ソードアート・オンライン パラダイス・シフト   作:hirotani

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第25幕 ペアレンタル・アフェクション

 

   1

 

 時告げの鐘が鳴る前に、小鳥たちの奏でる声で目が覚めた。隣にいるセツナはまだ寝息を立てている。眠っているときも険しい顔だ。昨日あれだけの事があったのだから、まだしばらく目覚めそうにない。

 

 わたしは服を着て宿を出た。空は白み始めているけどまだソルスは果ての山脈から姿を現さず、村人たちもまだ眠っているようでとても静かだ。小鳥の鳴き声と村の周囲を流れる水路のせせらぎがよく聞こえる。

 

 あてもなく適当に、ゆっくりと歩いて村を散策してみる。同じような外観の家があって、村の中央には広場がある。最も大きな建物といえば教会で、望楼に時告げの鐘がぶら下がっている。

 

 歩いている途中で「う……」という呻き声が聞こえて足を止める。恐る恐る覗き込んでみると、民家の庭らしき草地で老人がうずくまっていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 声を掛けると、口髭を蓄えた顔がわたしへと振り返る。頬がこけて目が落ちくぼんだ、まるで頭蓋骨に皮を張っただけのような瘦せこけた老人だった。

 

「鎌で切っただけだ。大したことはない」

 

 老人は見慣れない顔に怪訝な目を向けながら不躾に言った。庭の手入れでもしていたのか足元に血の付いた小ぶりな鎌が落ちていて、左の手首を抑えつける右手の指間からは血が漏れている。

 

「見せてください」

 

 とわたしは「おい……」という声に耳を貸さず老人の手を強引にどかした。傷口は確かにそう深くはなさそう。

 

「システム・コール――」

 

 人界の豊潤な神聖力がわたしの手元に集まり、老人の裂かれた手首の血を止め損傷した組織を再構成していく。術発動時に生じる光が収まると、傷口は跡も残らず消滅していた。周りにこびり付いていた血がなければどこを怪我したのかも分からない。

 

 老人は嘆息しながら傷のあった箇所に触れ、わたしの顔をまじまじと見つめてくる。

 

「随分と高度な術を使うのだな。君は治療師か?」

「いえ、ただの旅人です」

 

 かぶりを振ったわたしがそう答えると、老人は「そうか」と納得したように、

 

「昨日村の者たちが噂していたのは君のことか」

 

 老人は立ち上がる。しっかりと背筋が伸びている。腰が曲がっていないところを見ると、見た目ほど老齢じゃないのだろうか。

 

「手当てをありがとう。私は村長のガスフト・ツーベルク」

「ナミエです。ここは、そんなに他所の人が珍しいんですか?」

「見ての通り何も、寄りつくようなもののない田舎だ。若者は皆央都に上ってしまったよ。私の娘もそのひとりだ」

 

 そうだろうか、と思いながらわたしはまだ眠っている村を見渡した。ここにはソルスの光も水も、神聖力も満ちている。人が生きていくのに必要なもの全てが揃っているのに。それ以上のものを求めようとするのは、酷く贅沢で高望みな気がした。

 

 ツーベルク村長が訊く。

 

「君はまだ若そうだが、家族はいるのか?」

「いえ、その――」

「言いたくないなら良い。この村はどうにも、訳ありな者に縁があるようだな」

 

 そう言うツーベルク村長の顔がとても寂しそうに見えたのは、わたしの気のせいだっただろうか。村長という立場なら余所者を警戒しそうなものだけど、彼の口振りは寛容な性分だから、と片付けるには軽すぎた。

 

 気にはなったけど、わたしが踏み込んで良いことでもないと察しはつく。だから代わりにわたしは質問をした。

 

「どうしてこんな早くから庭の手入れを?」

「妻がいつもしていたのでな。それだけだよ」

 

 見下ろした庭の縁には、不揃いながら色とりどりの花々が並んでいた。開いた花弁には撒かれた水の雫が付いている。とりとめのない、正直言って不格好な花壇だ。綺麗とわたしの感性が捉えられるのは、純粋に花の美しさだろう。

