

 

 あれがミニオン――

 

「伏せろ!」

 

 強引に身体をうつ伏せにさせられて、勢いよくわたしは頭を地面に打ってしまった。痛みはあったけど、それ以上に真上に駆け抜けた気流の強さに身体が縮こまるような錯覚を覚える。

 

 振り返れば、そこにさっきまで騒いでいた村民たちは随分と減っている。まるで車輪の(わだち)みたいに穿たれた地面には、真っ赤な血と肉片がこびり付いていた。はっきりと手足らしきものも残っている。

 

「全て殺すつもりか」

「だって、もう必要ないもの」

 

 ミニオンの口から放たれた声はイーとは似つかない、男とも女とも取れない耳障りなものだった。人間とは異なる作りの生き物が無理矢理言葉を発しているようだ。

 

「少し早いけど、このミニオンならオブシディアを攻められるわね」

「たったひとりで反乱か?」

 

 剣を抜いたアーウィンの皮肉に、ミニオンは口を歪め笑みにしては醜いものを浮かべる。

 

「軽口を叩くのなら私を殺せる?」

 

 身を翻したミニオンの尻から生えた尾が大きくしなりアーウィンに迫る。わたしから見れば目で捉えるのもやっとなほど早いが、アーウィンにとっては取るに足らなかったらしく剣を一閃し、尾を容易に切断してみせる。

 

 切断面から黒い粘液が血のように噴き出した。ただ粘り気が強い粘液はアーウィンの身体にへばり付き、そのまま流れることなく飛沫の軌跡を保っている。

 

「これは……!」

 

 呟いたアーウィンの動きが鈍くなっていく。頭から纏わりつくように付着した粘液を払い落とそうとする腕が宙で静止する。わたしは彼女へ駆け寄り、粘液に触れた。その感触はとても硬かった。まるで焼いた陶器みたいに。

 

 ぐふふ、と咳なのか笑みなのか分からない声をミニオンは漏らす。

 

「イスカーンを殺す良い練習になったわ」

 

 ゆっくりと、ミニオンは顔をこちらへと向けた。口から涎らしき粘液が垂れている。それもまた体色と同じように黒く、地面に着く寸前で硬直した。ミニオンが手に取ると、先端の尖った涎はさながら剣だった。

 

 明確な窮地だが、アーウィンは余裕の笑みを浮かべた。虚勢ではなく、本物の余裕として。

 

「身構えていなければ、首を取られるぞ」

 

 その言葉が何を意味するかすぐにミニオンは気付いたけど、既に遅い。

 

 背後に回っていた黒い影が、水色の輝きを一閃した。目に捉えられないほどの速さで繰り出された剣尖が、ミニオンの首を胴体から斬り離す。あまりの速さに、わたし達の横に立ったセツナには切り口から流れ出た粘液が1滴も付いていなかった。

 

 でも、一瞬でも切り口に触れた剣にべっとりとへばり付いている。すぐさま粘液は硬化し、剣を切れ味も何も無い鈍へ変えてしまった。

 

 敵は倒せたかというとそうでもなく、胴体の首元から溢れ出す粘液はずるずると地面を這い、近くに落ちた頭部に付着するとそれを引き寄せて首と結合させる。

 

「確かに、これならイスカーンや整合騎士とも渡り合えるか」

 

 身動きが取れないアーウィンの言葉は諦観を感じさせる。だが、剣を封じられたセツナの方は全くその気がないらしい。

 

 繋がった首を動かしている敵の背後に、セツナは素早く回った。いつの間にか首と一緒に結合していた尾が迫る。跳躍で避けつつ、背中に蹴りを入れる。重心を崩されよろけた相手に、鈍になった剣を振った。

 

 刃が硬化した粘液で覆われた剣なんて切れるはずもなく、ミニオンのくっついたばかりの後頭部を強かに殴っただけ。

 

 けど、傷さえできなければ粘液は出ない。それを分かっていたのか、それとも偶然なのか。何はともあれセツナは好機とばかりに化け物を鈍器になった剣で叩き続ける。

 

「ごのおっ!」

 

 思わぬ反撃に声を荒げながら、ミニオンは即席の剣を振る。セツナの剣とぶつかり合い拮抗する。だが体躯に倍以上の差があっては、早くもセツナのほうが押し負けようとしていた。それを察してか後方に跳んで剣を構え直す。

 

 予想していたのかミニオンは嗤った。醜く歪めた口から粘液が勢いよく噴出する。咄嗟に避けたセツナは肉迫しようとしたが、間髪入れず追撃の粘液が飛んできて行きあぐねている。

