ソードアート・オンライン パラダイス・シフト   作:hirotani

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第18幕 マイ・ベイビ―

 

   1

 

 私たち整合騎士は、人界を守護するため最高司祭によって神界より召喚されたと吹き込まれてきた。召喚の衝撃で記憶を失ったとされた私たちにとって、目覚めたとき目の前にいた最高司祭の言葉こそが真実だった。

 

 だが人界の守護が使命と言いながら、私たちは人界の民と接する機会が殆ど無かったのだ。多くの同胞たちはダークテリトリーからの防衛任務にあたっていたからな。

 

 しかし民と接する機会が無いのも、最高司祭による周到な策だった。

 

 戦後、騎士団の在り方が大きく変わり、整合騎士も街に出て民と話す機会に恵まれるようになった。セントリアで私が聞いたのは、四帝国統一大会の優勝者が、公理教会に整合騎士として迎え入れられるという話だった。

 

 その矛盾を知り、私は代表剣士殿に訊いたのだ。整合騎士の真実を。

 

 すると代表剣士殿は騎士団の全員を集め、包み隠さず教えてくれた。私たち整合騎士、特にエルドリエまでの31人の真実について。私たちは例外なくこの人界で生を受けた者たちで、武術に秀でた者、あるいは禁忌目録に背いた者がセントラル・カセドラルに連行された存在だと。

 

 そして私たちに記憶がない理由。《シンセサイズの秘儀》という秘術によって私たちは魂を弄ばれ、記憶を奪われたのだ。最高司祭が自らに歯向かう危険のある者を傍に置き、忠実な手駒とするために。

 

 私たちに与えられたシンセシスという名は、統合体という意。最高司祭によって都合よく作り替えられた銘板だったということだ。

 

 真実を知ったとき、ネルギウス殿は特に反発したものだった。そんなはずはないと。だが代表剣士殿の言葉に矛盾はなかった。人界の民との交流を絶たせていたのは、私たちが真実に気付かないようにするための隔離だったというのも辻褄が合ってしまった。

 

 それに名にシンセシスのない騎士たち、ロニエとティーゼも代表剣士殿の言葉が真実であると言った。それには私も憤った。何故新参者に私たちを差し置いて真実を伝えていたのかと。

 

 

 

 “君たちが真実に耐えられるよう、魂を鍛えておく必要があった。法が全てではないと、知ってもらわなければならなかった”

 

 

 

 それが代表剣士殿の答えだった。私たち以上に魂を弄ばれていた元老院たちの術式を解いたら、彼らは一斉に天命を尽きさせたらしい。私たちもまた真実を告げられたら魂の均衡が崩れ、術式を解こうとしたら元老院たちの二の舞を踏むかもしれない。代表剣士殿なりの配慮だった。

 

 事実、多くの騎士たちが戸惑っていた。中には察しがついていた者もいたようだが。私の師、デュソルバート様は記憶の奥底に妻の存在を視ていたという。ファナティオ騎士長は気にも留めていなかったな。記憶が無いから実感もないと言っていたが、彼女にとって重要なのは子息のいる今の方だったのだろう。

 

 私はどうしても自分の過去を知りたかった。自分がどこで産まれ、何者として生きていたのかを。そこで私は代表剣士殿に暇を貰い、飛竜で故郷を探す旅に出た。

 

 見つけるのはそう時間が掛からなかった。代表剣士殿から、私の髪や肌の色からウェスダラスの出身かもしれないと助言を受けていたからな。目星を付けた通り、西帝国には私と似た髪色の民が多くいた。

 

 西帝国にはビクトリア湖という人界最大の湖があって、沿岸には湖と同じ名前の村で人々が暮らしている。そのビクトリア村を訪ねたとき、ひとりの老婆が私をまるで幽霊でも出たように見ていた。そして彼女は初対面のはずの私にユーリィ、と名を呼んだ。

 

 見つけたと確信したが、同時に怖くもあった。私がかつて誰だったのか、過去を知ったことで変わってしまうんじゃないかと。だが過去の手掛かりがあっけなく見つかってしまうと、今更退くこともできなかった。

 

 私はその老婆に、事前に代表剣士殿から指示されていた通りユーリィは私の祖母の名だと取り繕った。私は央都の生まれで、死んだ母の故郷を探していると。

 