 

「傷の礼をさせてほしい。こんな老いぼれでも茶くらいは淹れられる」

 

 誘われるがまま、わたしはツーベルク村長の家に上がり込んだ。村長というだけあって他の家よりも大きく立派な佇まいだけど、家の中は朝方とはいえひどく静かだった。外の静けさは心地いいけど、ここは無音で寂しいものだ。

 

 踏み込んでいいものじゃない。分かっていても、湯を沸かすツーベルク村長に訊かずにはいられなかった。

 

「あの……、あなたの家族は?」

「妻には何年か前に病で先立たれた。娘はふたりいて、下の娘は央都で神聖術師をしている。最近どうかは分からんがね」

 

 棚からカップを出して、ポットに茶葉を入れていく。ツーベルク村長は湯が沸くまで、釜土の前に立ったまま動かなかった。わたしもテーブルにかけたまま無言の時間が流れる。

 

 彼が上の娘の近況について何も言わなかったことが、ずっと引っ掛かっている。事情の深い家庭であることは、否応なく理解できる。

 

「せっかくだ。朝食でもどうだ?」

 

 台所からツーベルク村長が訊いてきて、わたしは咄嗟に「あ、はい」と答えた。すぐに宿に帰ったら何て説明しよう、と後悔めいたことを思う。

 

 微かに、ツーベルク村長が笑ったように見えた。湯が沸いて、彼はテーブルに茶器一式を並べると、そこにチーズとハムを挟んだパンとミルクの注がれた瓶を出してくれた。

 

「こんなものしか出せんが」

「いえ、頂きます」

 

 サンドイッチはパンが少しばかりパサついていた。ミルクのほうは、搾ってまだ間もないのか美味しく飲むことができた。ツーベルク村長も材料があまり良くないことは理解してか、「妻と娘は料理上手だったんだが」と苦笑していた。

 

 食後の紅茶も、茶葉の分量を間違えたのか味が薄めだった。お茶くらいは淹れられると言っていたけど、本当に淹れられるだけだった。ご馳走になっているから文句なんて言えた立場じゃなかったけど。

 

 味の良し悪しがもう麻痺していそうなツーベルク村長は何食わぬ顔でカップを啜り嘆息する。

 

「人界統一会議なんてものができてから、色々と世の中は変わった。人も法も、何もかもが」

 

 ツーベルク村長が溜め息交じりに言ったように、戦後は毎日のように禁忌目録をはじめ帝国基本法も改訂が繰り返されてきた。天職制度の廃止が代表的だけど、他にも禁止が解消された事項は多い。民衆がとても把握しきれないほどに。

 

「戦前ダークテリトリーに行くことが禁止されていたのを、君は知っているか」

「ええ」

 

 それはよく知っている。わたしはその罪を犯した罪人として、長年に渡って懲罰を受けさせられたのだから。

 

「上の娘は10歳の頃、ダークテリトリーに踏み入るという禁忌目録違反を犯し、整合騎士に央都へ連れていかれた」

 

 その告白にわたしは何と言葉をかけるべきか分からず、ただ目の前の老村長の垂れ流す言葉を聞き続けるしかなかった。

 

「処刑されたものと思っていたが、10年近く経って帰ってきたのだ。整合騎士としてな」

 

 ユーリィから聞いた整合騎士の真実を思い出す。武術に秀でた者や禁忌目録を犯した者。そういった者たちを央都のセントラル・カセドラルに連行し《シンセサイズの秘儀》なる術で記憶を封じられ天命を凍結された元人間。

 

 わたしは昨日ジンク氏から聞いた、村に居たという整合騎士のことも思い出した。彼女は、央都で記憶を奪われながらも戻ってきた、ツーベルク村長の長女だったのだ。

 

 彼女は奪われた記憶を取り戻したのか。それとも故郷に戻ったのは偶然だったのか。訊こうとしたが、ツーベルク村長の重すぎる告白が好奇心を阻んだ。

 

