ソードアート・オンライン パラダイス・シフト   作:hirotani

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武器物語(ウェポンストーリー)

人擬(ひともど)きの滅剣(めっけん)

これは白き書を携えた青年の物語。

おにいちゃんへ

きょうはデボルさんとポポルさんが あそびにきてくれました
おりょうりをおそわって いっしょにシチューをつくりました
とってもおいしかったから おにいちゃんにもたべてもらいたいな
こんど ヨナのとっておきのレシピで おにいちゃんにつくってあげるね
だからおにいちゃん はやくかえってきてね

ヨナ




第22幕 リーパーズ・エッジ

 

   1

 

 アーウィンが脱獄した。

 

 その知らせを受けたのは、宿屋で朝食を摂っていたときだった。知らせを持って来た庁舎の若い兵士は処分を怖れてか酷く青ざめた顔をしていたのを覚えている。

 

「地下牢から大きな音がして、見に行ったらいなくなっていたんです」

 

 その兵士の証言通り、ユーリィと一緒に出向いた地下牢には切断された鉄格子と、分かりやすいほど脱走の痕跡があった。当然、アーウィンから武器含め所持品は全て没収してある。形状変化術で武器にしないようにと、金属鎧も念入りに。

 

 誰かが脱獄に手を貸したのは一目瞭然で、その共犯者についてもわたしとユーリィは既に目星がついていた。こんな事ができそうな彼は朝、宿屋から姿を消していたのだから。

 

 彼の客室に残っていたのは、オーガから強奪したと思われる剣のみだった。

 

 市場が開いた街の喧騒に紛れるように彼女は守備軍庁舎に訪れたのだが、道すがら多くの視線に晒されていたようで気疲れした印象を受けた。

 

「人界統一会議整合騎士団所属、ティーゼ・シュトリーネン・サーティツーです」

 

 敬礼をして名乗った彼女の恰好はユーリィとよく似ている。いや、全く同じと言っていい。紋章を紅く装飾された鎧は紛れもなく彼女と同じ整合騎士の所属を表している。

 

 正直、街中で整合騎士の鎧はとても目立つ。守備軍人が身に着けた鎧よりも遥かに上等品であることが素人目でも分かるし、鎧に整合騎士団の紋章が大きくあしらわれているのだから。

 

 極めつきはティーゼという整合騎士の、鎧の屈強さに反して線の細い顔立ち。ユーリィと同じ年の瀬だろうか。とはいえ整合騎士は天命減少を止められているそうだから、見た目の年齢なんてあてにならないが。

 

 シンセシスの銘がない、新しい世代の整合騎士。かといってユーリィとの違いを外見から判別できる要素は何ひとつない。わたし達と全く同じ人間。

 

 「久しぶりだな、ティーゼ」と微笑しながら、ユーリィは街中を見渡す。

 

「そなたの飛竜は?」

霜咲(シモサキ)は街の外で待機させています。飛竜は嫌でも目立っちゃうので」

「整合騎士なのだ。もっと堂々として良い」

 

 「はい……」と苦笑を返したティーゼはユーリィの右目の眼帯が意味することに気付いたのか、表情を苦くする。

 

「ユーリィ様、その目は――」

「詳しいことはカセドラルに戻ってからだ」

「ええ、今は罪人ですね」

 

 騎士としてという自負からか凛とした表情に整えたティーゼに、「それなんだが」とユーリィは気まずそうに頬を掻き、

 

「わざわざ来てもらって済まないが、罪人が脱獄した」

 

 「ええ⁉」とティーゼは少女らしさが残る上擦った声をあげた。

 

「一体どうやって?」

「脱獄に手を貸した者がいることまでは分かっている」

「罪人の幇助は禁忌目録違反のはずじゃ――」

「その禁忌目録を平気で破れる者がいるのだ。その者もカセドラルに連行して代表剣士殿に会わせるつもりだったのだが」

「禁忌目録を破れるって、まさか右目の封印を?」

「それもよく分からんのだ。代表剣士殿なら何か知っているんじゃないかと思ってな。代表剣士殿はカセドラルにいるか?」

「ええ、イスカーン総司令との会合から戻ってきたばかりです。寄り道ばかりして、ロニエが散々振り回されたみたいですよ」

 