 私の嘘を信じた老婆は泣き崩れたよ。良かった良かったと何度も言っていた。間違いなく彼女はかつての私を知っていると踏んで、《ユーリィ》の孫娘として老婆から話を聞いた。

 

 ビクトリア村は現在でこそ塩と魚の産地として栄えているが、10年前の爵士制度廃止以前は一等爵家の私領地だった。《ユーリィ》は80年近く前に漁師の娘として産まれ、老婆とは幼馴染の親友だったらしい。

 

 その村の女は殆どが造塩の天職に就くらしく、《ユーリィ》も老婆と同じ工房で塩作りに従事していたらしい。

 

 ある日湖を所有していた爵家の跡取り息子に見初められ、《ユーリィ》は一等爵家に嫁入りすることになった。家族は玉の輿と大喜びだったらしいな。

 

 やがて子どもが産まれたのだが、女の子だったことに夫はひどく落胆したそうだ。当時爵家を継ぐのは男児のみという風習が強かったからな。《ユーリィ》は夫に男児を産めと、毎晩のように辱めも同然の行為を強要されていたらしい。

 

 だが何年も娼婦のように抱かれても《ユーリィ》が男児を産むことはなかった。男児どころか子を宿すことも。夫の怒りは日毎に増していき、行為も激化していった。

 

 そして身も心も打ちひしがれた《ユーリィ》は5歳になった娘を連れて老婆の家に逃げ込んできた。受けた仕打ちの全てを聞いて老婆は何とか助けようとしたのだが、彼女の父親が衛士隊に密告してあえなく見つかってしまった。

 

 その父親からしてみれば《ユーリィ》など余計な厄介事だったのだろう。下手に匿えば処罰対象になりかねない。

 

 捕縛された《ユーリィ》は村の掟をいくつか違反したとかで、貴族裁決権に乗っ取り処刑されることになった。だが罰を受けるのは《ユーリィ》だけでなく、同罪とされた娘もだった。さしずめ、夫は出来損ないの女と娘を殺して新しい妻でも娶るつもりだったのだろう。

 

 処刑は村の広場にて、公開で執行されることになった。執行人は夫だった。爵家当主としての務めとか何とか。

 

 目の前で夫が我が子の首を撥ねようとしたとき、《ユーリィ》は咄嗟に跳びかかり剣を奪って夫の胸を刺して殺したらしい。

 

 重大な禁忌目録違反だ。もはや私領地の爵家で対処できる範疇ではなくなってしまった。半日も経たず整合騎士がやってきて、《ユーリィ》を飛竜に縛り付けて央都に連れて行った。

 

 それきり《ユーリィ》が村に戻ってくることはなかった。実家の家族は罪人になった娘など最初からいなかったように、死ぬまで話題に出すこともしなかったらしい。

 

 両親だけじゃない。村の誰もが事件など無かったように、知らぬふりをしていたそうだ。皆がそんなものだから、老婆も親友のことを話すこともなかった。

 

 だが、事件があってから50年が過ぎても老婆には気に掛けていたことがあった。《ユーリィ》の娘だ。母親が央都に連れていかれてからしばらくして、娘も忽然と姿を消したらしい。といっても、気が付いたらいなくなっていたみたいだ。皆《ユーリィ》が起こした殺人事件のことばかりで、娘の存在などすっかり忘れていたからな。

 

 湖で溺れたか、森で獣に襲われたか。あるいは母を追って央都を目指したが力尽きたか。いずれにせよ死んだものとして誰も探そうともせず、母と同じように話題に出すことも忌避されたらしい。

 

 老婆は、無事央都に辿り着いた娘が成長し家庭に入り産んだ子が、幼馴染にそっくりな私だと思い込んでいた。私は調子を合わせ、老婆から聞いた娘のライラという名は私の母と同じだと言った。

 

 老婆は私の顔を見て泣いて喜んでいたよ。良かった。あの子は生きていたんだと。

 

 

   2

 

 これが、ユーリィが整合騎士21号の名を与えられる前の物語。

 

