ソードアート・オンライン パラダイス・シフト   作:hirotani

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第1幕 ヒズ・ネイム

   1

 

 かつての人界では、平民は天職の選択権がなかったのだという。

 

 一定の年齢に達すると村や町の長から就く職を指定され従事しなければならなかった。職を辞められるのは、その天職の目的を達成するか、年老いて労働が不可能になるかの二択。

 

 畑で麦を育て村人の腹を満たし続けよ、なんて役目をひとりの人間が生涯で成し遂げられるわけもない。衛士として人々が眠れる夜を守り続けよ、なんて何をもって達成と言えるのか。

 

 多くの天職がそんなものだから、大半の平民は生涯にひとつの天職しか経験しない。もし仮に、自らの天職が全うできたのならどうなるか。されば労働義務から解放される――なんてことはなく、次に就く天職を自ら選ぶことができる。そんな人間は滅多にいなかったそうだけど。

 

 でも、皆無というわけではないのだ。かつて人界の最北にある村では300年もそびえ立っていた巨樹を切り倒すという天職を全うした者がいたらしい。その《刻み手》なる者は次の天職の選択権を与えられ、剣士を志したとか。

 

 戦後20年が経った現在では職業選択の権利は厳守されている。剣士になりたければ実力さえあれば誰だって人界守備軍の門を叩ける。神聖術師になりたければ素質さえあれば誰もが統一会議の養成所で学ぶことができる。もはや家柄なんてものは意味をなさなくなっている。

 

 戦後10年の頃だったわたしの場合はというと、天職と呼ぶべきかは微妙なところだ。それに従事していた頃には既に天職制度が改定されていて、人々は自ら職を選んでいた時代が始まっていた。わたしはその勤めを自ら選んだわけでもないし、それにどの国の帝国基本法の天職欄にも、わたしの務めは記載されていない。

 

 何故なら、その務めを命じることは《禁忌目録》に違反する行為なのだから。

 

 丁度死神がこの世界にやって来た日、わたしは普段通りにその天職か分からない務めをこなしていた。

 

 ようやくその日の分が終わり、しわだらけになったシーツの上で丸くなったわたしに、貴族様は問いを投げてきた。

 

「俺が何故こんなところに居るか、分かるか?」

 

 卑屈たっぷりな声でウンベール・ジーゼックは訊いてきた。事が済んだ後の質問はいつもの(たわむ)れのようなもので、この後どうなるか分かり切っていたわたしは「どうして?」と質問を返した。

 

 するとウンベールは口の端を歪め、わたしの脚の間にするりと手を滑らせ、その先にある場所へ強引に指を突っ込んできた。ただでさえ敏感になっていたから、思わず呻きをあげてしまった。それでもまだ腹の虫が収まらないらしいウンベールはわたしの顔へ不要なほど自身の顔を近付けてくる。荒ぶる吐息はまるで発情期の牛のよう。

 

「俺は誰だ?」

「ウンベール・ジーゼック」

「俺の家は!」

「ノーランガルス北帝国四等爵家」

「そうだ!」

 

 吐き捨てるように言い、ウンベールはわたしの中から指を抜き無造作に突き飛ばした。

 

「俺は貴族なんだ。産まれた時から何もかもが手に入るはずだったんだ。名ばかりの下級貴族や平民なんぞとは違う! それを――それを奴らはっ!」

 

 また始まった、とわたしは冷え始めた身体にシーツを巻く。初めて女として貫かれた夜からほとんど毎日、ウンベールの失われた栄光はもう聞き飽きていた。

 

 彼が家督を継いだジーゼック家は、人界ノーランガルス帝国の央都一等地に屋敷を構えられるほどの高等貴族だったそうだ。それが何故、こんな枯れ果てた暗黒界の辺境にまで追いやられてしまったのか。

 

 そのきっかけは、異界戦争である。戦後、公理教会で発足した《人界統一会議》という組織の勅令によって、貴族の爵位が撤廃された。

 

