ソードアート・オンライン パラダイス・シフト   作:hirotani

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第17幕 ジ・アジュディケイター

 

   1

 

 天井から落ちた滴が、わたしの頬に当たった。不意打ちの冷たさに思わず悲鳴をあげそうになったけど、何とかそれは堪えることができた。

 

 アーウィンが枝穂を折る。天命を、即ち神聖力を失った触媒から光が消えて暗闇へと転じる。視界を潰されると、凝らした耳に地鳴りにも似た唸り声がよく聞こえた。体勢でも変えたのか、何かが擦れるような音も。

 

 かつて相棒としていたアーウィンとユーリィにとって飛竜の気配とは親しみを覚えそうなものだけど、同時にふたりはその力の凄まじさを知っている。わたしも、一度だけだが遭遇したことで恐ろしさの一端を記憶に刻み込んでいるつもりだ。

 

 出来ることなら先に進みたくはないのだけど、後ろからユーリィの鎧の音が前へ前へと急かすように鳴っている。戦う術を持つ者と一緒にいるのは頼もしい半分、いささか肝が冷えてしまうものだ。

 

 もはや後退の選択はない。こんな暗闇にわたしひとりにされたら、野垂れ死ぬか魔獣の餌食の、どちらにしろ破滅しかないのだから。

 

 慎重に、足音を立てないよう――それでもやはりユーリィの鎧の音は隠しきれないが――進んでいく。視覚がない分他の感覚が研ぎ澄まされているせいか、開けた場所に出たというのが肌の感覚で分かった。上手く言葉にはできないが、空気が辺りに広がっていくような気がした。

 

「待っていた」

 

 その声にわたしは息を呑んだ。ぼう、と仄かな光が天井から降り注ぎ、地面にわたし達の影を映し出す。咄嗟に見上げると、疑似的な太陽が岩に張り付いていた。まるで熱した炭を練り固めたような赤い飛竜。

 

 飛竜が天井から降りてくる。相当な重量のある巨躯は着地と同時に洞窟内を揺らすものだから、ぱらぱらと天井から小石が振ってくる。後になって思えば、よく崩落しなかったものだ。

 

「そう身構えなくともよい。お主らと戦うつもりはない」

 

 前に遭遇した時と同じ声だった。男とも女ともとれる。穏やかな声音ではあったけど、巨躯から抑えきれない圧というべきものに皆は武器を収めようとはしない。

 

「飛竜が……喋った?」

 

 驚愕のあまりに上擦った声をあげるユーリィに、飛竜の黄色い眼が向いた。

 

「ほう、同志としたか」

 

 その言葉にアーウィンは構えを解く。「なるほど」と呟く彼女にユーリィは「何のことだ?」と訊いた。

 

「前にこの飛竜から予言めいたことを言われた。私たちに刃を向ける者が現れる。そいつを敵とするか同志とするかは私たち次第とね」

「それが私だというのか?」

「同志ではないと言いたいんだろう? それは私も同感だよ」

 

 アーウィンは剣を鞘に収め、飛竜のもとへ1歩踏み出す。飛竜の肉体から放たれる熱が洞窟内にこもり、少しばかりわたしは汗ばんでいた。

 

「赤き飛竜よ。あなたは古の時代に存在したという神獣たちの生き残りか?」

「そのような大層なものではない。我が生きた時は精々100年程度だ。整合騎士の中には、我よりも永い時を生きる者もいよう」

「なら一体――」

「我は、このアンダーワールドの裁定者として生み出された使い魔だ」

 

 使い魔。即ち何者かによって、何らかの目的をもって造られた存在ということ。優れた神聖術師や暗黒術師でも、使い魔として生み出すことのできるのは鳥とか虫とか、微小な生き物が限界とされている。ましてや言葉を話すなんて、それはもはや使い魔の定義に収まらないんじゃないだろうか。

 

 それでもアーウィンは冷静に次の質問をした。

 

「あなたを生み出した者とは?」

「カーディナル。かつて人界を支配していたアドミニストレータ、お主らが最高司祭と畏怖した者の妹と呼ぶべき存在」

 

 その回答に異論を挟んだのは、かつてその最高司祭に仕えていたユーリィだ。

 