 わたしはどこか冷めた気持ちでそれを聞いていたように思う。というのも、語り部であるユーリィ自身が冷めていたように思えたからだ。彼女の語り口は淡々としていて、そこには生々しさというものが感じられない。記憶がないとはいえ、自分の話なのに。

 

「私は過去を知ることで自分の中で何かが変わってしまうんじゃないかと、怖かった。老婆から聞いたかつての私は予想していたよりも素朴だったよ。まさか娘がいたなんてな」

 

 確かに、わたしの隣に座る整合騎士からは想像もできない姿だった。この人界最強といわれる騎士のひとりが、かつては誰かの妻であり母親だったなんて。

 

 「でもねナミエ」と言うユーリィの声が低くなる。

 

 

「私は何も感じられなかった」

 

 

 逡巡を経て、ユーリィは更に語る。

 

「老婆から娘の話を聞いても、私は何も思い出せなかったし私の中で揺れ動くものもなかったのだ。今でもどこかで思ってしまうんだ。老婆の知るユーリィは偶々名前が同じだけの別人で、私ではないんじゃないかとね」

 

 何故ユーリィの語り口が冷めていたのか、理解できた。所詮は他人事だったからだ。どこの家の畑が荒らされた。どこの家の娘が嫁に行った。そんな誰かから暇潰しとして聞いた、自分に直接の関係がない程度の世間話のように。

 

 確かに気の毒な話だとは思う。貴族が戯れ半分に人を犯し殺すなどあってはならないことだ。わたしも似た仕打ちを受けた立場上、共感できる部分もある。

 

 だけど整合騎士ユーリィ・シンセシス・トゥエニワンにとって、村娘ユーリィの物語は何かを始めることも終わらせることもできなかった。

 

 かつて抱いていただろう夫への憎しみは、最高司祭が施した《シンセサイズの秘儀》によってごっそりと抜き取られていたからだ。

 

 記憶にない50年前の事なんて、長く騎士として生きてきた彼女にとっては今更だった。

 

「時々、ライラと娘の名前を呟いてみるんだ。顔なんて思い出せない。でも、涙が止まらなくなる」

 

 少し声が震えていることに気付いて顔を見る。月光に照らされたユーリィの頬に涙が伝っていた。「こんなふうにな」と彼女は笑った。

 

「かつての私は夫を憎んではいても、娘のことは愛していたんだろうな。でなければ禁忌を犯してまで守ろうとはしないだろう。そうだ、愛していたはずなんだ………」

 

 ユーリィの顔が歪んでいく。涙を流しているから悲しんでいるように見えるのだが、同時に強く怒っているようにも見えて、わたしは怖気づいてかけるべき言葉がなかった。

 

 こうなってしまえば、当人に好きなだけ吐き出させるしかない。

 

「娘は私が連行されるとき、泣きながら母を呼んでいたらしい。私のほうも、飛竜の姿が見えなくなるまでライラと娘の名を叫んでいたそうだ。それほど愛していたはずなのに、私は記憶を抜かれると自分を神界からの使者と思い込んだ。娘が私を探しに村からいなくなったとき、私は何食わぬ顔でカセドラルに居座っていたのだ。我が子の顔も声も匂いも、抱いた感触さえも忘れて……、50年もずっと………」

 

 孤児院でのことを思い出す。アーウィンから子どもを抱くよう促されたとき、彼女が何故拒んだのか。ずっと我が子のことを忘れていたのに、差し置いて他の子を抱くことに罪の意識があったのだろうか。

 

 少なくとも今、わたしの隣で嗚咽を漏らし続けるのは誇り高き騎士じゃない。そこにいたのは我が子を思い出せない憐れな母親だった。

 

 娘と引き離されたのはもう50年も昔。今もどこかで生きているとは到底思えない。母を求めてやまなかった娘の存在を知ったところで、埋め合わせをするには時間が経ち過ぎた。手遅れなのだ。ユーリィが母親として何かしようとしたところで、してやるべき娘がいないのだから。

 

 子よりも永く生き続けることを宿命づけられた、整合騎士であるが故の悲劇だ。

 

「私には分からないんだ。こんな歪んだ形で作られた整合騎士は間違っている。でも代表剣士殿は私たちという戦力を必要としていて、私たちも真実を知りながら騎士以外に生き方を知らない。こんな私たちが守っている平和が、果たして正しいのか、正しさとは何なのか………」