 突然もたらされた革命とも呼ぶべき政策に、人界を――名目上ではあるが――治める4人の皇帝たちは猛反発した。撤廃される身分制度には皇帝家も含まれていたから当然の反応だったとも言えるだろう。各皇帝家は各々の国で人界統一会議を永き眠りに入った最高司祭に対する、ひいては公理教会に対する反逆者として武力行使を表明した。

 

 これが、後に《四帝国の大乱》と呼ばれる戦いである。

 

 上級貴族の大半が皇帝家への忠誠を示し、逆賊から公理教会の威信を取り戻すという名目の下に集った。もっとも、貴族たちの既得権益を手放したくなかった、という本心は明け透けだったのだけど。

 

 結果はというと、四皇帝は敗北した。もはや権力の再興など不可能なほど徹底的に。

 

 公理教会が抱える整合騎士に帝国近衛騎士団はことごとく壊滅させられ、皇帝たちもあっけなく討たれた。西のウェスダラスでは、整合騎士の放った術によって城ごと壊滅させられたという。

 

 圧倒的な戦力差を見せつけられ、皇帝家に続いていた上級貴族にはふたつの選択肢しか残されていなかった。ひとつは降伏し新体制に従属すること。もうひとつは統一会議の目が届かない地へ逃れること。

 

 ジーゼック家は後者を選んだ。人界にはもはや一族の居場所がなく、持てるだけの財産を手にして馬車を出し暗黒界に新天地を見出すしかなかったのだ。

 

「あの姓も持たぬ平民どものせいで、俺の人生は滅茶苦茶だ!」

 

 もうわたしの知り得ないことまでわめき出したウンベールの顔に、後ろに流していた髪が垂れた。まだ20代半ばのはずなのに、灰色の髪は半分近くが白く脱色している。強い心労を長期間に渡って受け続けると起こる現象なのだと聞いたことがある。

 

「何が違うというのだ。俺と奴の、一体何が………」

 

 飛び出さんばかりに目を見開いたウンベールの視線がとある1点に留まった。壁に掛けられた長剣。ウンベールはおもむろに柄を握って壁掛けから外し、革鞘を外して肉厚な刃を解き放つ。

 

 素人目でも相当な業物と分かる剣の切っ先を、ウンベールはわたしの眼前に突き立てた。

 

「これが剣だ。これが力だ」

 

 お前の命は俺の手の中にある。俺の裁量でお前の天命などすぐに奪える。ウンベールはきっとそう言いたいのだろう。わたしはこの男に決して逆らうことはできない。この男が貴族への執着を捨てない限り。

 

 どれくらいの間、そうしていただろう。目の前にある刃は、いつでもわたしの肌を裂き骨を断つことができるのに。生命の危険は確かに感じられるけど、それに対する恐怖や絶望といったものがわたしには欠けていた。

 

 身に纏っているものが何も無いわたしは文字通り丸腰だ。夜の肌寒さも消えて、わたしはシーツをはだけ自らの肉体を差し出すように晒す。

 

 沈黙に耐えかねたのはウンベールの方だった。彼は剣を引っ込め、壁に戻した。

 

「つまらん奴だ。身体ばかりが生意気に」

 

 そう言われ、わたしは自分の身体を見下ろす。そんなに大きくはない胸を眺めながら、わたしはもう15歳になっていたことを思い出した。誕生日がいつなのかは分からないから、大雑把な時期をみて歳を数えているけど。

 

「今夜はもういい。さっさと失せろ」

 

 ウンベールはベッドに放られた服を着始めた。わたしもすっかり天命が減ってしまったぼろ布を掴んだ。頭から被り身体を通すことで、ようやく服としての体を成してくれる。

 

 「失礼します」と部屋を出たところで、太り気味の――こんな食べ物にも困る地でどうやったら太れるのか――中年の男と遭遇した。遭遇したというより、男が部屋の前で待っていた、といったようだが。

 

「侍従長………」

 