「だが、私は娘を罪人として拒絶してしまった。法と、村長という自らの立場を言い訳にして。こんな父に嫌気が指したのだろう。娘はしばらく村に居たが、結局出ていってそれきりだ。生きているのかすら分からん」

 

 ツーベルク村長は歯噛みする。落ちくぼんだ目元を光らせながら。

 

「下の娘は姉の帰りを喜んで、毎日のように会いに行っていたよ。本当は、私も娘にお帰りと、あの日助けてやれなくて済まなかったと言ってやりたかった。抱きしめてやりたかった。父親としてそうすべきだったのに………」

 

 ユーリィから娘の話を聞いたときのように、こういう我が子への後悔を吐露されたらどうすべきなのか、わたしは知らない。

 

 忘れてしまえば、なんて薄情すぎることを言えるはずもなかった。我が子のことを綺麗さっぱり忘れたまま50年も過ごしてきた彼女は、忘れたことに苦しんでいたのだから。

 

「妻の葬式で下の娘が帰ってきた日に言われた。もう会えない。姉の帰りを待つと。私はその言葉の意味が分からなかった。あの子は、アリスは生きているのかと。セルカが待つのなら、私も待てばまた会えるのかと」

 

 アリスとセルカ。自ら発した娘の名前に耐えられなくなったのか、ツーベルク村長の目から涙が零れた。ユーリィもそうだった。娘の名を口にした彼女も、自らの裡に溢れ出す我が子への想いを抑えられなかった。自らの腕で抱いてやれないことの虚しさも。

 

「もう下の娘も手紙すら寄越してはくれなくなった」

「会いに行こうとは、思わないんですか?」

「会いたいさ。だが私にはその資格がない。法とか村の者への示しとか、そんな下らないものと子どもを天秤にかけた私にはね」

 

 ツーベルク村長は手ぬぐいで目元を拭う。涙は止められたけど、まだ目は赤いままだった。

 

「私は本当に守るべきものを見誤った。だから、これは罰なんだ。娘たちがまた会えるようただ祈り続けるのが、私にできる唯一の償いだ」

 

 ふと、わたしはどうしても訊きたいことが湧いた。ユーリィが呟いていた、我が子を求めてやまない、わたしにはまだよく分からない感情のことを。

 

「娘さんたちのこと、愛しているんですか?」

 

 答えは、長い逡巡を挟んだ。

 

「大事にしていたつもりだったが、愛してはやれなかった」

 

 今更ながら、残酷なことを訊いてしまったと後悔してしまった。愛というものがどういう感情なのか、わたしは未だに実感がない。でも、それはとても重みのある感情なのだろう。当人の心をかき乱してしまうほどに。

 

「ナミエさん、老人の余計な世話かもしれんが聞いてくれ。大切な人がいるのなら気持ちをはっきりと伝えることだ。何も伝えられず別れてしまうのは、どんな罰よりも辛い」

 

 ツーベルク村長は鼻を啜りながら言った。わたしは無言で頷くしかなかった。カップに残った紅茶はすっかり冷めていて、一気に飲み干したわたしは席を立った。

 

「美味しかったです。ごちそうさまでした」

「ああ。長話に付き合わせてすまなかった」

 

 ツーベルク村長はこのまま、ひとりこの家で残りの生涯を過ごし続けるのだろう。新しい伴侶も子も作ることなく。それが彼の選んだ罰だ。法も貴族も皇帝も、人界統一会議もそれを与えてくれないのなら、自分で自分を罰するしかないのだ。

 

 宿に戻る頃になると、村民たちは起き始めていた。井戸の前にはご婦人たちが水を汲みがてら談笑している。

 

 宿に入ると帳簿を眺めていた主人が笑顔で出迎えてくれた。ほんの少しの邪さは感じるけど、どこか間が抜けていて不思議と不快さがない笑顔だった。

 

「お帰り。散歩かい?」

「ええ」

「朝飯が出来てるよ。連れも起こしてきな」

 

 部屋に入ると、セツナは既に着替えを済ませていた。彼の横で、厳かな顔をした小竜が翼をはためかせている。

 