「馬鹿な。最高司祭に妹がいたなどと聞いたことがない」

「ものの例えよ。正確にはアドミニストレータが新たな肉体として用意した、奴の現身(うつしみ)だ。現身には奴が取り込んだカーディナルシステムが表層化し、分身と呼ぶべき奴と襟を分かった」

 

 正直なところ、この時わたしは赤い飛竜の言葉の半分も理解していなかった。そんなわたしにも分かりやすいよう、ユーリィがとどのつまりを述べてくれた。

 

「最高司祭と同等の力を持つ者が、もうひとりいたというのか」

 

 人界の支配者と渡り合える者がもうひとりいた。その事実にユーリィの持つ槍先が震えている。そんな彼女を尻目に、次に質問をしたのはセツナだった。

 

「何故分身なんてものを作った?」

 

 飛竜の口から洩れた熱い吐息が、わたしの頬を撫でた。これは溜め息だったのだろう。

 

「永遠の栄華を望み、自らの生命をも操れると過信した愚か者の夢想よ」

 

 思っていたよりも素朴な動機に、わたしは拍子抜けした。全てを得た者が次に欲するのは永遠の絶頂。必要不可欠なのはそれを享受するための永遠の天命。誰もが想像するが、そんなものは得られまいと限りある天命を謳歌しようとする。だがあらゆるものを手に入れた者の欲望は常人には理解しがたいほど底知れないということだ。

 

「主はこのアンダーワールドの調整という使命に従い、一介のヒューマンユニットでありながら管理者権限を持ってしまったアドミニストレータを排除しようとした。だが失敗し、身を隠しながら200年の時をかけて奴を消す手段を模索していた。我はその過程で、万が一敗れてしまった時の代行者として、主と同じ権限と飛竜の肉体を与えられた」

「つまりあんたは、カーディナルシステムのバックアップか?」

 

 時折飛竜の口から出てくる古代神聖語はセツナにしっくりきたらしく、成立する会話に飛竜は「然り」と頷くように頭を揺らした。

 

「お主らも知るように、アドミニストレータは主が集った協力者によって打ち倒された」

 

 「代表剣士殿のことか」とユーリィが呟いた。暗黒界との戦いに人界の民を剣の魔人に変えるという「非人道的な」手段で備えようとしていた最高司祭に反旗を翻し、見事討ち取ってみせたのが現在の代表剣士とされている。

 

 現在ではあたかも代表剣士が単独で倒したかのように語られているが、実際はそう簡単な話ではなかったらしい。いうなれば代表剣士は、飛竜の主が差し向けた代行者だったということだ。

 

「しかし戦いで主も天命を散らせた」

「主と使命を見失い、世界をさまよっていると?」

 

 アーウィンの推測に飛竜はかぶりを振り、

 

「我の使命はまだ残っている。主はアドミニストレータを排除した先のことも見越していた。最終負荷実験、お主らの言葉なら異界戦争だ。ダークテリトリーの侵攻で無辜(むこ)の民が蹂躙される悲劇を憂い、戦争が起きる前に主はこのアンダーワールドを初期化するつもりでいた」

「初期化とは?」

「全てを無に帰す、という意味だ」

 

 わたしの背中に戦慄が走った。きっとアーウィンとユーリィもだろう。セツナは、どうかは分からなかった。多くの血が流れ、その血が焼かれ、脂なのか天命なのか分からない霧状のものが空へ昇っていく地獄絵図をもたらさないための救済は、民に消えたという実感すら伴わせない終末だった。

 

 どちらにしろ滅びは免れない。ならばせめて苦しまずに逝かせてやることが慈悲だ。終末の回避という選択を、全能者というべき飛竜の主はとうに諦めていたのだ。

 

「この世界を滅ぼす使命を、あなたは負っているのか?」

 

 恐怖か、それとも怒りか。声を震わせたアーウィンの質問に被せてくるように、ユーリィがまくし立てる。

 

「その必要はない。戦争はどちらも滅びず和平で終わったのだ。あなたの主の怖れていたことは起きない。私たちの代表剣士と、整合騎士団がそうはさせない」

 