 

 粘液と回避の応酬が繰り返されている光景を見ているなかで、わたしはふと違和感を覚えた。粘液を唾のように吐く巨体が、心なしか先ほどより小さくなっている気がしたのだ。

 

「縮んでる?」

 

 わたしがそう呟くと、何とか粘液を落とそうと身じろぎしていたアーウィンが目を剥いて「ナミエ」と呼んでくる。

 

「私の腰鞄に暗黒力の結晶が入っている」

「え?」

「君が暗黒術で奴の気を逸らすんだ。一瞬だけでいい」

「そんなの――」

「君にしかできないんだ、頼む」

 

 振り返ると、セツナはまだ飛んでくる粘液を避け続けている。彼も体力が無限にあるわけじゃない。いずれ粘液に絡めとられ身動きができないままなぶり殺されて、わたしとアーウィンも同じ苦痛の後に死ぬだろう。

 

 やらなければ死ぬし、迷っているうちにも死ぬのだ。アーウィンの腰ベルトに括りつけられていた鞄を開けると、確かに白濁した丸い結晶が詰まっている。そのひと粒を摘まみ上げるとアーウィンが早口でささやく。

 

「いいか、私がこれから教えるのを詠唱するんだ。大丈夫、そんなに長いものじゃない」

 

 頷くとアーウィンは「それと」と付け足すように、

 

「術を使うのに必要なのはできるという確信だ。頭の中で自分が上手く術を使っている姿を想像するんだ。いいね」

「想像………」

「では言うぞ。システム・コール――」

 

 使い慣れていない古代神聖語は聴き取り辛い語句もある。言葉の意味など意識せずただアーウィンの口から出てくる式句をそのまま覚えるのは難儀だった。

 

 確認のためすぐに復唱し「よし」とアーウィンからの承認が貰えると、記憶が新鮮なうちに手の中にある結晶を握り絞めた。砕けた神聖力が宙に舞う中、わたしはミニオンへ手を掲げ「システム・コール」と式句を唱える。

 

 暗黒術師ということもあり、ミニオンの中にいるイーは神聖力の動きを感知したらしい。既に普通の人間と変わらない大きさにまで縮んだ身を翻した時には、もうわたしの手の中では鋼素で生成した矢が出来上がっている。早口だったけど、式句が正確だったことに安堵しながら、わたしは最後の句を唱えた。

 

「ディスチャージ!」

 

 手から射出された矢がミニオンの胸に命中した。ただ刺さりが浅い。でも、それで十分。

 

 隙さえ生じれば、彼はそれを見逃さない。

 

 地面を蹴ったセツナの左拳が、黄金の光を帯びながらミニオンの腹に突き刺さった。勢いのままほぼ同程度にまで小さくなった敵の身体を押し倒し、馬乗りになったところで拳を引く。

 

 防御用に気持ち程度の手甲を嵌めただけの左手から、鋭い刃が伸びていた。仕込み刀だろうか。敵の身体に傷を付けた刀からは、当然黒い粘液が滴っている。早くも硬化が始まるのだが、セツナは構わず拳をミニオンの頭に打ち続ける。

 

 数発ほど殴ったところで、セツナの動きが鈍くなった。返り血のように体中に浴びた粘液が完全に硬化してしまえば万事休すなのだが、だらりと両腕を投げ出したミニオンにも反撃の力が残っていないようだった。何せ、頭の部分を構成していた粘土が剥げてイーの顔面が露になっていたのだから。

 

 ミニオンの身体が溶けるように粘液となって流れ出す。それに伴ってか、アーウィンの身体で硬化したのも粘液に戻り滴り落ちていく。セツナに付いたのも同様。傍で無造作に投げられていた剣は本来の鈍色を取り戻している。

 

 粘度が薄れ黒い液体になったミニオンの体液が、酸化した血のように地面に溜まる。そこに沈もうとしているかのように横たわるイーの顔は酷いものだった。念入りに化粧が施された美貌は、度重なる殴打によって見事に崩されている。

 

 大きかった目は腫れ上がった目蓋で殆ど開けず、辛うじて薄目の瞳からセツナを虚ろに見上げていた。

 

 興味を失ったようにセツナが退くと、今度は入れ替わるようにアーウィンがイーの胸倉を掴み持ち上げる。

 

「ギルドに戻らなかった暗黒術師は貴様だけか? 他に仲間がいるのか? 答えろ!」

 