「顎門……」

「朝の散歩とは、優雅なものだな」

「あなたも、随分と長い散歩だったわね」

「ああ。あちこち飛び回ったせいで人間たちから騒がれた。しかし、これで奴らも我らがどこにいるか分からぬだろう」

 

 得意げに言って、顎門はセツナのフードの中に納まった。

 

「して、次はどこへ向かうのだ? ここも長居はできまい」

 

 さっきのツーベルク村長との話で、わたしの裡に何かが芽生えた。それはわたしにとって初めての、意思と呼ぶべきものだったのかもしれない。

 

「オブシディアに行きたい。孤児院の子たちに、アーウィンのことを話さないと」

 

 セツナはしばしわたしの顔を無表情で眺め、「ああ」とだけ答えた。

 

 

   2

 

 人界の辺境から暗黒界の首都までの道のりは、とにかく長いのひと言に尽きた。

 

 ルーリッドから央都セントリアまで、央都から東の大門まで、東の大門からオブシディアまで。このようにいつくもの地点を経由しなければならず、その道のりを全て馬で踏破するのを強いられた。

 

 人界統一会議は発足8年から鉄道開発事業を始め、それによって人界内の物流はかなり潤滑になった。央都から果ての山脈麓までこれまで早馬で1週間という期間を要したけど、敷かれた線路を走る汽車はほんの1日という速さだった。

 

 でも人界全土に線路が敷かれたのは、この手記を書いている統一会議発足から20年が経った頃。まだ10年のこの頃では、線路は央都周辺の都市までしか展開していない上に試験運用中で一般人はまだ利用できなかった。だから民衆にとって移動は戦前と変わらず馬が最速で往くための手段だった。

 

 わたし達は目的地を決めたは良いけど足となる馬を確保するために、行商人が訪れるまでの数日間ルーリッドの村で待ちぼうけを食っていた。

 

 読み手の諸氏には、わたし達と同行している赤き飛竜のことが頭に浮かんだかもしれない。そう、この飛竜が全速力で飛んでくれればオブシディアまで長くても2日で辿り着ける。

 

 当然わたしとセツナも顎門を頼った。その答えはこうだ。

 

「我が飛べば民に見られ、そこから奴らの追跡を受けるだろう」

 

 あのリアルワールドから来たわたしの母と名乗る女の目を欺くためにも、わたし達はひどく遠回りをしなければならなくなった。不満がなかったわけじゃないが、仕方ないということは理解できた。実際、道中で人界を飛び回っていた飛竜の噂は聞いた。

 

 央都まで乗せてくれた親切な行商人のおじさんは、初めて見る飛竜を長いこと見上げていたせいで危うく馬車から落ちそうになったと笑いながら言っていた。

 

 1週間半ほどかけて到着した都心の賑やかさを堪能する間もなく央都から東の大門まで、となるとまた馬車の確保といきたいところだけど、ここでも足止めを食うことになった。

 

 わたし達がルーリッドから移動したのは央都セントリアのノーランガルス北帝国が管轄する地区。東の大門があるイスタバリエス東帝国の地区から出発しなければならないのだが、都市間でも四帝国を区切る壁を越えるには統一会議の承認が押印された許可証が必要だった。

 

 観光にと申請しても承認を得るまで数日を要すと街の役所から聞いたが、わたし達に呑気に待っている暇なんてなく、そもそも申請書に記載するわたし達の戸籍なんて身の上も無いに等しいものだった。

 

 わたしは長く暗黒界に居た私領地民で、セツナはリアルワールドから来たベクタの迷子。でも、壁の正門を潜り東帝国に入ることは結果的にできた。

 

 新婚旅行らしき若夫婦から鞄を強奪し、そのふたりの持っていた許可証とついでに路銀を拝借して、門番の守備隊に怪しまれることなくわたし達は堂々と門を潜ったのだった。

 

 命まで奪わなかったとはいえ、せっかくの新婚旅行をわたし達のせいで台無しにしてしまったあの夫婦には申し訳ないことをした。この書面を借りて深く謝罪する。

 

