ソードアート・オンライン パラダイス・シフト   作:hirotani

29 / 37
第28幕 パラダイス・ロスト

 

   1

 

 顔を露にした黒衣の剣士は立ち上がる。手にした宝石は紫から色を失った透明へと変わり、彼は用済みとばかりにそれを放り投げた。

 

 はだけたフードを被り直そうとせず、冷たい目で同じ目をしたセツナを見下ろしている。

 

「あれは、セツナ………」

 

 顎門も驚きを抑えられないらしく、声を途切れ途切れにさせながら呟いた。あの顔はセツナと瓜二つだった。少し癖のついた黒髪も、険しく吊り上がった目つきの何もかもが彼と同じ。

 

 違いといえば、シンセシス・ゼロという名を与えられたほうが幼い顔立ちをしている程度でしかない。

 

「セツナ、いらっしゃい」

 

 呼ばれたシンセシス・ゼロは踵を返し、ヘスティカのもとへ歩いていく。その背中を睨みつけつつ、セツナは宝石で刺された額を抑えながらヘスティカへと睨みを移した。

 

「マヒロ・ナオコ……」

 

 それは、ヘスティカがリアルワールドで名乗っていたという名前。呼ばれた当人はさも愉快そうに笑みを浮かべている。

 

「覚醒用のモジュールは上手く機能したみたいね。お久しぶり、ハヤミ・セツナ君」

「何故、こんな………」

 

 「こんな?」と反芻したヘスティカは眉根を寄せた。

 

「最愛の我が子を死なせた相手が目の前にいて、復讐せずにはいられない。同じことをしていたあなたなら理解できるはずよ」

 

 ヘスティカは傍に立つシンセシス・ゼロを抱き寄せ、一切の抵抗を見せないその頬を舌で舐める。

 

 その舌使いはわたしを弄んできた者たちとよく似ていた。されるがまま凌辱を享受するシンセシス・ゼロはまさにかつての自分を見せられているようで背に怖気が走る。

 

「この子はそのために生んだの。まっさらなフラクトライトに人格を書き込むことである程度のデザインができることは、ナミエで実証済みだったから」

 

 そのつまりを、わたしは直感で理解できた。セツナ・シンセシス・ゼロはわたしと同じく造られた生命体。ある意味でわたしの弟と呼ぶべき存在だったのだ。

 

「この《セツナ》はね、あなたのエスエーオー時代のアバターを元にしてるの。あなたの使っていたナーヴギアを手に入れるのは苦労したけど、その甲斐あってなかなかの再現度よ。どう? 昔の自分を見た気分は」

「最悪だ。思い出したくないことまで思い出す」

 

 精一杯ともとれる皮肉を飛ばすセツナは目の焦点が定まらないようだった。泳ぐ視線は自分の居る場所すら捉えられないようで、まだ立ち上がれずにいる。

 

「最初から俺をここで殺すつもりだったのか」

「理解が早くて助かるわ」

「エスティーエルでログインしている俺たちは、この世界で死んでも現実で目覚める。それはあんたも分かってるだろう」

 

 セツナが言うと、ヘスティカはさも愉快そうに高笑いした。あまりにも笑い声が大きくて玉座の間の天井に反響するほどだった。その笑いの意味が分からずセツナもわたしも、ずっと傍観していた隻眼の騎士たちも置いてけぼりを食っている。

 

「案外間抜けなのね。そんなの分かってるに決まってるじゃない。あなたのエスティーエルは特別仕様なのよ。この世界でヒットポイントがゼロになった瞬間、エスティーエルは高圧電流であなたの脳を焼くの。ナーヴギアと同じようにね」

 

 セツナは目を剥いた。顔に怒りの色が浮かんでいる。その怒りを糧とするように、ヘスティカは更に愉快そうに笑いながら言った。

 

「これはゲームでも遊びでもないわ。現実よ。あなたはこの世界で死ぬの。あの世界で生きていた自分自身に殺されるのよ」

 

 ふたりの間に交わされていた古代神聖語の混ざったやり取りはほとんど理解できていない。ただわたしに分かることは、ヘスティカはセツナを殺そうとしていること。その引導を、現身と呼ぶべきシンセシス・ゼロの手で渡そうとしていることだった。

 

 気付けば、わたしはセツナのもとへ走っていた。彼の腕を肩に回していると、既にシンセシス・ゼロは目の前に居て剣を抜いていた。

 

 わたし達を見下ろすその目はどこまでもセツナと同じだ。一切の慈悲を感じさせない冷たい眼差し。戦うための肉体と剣を与えられた、魂というべきものを削がれた人形は告げる。