 

 「うっ……」とユーリィは右目のあたりを手で押さえた。オブシディア城へ攻め入ろうと企てたアーウィンも経験したという右目の痛み。指間から、同じ現象を起こした者と同じく赤い光が漏れていた。

 

 深呼吸を繰り返していくうちに、光は弱まっていく。手を離すと、右目は充血こそしていたけど元の色を取り戻していた。

 

「ユーリィ………」

「右目の封印だ」

 

 興奮が冷めたのか、淡々とした口調に戻っている。

 

「コード871、代表剣士殿はそう言っていた。私たち、この世界の民の魂に刻み込まれた術式らしい」

「そんなもの、何のために……?」

「反逆者を生み出さないための措置のようだ。娘を想い、統一会議の在り方に疑問を持つと起きてしまう」

 

 幼子には禁忌目録や帝国基本法、街や村で制定された掟を刷り込み、破ろうとすれば苦痛をもって服従を強要する。

 

 よくできた仕組みだ。絶対的統治者が存在すれば民が無条件に従う国が完成する。

 

 無意識下での抑圧こそが、この世界の歪みを生んだのだろう。権力を持った者が利を貪り、そのために虐げられた者たちから反逆の意を削ぐ。いくら法を変えようとも、わたし達の魂に刻まれてしまった呪いと呼ぶべき術式は変えられない。

 

 だから人は、世界は変わらないのだ。

 

 

   3

 

 しばらくひとりにして欲しい。

 

 ユーリィに言われたわたしは、革水筒を川の水で半分ほど満たして焚火のもとへ戻った。火の前でアーウィンは横になって寝息を立てている。

 

 暗黒界で野営していた時のように交代制なのだろう。剣を抜いたセツナが辺りを見張っている。相変わらず無口な男だ。わたしが戻ってきたことなんて気付いているくせにひと言もかけてこない。

 

 まじまじとわたしは僅かにこちらへ覗く横顔を眺めてみる。真一文字に結ばれた口元に、まだ髭も生えていない細い顎。細身な体躯は歴戦の戦士と呼ぶには華奢すぎる。白すぎる肌と相まって病人のようだ。

 

 特にわたしを引き付けたのが目だ。険しく吊り上がった目。常に殺気を放っているかのようだけど、時折それが物憂げに伏せるのを知っている。この殺戮者の唯一と言っていい人間味。

 

「ねえ、セツナ」

 

 呼ぶと、彼は顔だけわたしへと向けた。冷たい目だ。多くの人間を殺めてきた男と怖れることなく視線を交わせるなんて、わたしも相当にどうかしているかもしれない。

 

「記憶が戻ったら、どうするの?」

「さあな」

 

 すぐ会話を打ち切りにかかる態度に溜め息をつきながら、わたしは彼の顔を両手で挟み込み無理矢理こちらへと向かせる。

 

「ちゃんと答えて」

 

 往生際悪く目を逸らそうとするものだから、その度に向き直らせた。真正面から見ても険しい目だ。眠っている時でさえ眉間にしわを寄せているくらいだから、緩む瞬間などないんじゃないか。

 

「ここに来た理由も分からない。覚えてないんだからな。何をするべきかも知るはずがない」

「じゃあ分かったわ、質問を変える。記憶が戻らなくても、過去が分かったらどうするの?」

「どうせろくでもない過去だ。じゃなきゃ平気で人を殺しはしない」

 

 答えにはなっていないけど、その言い分はわたしにとって意外だった。

 

「殺してきたことに後悔があるの?」

「道から外れた事だという認識はある」

「本当は殺したくない?」

 

 踏み込んだ問いに、セツナは視線を泳がせた。自身の内側、無意識の領域にまで潜り込んで真意を探っているように見えた。

 

 逡巡を経てセツナが出した解答は、もはや記憶がないこの男のお約束ともいえる「分からない」だった。

 

「自分の気持ちなのに分からない?」

「殺せるから殺してきただけだ。憎しみも怒りも、俺の私情は全くなかった」

「じゃあ、これからも必要になったら誰かを殺すの?」

「今更殺したくないと言い出したところでどうなる?」

 