 かくして十分な路銀も確保できたことからしっかり料金を払って馬車を借り央都を出発し、そこから2週間かけて東の大門へ向かった。

 

 これらの旅路を若き男女が1体を伴い往ったことで、諸氏の中にはさぞ甘い雰囲気が漂っていたと想像しているかもしれない。期待に応えられず申し訳ないが、そんなものは微塵もなかったとここで断言しておく。

 

 わたし達の距離間は、初めて肌を重ねたあの夜以前と変わりなかった。近付きもしなければ、遠ざかりもしない。セツナは常に険しく目を吊り上げていて、わたしはそんな彼とどこか1歩を引いた距離間を常に保っていた。

 

 ヘスティカが語った、リアルワールドでも多くの人間を手に掛けた大罪人という過去を丸ごと信じられたわけじゃない。そんな人間が、女を抱くという快楽の中で悲しそうに涙なんて流すだろうか。

 

 それでもまだ恐怖があったことも、また姉になるかもしれなかった人を殺めたことへの憎しみが消えていなかったのも、また事実だったのだ。

 

 東の大門でもまた一難だ。前にも書いたけど、人界と暗黒界を渡るのにも許可証がいる。さすがに暗黒界へ行くつもりがなかった若夫婦に成りすますのはここで終わりにして、オブシディアに帰る予定だった旅団にそれなりの代金を握らせ馬車の荷台に忍び込ませてもらった。

 

 依然通ったときと変わらず、東の大門からオブシディアまでは長い行列が伸びていて、進行はとても緩やかだった。

 

 わたしが伝説化しつつある死神の話を始めて聞いたのは、この道中だった。旅団の主人から貰った大門の関所で買ったという号外に、その所業が記載されていた。記事を要約するとこんな感じだ。

 

【暗黒界北端の集落が何者かによる襲撃を受けた。現場では村長らしき者とその家族の死体が発見されたが、多くの村民たちは行方不明。調査の結果、村長と思われる死体は人界3等爵家アガイバス・ムルシスと判明】

 

【山ゴブリンのイスク村で元イスタバリエス近衛騎士団長ルーブス・サンドロモスが死体で発見。サンドロモスは次期イスタバリエス皇帝を自称し村のゴブリン達を奴隷としていたことを現地民が証言している】

 

【オブシディアで人界人が襲われ死亡。死亡したのは人界2等爵家ザイアス・ブロードンであることが判明。ザイアスは暗黒界で孤児を拉致し奴隷商と取引をした疑いがあり、以前から調査対象とされていた】

 

【人界統一会議は暗黒界五族会議と共同で一連の殺人事件を調査中。ストピリアに現れた《死神》なる人物との関連が濃厚とされている。なお、人界四等爵家ウンベール・ジーゼックが統治していたとされる集落が無人の状態で発見されており、併せて調査をする予定】

 

「濡れ衣だな」

 

 記事を読んだセツナは溜め息交じりにそう漏らしていた。すぐ傍に旅団の主人がいるというのに無自覚なこの死神に、わたしは無言のまま肘で脇腹を小突いた。少なくとも最後の記事にあった事件は濡れ衣でも何でもない。

 

 旅団の主人のおじさんは、太鼓腹を揺らすほど笑いながら言っていた。

 

「誰の仕業か知らんが、悪党を消してくれるならこっちは安心して商売ができるってもんだな」

「良いことをしてるって思いますか? この《死神》っていう人」

 

 わたしがそれとなく訊いてみると、主人はうーんと唸りながら口を開いた。

 

「まあ、やってることは法に背いてるから、褒められたことじゃないな。だけどこいつを義賊に祭り上げる輩はいるだろう。少なくとも、こいつが殺した連中に酷い目に遭わされた人たちはな」

 

 《死神》が民衆の前に姿を現してからまだ1カ月も経っていないが、着実に武勲を立て人界と暗黒界にその存在を知らしめている。そのほとんどが、当人の知らないところでだ。

 