 

「どけ。俺はあんたを殺せない」

 

 わたしは更に強くセツナにしがみ付いた。恐らくこの少年は、ヘスティカにわたしの保護を命じられている。ならセツナを殺すのに、わたしを巻き添えにする真似はしないという確信があった。

 

「なぜマザーに逆らう? 俺とあんたはマザーに作られた」

 

 シンセシス・ゼロは問う。以前言われた、俺とあんたは同じという言葉を思い出すと共に、その意味を理解できた。そう、確かにわたしと彼の誕生は同じところだったのだろう。

 

 でもわたしが短い生涯で、特にセツナが現れた日から培ってきたものは、シンセシス・ゼロとは別の場所にあったはずだ。

 

「わたしはあなたと違うから」

 

 腹の底から目いっぱいの力を込めて告げた。この作り物の魂に芽生えた意思というものを。

 

「わたしの居場所はわたしが決める! わたしが生きる意味も!」

 

 不意に右肩が熱くなる。それはわたしの服の中から出てきた顎門だった。小さな口の中で炎を渦巻かせ、シンセシス・ゼロへと吐き出した。小さくても威力は抜群で、シンセシス・ゼロの細い身体を吹き飛ばす。

 

 肩から顎門が飛び立つ。天井にまで差し掛かろうとしたところで、その身体が元の巨体へと一瞬で膨れ上がった。

 

 突然現れた飛竜に隻眼の騎士たちが狼狽える。それを尻目に顎門は身を翻し、太い尾で天井を叩き割った。

 

 瓦礫が雨のように降り注いでくる。大きな瓦礫に潰された騎士があちこちにいた。中には運悪く下半身だけ潰されて即死できずむせび泣いている者もいる。

 

 わたし達のもとに瓦礫は降ってこなかった。それは奇跡でも何でもなく、翼を広げた顎門が自分の身を傘のようにして守ってくれたからだった。

 

 瓦礫の雨がやむと、顎門が着地して地響きを起こす。床が抜けなかったのが幸いだ。顎門が落下速度を加減してくれたからかもしれないが。

 

「乗れ!」

 

 身を屈めた顎門の背中に、わたしは「立って」とセツナに肩を貸しながら上った。力の抜けた彼の身体は重くて、支えていないと一緒に滑り落ちそうなほどだった。

 

 何とか背中で姿勢を安定させることができると、わたしは「行って!」と叫ぶ。

 

 すぐに浮遊感がやってきた。顎門の巨体は天井に空いた穴を抜け、暗黒界の赤い空に躍り出る。

 

「何なのだこれは。どうすればいいのだ?」

 

 飛びながら顎門は喚いていた。わたしもどうすべきなのか分からない。今はただ、項垂れているセツナが落ちないよう支えているしかなかった。

 

 

   2

 

 顎門はわたし達をオブシディアまで運んでくれた。民衆とヘスティカの追跡もあるかもしれないから城下町の1キロル手前で降りて、徒歩で街に向かうくらいにはセツナの体力も戻っていた。

 

 その足取りはひどく遅いものだったけど。

 

 そんな彼を早く休ませようと、何度も通って少しは土地勘ができた街の露店には目もくれず宿を探した。幸いにも中心部に、1泊100ベックと手頃な宿泊代が看板に綴られた宿がすぐに見つかった。

 

 中年の女主人は人界人であるわたし達を胡散臭そうに眺め回していたけど、詮索することなく部屋の明け渡しは翌10時の鐘が鳴るまで、風呂の火は21時に落とすからそれ以降の時間帯に入りたければ近くの公衆浴場に行くようにと説明し部屋をあてがってくれた。

 

「人界人がうちみたいな宿に泊まるなんて物好きだね。露店でぼられて金が尽きたのかい」

 

 しゃがれ声でまくし立てられた嫌味には無視を決め込んだ。オブシディアにも少ないながら人界人の観光客はいるはずだが、大抵はもっと等級の高い宿に流れるのだろう。今後観光業に力を入れるのなら、愛想もなくお世辞にも清潔と言い難いこの宿が廃業するのも時間の問題だ。

 

 簡素なベッドにソファと小さなテーブルだけが置かれた部屋で、セツナはふらつきながら辿り着いたソファに腰かけた。

 

「お腹、空いてない?」

 

 そう訊いておきながら、空腹だったのはわたしのほうだ。ようやく落ち着いたところで忘れた空腹がやってくる。いつも事が起きた後のお決まりになった。

 