 苦笑するティーゼの口から出る話に、ユーリィは大きな溜め息をつきながら額に手を当てた。

 

「相変わらずだな。ロニエも子が産まれて間もないのだから無理をするなと伝えておけ」

「私もそう言ったんですが、護衛に立候補したのはロニエのほうだったみたいで」

「何と物好きな………」

 

 他愛もない会話だ。人界最強の騎士団とか不老者とか、そんな浮世離れしたものはなかった。

 

「本当、子育てもあるのにタフな子ですよね」

 

 何気なくティーゼが言ったとき、ユーリィの眉がぴくりと動いたのをわたしは見逃さなかった。子どもというものに想うところがあるのを、わたしは知っている。

 

「そういえば、ティーゼの子はいくつになる?」

「先月、5歳の誕生日だったんです」

「そうか、元気そうで何よりだ」

「元気すぎて困るくらいですよ。やっとベルチェ坊やの手が掛からなくなったのに」

「そなたもまだ幼子がいるのだから、あまり無理をするな。我々の天命は無限じゃないのだから。母親が倒れてしまっては、子に余計な心配をさせる」

 

 ティーゼが笑った。苦笑みたいな遠慮がちではなく、本当に可笑しそうに。その顔にユーリィが眉を潜めるとティーゼは「すみません」と一応の謝罪をしながら、

 

「ユーリィ様の言っていること、妙に説得力があるなと思って」

「気のせいだ。私に子がいたかなど覚えていない。余計な世話だったのなら忘れてくれ」

「いえ、フォローありがとうございます」

「………そなたの喋り方、代表剣士殿と副代表殿に似てきたな」

 

 過去を話してくれたとき、ユーリィは娘のことを知っても何も感じられなかったと言っていた。記憶も戻らなかったが、娘の名前を呼ぶと涙が無意識に流れるとも。

 

 ユーリィは娘のことを忘れてしまっているはずなのだが、間違いなく記憶しているはずなのだ。頭の中にないのなら、人はどこで思い出を記憶するのだろう。実際に抱いた腕か、おぶった背中か。

 

 それとも、魂という深淵なのか。

 

「それにしても、罪人はどこへ逃げたのでしょうか?」

 

 話を本題へと軌道修正したティーゼがそれとなく訊いた。ユーリィは首をかしげ、

 

「見当もつかない。ひとまず捜索は守備軍に任せる。ティーゼは先に彼女をカセドラルに連れて行ってほしい」

 

 そう言ってユーリィはわたしの背を押してティーゼの前に立たせる。32番目の整合騎士はわたしを不思議そうに見た。

 

「この子は?」

「ダークテリトリーに流れた貴族の私領地民らしい。私が保護したわけではないのだが――」

「保護した方は?」

「ややこしいことに、罪人が彼女を保護した」

 

 困ったようにティーゼはかぶりを振る。事の当事者のわたしでさえも複雑すぎて整理が必要だ。

 

 央都に連れていきたいのは3人。

 

 ひとりは禁忌目録に縛られない神界からの迷い人。

 

 ひとりは南端の村で虐殺を引き起こした大罪人。

 

 ひとりはその大罪人が暗黒界で保護したわたし。

 

 うちふたりは行方不明で現在も逃亡中。

 

「何か、頭が痛くなってきました………」

 

 ティーゼが言った。「ああ、その通りだ」とユーリィも首肯する。

 

「まずは彼女を頼む。私も罪人たちを見つけたらすぐカセドラルに戻って――」

 