 そう、終末は来なかった。ベクタは討たれ、人界の民が蹂躙されるという悲劇は回避された。戦争から10年が経ち、形だけではあるものの世界は平和そのものなのだ。

 

 役目が果たされる時は訪れなかった。その事を喜ぶべきか憂うべきか、飛竜自身も迷っているようにわたしには見えた。

 

「主も、絶望の中に一筋の光を見た。滅ぼさずとも、まだこの世界には護る余地があるのではないかと。その希望をお主らの代表剣士に託し散っていった。そして残された我も、最終負荷実験を乗り越えてみせた世界を見守ってきた」

 

 100年の時を生きた飛竜にとって、10年という月日はそれほど長くは感じなかったのかもしれない。こうしてわたし達という人間に接触したということは、早くも不穏な動きを嗅ぎ取ったということか。

 

 アーウィンは更に問う。

 

「あなたは私たちをずっと見てきたのか?」

「そうだ」

「何故私たちを導く?」

 

 飛竜は沈黙する。そこでわたしは気付いた。飛竜の話し方や態度。そこにわたし達人間に対する蔑みが全く感じられないことに。いつでも滅ぼす力を持ちながら慢心することなく、淡々と事を述べているのだ。

 

 この竜は自身があくまで使い魔であり、神ではないことを自覚している。逡巡を経て、裁定者の飛竜は答えた。

 

 

 

「世の趨勢(すうせい)を、自分たちで決めさせるためだ」

 

 

 

 言葉はいたって簡潔だったが、その意味を理解するのにしばしの時間を要した。

 

 わたし達は日々の生活の多くを神とやらにすがっている。安息日には教会へ行き、次の安息日まで穏やかな日が続きますようにと祈りを捧げる。式句を唱え、神の御業の一端である神聖術で火を起こし明かりを灯す。剣術の秘奥義も、道を究めた者に与えられる神からの褒美する流派が存在する。

 

 わたし達は今まで姿を見たことも声を聞いたこともない神に依存しきっていたのだ。天界からの命を承った最高司祭や整合騎士を、不可視の者が存在するという根拠として。

 

 誰もそのことに疑問を持とうとしない。何故なら公理教会への反逆禁止は禁忌目録に記載されているから。自分たちを守る絶対的力である法を自ら破る者などいない。

 

 いうなれば東の大門の崩壊に伴う異界戦争も、神の意思で片付けられてしまうのだ。世界やわたし達の行く末は全て神により決定される。

 

 飛竜の語ったことは、いうなれば神として――裁定者としての責務の放棄だった。

 

「この世界は、依然として危うい均衡の上に立っている。貧しさに喘ぐ者、食い物にされる者、救われない者たちの憎悪が爆ぜるのは時間の問題。そう遠くないうちに、再び戦火が燃え上がるだろう」

 

 飛竜はわたし達ひとりひとりに黄色い眼を向けた。

 

「我は審判を下すのではなく、この世界に住む者たち自身に行く末を委ねることにした。世の歪みを視る者、世の偽りを感じる者、世の儚さを知る者。数多のヒューマンユニットの中でこれらのイレギュラーとして見つけたのが、お主らだ。更に――」

 

 飛竜の目がセツナに留まった。セツナは目の前の竜に臆することなく、鋭い眼差しを返している。

 

「かつて主が希望を託した者と同じ、外部からのイレギュラーユニットもいる」

 

 イレギュラーユニットとやらが何を意味するかは分からなかったが、全てを見通す飛竜の言葉でわたしの疑念は確信になった。セツナはやはり、代表剣士と同じ天界からやってきた存在だったのだ。

 

「俺がイレギュラー?」

 

 反芻するセツナに飛竜は「そうだ」と頷き、

 

「お主はこの世界の住人ではない。この世界を創造した者たちの世界からやって来たのだ」

 

 飛竜の語る事実に、当人の反応は薄い。記憶がないから実感が伴わないからか。アーウィンとユーリィが当人以上に驚いているかというと、そうでもなかった。ふたりもわたしと同じように確信へと変わっただけだったのだ。

 

「お主たちがこの先で成し遂げること、それによって世にもたらされるものを、見届けさせてもらう」

 