 わたしが呼ぶと、先祖代々ジーゼック家に仕えているという男は溜め息交じりに首を振った。

 

「ウンベール様は今日もご乱心か?」

「ええ」

「困ったものだな、本当に」

「そうですね」

 

 気付けば、わたしも溜め息をついていた。侍従長に同意したわけじゃない。この男はさり気ない風を装っているけど、まったく魂胆を隠せていない。

 

「おや、その服はもう天命が尽きそうじゃないか?」

「ええ、そろそろ新しいものを――」

 

 適当に流そうと試みたのだが、わたしが言い切る前に「なら」と侍従長はわたしの腕を掴み、

 

「良い服を見繕ってあげよう。さあ来なさい」

 

 既に鼻息が荒れ始めた侍従長に、疲れていたわたしは抗う気になれなかった。どの道抵抗したところで、この邸宅の人たちの都合の良い裁決を下す罪状(・・)にされるだけなのだから。

 

 

   2

 

 わたしの務めは、ジーゼック家の一族とその従者たちの相手をすること。

 

 それは厳密に言えば務めではなく、罰則だった。わたしがどんな罪を犯したのか。それを説明するには、まずわたしの出自について語らなければならない。

 

 わたしは恐らくだが人界のサザークロイス南帝国の生まれらしい。いきなり曖昧で申し訳ないが、幼い頃の記憶がないのと、両親がいない身の上だから確かめようがないのだ。

 

 だが暗黒界の人族は皆が浅黒い肌をしているから、白い肌を持つわたしが人界で生まれたことは確かだ。そして南の帝国と故郷を絞れたのは、まだ物心つく前にわたしを誘拐した山ゴブリンの集団に襲撃されたのが、人界の南端にある村だったから。

 

 戦後は東の大門が開かれているから人界と暗黒界の行き来は容易だ。まだ閉じられていた戦前は人界を囲むようにそびえる《果ての山脈》から侵入路を掘り出し、亜人種が度々進撃を試みていたそうだ。殆どが整合騎士によって山を越える前に討ち滅ぼされたが、稀に成功する事もあった。その数少ない成功例が、わたしの故郷の襲撃だったということになる。

 

 ただ山ゴブリンたちにとって、わたしという戦利品は想定外だったそうだ。奪った作物樽の中に詰まっていたのが貯蔵されていた麦じゃなく人族の女児だったことに、亜人たちは戸惑ったとか。何で樽の中にいたのかはわたし自身も覚えていないのだが、きっと襲撃の阿鼻叫喚に怯えて隠れたのが樽だったのだろう。

 

 もしくは襲撃者たちの手から逃れるために顔も忘れてしまった親が隠したと推測するのは、都合が良すぎるだろうか。

 

 そんなわけで、予期せぬ捕虜になってしまったわたしをどこかの人買いに売るか食糧とするか迷っているうちに異界戦争が起こった。

 

 諸氏の知っている通り、戦争は和平という形で終わった。だが長が死に、多くの同胞が戦死した山ゴブリン族は種族としての力を大幅に失い途方に暮れる羽目になった。残された者たちでどう種族を再興するか。

 

 種の中でもその日の食糧にすら困窮していた名もなき集落に止めを刺したのが、人界から私領民を引き連れ逃れてきた四等爵家ジーゼック家だったのだ。

 

 かつては帝立修剣学院の上級剣士に名を連ねていたウンベールは原住民のゴブリン達を皆殺しにして、村を自らの私領地とした。ここまでが、わたしが5歳の頃の出来事である。

 

 わたしは危うくゴブリン達によって売られるか喰われるかの瀬戸際に立たされていたわけだが、ウンベールの登場で処遇が好転したわけではなかった。

 

 征服したゴブリン村で唯一の人族で、しかも人界人。他の私領民に紛れさせてしまえば別にどうという事はないのだけど、ウンベールはそうはしなかった。

 

 人界の民であるにも関わらず暗黒界の地に踏み入り闇の生物に身を落とした所業は大罪に値する。

 