 とユーリィは言葉を途切った。街が何やら騒がしい。朝市の賑わいとは違う、不穏めいた騒めきだった。見れば、果物屋の主人が屋台をほったらかしてどこかへ行ってしまった。

 

 他の人々も同じ方向へ向かっているようだった。そこで何があるのかもまだ分かってないだろう者も、困惑の顔を浮かべながら取り敢えず皆と同じ場所へ向かおうとしている。

 

「そなたの飛竜が見つかったのではないか?」

「いえ、霜咲(シモサキ)を待機させているのは反対方向です」

 

 街の様子に眉を潜めるふたりのもとへ、「騎士様!」と守備軍の兵士が走ってきた。

 

「中央広場に罪人が………」

 

 息を喘がせながら告げられたその言葉に、ユーリィとティーゼはそれ以上の追求はせず駆け出していた。わたしもふたりの後を追うけど、日頃から鍛錬を積んでいるだろう騎士たちとの距離は遠ざかるばかりだった。

 

 途中でふたりを見失ってしまったけど、人々の流れに乗っていけば広場がどこにあるか知らなくても辿り着くことはできた。既に多くの人が集まっている。広場には教会があって、時告げの鐘が置かれている塔が他の建物よりもひと際高くそびえ立っている。

 

 その塔に、彼らは立っていた。

 

 両手を後ろに縛られ跪いたアーウィン・イクセンティアと、その傍らに立つ黒衣の男。フードを目深に被っているせいで顔は見えないが、わたしにはその立ち姿で誰か分かってしまう。

 

 アーウィンが眼下に群がる衆を見渡す。その目がわたしの視線と交わった。気のせいではないと分かったのは、彼女が優しく微笑したのが見えたから。

 

 済まないね、ナミエ。

 

 その眼差しがそう言ったように見えた。

 

「あやつら、このために………」

 

 服の中で顎門が呟く。わたしはこれから起きることが予想できた。そもそも、彼が居る時点で誰も血を流さないなんて、有り得ないのだ。

 

「私はアーウィン・イクセンティア」

 

 群衆に向かって発せられたアーウィンの声は決して大きくはなかったけど、凛とよく通っていたからはっきりと聞き取ることができた。

 

「まず私が何故このような姿でここに現れたのか、説明しなければならない。私は先日、南端にあるフォーラストという村にオーガとジャイアントを差し向け襲わせた。多くの村人が死んだ。信じられないのなら、調査隊の知らせを待つといい」

 

 突然現れた肌の浅黒い暗黒界人の告白に群衆は騒めいた。その声は止む気配がなかったけど、アーウィンの次の言葉が来るとぴたりと止んだ。まるでシスターや牧師の言葉を聞くよう、厳粛に。

 

「私の犯した罪は到底赦されるものではない。その咎は受ける。私の天命をもって罪を償おう。だが、私は審問を受けるつもりはない」

 

 アーウィンは一度深く息を吸った。そこから、ひと際大きな声を張る。

 

「ここに集まってくれた人界と、暗黒界の民に問う。真に人を裁けるのは誰だと思う? 貴族か? 皇帝か? 人界統一会議か? 暗黒界五族会議か? どれも違う。真に人を裁くことができるのは、神だ」

 

 傍に立つ男が剣を抜く。手にしていたのは遠目でも分かる、アーウィンがずっと使っていた剣だった。彼女が命を預ける相棒としてきた剣の切っ先が、持ち主の背中を突く。

 

 見たところほんの数セン突いただけだから致命傷ではないだろうが、人が人を刺すという光景が群衆を唖然とさせるには十分な力を持っていた。

 

 痛みに顔を歪めるアーウィンに、滴るワインに似た赤い雫。禁忌目録や法というものの庇護を受けてきた聴衆はそれを見慣れていないのだ。

 

「見ろ。この者は、禁忌目録や暗黒界総司令官の勅令など無視して、私の腹を突くことができる。これが法を超越した、真の正しき者の姿だ」

 