 これを福音と取るべきか、わたしには判断がつかない。わたし達の行動次第で、この裁定者である竜は亡き主に代わって世界を滅ぼしにかかる可能性があるのだ。

 

 監視役。そう捉えるのが妥当だろうか。分からない。世界を永く視てきた者の物語の一端を聞いたところで、何かがわたしの中で芽生えることはなかった。

 

 「赤き飛竜よ」とアーウィンは堂々とした姿勢を崩さない。

 

「私たちと同行するつもりというのなら、あなたのことは何と呼べばいい? 名前はあるのか?」

 

 飛竜はしばし、明後日のほうを向く。どこか懐かしむような、穏やかな声音で答えた。

 

顎門(あぎと)。主から授かったこの名を名乗るのは、お主らが初めてだ」

 

 顎門という名を誰にも明かさなかったこの飛竜にとって、わたし達が初めて接触した人間になるのだろうか。恐らくはそうなのだろう。赤き飛竜の記録が100年もの間どこにもなかったということは、人界からも暗黒界からも身を隠してきたということだ。

 

 この世界が在るに値するか、それとも滅ぼすかを見定めるために。

 

「最後に訊かせて」

 

 ひとまずの皆の疑問が一通り晴れただろう頃を見計らって、わたしはずっと抱いてきたことを問う。

 

「セツナは、何のためにこの世界に来たの?」

 

 我ながら何て奇妙な質問だ。記憶喪失の本人じゃなくてわたしが気になっているなんて。

 

 でも顎門はそこまで叡智を授かってはいなかったらしくかぶりを振った。

 

「それは分からぬ。我の意思ではないからな。あちら側の者たちが何の目的でそやつを寄越したかは、記憶が蘇るのを待つしかなかろう」

 

 それが、現時点で最も神に近いだろう飛竜の回答だった。長話を終えて疲れたかのように、顎門は高温の溜め息をつく。その赤い巨体がひと回り小さくなったような気がした。

 

 いや、気のせいじゃない。そう悟った頃に顎門の身体はわたし達と同じくらいにまで縮んでいて、掌に収まってしまいそうなほどになったところで収縮が止まった。

 

 感心したようにアーウィンが溜め息交じりに言う。

 

「通りで、あなたの目撃情報がなかったわけだ」

「これくらい造作もない。我が姉分のシャーロットは、髪の毛に紛れるくらいにまで小さくなれたのだ」

「そのシャーロットとやらも飛竜なのか?」

「いや、蜘蛛の姿を与えられておった」

 

 それは元々小さかったんじゃないだろうか。そんな指摘を、世界をいつ滅ぼせるかもしれない飛竜にする勇気はなく、喉元に押し留めた。顎門は翼をはためかせ、わたし達の周りを飛んでいる。傍を通り過ぎると、仄かに温かい。

 

「お主の恰好が、隠れるに丁度よいか」

 

 そう言うと、顎門はセツナの上着のフードにすっぽりと収まった。燃えやしないだろうかと、そんな不謹慎なことを思ってしまった。

 

「さあ行こうぞ。出口はそう遠くはない」

 

 

   2

 

 洞窟内は手作業で掘られた故に所々曲がっていたり天井が異様に低かったりしたが、1本道に通っていた。道中で先客や、ねぐらを見出した魔獣の類に遭遇することはなく、わたしたちは大した苦労もなく進むことができた。もしかしたら、顎門という天敵の気配に慄いて退散したのかもしれないが。

 

 洞窟を進みながら、わたしは気にもしていなかった自身の出自を想った。幼い頃に山ゴブリンに攫われたわたしは、果ての山脈内に掘られた洞窟を通って暗黒界へ連れてこられた。当時の記憶はないし、あったとしても樽に隠れていたらしいから自分が険しい山を越えていたなんて実感は湧きようがない。

 

「ねえアーウィン」

「ん?」

「この洞窟って、人界のどの方角なの?」

「南だ。かつて山ゴブリンが堀ったもので、異界戦争で一度埋められたが再び掘り返したんだ」

 