 まだ幼子だったわたしに、当時家督を継いだばかりだったウンベールは貴族裁決権の下にそう告げた。わたしは訳の分からないまま、その宣告をされた日から懲罰の日々を強いられている。

 

 最初はウンベールや家人たちの身の回りの世話といった、要は召使いというありふれたものだった。月のものが始まってからは夜の世話も言いつけられ、今となってはそちらが主な業務だが。

 

 因みに罪状が暗黒界に入った事とされているが、ならばウンベールや他の私領民はどうか、という疑問が生じる。貴族様曰く、自分達は暗黒界との交易が開始されてからの《視察》だから違法ではないそうだ。

 

 他の私領民と異なるのは、わたしに対する懲罰は際限がないということ。通常ならば禁忌目録に記載されていること以上の懲罰は適応されないのだが、大罪人とされたわたしには例外が適応される。

 

 つまり、ウンベールやその家人たちはわたしを好き勝手することが赦されているのだ。法の下に。法の下では、わたしは人間ではないから。罪人は人間として扱われないから。

 

 ウンベールとしては、貴族採決権がどこまで適応されるのか試したかったのだと思う。幼い頃から禁忌目録や帝国基本法を叩き込まれている彼も法を破ることはできない。でも裁決権という例外を用いれば、その縛りからは脱却できる。その限度がどれほどのものなのか、わたしはその実験台なのだ。

 

 彼を見ていると、数百年という貴族の歴史とは即ち、法の抜け穴を探求してきた歴史なのだろうと思える。

 

 

   3

 

 邸宅を出た頃には、元から暗かった空がより灰色を濃くしている。人界には時告げの鐘というものが一定間隔の時間で旋律を奏でていたそうだが、こんな荒れ地の辺境にそんな便利なものはない。

 

 辺りが静かだから、少なくとも天職の就業時間は過ぎたらしい。

 

 新しくなった服の裾を見下ろして溜め息をつく。侍従長が見繕ってくれたのは、貴族の従者が用意したにしては随分とお粗末な麻布だ。すぐに天命が尽きかけた頃、新しい服を与えるという建前のためだろう。

 

 振り返った屋敷を見上げると、無意識に笑みが零れた。形が崩れ、ひび割れが所々に生じた煉瓦の壁。強風であっけなく吹き飛んでしまいそうなほどに粗雑な藁を編んだ屋根。

 

 これが(ほま)れある貴族の屋敷とは。貴族が住むべき本来の屋敷というものをこの頃のわたしは知らないけど、少なくともこんな貧相な造りでないことは容易に想像できる。

 

 村中に広がっている畑を区切るように敷かれた道を、そう急がずに歩いていく。畑とここに書いてはいるけど、実際わたしが見ていた景色は土を盛り上げただけの更地でしかなかった。この地で作物を育てようと10年近く私領民たちが思考錯誤してきたけど、ろくな収穫はない。

 

 土は固く、雨も殆ど降らない土地ではウンベールが人界から持ちこんだ種をいくら植えても芽は殆ど出なかった。ソルスとテラリアの恵みが枯渇している、と農夫のひとりが呟いた。人界で崇められている太陽と大地の神は、暗黒界にまで手が回らないみたいだ。

 

 畑を抜ければ、木造に藁の屋根を被った家々が点在している。どれも似たり寄ったりな外見だけど、村人がそんなに多くないから自分の家を間違える人は殆どいない。間違えて入ったとしても、内装が殆ど変わりないのだけど。

 

 家、というよりも小屋というべき自宅に入ると、ただ樹を切り出したままのテーブルで女がお茶――コヒル茶を真似ただけの泥水みたいなもの――を飲んでいた。

 

「お帰り」

 

 わたしに気付くとそう言って歩いてくる。心配そうに顔を覗き込みながら、

 

「お腹空いてるだろう? 今日は大物が獲れて――」

 

 テーブルの隅に置かれていた皿が何となく今日の食事かと気付いたけど、食べる気にはなれずエメラの横を素通りする。

 