 息を乱すことなくアーウィンは語り続ける。薄っすらを笑っているように見えるのは、聴衆の反応が思惑通りだっただろうか。

 

「彼は浄化のため、この世界に降り立った。真に裁くべき者を裁くために。世の穢れを祓い、清浄で無垢な民が幸福を得られる楽園とするために」

 

 真の恐怖とは、彼女の発する心酔の言葉じゃない。彼女の目だ。村を襲ったジャイアントやオーガたちのような、狂った気配も空虚じみたものも感じられない。

 

 アーウィンは正気だった。師から受け継いだ意志を、この場においても臆することなく貫き通そうとしている。その姿勢に人は恐怖する。気が狂いそうな場面で決して狂わず自分というものを見失わない強さに。

 

 強さとはある意味で狂気だ。アーウィンも、その傍らにいる彼もまた。

 

「その目に焼き付けるといい。罪には罰が与えられる。法から逃れようが、権力を笠に着ようが、そんなもの関係ない。地の果てまで追い、穢れた魂を断ち斬るだろう」

 

 黒衣の男が、執行人のごとく剣を振り上げる。刀身が反射するソルスの光が眩しく、わたしは思わず目を細めた。

 

「この死神(しにがみ)によって!」

 

 剣が紅の光を帯びた。刀身が一直線に真下へ降り、その軌跡が光の尾になってアーウィンの首を通過する。

 

 アーウィンの顔が滑り落ちた。長く伸びた髪をばらけさせながら、聴衆のもとへと落ちていく。

 

 鈍い音がした瞬間、悲鳴が広場の中心から、まるで波紋のように一瞬にして広がった。塔に残された肉体が頭を追うように落ちてきたことなんて、誰も気付いていなかった。

 

 皆が人を殺してみせた執行人から逃れようとあらゆる方角へと逃げていた。集まるときは皆同じ方向を向いていたというのに、逃げるときは取り纏めがないなんて滑稽なものだ。

 

 この時のわたしはそんな冗談を叩く余裕なんてなく、我先にと逃げる聴衆たちに揉まれながらユーリィを探していた。目立つ鎧を着ているのに、これだけ人が多いと隠れてしまって見つけられない。

 

 誰かの肩がぶつかり、振った手で殴られ、倒れると踏みつけられる。意図しない暴力の波に虚しさが湧いて、もうユーリィを見つけることなんてどうでもよくなっていた。我が身のためなら人を押し退けるのも躊躇しない。法を厳守しようとしても、土壇場になればそんな覆いは簡単に取り払われてしまう。

 

 これが人間の本性だ。これが法で蓋をした世界の本当の姿だ。「どけ!」「邪魔だ‼」と行き交う怒号は己の身をもってその事実を証明してしまっている。

 

 理性を取り払われた人々の中で小さくうずくまっていると、不意に手を引かれ立たされた。じっとしていられない人々の中、わたしと一緒に直立不動でいる彼は嫌に目立つだろう。

 

 さっきまで塔の上にいた死神と称された男はわたしの腕を掴んだまま走り出す。誰かとぶつかれば躊躇なく殴り蹴飛ばして追い払っていく。

 

 混乱は街全体に伝播していたようで、広場を抜け出せても落ち着ける場所は皆無だった。立ち止まれば逃げる人々とぶつかってしまうし、中には彼の姿を見て腰を抜かし泣き喚く大人までいたのだ。

 

 大通りから外れ、更に無作為に角を曲がり住宅街の路地裏へと回る。ただ家と家の間というべき道を走り続けて、ようやく人の気配がまばらになりやがて消えていく。そうなると安堵からか疲労がやってきて、わたしは石畳の地面に座り込んだ。

 

 呼吸が整っていくにつれて、張り詰めていた気分が和らいでくる。そして、わたしを広場から連れ出したこの男が何をしたのかも、冷静に捉えることができた。

 