 当たりだった。鼓動が少しばかり速くなる。間違いない。この洞窟をかつてわたしは潜ったのだ。となれば、洞窟を抜けた先に村があるとしたら、そこはわたしの故郷になるはず。

 

「そういえば、異界戦争の直前はあちこちで亜人たちの侵入があったな。しつこいものだったよ、あれは」

 

 昔の苦労程度のようにユーリィが言った。暗黒界でベクタが目覚めてからは戦争の機運が一気に高まり、東の大門崩落を待てない者たちが果ての山脈から侵略を図ったという記録は多い。全てが整合騎士によって返り討ちにされたらしいが。

 

 「そうだったんだ」とわたしは興奮と緊張を悟られないよう、当たり障りのない相槌を打った。変に勘繰られて腫物扱いされるのが嫌だったからだ。

 

 故郷を目の当たりにしたわたしが何を想うのか、わたし自身も見当がつかない。懐かしいと感じるのか、そもそもわたしに感じられるだろうか。

 

「出口だ」

 

 アーウィンの声にわたしは視線を上げた。前方に、楕円に切り取られた穴から白んだ光が中に注がれている。自然と歩くのが速くなって、そう時間もかからずわたし達は光の溢れる中へと飛び込んでいく。

 

 まず視界いっぱいに光が広がる。

 

 その眩しさに、思わずわたしは目を閉じる。ゆっくりと開けば、目の前にはどこまでも澄み切った蒼い空が広がっていた。蒼の中の一点で、光に慣れても直視できないほど眩い輝きが放たれている。どこか攻撃的で、同時に温かくもある。

 

 あれがソルス。

 

「これが人界だ、ナミエ」

 

 ユーリィに促されるまま視線を降ろすと、眼下には緑が広がっている。枝には隙間なく葉が広がっていて、瑞々しい地力を辺りに振り撒いているようだ。

 

 ソルスの恵みを余すところなく受けた、テラリアの賜物。

 

「何と、美しいんだ………」

 

 暗黒界で生まれ育ったアーウィンも感嘆の声を漏らす。闇の国で過ごしてきた者にとって、光溢れる人界の景色は眩しすぎた。

 

 気付けばわたしの頬には涙が伝っている。人界で暮らしていた頃の記憶はない。最も古い記憶が、わたしを見下ろすゴブリンたちの黄色い目玉であることに変わりはない。

 

 なのに、胸の奥が締めつけられるほどに苦しい。胸の奥の更に深淵。人界で産み落とされた魂と呼ぶべき領域が、この光ある世界への思慕を呼び覚ましていた。

 

「君はこの美しい世界で生まれたんだね」

 

 アーウィンがそう言ってわたしの肩を抱いた。わたしは何も言えず、泣きながら彼女に身を預ける。

 

 

   3

 

 いくら人界とはいえ、時間が経てばソルスは沈み夜が訪れる。とはいえ月の輝きが照らす人界の夜は、暗黒界の昼よりも明るかった。

 

 眠れるかな。そんなことを思いながら固パンを齧る。北の方角に村らしき家々が見えたからひとまずそこへ向かうことにしたのだが、暗黒界より狭いとはいえ人界も広大であることに変わりはなく、徒歩での移動だと時間がかかってしまうものだった。

 

 ましてやわたし達が来たのは人界人にとっては禁断の地である果ての山脈。道らしい道なんてあるはずもなく、背の高い草や地面から隆起した木の根に足を取られる。野営できる平坦な場所を見つけるのもひと苦労だ。歩きやすさは、暗黒界の荒野が勝っている。

 

 焚火を囲んで、アーウィンは喉を鳴らす勢いで水を飲んでいる。近くに流れていた小川で汲んだ水なのだけど、アーウィンは特に気に入ったらしく何杯もおかわりを汲みに行っていた。

 

 わたしも飲んだけど、確かにやみつきになりそうなほど美味しかった。澄んでいて澱みがなく、それでいて口当たりが柔らかでのど越しが良い。暗黒界では苦労して水脈を見つけ井戸を掘っても濁り水しか沸いてこない。人界では綺麗な水が少し歩いただけで手に入ってしまうのだ。

 

「水だけで満腹になりそうだよ」

 