 セツナは無言のまま頭を垂れている。「何か買ってくるね」とわたしはお金を詰めた革袋を掴んで宿を出た。

 

 少し歩けば街の中央広場があって、そこには色々な屋台が並んでいる。野ざらしに置かれたテーブルは夕飯時とあってか満席で、肌の濃い人族や亜人たちが酒樽をご機嫌な顔であおっていた。

 

 路銀も心元ないから、たくさんある屋台の中で最も安いオブシディア煮というものに決めた。

 

 前髪を顔が隠れるほど長く伸ばし性別の判断が難しい人族の店主に「2杯ください」と言いながら看板にある代金をふたり分長板に置いた。店主はきつく結んだ口を開くことなく木製の器に寸胴鍋の中身を注いだ。スープらしいけど、どろどろとした茶色い液体は思わず食べられるのか疑ってしまう。

 

 沈黙したままお客であるわたしの存在など忘れたように、店主は代金を回収すると鍋を柄杓でかき混ぜる。一応「どうも」と会釈して匙が添えられたふたつの椀を持って宿に戻った。あのお店も近いうちに廃業するかもと思いながら。

 

 両手が塞がっていたから肘でノブを回して部屋に入ると、セツナはソファから動かないままだった。「ご飯、買ってきたよ」とテーブルに椀を置いてもセツナは無反応のままだった。

 

 わたしは彼の隣に座ってスープを飲む。具は溶けていて、甘いのか辛いのか、酸っぱいのか苦いのか色々な味と匂いがして、美味なのか不味いのかすら判断に迷った。少なくともまた食べたいとは思えないから、多分不味いのだろう。

 

 わたしが空腹に負けてスープを完食しても、セツナのほうはまだ自分の椀に手を付けていなかった。眠っているように見えてしまうほど垂れた頭に、わたしは前置きもなく訊いた。

 

「思い出したの?」

 

 頭が僅かに持ち上がる。そしてゆっくりと、セツナは頷いた。その時の彼の脳裏を満たす過去は、幸福と言い難かったものと理解するのは容易だった。

 

 彼は以前から、殺人に躊躇がない自身の過去が真っ当なものじゃないと予想していた。それが的中していただけのこと。

 

 だからといって他人に話すのは酷だろうという気遣いは、わたしの中に微塵もなかった。思い出したということは、この人はその過去と向き合わなければならない。その時が来てしまったのだから。

 

「話して」

 

 そう告げたわたしの声は、自分でも内心で驚くほど冷たかった。資格があるわけでもないのに、彼を罰しようとしているかのよう。

 

 セツナは口を開く。語られたのは、死神伝説の本当の始まりとも言えるものだった。

 

 

   3

 

 死神が神格化されている要因は、その出自の曖昧さにある。

 

 彼を産んだ母や生誕地については謎が多く一切の裏付けがない。彼の母や父、または兄弟と名乗る人物は後の世で多く現れているが、すぐに虚偽が明るみになり最悪の場合は信徒たちによる粛清に遭っている。出自については数々の推測が囁かれたが、それらしき結論は未だに出ていない。

 

 死神は神界から遣わされた使徒または神そのものと言い伝えられているが、信徒たちは敢えて曖昧さを助長している節がある。

 

 彼らは信じたいのだ。自分たちを救った英雄がただの人間ではないと。英雄が自分たちと同じ腹を痛めて産み落とされた存在という事実は、彼の神格が損なわれてしまう。

 

 真実など重要ではないのだ。彼が神である事と、その神格を表すための奇跡と呼ぶべき物語が必要とされている。死神が根本から我々とは違うことが、彼の神話を語る上で重要なのだ。

 

 わたしが死神と呼ばれた男をただの人間として綴ることができるのは、彼の出自を本人から聞いているからだろう。

 

 まず、セツナがわたし達が神界またはリアルワールドと呼ぶ世界で生まれた存在であることは事実だ。神界とはいえ、神々の住まう世界というわけではないらしい。

 

 そこに住まうセツナを含む者たちはわたし達と同じ人間であり、わたし達と同じように労働し男女が愛し合い子を産んでいる。ただ住む世界が違うだけで、根本的な部分は何も変わらない。

 

 セツナは自身のいた世界を《現実》と呼んでいた。その世界で、彼は父と母、姉までいる神秘とは無縁の家庭にて、ハヤミ・セツナという名を与えられて産まれた。

 

 我々の世界と同じとはいえ、神の世界といわれるほど遥かに文明が進んでいたことは彼も認めている。神界では神聖術とは異なる術式で新たな世界を創造した。

 