 黒衣の男がフードを脱ぎ、顔を露にする。いつもと同じ、何の感情もこもっていない冷たい目。それが尚更にわたしの激情を掻き立てる。わたしは彼の胸倉を掴んで胸板を叩こうとする。

 

 できなかった。振り上げた拳を開き、激しく痛み出した右目を抑える。内側から眼球が焼けるような痛みだった。

 

 他人の天命を減らす行為をしてはならない。子どもの頃に誰しもが親や教師、どこかしらの大人から必ずといっていいほど確実に教わる禁忌目録の一項だ。

 

 いくら相手が罪人だからといって、私領地民でしかないわたしに裁決する権限はない。法で禁じられているからといってわたしの怒りは収まるはずがなく、代わりの言葉を投げた。

 

「人殺し!」

 

 今更の罵倒だった。この男の殺戮なんて日常のように見てきたし、殺された者たちに対して想うことなんて何もなかった。それなのに、アーウィンの首を刎ねた彼にこの時のわたしは明確な怒りと憎しみを覚えていた。

 

 彼女はわたしの姉になってくれるかもしれない人だった。わたしを救ってくれるかもしれなかったのに。

 

 勝手なものだ。大切に想っていた人の死には絶望を覚えるなんて。

 

 セツナはそんなわたしの絶望を込めた眼差しを無表情のまま受け止めた。もし叩けたとしても、わたしの非力な拳で彼の身体は動かない。その気になればここでわたしを殺すなんて容易のはずだけど、彼はそれを実行することはなかった。

 

 右目の痛みが引いてくると、無意識に問いが口から出てきた。

 

「どうしてアーウィンを………?」

「彼女の望みだ」

 

 セツナの答えは簡潔だった。

 

「どの道処刑されるなら、人界統一会議じゃなく俺が手を下すことに意味があると言っていた」

「それに何の意味があるの?」

「俺も同じことを訊いたが、これから起きることが答えらしい」

「分かんないわよそんなの! 何でアーウィンが死ななきゃならないの!」

「けじめだからだ」

 

 微かだけどセツナの浮かべた渋面に、わたしは声を詰まらせた。

 

「罪と分かってやったのなら罰は受ける。最初からそのつもりで村を襲った。アーウィンにとって問題はどう死ぬかだったんだ」

「あなたに殺されることが、アーウィンにとって最善だったって言うの?」

「そうだ」

「そんなの、悲しすぎる。最初から死ぬつもりなんて………」

 

 わたしは泣いていた。わたしがアーウィンへの情を募らせている間にも、彼女はどんな最期を迎えるかを虎視眈々と考えていた。死ぬために生きるなんて、矛盾している。

 

「理解なんていらない。ただ赦してもらえればそれで良いんだ」

 

 セツナはそう言って、泣いているわたしの手を引いて路地を歩き出す。「どこ行くの?」と訊くと「街を出る」と返ってきた。

 

「あんたを安全な場所に連れていく。これもアーウィンから頼まれた」

 

 早足で歩きながら、セツナは続ける。

 

「あんたのような貴族に虐げられた被害者がいると知ったら、人界統一会議は貴族に圧力をかけるために利用するかもしれない。誰にも振り回されず、辺境の村で静かに暮らしてほしいと言っていた」

 

 告げられた想いやりに、わたしはまた涙を流していた。今すぐ広場に戻って彼女の亡骸を拾ってあげたい。ちゃんとした墓を作って弔ってあげたい。

 

 出会ってまだそれほど経っていないのに、アーウィンはたくさんの事をしてくれた。それなのにわたしは何も返すこともできず、彼女を残して街を出ようとしている。

 

 セツナが首元に巻かれたものを引き千切る。無造作に路地に放り出されたそれは、アーウィンが付けた首輪だった。彼女が暗黒術を唱えれば爆発するという、セツナの暴走を止めるための枷。

 

「それ――」

「もう必要ない。そもそも爆弾の仕掛けなんて嘘だった。中に入っていたのはただの石だとアーウィンが言っていた」

「どうしてそんな嘘を………」

「そうでもしないと、俺がどこかに行くと思ったらしい」

 