 そう、お気付きかもしれないが、死神伝説の中でいくつかは当人の関与していない事柄も存在している。わたしの知る限り、《死神》が起こしたとされる殺人事件の約半数は濡れ衣なのだ。

 

 アーウィンを民衆の前で殺してみせて、そこから立て続けに暗黒界の各地で人界貴族が殺される事件が起こっている。そうなると大衆が結びつけるのは、断罪される前にアーウィンが声高に呼んだ《死神》なる人物だったわけだ。

 

 人伝いにその存在が語り継がれていくうちに尾ひれが着いて回り、この時期に起きた不可解な事件はほぼ全てが《死神》の引き起こしたものとされている。

 

 伝説の伝播は、後になって思うと世界全体の揺らぎだったのではないかと、わたしは考えている。法を盾に民を苦しめる輩が存在する。どうあっても抗えない存在には隷属しか選択肢がない。長く魂の奥底に楔のように打ち込まれてきたその在り方は、《死神》の出現によって崩れつつあったのだ。彼を英雄ないし救世主と崇める者たちによって、より積極的に。

 

 異界戦争後になって、世界は変わろうとしていた。だが変えられないものもある。それを無理矢理捻じ曲げて変革を助長させたのは、奇しくも大罪人でしかないはずの《死神》だった。

 

 オブシディアの城下町へ到着したところで、ようやく長い旅路も終わろうとしていた。ルーリッドから延べ約1カ月もの道のりで軋む足に鞭打って、わたし達は記憶を頼りに孤児院へと向かった。

 

 記憶通りに、建物はそこにあった。だけどわたしは違和感を覚えていた。外にまで漏れていた無邪気な声が、この日は全く聞こえなかったのだ。

 

 建物も引き払われたらしく、扉には鎖が掛けられてしっかりと施錠されている。当然開くはずはないのだが、セツナが扉を両断でもするつもりなのか剣を抜く。

 

「ちょっと、そこの人界人! なに物騒なもん抜いてんのさ!」

 

 そこへ、しゃがれた声が飛んでくる。振り返ると洗濯物でも干そうとしていたのか、衣類の詰まった桶を抱えた老婆が立っていた。

 

「そこはもう誰も住んじゃいないよ」

 

 「ここって、孤児院でしたよね?」とわたしが訊くと、老婆は痰の絡んだ声で「ああそうさ」と答えた。

 

「1カ月くらい前に人界人の女が来て、子ども達と働いてた連中と一緒にどっか行っちまったのさ。アーウィンも死んだとかいうし、一体どうなってんだか」

「その人界人って、誰なんですか?」

「だから、あたしは知らないんだよ。ああそうだ。あんた、名前は?」

「ナミエって、いいます……。こっちはセツナ」

「あんた達かい。ちょっと待ってな」

 

 そう言って、老婆は孤児院の向かいにある自分の家に引っ込んでいった。すぐに腰を叩きながら出てきて、わたしに羊皮紙を差し出しながら、

 

「その人界人の女が、ナミエとセツナとかいうふたりが来たら渡してほしいって頼まれてたんだ。ほれ、確かに渡したよ」

 

 不躾に言って、老婆は洗濯の続きに戻った。渡されたというより強引に押し付けられた羊皮紙はふたつ折りになっていた。わたしはそれを開き、隣で覗き込むセツナと共に綴られた文字に視線を這わせた。

 

【ブランバルの古城で待つ  ユーリィ】

 

 