 至近距離で飛んでくるアーウィンの怒号に、イーはか細い笑みを返した。顎が砕かれたのか、少し言葉がぎこちない。

 

「ええ、他にもいるわ」

「そいつらはどこだ!」

「知らないわ。人界の皇帝と手を組むのが嫌だから私は襟を分かったのよ」

「人界の皇帝? 一体何を企んで………」

「だから知らないわよ」

 

 これ以上の回答は得られないと判断したのか、アーウィンは無造作にイーを離した。

 

「よお、アーウィン」

 

 そこへ、不快な笑みと共に大柄な男が近付いてくる。どこから引っ張り出してきたのか重そうに大剣を引き摺っていた。

 

「覚えてるか? 昔お前に決闘でぶちのめされたアルゴスだよ。ガキだった癖に恥かかせてくれたよな。こんなところで会えて嬉しいぜ」

 

 アルゴスと名乗った男は「死ねえっ!」と剣を掲げた。でも、剣はすぐ地面に鈍い音を立てて落とされた。男の太い両腕ごと。

 

 男の耳障りな悲鳴に気分を害したのか、剣を鞘に収めるアーウィンの眉間にしわが寄った。

 

「そんな名前など知るか。いま貴様の相手をしてやる暇はないんだ」

 

 聞こえていないのか、男は「天命が」と喚き続けている。以前アーウィンと剣を交えたということは、彼も暗黒騎士だったのだろうか。その疑問は解消される前に、セツナが男の肩から脇腹にかけて斬り捨ててしまったものだから真相は分からず終いだ。

 

 「うらあっ!」と今度は武器も持たず拳を掲げた青年が跳びかかってきたのだが、セツナは見向きもせず背後へ剣を差し出す。吸い込まれるように剣先は青年の首へ突き刺さり、「ごばあ」と奇声を発してすぐにセツナは剣を大きく振る。勢いで剣を抜かれ、青年の身体は宙を舞ってその辺りにあった煉瓦の家に突っ込んでいった。

 

「ここの人族は暗黒騎士に拳闘士か。戦場から逃げ出した者たちの吹き溜まりだな」

 

 怒りや嫌悪を包み隠さずアーウィンは独りごちた。もう何もかもどうにもなれ、と投げやりなものを感じられた。こんな村滅びても構わないと。

 

「こいつはどうする?」

 

 セツナが訊いた。アーウィンは無感情に「殺すも犯すも君の好きにすればいい」とだけ言った。セツナは前者を選んだらしく、もう起き上がれそうにないイーに剣を向けた。

 

「この剣士さんに殺させるの? あなたも狡い女ね」

 

 イーの皮肉に「貴様よりはましさ」と返し、アーウィンは死にゆく者に背を向けた。死人に口なし。これ以上何を言ったり言われたりしても無駄とばかりに。

 

 セツナは躊躇なく、剣の切っ先をイーの額に突き立てた。どれほど天命を保っていようが、頭をやられたら全損する。不思議なこの世界の理に違わず、イーの息の根は止まった。

 

 振り返れば、すっかり荒れた村にはオークの姿しか見えなかった。大将格のイーが討たれて、人族たちは負けを悟って逃げたのか。逃げた先でまた亜人を食うのか気にかかったけど、今は何も考えられなかった。

 

 アーウィンが傍にうずくまっていたオークの子どものもとへ歩み寄る。わたしに乾燥果物をくれた少年だった。

 

「君たちは知っていたのか? いつか食われると知った上でこの村にいたのか?」

 

 「どうなんだ!」と乱暴に少年の肩を掴む彼女を止めようとしたけど、それができたのはわたしではなく近付いてきた大人のオークだった。

 

「その子は知らながった」

 

 そのオークは男のようだったが、随分と年老いていた。この村へ初めて見る老齢のオーク。そのしわがれた声は永く生きた者としての智と、そして悲観を感じずにはいられない。

 

「子はある程度の歳になるまでは何も知らない。子どものうちは無垢に過ごさせでやるのが、我ら大人がしでやれるごと」

「子を想うなら、何故こんな仕打ちを受け入れた? 隠したところでこの子たちの先に待つものは何も変わらないじゃないか!」

「イーは言っだ。我らの命を食糧としで差し出せば末代まで一族を守るど。子を成し育て上げだ者から肉にされだ。だが子どもは次の子を成すまでは肉にされない。わしには子がいない。だがら肉にされながっだ」

「抵抗しようとは、思わなかったのか?」

 

 アーウィンの声から怒りが薄れていくが、代わりに震えだした。老オークは頷き、

 