 何て不器用なんだろうと思った。こんな事でしか想いを伝えられず、直接伝えようとすれば拒絶されるなんて惨めだ。

 

「アーウィンはあなたのことが好きだった」

「ああ、知っている」

「だから、あなたに殺されたがっていたの?」

「彼女はそんな安い感情で動く人間じゃない。あんたも知ってるだろう」

 

 うん、と返事をしたかったけど、できなかった。彼女がどんな覚悟で日々を過ごしたのかも分からなかったのに、情愛で動く人じゃないなんてどうして理解できるのだろう。

 

「悲しいものだな、人とは」

 

 顎門はそう言っていたけど、わたしは無言のまま首を振った。否定じゃない。そんなひと言で彼女を片付けてほしくなかった。

 

 でも反論はできなかった。あの最期に至るまでアーウィンがどんな想いでいたのか、真実というものを知らないのだから。わたしでは彼女の物語を語ることはできない。

 

 アーウィン・イクセンティアはわたしの語るこの手記では、脇役にしかなれなかった。それが尚更に悲しい。彼女について、語るべきところは沢山あるはずなのに。

 

 セツナの足が止まった。不意打ちだったから、わたしは思わず彼の背中に顔をぶつけてしまう。

 

「どうしたの?」

 

 訊いてもセツナは無言のまま立っていて、じれったいわたしは背中から顔を出す。前方に誰かが立っていた。フードを目深に被っているから顔が見えず、黒生地の服が足元まで覆っている。

 

 路地裏の真ん中に立っているにも関わらず全く人らしき気配を放っていない。気を抜けば存在に気付かず傍を通り過ぎてしまいそうな、存在がその人物からは希薄だった。分かるのは、わたし達と対峙しているということ。

 

 黒衣の人物が腰に提げた剣を抜いた。セツナもアーウィンから引き継いだ剣を抜く。次の瞬間には、既に両者は間合いを詰めて剣を打ち合っていた。

 

 ソルスの光が建物で遮られる影の中では目に映るもの全てが曖昧だが、金属がぶつかり合う甲高い音と散る火花は明瞭だった。

 

 明らかに火花ではない光が放たれた。秘奥義の光。セツナかと思ったが、水色の光剣を振るうのは黒衣の人物のほうだった。凄まじい速さで突き出される剣戟にセツナは咄嗟に剣をかざし防御を試みるのだが、受け止めきれない衝撃に突き飛ばされてしまう。

 

 黒衣の人物がわたしの方へ顔を向けた。フードの影が濃くて、奥にあるのがどんな顔なのか分からない。「立つのだ、やられるぞ」と顎門が急き立てるけど、フードの奥の空白が尚更に恐怖を掻き立て、わたしは腰を抜かしたまま後ずさる。

 

 風を切る音がして、その音を追うように上を仰ぐ。そこには外套をはためかせた黒い影が、鈍色の剣を振りかざしながら降りてくる。セツナだ。そう理解できたと同時、黒衣の人物が後ろへ跳ねた。セツナの剣が地面を穿ち、石畳に深い傷を付ける。

 

 再び剣戟が起こる。互いに剣を突き出しては弾き、急所を狙っては阻まれる応酬が何度も続き終わりが見えない。まるで互いが狙っている箇所を分かっているようだった。剣舞の打ち合わせでも事前にしていたかのように。

 

 鍔迫り合いへと持ち込み、押し合う力を拮抗させる。数センでもずれ込めば、そのまま自分の身が斬られる。微かな刀身の震えを抑え込み、そのまま弾こうとする。

 

 押し合いに打ち勝ったのはセツナだった。意図したかのような相手の急な脱力に、誘われるように身体を前へともつれさせる。その瞬間を黒衣の人物は待っていたらしく、体勢が崩れたセツナの腹を膝でしたたかに打ちつけた。