 《仮想世界》と彼が呼ぶ異世界の創造は、神界においても神の御業と称されるほどだった。

 

 だが異世界創造は華やかに始まったわけではない。最初に創られた世界は、そこへ移った人々の魂を閉じ込める脱出不可能の牢獄として記憶された。セツナもまた、その世界に閉じ込められたひとりだった。

 

 原初の異世界は、ソードアート・オンラインと呼ばれた。

 

 エスエーオーとも呼ばれる世界は剣を振る娯楽狩猟の場として用意された箱庭だったのだが、セツナが異世界へ飛び込んだ理由は恋という、拍子抜けするほど意外なものだった。

 

 彼は赦されない恋に落ち、相手の少女と駆け落ちとしてエスエーオーに行った。わたし達の世界で例えるなら、貴族と平民が恋に落ちるようなものだったという。

 

 共に駆け落ちした少女の名は、マヒロ・ナミエ。

 

 このわたしの原型となった人物だ。

 

 セツナはナミエとふたりでエスエーオーの世界を生きて、結婚までしていた。閉ざされた世界に絶望する人々の中では場違いながら、彼にとってナミエと過ごした日々は幸福に満ちていた。だがそれは短いうちに終わる。ナミエの死という悲劇によって。

 

 あくまで娯楽の場だったエスエーオーでは殺人の禁忌規定がかなり緩かった。エスエーオーに飛ぶのは人間の意識のみで、そこでいくら傷付き、死のうが元の世界に残した肉体には何の影響もないはずだった。でも、エスエーオーでは創造主の細工によって世界での死がリアルワールドでの死に直結していた。

 

 神界とも呼ばれる世界とはいえ、全てが赦されるわけじゃない。わたし達と同じくそこの住人にも法があり、殺人も当然のごとく禁じられていた。だがリアルワールドの住人には、わたし達のような右目の封印がない。つまり、その気になれば法などいくらでも違反できるのだ。

 

 いくら法で縛り、罰で恐怖させても抜け道を探し当てる狡猾な者は存在する。禁忌の緩いエスエーオーの世界で、ナミエはその毒牙の犠牲になった。

 

 愛する人を喪ったセツナが復讐に走るまで、そう時間はかからなかった。ナミエを手に掛けた当人を探しながら他にも殺人を犯す罪人たちを根絶やしにするため、賊狩りを始めた。

 

 復讐とは愚かなのかもしれない。その行為で故人の無念が晴れる根拠なんてどこにもない。彼はその虚しさを理解していた。でも、復讐以外の生き方を見出せなかった。彼がひとり生き続けるには、どんな理由であれナミエの存在が必要だったからだ。

 

 ひたすら罪人ばかりを殺していく彼は、いつしかエスエーオーで死神と呼ばれた。

 

 そう、別の世界でも彼の死神伝説は語り継がれていたのだ。わたし達の世界まで尾を引いた伝説の発端は、愛するナミエの死だった。

 

 だがエスエーオーでの死神伝説は突如として終わる。

 

 終末は前触れもなく訪れた。突如として終わりを告げる声――セツナはアナウンスと言っていた――が空から響き、世界はその姿を光の粒に変えて崩壊した。

 

 セツナは後から知ったことだが、とある剣士が住人の中に紛れていたエスエーオーの創造主を見つけ、戦いに勝利し囚われていた人々をリアルワールドに帰したのだという。

 

 世界を解放した英雄は、生還者たちの間で黒の剣士と呼ばれた。

 

 黒の剣士が創造主を討った瞬間にセツナは立ち会ってはいない。世界が終わるそのとき、セツナは因縁の相手との殺し合いに励んでいた。その相手とは、ナミエを殺した仇だった。

 

 囚われた人々がリアルワールドに帰還しようとしているなか、セツナは最も憎む敵を元の世界ではなく死後へ送ることができた。彼は念願の敵討ちを果たし帰還を果たした。

 

 故郷の地を踏んだセツナに、安寧は赦されなかった。エスエーオーにいた2年。その間に積み重ねてきた殺人という罪の記録はしっかりと残されていた。殺した数は253人という膨大な数だったという。

 

 リアルワールドの倫理でも大罪人であることは明らかなのだが、同時に異世界幽閉に巻き込まれた被害者でもある。そんなセツナのどっちつかずな立場は役人たちを大いに悩ませた。

 

 結局、セツナに下されたのは裁きではなく保護だった。

 