 セツナが返してきた問いは、ひどく弱々しい声だった。分からない中で何とか言葉を探しているような、そんな印象だった。

 

「罪に耐えられなくなったからやめて、それで赦されるほど都合の良いことなんてない」

「もう、逃げられないってこと………?」

「そうだ」

 

 断言するセツナが、どうして常に隙の無い表情をしているのか分かった気がする。見張られているのだ、この男は。見張っているのは死者だ。

 

 この男の背後には、殺めてきた多くの命が張り付いている。わたしが見てきたものだけじゃなく、きっと記憶を失う前の者たちも。死者たちはセツナの往く所にどこまでも着いてくる。その視線を彼は、ずっと感じ取っていたのだ。

 

「悲しいのね」

 

 わたしはそんな稚拙なことしか言えなかった。もし過去が分かったとしても、セツナに付き纏う死者の視線は変わらないだろう。

 

 逃げられはしないのだ。たとえ世界を渡り歩こうが、記憶を失おうが、犯した過去はしつこく付きまとってくる。業が深ければ尚更に。

 

「俺に同情しているのか?」

 

 セツナからの思いもよらない質問に「え?」と聞き返してしまう。でも言われてみれば、傍から見るとそうなってしまうのだろう。

 

「一応、あなたに助けられてるから」

「………ストックホルム症候群ってやつか」

「何それ?」

「あんたは気の休まらない状況が続いているせいで、こうして話をするだけで俺が善人のように錯覚してる」

「わたし、あなたのことまだ怖いけど」

「ならその怖さを持ち続けろ。もし俺に情が湧けば、それは一種の病気だ」

 

 何だか腹が立ってきて、わたしは彼をじっと睨んでみせる。本物の殺戮者と比べたら気迫なんてないだろうけど、それでもこの苛立ちくらいは伝えたい。

 

 セツナは眉間にしわを寄せながらわたしの顔を見ている。当惑したようにかぶりを振りながら、

 

「怒っているのか?」

「正解」

 

 訳の分からない病気を持ち出して自分に気があるなんて言う自惚れ屋ではあるけど、相手の感情を窺うことができるくらいの目はあるみたい。

 

「あんたも昔の記憶が無いんだろう?」

 

 視線を外したところで、セツナがそんなことを訊いてくる。彼に身の上を話した覚えはないけど、さしずめアーウィンから聞かされたのかもしれない。思いの外お喋りなお眠り中の元暗黒騎士を一瞥する。

 

「記憶がないって言っても、物心つく前だから」

「親に会いたいと思ったことは?」

「多分、もう死んでるから」

 

 それに、あの日々から解放されるなんて思っていなかったから。好きなだけ弄ばれて、飽きたら放逐されてわたしの人生はそこで終わり。苦痛も虚しさも暗黒界の荒野に溶けていくだろうと思っていた。

 

 人に話すには重いものを喉元に押し留め、代わりに溜め息を吐き出す。奇妙な偶然というか、わたし達の多くが記憶喪失だ。皆、自分が何者か分からずどこへ向かうべきか迷っている。

 

「わたし達、大切な人のことも分からないんだ」

 

 ユーリィの話を聞いた後だからか、その事実を強く感じ取れる。わたし達は誰を愛し愛されていたのかを覚えていない。

 

「もしこの先に村があれば、多分そこがわたしの故郷」

 

 我ながら重大な告白なのだけど、セツナは眉ひとつ動かさず「そうか」とだけ答える。本当にこの人は、話し甲斐というものがない。

 

「昔ゴブリンに襲われたから、きっと沢山の人が死んでる。わたしの親も友達も、知ってる人はいないと思うわ」

「せっかく故郷を見つけても、それだと寂しいだけだな」

 

 ある意味で、わたしもユーリィと同じだ。故郷で仮にわたしを知る人がいたとしても、当のわたし自身が覚えてなければそこにあるのは他人の物語。感動なんて、きっとない。セツナは言った。

 

「過去を覚えてないなら、思い出せないままの方が幸せなのかもしれない」

 

 それは罪を犯したあなただけじゃない。皮肉を飛ばしそうになるけど、わたしにとっても決して他人事じゃない。

 