 

 「がふっ」と身体をくの字に曲げたセツナの後頭部を、剣の柄が突いた。それが止めになって、彼の身体が力なく倒れる。

 

 黒衣の人物が再びわたしのほうを向く。邪魔する者はなく、恐怖で動けないわたしにその人物は焦る素振りも見せずゆっくりとした足取りで近付いてくる。

 

 その手がわたしの視界を覆うと、意識が途切れた。

 






そーどあーと・おふらいん えぴそーど22


キリト=キ
アスナ=ア
アーウィン=イ

ア「こんにちは、そーどあーと・おふらいんの時間です。司会のアスナです」

キ「解説のキリトです」

ア「今回のゲストはこの人です、どうぞ!」

イ「アーウィン・イクセンティアだ。よろしく」

ア「因みに略称が『イ』なのはわたしと被っているからで、姓から取ることになりました!」

キ「おお、初めてだなオリキャラがゲストに出るの」

イ「今回で死んでしまったからね。もう本編に出ることはないからここで思いきりはっちゃけさせて貰うよ」

キ「程々にしてくれよ。本編であれだけシリアスだったのにここでキャラ崩壊したら読者さんの感情が追いつかないから」

ア「もう分かってないわねキリト君。これはアーウィンに好印象を持ってくれていた読者さんの心痛を少しでも和らげるっていう作者の配慮なのよ」

キ「配慮の仕方が凄まじく間違ってるな」

イ「良いじゃないか。読者殿を置いてけぼりにしていくのがこの作品のやり方なんだろう?」

キ「おお、あんた結構ノリ良いんだな」

イ「私は平和な世ならこういう人物設定だったということだよ」

キ「意図せずシリアスになったな………」

ア「さあそれでは本編のプレイバックいくわよ! 今回は見どころたくさんあるわよ。まずはティーゼさんの登場!」

キ「今まで原作キャラは名前だけの登場だったけど、直接登場したのはティーゼが初めてだな」

イ「なかなか予想しづらい配役だな」

ア「作者曰くビッグネームなキャラを出すと全部持っていかれちゃいそうだから、なるべく目立たない脇役にするのは最初から決めていたそうよ」

キ「確か、最初はネルギウスを出す予定だったんだよな」

ア「そう。ユーリィは初期だとネルギウスの弟子っていう設定だったから師弟再会っていう描写にする予定だったんだけど、急遽デュソルバートさんの弟子に変わったからリストラされることになったの」

キ「リストラって言い方やめてあげて、流石にあいつ可哀想になってきたから」

ア「だからといってデュソルバートさんを出そうにも整合騎士団の重鎮がお迎えなんて任務を受けるのは不自然。ならばということで候補はロニエさんとティーゼさんのふたりに絞られたわけね」

イ「それで、32番目の騎士に決まった理由は?」

ア「簡単に言えば会話の内容ね。ふたりは原作から10年経ってもキリト君を『先輩』て呼んでるんだけど、作者はユーリィとの会話でキリト君を『先輩』と呼ばせたくなかったのよ。本作でキリト君は人界代表剣士でミステリアスな存在として描写したかったから」

キ「なるほど、人間味ある『先輩』ていう呼び名は雰囲気を損ねるわけか」

ア「ロニエさんだとキリト君の話になるとすぐ『先輩』ていうワードが出そうだから、一歩引いた距離に立っていたティーゼさんの方が適任ということで今回登場したわけね」

イ「会話の場面でもあったが、後輩騎士ふたりには既に子どもがいるんだね」

ア「200年後には子孫がいるから、子どもがいないと辻褄が合わないのよ。本作の時代だとティーゼさんはもうユージオへの感情に折り合いをつけてレンリさんと結婚したわ」

キ「ロニエの結婚相手も気になるとこだよなあ」

ア「あら気になるのキリト君? ハーレムの一員だから?」

キ「違うわ! 単純に後輩だからだよ」

ア「ムーン・クレイドル編によるとロニエさんには弟がいて、200年後の子孫は弟の家系でロニエさんは生涯独身の可能性もあるわ。だけど原作のあとがきで原作者様がいつか子どもを産むって言ってたから、その可能性はなさそうね」