「いらない」

「そう………」

 

 と分かりやすくエメラは肩を落とした。でもすぐに「そうだ」と収納棚を開き中身を広げて見せる。それは服だった。真っ白な綿糸を編みこんだワンピース。

 

「新しい服、作ったんだ。ナミエのはのもう天命が尽きそうだっただろ?」

 

 何かを期待するかのような眼差しを向けるエメラに、わたしは侍従長から与えられた新品の裾をこれ見よがしに広げた。すると気付いたエメラの表情はみるみるうちに陰りを帯びていく。

 

「新しいの貰ったから」

「そうか。まあ、そっちの方が上等だろうしね」

 

 物資に乏しいこの地で、服ひとつ作るのにどれほどの手間が掛かることか。ここら一帯は綿どころか草すら生えていないのだから、もう着れなくなった服を補修したのだろう。例えば、エメラの幼くして亡くなったという娘の服を。

 

 わたしは壁に立て掛けた木製の楽器を手に取った。ひょうたんみたいな形に削られ弦を張られたそれは、バイオリンと呼ばれている。以前ウンベールから気まぐれに与えられたその楽器を抱え、わたしはドアへと歩きながらエメラへ告げる。

 

「少し出てくる」

「気を付けるんだよ。この時間だと魔獣が――」

「分かってる」

 

 彼女の言葉を遮り、空間を断絶するようにドアを閉めた。

 

 

 母親面しないでよ。

 

 

 密かにわたしはそう独りごちた。親もなくウンベールに弄ばれるわたしを不便に思ってか一緒に暮らすと名乗り出たエメラはわたしの面倒を見てくれている。それも献身的に。食事は欠かさず容易してくれて、わたしが怪我をし体調が悪そうにすると心配してくれる。

 

 でも、それだけだ。

 

 わたしはそんな髪に白髪が混じり始めたエメラに母性を感じることは、今日に至るまでない。その優しさをむしろ余計な世話焼きとさえ思っている。

 

 どうせ親のように振る舞うのなら、この他人に翻弄されてばかりな状況を何とかしてほしかった。母親になりたかった願望に都合よくわたしを照らし合わせているだけに過ぎない。

 

 他の領民たちも同じ事だ。わたしに同情はするけど、それ以上のことは何もしてくれない。

 

 他者からの厚意を受け止められないわたしは、性根の悪い女に見えるだろうか。親らしい親のいないわたしは、何か欠損しているように見えるかもしれない。

 

 そう、わたしはきっと大切なものが欠けているのだ。人間が本来持つべき大切なものが。

 

 それは元は持っていたのかもしれない。このわたしの天命を握る男に弄ばれているうちに、わたしの股から零れ落ちたのかもしれない。

 

 そうでなければ、こんな人としても女としても最悪の屈辱を受け続けて魂の均衡を保っていられるだろうか。

 

 でも、そんなわたしだからこそ、ウンベールは人でない者として扱えるのかもしれない。

 

 村を囲むように森が広がっている。山ゴブリンが住んでいた頃は、この森が外部から集落を隠し敵襲を免れていたらしい。

 

 この森が暗黒界で数少ない地力を含んでいるのかというと、生憎ながらそれも期待はできない。ここが植物に満ちていたのは遠い昔の話で、地力が枯れ果てた現在は草は1本も生えず、乱立する樹々は焼き尽くされた炭のように白い。

 

 死んだ当時のままの姿で在り続ける森を進み、樹々の頭から村の見晴らし台が僅かに見える辺りで脚を止めた。これくらいの距離なら、音で私領民たちの眠りを妨げることもないだろう。

 

 磨かれ、艶出し塗装が施された木材を右肩に乗せ、顎で固定する。ひょうたん形から突き出す細板に張られた金弦を指で押さえ、弓と呼ばれる細棒に張られた馬の尾毛を楽器の弦に擦り合わせる。

 