 もしわたしが両親の顔を思い出して、愛情に囲まれた日々を送っていたとしよう。それを思い出して両親が既にいないとなればどうなるか。わたしの裡に悲しみが広がるくらいは想像できる。

 

 幸福だった日々がもう戻ってこない。それはユーリィが抱えていたものと同種の絶望をもたらす。それでも真実は知るべきなのか。何が正しいのかは思考すればするほど分からず泥沼へはまっていく。

 

 珍しく考え事をしたせいか、眠気が急激に訪れる。「もう寝るわ」と重くなった目蓋を擦り、草の上に横になる。

 

 柔らかな草はそれだけで布団の代わりになって、わたしを深い眠りへと誘ってくれた。眠りというものは便利だ。意識を真の虚無へと落としてくれる。

 

 苦悩も罪もないところへ。

 






そーどあーと・おふらいん えぴそーど18


キリト=キ
アスナ=ア
アリス=サ


ア「こんにちは、そーどあーと・おふらいんの時間です。司会のアスナです」

キ「解説のキリトです」

ア「さあさあ今回はビッグゲストが来てるわ。どうぞ!」

サ「整合騎士アリス・シンセシス・サーティです」

キ「おお、アリスか。原作アリシゼーションのヒロインなんてご意見番にはうってつけだな」

サ「あの、キリト……。まず不躾ながら訊かせて頂きたいのですが、何故私の略称が『サ』なのでしょう?」

ア「それはわたしが説明するわ! 単純にわたしと被ってるから、シンセシス・サーティの『サ』を取ったのよ」

キ「ああ、確かに頭文字が同じ『ア』だもんな」

ア「さ、疑問も解消できたところで早速いってみましょうか『サ』リスさん!」

サ「アリスです。はあ、もう帰りたいのですが………」

キ「そんなにか」

サ「原作で廃人になったあなたの世話をしていた頃と同じくらいには辛いです」

キ「うん、無理だと思ったら言ってくれアリス。原作でも十分すぎるくらい頑張ったんだから」

サ「ありがとうキリト。できる限りのことはするわ」

ア「えー、それでは今回はユーリィの過去回だったわけですが、率直にアリスさんはどう思いましたか?」

サ「気の毒とは思いますが、整合騎士たちにとっては珍しい事情ではないのです。エルドリエが母君、デュソルバート殿が奥方というように、騎士たちはそれぞれ大切な人の記憶を《シンセサイズの秘儀》によって奪われています」

キ「因みにユーリィの娘が行方不明になったって劇中にあるんだけど、原作で他の騎士にされていたように娘も公理教会に拉致されてソードゴーレムの素体にされたんだ」

サ「愛する者同士が傍にいるというのに、お互いそれを知らず触れることも叶わないとは、非道なものです」

ア「あと劇中の時代だとキリト君は騎士たちに《シンセサイズの秘儀》については説明したことになっているけど、奪われた記憶の人たちがセントラル・カセドラルの最上階で剣に変えられていることは説明しなかったみたいね」

キ「うーん、騎士たちの記憶や囚われた人たちを元に戻す神聖術の研究はしてたんだけど、まだこの頃は糸口すら掴めてなかったんだよな。《シンセサイズの秘儀》を説明できたのも、アドミニストレータを倒して10年経ってやっと騎士たちの忠誠心が薄れ始めたからなんだ。ユーリィも劇中じゃ呼び捨てにしてたみたいに」

サ「それに、原作でも自分が元人間と知っている騎士も僅かにいましたからね。デュソルバート殿が奥方の夢を視ていたように」

キ「そうそう。皆どこかで何となく真実に気付き始めてたんじゃないかな。馬鹿正直に報告すれば調整のために都合の悪い記憶を抜かれるから秘密にしてただけで」

ア「因みに作者によるとユーリィは騎士になりたての頃はよく昔の記憶を夢に視ていたみたいで、その度にアドミニストレータに報告して調整してもらっていたらしいわ」

キ「うわあ馬鹿正直な人がいたよ………」

サ「まあユーリィ殿に限らず、整合騎士は皆生真面目な者ばかりですから………」

ア「確かに、皆口調が堅苦しいわよね。作者は31人いるって設定なのに半分くらいしか出てこなかったのはキャラの差別化が難しかったんじゃないか、って推測してるわ」

サ「小父(おじ)様のように砕けた話し方をする騎士は少数派でしたからね。多くの騎士はエルドリエのような武芸に長けた貴族出身者が多いですから、元々礼儀作法を厳しく躾けられていたようです」