キ「てことはやっぱ結婚したのか?」

ア「作者は、ロニエさんはキリト君の子を産んだと考えているそうよ」

キ「はああ⁉」

イ「ほう、やるな君も」

キ「いや誤解だ! てかアンダーワールドのシステム上夫婦じゃないと子どもできないはずだろ!」

ア「キリト君は神聖術を詠唱なしで使えるくらいシステムに介入してるから、それくらいは誤魔化せるんじゃないかって」

キ「アバウトだなおい! そうなったら普通に結婚したで良いよ俺手出してないから」

ア「作者はワンチャンあると諦めていません!」

キ「諦めろ! 俺を何だと思ってんだ!」

イ「淫獣?」

キ「答えんでいい!」

イ「次の振り返りは、私の処刑の場面だ」

キ「サラっとエグいこと言うなこの人」

ア「残酷シーンだけど、そんな時こそ明るく元気でいきましょう!」

キ「TPOって知ってる?」

イ「古代神聖語に馴染みはないなあ」

キ「ああうん、アーウィンはそうだったな………」

ア「作者はこの回のためにアーウィンというキャラクターを作ったと言ってもいいわ」

キ「メインキャラなのに死ぬ前提で作られるってのもハードだな………」

イ「まあ作者も私に関しては持て余していたらしいから仕方ないといえば仕方ないかな」

キ「持て余してたって、結構活躍の機会あったじゃないか。キャラとしては使い勝手良いと思うけど」

ア「事情があるの。実はアーウィンは本作が始まる直前になって急遽作られたキャラクターなのよ」

キ「え、そうなのか?」

イ「ああ、セツナとナミエがアンダーワールドについてあまり知らないから、世界観の説明役として私という登場人物ができたんだ」

ア「主にダークテリトリーのレクチャー役としてね。ユーリィや顎門といった色々の立場からレクチャーできるキャラが出てきたから邪魔になっちゃったのよね」

キ「邪魔になったから殺して退場って………」

イ「私という本来ならいないはずの登場人物が下手に動けば物語が想定外の方向に進んでしまうからね。だから今回はいわば軌道修正として書かれたんだ。セツナに死神という呼び名を付けるのも兼ねてね」

ア「そんなわけで、アーウィンはクランクアップです。お疲れ様!(クラッカーパーン)」

イ「いやー、ありがとう。嬉しいよ」

キ「祝えるか! 死んでんじゃねーか!」

ア「本編でシリアスな役を背負ってくれたんだから、このコーナーくらいは明るくいかきゃ」

イ「感慨深いな。後付けという微妙な立場だったが、本編でそれなりに重要な立ち回りができたのは光栄だよ」

キ「まあ、大役だったのは確かだよ。序盤じゃ必要不可欠だったし」

イ「作者に扱いにくいやつとか、中々死なせづらいから困るとか散々言われてきたが、ようやく解放されたよ」

キ「何か、本当にお疲れ様………」

イ「まだ先はあるし、入れ違いに新しい人物が登場する。その者の活躍で私という存在が読者殿に忘れられやしないか、それだけが心残りだ」

ア「せっかくのナイスバディなキャラなんだから、そこを活かした展開があってもよかったわよね」

イ「ああ。ユーリィも中々に豊満だが、私のほうが勝ってると自負はしている。彼女に私の代役が務まるかどうか………」

キ「おい生々しい会話やめろ。トイレで席外した人の悪口言い始める女子会みたいになってるぞ」

ア「さあ、というわけでアーウィンが死にましたが後半でまさかの襲撃者が! どうなる次回!」

キ「お楽しみに………」

イ「応援ありがとう。また会おう!」

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