 お腹をさするアーウィンに微笑を返しつつ、わたしは「ユーリィは?」とこの場にいない整合騎士について尋ねた。

 

「水を汲みに行くと言っていた。あれも久々の人界の水を味わっているのかもね」

 

 まるで酒でも飲んだみたいに上機嫌なアーウィンに「わたしも水汲んでくる」と言って焚火から離れた。

 

 穏やかなせせらぎの音へ向かう。月光を浴びてきらきらと輝く川面の美しさに見惚れそうになりながらも、周囲に目を配る。目立つ鎧姿で川辺に座る騎士はすぐに見つかった。わたしが近付くと、足音を聞き取ってか咄嗟にユーリィは傍に置いていた槍を掴んで立ち上がる。

 

「待って」

 

 両手を挙げて非武装を証明する。「済まない」と謝罪するユーリィの声は消え入りそうなほど弱かった。

 

「水を汲みに来たのか?」

「あ、うん……」

「好きなだけ汲むといい。わたし達がいくら飲んでも川は枯れないだろうさ」

 

 冗談にしては詰まらない軽口を叩くユーリィの横に、わたしは並ぶように座った。

 

「どうした?」

「何か、ユーリィの様子が変だったから」

「そうか。そんなに分かりやすいか、私は」

「ううん。アーウィンとセツナは多分気付いてないわ」

「そうか………」

 

 そんなに饒舌でないふたりが並んだところで、会話が弾むなんてことはない。当たり障りのないやり取りを終えると、特に話題を用意していなければ沈黙が訪れるのは当然だった。小川がせせらぎを奏でてくれていたのがせめてもの救いだ。無音だと感覚に狂いが生じてしまうかもしれない。

 

 何か話したほうが良いのかな。迷っているうちに話題を切り出してくれたのは、幸いにもユーリィのほうだった。

 

「ナミエ、顎門様の話を聞いてどう思った?」

「どうって、わたしには難しすぎて………」

 

 ユーリィは「そうだな」と微笑し、

 

「顎門様は私たちのことをイレギュラーと言っていた。前に代表剣士殿が同じ事を言っていて、意味を訊いたら異端という事だと教わった」

「異端……、わたし達が?」

「ああ。いうなれば、私は反逆者予備軍として見出されたということになる。皮肉なものだ。世界を護るために人界統一会議に忠義を誓ったというのに」

 

 ここで、何故この時ユーリィがよく微笑むのかが分かった。これは自嘲だ。整合騎士としてあるべき姿と思い描いていた自分が、実は反逆をもたらす者だったという事実に。

 

 乾いた笑いを漏らしながら、ユーリィは夜空に浮かぶ月を見上げた。月はソルスよりは光が弱いから直視ができる。

 

「反逆なんてしてないんだし、気にすることじゃ――」

「良いんだ。どこかで私自身も思っていたことだ。自分の忠誠心は本物だろうかと。アーウィンの言っていることに共感できる部分があって、それに気付くと主君への疑いがどんどん大きくなっていった」

 

 「なあナミエ」とユーリィは頭を垂れる。そこに強かな騎士の姿はない。進むべき道を見失いつつある迷い人に他ならなかった。

 

「整合騎士が一体何者なのか、知っているか?」

「人界で1番強くて、天命が減らない最強の騎士だって聞いたわ」

「そうか、傍から見れば私たちはそう映っているのか」

 

 乾いた笑いを織り交ぜて、ユーリィ・シンセシス・トゥエニワンの名を与えられた整合騎士は自らの話を語り始めた。

 

「私たちは、元はただの人間だった」

 






そーどあーと・おふらいん えぴそーど17


キリト=キ
アスナ=ア
カーディナル=カ


ア「こんにちは、そーどあーと・おふらいんの時間です。司会のアスナです」

キ「解説のキリトです」

ア「今回はもうひとりの解説としてこの方がゲストです、どうぞ!」

カ「うむ、カーディナルじゃ。よろしく頼む」

キ「おお、こりゃまた予想してなかったゲストだな」

ア「作者曰く、結構重要キャラだったにも関わらずあっさりと退場してしまったせいであまり印象に残らなかったからここで出番を用意しよう、という配慮だそうです」

カ「おおう、こやつなかなか言いよるの………」

キ「ごめん、カーディナル………!」

ア「今回再び登場した赤い飛竜の顎門(あぎと)はカーディナルの使い魔という正体が明かされたわけですが、これに関してどう思いますかカーディナルさん?」

カ「わしがまるで用意周到で狡猾な者のように描写されているのがいささか気に食わんが、それも致し方ないじゃろう。アドミニストレータを倒すためなら殆ど手段を選べん状況じゃったからな。代行者を用意するというのも、やって不思議ではない」