 甲高い、でも澱みのない音が響いた。不思議な楽器だ。子供の鳴き声は時に不快さをもたらすというのに、このバイオリンの音は妖精の歌のように澄み切っている。

 

 とはいえ、誰でも澄んだ音が出せるわけじゃない。聴ける音を出すだけでもそれなりの技術を要する。わたしだって、弾き始めた頃は耳が取れそうなほどの雑音しか出せなかった。

 

 昔、ウンベールの先祖が勲章と共に時の皇帝から受領した由緒正しい品らしいのだが、ウンベールは音楽に価値を見出さず倉庫に眠らせていたみたいだ。他の家財と共に持ち出したものの、この暗黒界で腹も満たせないガラクタに成り下がった楽器は、人以下の烙印を()されたわたしの手の中にある。

 

 音階を組み合わせていき、音を奏でていく。その時その時の気分で弾いているから、曲名なんてものはない。何か曲を弾こうにも、ジーゼック家の者も私領民たちも音楽には無頓着で曲なんて知識は持ち合わせていなかった。

 

 楽器で音を奏でている間は、何もかもを忘れることができる。ウンベールと侍従長の身体も、エメラの自分勝手な優しさも、汚れてしまったわたし自身のことも。

 

 世界にはバイオリンしかなく、この楽器が歌い上げる音が全て。そう錯覚することで、少しはわたしの魂も洗われるように思える。もっとも、この場で洗浄されたところで明日にはまた汚されるわけだが。

 

 地面を擦るような音がして、わたしは手を止めた。音の方向へ素早く振り向くと、樹の陰を縫うようにひとりの人間がこちらへと歩み寄ってくるのが見えた。

 

 何とも異様な男だった。普段着のような軽装なのに、腰には物々しい剣をぶら下げている。細身なのだが獰猛な肉食獣のような眼光で、わたしを見つめている。

 

 わたしもまた、彼を見つめていた。一体誰なのか、わたしをどうするつもりなのか。唯一の安らぎの時間を、またも男に奪われると思うと沸々とした怒りと同時に恐怖も混じっていた。

 

 でも、男はどうにもできなかった。崩れるように膝を折り、そのまま倒れてしまったからだ。

 

 

   4

 

「人じゃなく動物だったら、食べられたんだけどね」

 

 ベッドに横たわる青年を見下ろし、エメラはやるせなさそうに溜め息をついた。ゴブリンはイウムと呼ぶ人を食べることに抵抗は無いようだったけど、人同士だと食欲は沸かないらしい。もっとも、ゴブリン族にとっても共食いなんて議論するまでもない禁忌だったが。

 

 人ひとりを担いで村に戻ったせいか、遅れて空腹がやってきたわたしは昨晩にエメラが用意してくれていた魔獣のものらしき肉を口に運ぶ。筋張って決して美味とは言えないけど、飢えるよりはましだ。領民たちにとっては主食となっているけど、いくら食べても慣れそうにない。たまに僅かに収穫できる小麦からパンが食べられる日もあるが、待ち遠しいと思えるほどの味じゃないのが悲しいところだ。

 

「人界人……よね?」

 

 暗黒人というものを直に見た事がないわたしが尋ねると、エメラは「多分ね」と答えた。

 

「どこかの私領地から逃げてきたのかもしれないね」

「他にもここみたいな村があるの?」

「分かんないけど、ウンベールみたいな輩はたくさんいるだろうよ。特権階級ってのは考える事が同じだからね」

 

 凝り固まった首を回しながら、エメラは釜土の火に薪――というよりも周りの森の炭――をくべた。あんなに炭化していても、燃料として使えるのは助かる。

 

 ひと晩経っても目蓋が閉じられた顔を、じっと見つめてみる。

 

 歳は、20を越える辺りだろうか。長めな髪が黒いのはわたしと同じだから、もしかしたら同郷かもしれない。とはいえ、エメラはわたしが南方の生まれである事を疑問に思っていた。黒い髪は、東方のイスタバリエスに多い特徴らしいから。

 