キ「そうなると平民出身のアリスやユーリィの喋り方ってある意味で騎士団じゃ珍しいんだな」

サ「元が平民だろうと騎士となれば無関係ですから。あとユーリィ殿の話し方が騎士口調なのは、作者殿が『整合騎士だし取り敢えず面倒臭い喋り方にしとこっと』とろくに考えもせず決めたからだそうです」

キ「リサーチ不足だなあ作者」

ア「そんな感じだからアーウィンとの差別化に苦労しているそうです」

キ「あちらも元とはいえ同じ騎士なだけあって喋り方似てるもんな。ユーリィよりは砕けた少年っぽい感じにして何とか区別つけてるみたいだけど」

ア「そんな作者泣かせなキャラのユーリィですが、整合騎士の序列としてはどんな感じなの?」

サ「神器を与えられているだけあって、実力は相当なものです。デュソルバート殿は新参騎士の指導を任されていたのですが、ユーリィ殿は彼の弟子の中で特に優秀だったようです」

ア「因みにアリスは体験談みたいに言ってるけど、本作オリジナルの設定だから読者の皆さんは勘違いしないでね」

キ「メタな説明をどうも………。アリスとの関係はどんな感じだったのかな?」

サ「実はあまりよく知らず、大浴場で会ったときに挨拶を交わした程度なのです。私の認識としてはその……、失礼ながら意外と豊満な体躯なのだなと………」

キ「ああ、うん………」

ア「まあアリスはどちらかといえばぺったんこだものねえ。現実じゃロボだし」

キ「言葉を選べ!」

サ「それ以上言うのであれば斬りますが(ジャキン)」

キ「アリスも抜刀しない! ほらアスナ謝って」

ア「まあ、確かにアリスとユーリィを比べたのは申し訳なかったわ。だってユーリィは人妻で子持ちだったんだもん。生娘とは色気が違うわ」

キ「劇中じゃ生真面目なアホの子扱いされてんだけどな……。てかフォローになってないぞ」

ア「まあ良いでしょう。今回はキリトに免じて聞かなかったことにします」

キ「ごめん、アリス……! てか、俺も代表剣士になってから気付いたけど、整合騎士ってあんまり交流とか無かったんだな」

サ「ええ、私たちの主な任務は果ての山脈の防衛で、大体は単独でしたから。実のところ騎士同士で会う機会は殆どなく、集まって会議などもしたことがありません」

キ「方針とかはアドミニストレータの指示に全部従っていたってことか。まあ騎士同士の会話から記憶の矛盾とかに気付いちゃうかもしれないから、そっちのほうが都合良かったのかもな」

サ「ええ。ですが全く交流がなかったわけではありませんよ。私はベルクーリ小父様から剣の指導を受けていましたし、エルドリエも私を師として慕ってくれていました。ファナティオ殿も四旋剣の指導に勤めていましたし、デュソルバート殿も先ほど言っていたように多くの弟子を抱えています。ムーンクレイドル編に登場したネルギウス殿とエントキア殿のように師弟でなくても友人として絆を育んでいる者は多いのです」

ア「なるほどね。ファナティオさんがアリスに嫉妬していたみたいな関係のもつれとかは無かったの?」

サ「それは殆ど聞きませんね。さっきも言ったように騎士同士の交流はあまり無かったので」

キ「どっちかというと俺が代表剣士になってからの方が会議で意見ぶつかり合ったりするのが多くなったかな」

サ「それで良いのです。私たちは騎士という立場にあぐらをかき、そのために最高司祭の蛮行を止められなかったのですから」

ア「ま、本作はそれでも蛮行は止まらないっていうオチなんだけどね!」

キ「台無しになったなおい。せっかく良い感じにまとまりそうだったのに」

ア「そうはならないのがこの作品なの。さあそれでは今回はここまでよ。暗黒界の闇と人界の闇を知って次はどんな波乱か、乞うご期待!」

サ「因みに私はもう出ません。ここは疲れます」

キ「貴重な常識人が減っていく………」
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