キ「そういや、顎門はカーディナルのバックアップなんだよな?」

ア「そうだけど、それがどうしたの?」

キ「カーディナルがいうなればアドミニストレータのコピーなわけだから、顎門は二次コピーになるだろ。アドミニストレータを削除対象にしてたカーディナルにとっちゃ同じ力を持った顎門も消そうとするんじゃないかなって」

カ「うむ、よく気付いたのキリト。確かに、丸々わしの魂をコピーすればそこに生まれるのは第3のアドミニストレータとなる。だがわしが顎門に与えたのはあくまで同じ権限レベル。コピーしたのはわしが扱える神聖術の知識のみなのじゃ」

キ「同じ技が使えるだけの予備アバターってことか」

カ「噛み砕くとそんな感じじゃな。100年という歳月で自我の芽生えはあったようじゃが、基本的には創造主であるわしの命令に従っておる」

ア「今回セツナ達に着いていくことになったけど、その理由に関してはカーディナルの命令違反にはならないの?」

カ「まあ、わしが死んでしまった後に想定外の事態が連続で起こりおったからな。命令にない状況のせいで、顎門も裁定者としての命を実行するのに戸惑っていたのじゃ。まあ、その想定外を起こしまくったのはお前たちじゃがな」

キ「いやあ、主人公としての性で破滅の未来は変えたくなっちゃうんだよなあ」

ア「それでこそ原作主人公とヒロインよね!」

カ「やかましいわバカ夫婦めが! とはいえ顎門の登場でまだアンダーワールドが消滅の危機に陥っておるぞ」

キ「何かそうなるとカーディナルが黒幕みたいだな」

ア「いけない子ね。お仕置きしちゃうわよ」

カ「言っとくがお前にツッコミはせんぞ。疲れるだけじゃなからな」

キ「うん、それが懸命………」

カ「作者の意向だと、本作はアンダーワールドの歪みじゃからな。キリトが統治したことで生まれる格差や、アドミニストレータ時代の負の遺産とかを前面に押し出していくものじゃ。後者の代表格として登場したのが顎門というわけじゃな」

ア「ここで裏情報なのですが――」

キ「ん?」

カ「お?」

ア「作者は当初顎門をアンダーワールドのレクチャー役として構想していましたが、アーウィンやユーリィがその役目になったので今後どう扱ったらいいか持て余しているそうです」

キ「おおおい‼」

カ「見切り発車で出しておるのか!」

ア「今後かわいくないマスコットとして扱う案もあるわよ」

キ「今更マスコット出したところでこの作品の鬱加減がマイルドにはならないぞ」

カ「場合によっちゃ滅ぼそうとしておるしな」

ア「取り敢えずパーティメンバー揃えたけど使いどころがない。物書きの初心者がよくやりがちなミスね。これを読んでいる小説家志望の皆さん、ご注意を!」

キ「作者、今年でハーメルンでの活動6年なんだけどな………」

カ「愚か者は学ぶことを知らんのだ………」

ア「さあ、今後顎門の扱いがどう悪くなっていくか、それとも軌道修正できるか、乞うご期待!」

キ「えーと、作品の楽しみ方が間違ってるからね。普通に今後の展開を楽しみにしてくれよな。それでカーディナル、今回はありがとう。お陰で俺の負担、ていうかツッコミが減ったよ」

カ「うむ、まあ本編もコーナーも不穏な空気だが、何とか頑張ってくれ」

キ「また出てくれないかな?」

カ「嫌じゃ!」

キ「ですよねー」

ア「それじゃ皆さん、また次回お会いしましょう!」

キ・カ「ばいばーい」
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