 身体付きは痩せすぎという訳でもなくある程度は筋肉が付いているようだけど、肌は病人のように白い、というより土気色をしている。もう何年も陽光を浴びていないかのような。もっとも、この村じゃ殆どの人が彼と同じような肌をしているけど。

 

 青年の目蓋が、僅かに痙攣した。咄嗟に後ずさってしまって、テーブルに背中をぶつける。その音が駄目押しとなったように、青年は吐息を漏らしながらゆっくりと目蓋を開ける。

 

「どうしたんだい?」

 

 物音にエメラもベッドへ近付いてくる。髪と同じ黒い瞳をした青年は天井を見つめ、次に脇に立つわたし達へと視線を移した。

 

「やっとお目覚めかい」

 

 安堵に溜め息をつきながら、エメラは青年の《ステイシアの窓》を開き浮かび上がった数字を確認する。

 

「うん、安心しな。寝たお陰か天命が少し戻ってるよ」

 

 ぶっきらぼうに言って釜土へと戻る彼女を、青年は不思議そうに眼で追っていた。

 

「どうして、森にいたの?」

 

 わたしが訊くと、青年は再び天井を見つめながら沈黙する。そう待つことなく口を開き、

 

「………分からない」

 

 喉が渇いているのか、ひと言だけ発せられた声は酷く枯れていた。わたしはテーブルの水差しの中身をカップに注いで青年に差し出す。上体を起こした青年はカップの水に口を付けるけど、その味に半開きだった目を全開にしてむせ返ってしまった。

 

 村の井戸から汲んできた水だけど、やはり青年もその土臭さに悶絶したらしい。わたしもこの薄っすら黒く濁った水は、どうにもそのまま飲むのは気が引ける。

 

「これ、飲み水なのか?」

「一応、ね………」

 

 カップを睨みつける青年に、わたしは申し訳なく答えた。お腹は下すかもしれないが、飲めないことはない。

 

「どこから来たのかも、分からない?」

「ああ……」

「じゃあ名前は?」

 

 何気なくわたしが訊くと、青年は眉を潜めながら虚空に視線を漂わせた。

 

 後で知ったことだが、青年はこのとき内心で酷く戸惑っていたそうだ。過去の全てを忘れているはずが、何故か名前だけはしっかりと記憶に刻み込まれていたことに。

 

「名前は分かる?」

 

 追い打ちをかけるように訊くと、青年は少しだけ潤いを取り戻した唇を動かす。

 

「セツ……ナ………」

「セツナ――」

 

 わたしは初めて聞く響きの名前を反芻した。

 

 

 セツナ

 

 

 これが、後に死神と呼ばれることになる青年の真の名前。そしてこれが、わたしと死神の出会いだった。

 

 




そーどあーと・おふらいん えぴそーど1


キリト=キ
アスナ=ア


ア「はいというわけで始まりました。そーどあーと・おふらいんの時間です。司会のアスナです」

キ「解説もといツッコミのキリトです」

ア「いやー1話目から飛ばしてきましたね」

キ「飛ばし過ぎだろ! いきなりヒロインが《ピー》されるシーンて何だよこの作品!」

ア「何言ってんのよ、直接的な描写は無いんだから分からないじゃない。もうキリト君たらエッチね」

キ「じゃあ、結局してはいないのか?」

ア「まあヤる事はしっかりヤってるわね!」

キ「やってんのかい!」

ア「大体原作だってわたし達がヤってるシーンあるんだから今更じゃない」

キ「いやあれは……、上手い事ぼかされているわけで………」

ア「本作でもしっかりぼかしてるわよ」

キ「俺たちの場合は愛があるというか………」

ア「愛があろうとなかろうとヤってる事は一緒じゃない」

キ「その《ヤってる》っていうのやめて! 《や》だけカタカナなのも結構危ないから!」

ア「もう細かいわね。まあ気を取り直して、今回は本作のヒロインのビジュアルを紹介します。これがヒロイン、ナミエです!」


【挿絵表示】


キ「ふーん、黒髪ロングか。可愛いんじゃないか?」

ア「こんな可愛い()をウンベールは《アーッ》してたんですね」

キ「いやまあ、こういう事しそうなクズ野郎ではあったけどこんな登場の仕方とは………」

ア「作者は秒でウンベールを登場させる事を決めていたそうです」

キ「もはやこいつは二次創作のフリー素材みたいなもんだからな」

ア「そんなウンベールのオモチャにされているナミエについてですが、年齢は作中で言及されていた通り15歳で、身長157センチ。スリーサイズはバスト80ウエスト58ヒップ83だそうです」