「暗黒術師にオークは敵わない。他の人族も暗黒騎士に拳闘士。我らを滅ぼすのは容易い。ぞれに、(おさ)の命令もある」

「リルピリンの?」

「我ら一族は人族の、緑の剣士に救われだ。だがら人族が困っていだら助ける。要求があれば断らない。それが長が決めだ、我らの新しい掟」

 

 老オークはゆったりと、淡々と語った。興奮のあまり肩を上下させるほど息の荒かったアーウィンも冷静になりつつあるのだが、その頬に一筋の雫が伝っている。

 

 それは涙だった。強い人と思っていた彼女の涙を、わたしは呆然と眺めることしかできない。

 

「そんなの……、緑の剣士はこんな事のために君たちを救ったんじゃないだろう! 命令だから、掟だからと何で皆そうやって不条理を受け入れられるんだ!」

 

 溢れる感情の奔流を止められる者は、この場には誰もいなかった。一族を救った英雄の存在が逆に苦しめてしまうなんて、皮肉で片付けるのはあんまりだ。

 

 わたしにだって、会ったことのない緑の剣士が少なくともこの惨状を望まないことは理解できる。彼女はきっと、同じ言葉を話す人とオークが互いに分かり合える道を夢見たはず。種族は違えど同じものを食べ同じ事を学び、互いを友や家族と呼べるような。

 

 まさにアーウィンが師から受け継いだ孤児院のような光景が、世界中に広がっていくことを。

 

 このトルソ村は、アーウィンが正しさと信じ続けたことを否定し嘲笑ったのだ。お前の理想など無意味だ、と。心を打ち砕かれた彼女に、わたしがどうして慰めの言葉をかけられる。

 

 きぃん、と金属同士を擦り合わせたかのような甲高い音が聞こえた。音が大きくなっていくにつれて、空に何かの影が見える。

 

 その影は、この村へ近付いているようだった。

 






そーどあーと・おふらいん えぴそーど13


キリト=キ
アスナ=ア


ア「こんにちは、そーどあーと・おふらいんの時間です。司会のアスナです」

キ「解説のキリトです」

ア「さあ、今回から前書きにある武器物語が始まるわよ」

キ「武器物語ってのはセツナが使う剣にまつわるエピソードの事だな。本作ではセツナの剣が頻繁に変わっていく予定だから、その都度武器物語が解禁されるぞ」

ア「今回物語が解禁された断罪の剣は、赤い飛竜との戦いで折れたウンベールの剣に代わってアーウィンが適当に引っ張り出してきたものね」

キ「適当なものにしては曰く付きなんだな。でもストーリー全般から見ると、断罪の剣はセツナが使ってきた剣の4本目なんだよな」

ア「そう、最初の剣は目覚めた直後に殺した衛士から奪った剣。2本目はウンベールの村の衛士を殺して奪った剣。3本目はウンベールを殺して奪った剣ね」

キ「断罪の剣以外は元の持ち主殺してるんだな………」

ア「キリト君だってSAO時代はボス倒して武器ゲットしてたんだから似たようなもんじゃない」

キ「何だろう、妙に説得力ある。てか、断罪の剣の前に使ってたやつの武器物語はないのか?」

ア「無いわよ。だって最初2本の衛士から奪った剣なんてドラ○エで例えたら兵士の剣とか銅の剣クラスよ。ウンベールの剣でやっと鋼の剣クラスなんだから」

キ「ウンベールの家は一応人界の上位貴族だったのにな………」

ア「貴族の剣なんて基本的に儀礼用で見た目だけ凝った作りなんだから実用的じゃないのよ。ま、強いて武器物語を設定したとしても、内容はウンベールとナミエの×××ね」

キ「うん、やめておこう」

ア「まあこの武器物語っていう演出も、本作に組み込んだ『ドラッグオンドラグーン』や『ニーア』オマージュのひとつね」

キ「そこまでオマージュするならもうその2作の二次創作書けばいいんじゃないか?」

ア「もう、まだ分からないの? この作品はSAOの世界観を鬱で汚染するためのものなんだから」

キ「もう作者叩かれてください………」

ア「大丈夫! アンチが湧くほど知名度ないから!」

キ「平和なんだか悲しいんだか」

ア「それでは予告です。次回の更新ですが新キャラが登場予定なのでキャラデザで遅れます」

キ「どんなキャラクターが出てくるのか、正直嫌な予感しかしないんだが楽しみにしていてくれよな」

ア「それじゃあ、また次回!」

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