そーどあーと・おふらいん えぴそーど25


キリト=キ
アスナ=ア
アリス=サ


ア「こんにちは、そーどあーと・おふらいんの時間です。司会のアスナです」

キ「解説のキリトです」

サ「大変不本意なのですが呼ばれてきました。アリス・シンセシス・サーティです」

キ「おおアリス、また来てくれてありがとう」

サ「今回は私にとっても無関係な話ではありませんから」

ア「そうそう、本作ではとても珍しい原作キャラ3人目はアリスのお父さんなんだから! いやーおめでたいわね!」

キ「いやおめでたい雰囲気じゃなかったじゃん。もうアリスのお父さん可哀想すぎるだろ」

ア「まあ自業自得よね。小さな娘が連れていかれそうになっても抵抗しなかったり、里帰りしてきたら罪人だからって拒絶したんだもん。そりゃ愛想尽かされて当然よ」

キ「おい言葉選べ! そのガスフトさんの娘がここにいるんだぞ!」

サ「良いのですキリト。私は父を恨んでなどいません。人界での社会評価はいかに法を順守しているかですから。村長という立場上、父も辛かったのは私も理解しています」

キ「アリス……。俺、何て言ってやればいいのか………」

ア「草って笑ってあげれば、良いんじゃない(女神の微笑)」

キ「黙らっしゃい!」

ア「良い哀愁が漂ってたじゃない。仕事優先して家庭が崩壊しちゃったお父さんみたいで」

キ「例えが的確だから何も言えないのがもどかしい………」

サ「法と人の在り方どちらを取るか。原作でもライオスやウンベールのような堕落貴族を引き合いに述べる部分がありましたが、それを問われるのは貴族だけではなかったということですね」

キ「アリス、怒っていいんだぞ」

サ「良いのですキリト、私も同じでした。整合騎士として人界の守護を誉れとしながら、民を苦しめる貴族や皇帝を最高司祭が野放しにしていた矛盾を知っていながら見て見ぬふりをしていたのも事実です。父も私やセルカを愛しながらも、法には逆らえなかったのでしょう」

キ「まあ、現実でも起こりうることだよな。地位や名誉のために道徳を捨てて、それで家族や友達が離れていくなんて話もよくあるし」

ア「現に私の実家がそうでした! いやー母さんとの仲も危うかったわね」

サ「アスナは良いですね。母上と歩み寄ることができて………」

キ「えーふたりのテンションの差が激しいのでひとつ解説。セルカがガスフトさんにもう会わないと言ったことについてなんだが」

サ「ええ、気になっていました」

キ「多分読者の皆もお察しかもしれないが、この頃にセルカはアリスの帰りを待つために天命凍結してディープフリーズの術式を受けることを決めたから、それでガスフトさんに別れを告げることにしたんだ」

サ「最高位の神聖術にまつわる秘密があることから、父に詳しくは説明できなかったのですね」

キ「そうだな。天命凍結とディープフリーズは極秘事項だから、公理教会の神聖術師の中でもごく一部にしか知らされてないんだ。民衆に知られて乱発なんてされたら混乱が起きちゃうからな」

サ「まあ、その辺の神聖術師がそう簡単にできる術ではありませんが」

ア「私とキリト君も200年間アンダーワールドにいたわけだけど、やっぱり私たちも天命凍結されてたの?」

キ「原作で正式なアナウンスがあるわけじゃないから分からないけど、作者は多分そうなんだろうって考えてるみたいだ。あと200年フラクトライトが崩壊せず生きられたのも自分をディープフリーズして有事の際にだけ起きてたんじゃないかって」

ア「なるほどね。まあ200年生きられる魂なんて今度こそチートのレッテル貼られかねないものね」

サ「まあ実際、異界戦争の終盤では反則じみた強さでしたが」

キ「おい俺が世間でチート主人公呼ばわりされてるのをネタにするな。てか逆に言えば俺がチートにならないと倒せない敵ばかりだったってことだよ」

ア「そういった原作との対比として、本作主人公のセツナは殺せるというアドバンテージはあっても戦闘能力そのものは最強じゃないという演出を意識しているそうです」

キ「何か当てつけに思うのは俺の被害妄想か?」

ア「ええ被害妄想よ。作者が大技ぶっ放して倒すより互いの肉や骨を抉りながら何とか倒すという演出が好きなだけです」

サ「この作品らしい残酷な戦い方ですね………」

ア「さあというわけで暗黒界に戻ってきましたセツナとナミエ! まだまだ回収していない伏線もある中どうなるでしょう!」

キ「ひとつ言えることは、嫌な予感しかしないということだな」

サ「同感です」

ア「それでは今回はここまで。次回、乞うご期待!」
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