キ「何かやけに細かく設定されてるな」

ア「作者曰く、体形は『ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』のキャラクター桜坂(おうさか)しずくさんと全く同じとのことです」

キ「作者の推しじゃねーか!」

ア「まさに『あなたの理想のヒロイン』ですね!」

キ「上手くねーよ! てかどこが理想だよ本編で思いっきり汚れまくってんじゃん!」

ア「作者にとっての理想よ」

キ「作者どんだけ歪んでんだよ………」

ア「ラノベヒロインがあっち方面で未経験な必要ある? ていう疑問からナミエというヒロインが生まれたそうです」

キ「とにかくこの作品がヤバいってことは分かりました………」

ア「もう、それは前回で注意喚起したじゃない。因みに作者曰く本作を執筆するにあたって参考にした作品は『虐殺器官』『ハーモニー』『屍者の帝国』『ニーアレプリカント』『ドラッグオンドラグーン』『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』となっています」

キ「ヤバいのばっかだな!」

ア「これらのラインナップを知っている読者のあなた、ようこそこっちの世界へ!」

キ「勧誘するな! えーと、これらの作品は鬱展開ではあるけど名作揃いだから、皆誤解はしないでくれよ。お勧めできるかは微妙だけど」

ア「身構えているときには、死神は来ないものよ」

キ「いきなりどうした⁉」

ア「わたしも《閃光》なので」

キ「ああ『ハサウェイ』ネタね………」

ア「あと本作のキーワードである《死神》にもかけてみました」

キ「上手いとは言わないよ………」

ア「さあ、それはそうと今回で主人公の名前が明らかになりましたね!」

キ「話題転換が強引な気もするけど――そうですねセツナって名前だったんですね死神は」

ア「それでナミエに話を戻しますと――」

キ「進行ヘタだな! セツナについてはもう終わりか⁉」

ア「だってここで語ることもないもん。逆に語り過ぎたらネタバレしちゃうメンド臭い主人公なのよ」

キ「俺がモデルになっているだけに余計悲しい………」

ア「モデルといってもセツナの身長は175センチで細マッチョ体形だからキリト君よりはよっぽど主人公体形よ」

キ「余計なこと言わんでいい! ほら次いって!」

ア「えーナミエは上半身よりも下半身を強調したデザインになっていまして、特に作者はナマ足にこだわったそうです」

キ「てか脚出すぎじゃないか? 見えそうなんだが。何がとは言わないけど」

ア「公式ビッチですから」

キ「ビッチではない。断じて劇中の描写からビッチではないからね」

ア「劇中じゃ露出は脚どころじゃないんだから今更じゃないの。文句なら作者に言ってよね」

キ「奴にスターバースト・ストリームを叩き込んでやりたい」

ア「お尻に?」

キ「違う!」

ア「因みに今回劇中で着ているのはボロボロのみすぼらしい服で、このデザイン画とは異なります」

キ「作者が言うには、一応下着は着けているみたいだ。下だけみたいだけど」

ア「つまりはノーブラです」

キ「せっかくオブラートに包んだのに言っちゃったよこの人………」

ア「ついに出会ったノーブラビッチ系ヒロインのナミエと、キチガイサイコパス系主人公のセツナ。このふたりがアンダーワールドにもたらすものとは、一体何なのでしょうか」

キ「次回の更新をお楽しみに――て言って良いのかな?」

ア「乞うご期待!」

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