 エスエーオーで死ねば本当にリアルワールドでも死ぬのか不明瞭で善悪の判断が曖昧だったこと。

 

 閉鎖された環境下で精神状態が極めて不安定にあったこと。

 

 何より帰還当時17歳という年齢が、役人たちに処罰ではなく保護すべきという結論を見出させた。

 

 アンダーワールドでいう治療院で治療師たちの監視を受けながら暮らすという決定に、セツナは抗うことなく従った。それが、大人たちが終わりの見えない議論を先延ばしにするだけの措置だと察しながら。

 

 施設での暮らしは至れり尽くせりだった。毎日十分な食事が与えられ、昼間は学校の教育課程と運動、希望すれば娯楽として本が与えられ、夜は毎日決められた時間に就寝。時折治療師による診察が行われるが、そこに暴力はなく大人たちはセツナに人間としての尊厳をもって接していた。

 

 施設の外に出られないという不自由はあったものの、自身の罪を自覚していたセツナにとってその程度は些末事でしかなかった。というより、彼は自身の置かれた環境に対して何ひとつ思うことなどなかった。

 

 悲しみと憎しみ。かつてセツナの心を満たし突き動かしていたはずの感情は全て抜け落ち、空っぽになった彼はいつしか生きている実感すら希薄になっていった。

 

 施設で暮らして1年半が経った頃、セツナに面会人が訪れた。実の家族ですら会いにこなくなった時期に現れたその女性はマヒロ・ナオコと名乗った。セツナの恋人だったナミエの母親である。ここでは混同を避けるためヘスティカで通すことにする。

 

 いわば娘が死ぬ原因を作ったセツナを前にしても、ヘスティカは優しかった。同じ愛する人を失った者同士として彼を労わってくれたという。どんな優しさにもセツナがなびくことはなかったが、ヘスティカのたったひと言が彼の心を震わせた。

 

 “ナミエにもう1度会いたい?”

 

 その問いを始まりに、ヘスティカは計画を語った。ラースという組織が進めていた、エスエーオーと同じ異世界の創造。かつてと異なるのは、そこの住人はリアルワールドからの移民ではなく人為的に生み出した魂であるということ。その完全な異世界創造は《アリシゼーション計画》と呼ばれた。

 

 勘のいい諸氏は気付いただろうか。そう、アリシゼーション計画で創造された異世界こそが、わたし達の生まれたこのアンダーワールドだ。

 

 アンダーワールドで娘の魂を復活させる方法については、わたしが当人から聞いた話と同じだった。ヘスティカがセツナに会いに来た時点で、既にわたしという成果物はアンダーワールドで誕生したことが確認できていたという。

 

 後はわたしをリアルワールドに連れてくるだけ。ヘスティカがセツナと接触してきた理由は、アンダーワールドという広大な世界でわたしを見つけ出すという大役を彼に依頼するためだった。

 

 “もう1度あの子に会いに行って、愛してるって言ってあげて”

 

 ヘスティカのその言葉にセツナは頷いた。どれだけ深く思考しても、彼に断る理由はなかった。

 

 それから瞬く間に事は進んだ。数日後にはヘスティカの計らいで施設から初めて外出が許可され、アンダーワールドとそこの魂たちを管理する研究所へと向かった。

 

 研究所には少々危うい手で入らざるを得なかった。ヘスティカは組織と懇意にしていたが最高機密に触れるとしてアンダーワールドに入ることは拒否されていたからだ。そこでアリシゼーション計画への介入を目論んでいたピーエムシーという別組織と合流し、かねてから潜入していた協力者の手引きで研究所に侵入した。

 

 アンダーワールドに下るにはエスティーエルという装置が使われるのだが、研究所に置かれていた4台は全て埋まっていた。そこでセツナとヘスティカには、協力者が不具合のため廃棄予定と偽証し温存していた2台があてがわれた。

 

 全ての準備が整いふたりはアンダーワールドに向かおうとしていたのだが、寸前で問題が発生した。

 

 ピーエムシー側の誤操作で、アンダーワールドの時間の流れが速まった。わたし達には実感できないことだが、元々こちらでの数年がリアルワールドで数分とされている。その時間設定が引き上げられ、計算上だと向こうで1秒経つこちらでは10年の歳月が流れるというとんでもない状況になった。

 

 計画は破綻するかと思われたのだが、ヘスティカは強行することにした。研究者たちは必ず問題を解決させるだろうから、アンダーワールドで待つだろう数十年、もしかしたら100年以上という年月は高等神聖術で老化を止めれば良いと見積もって。

 

 ヘスティカが最も危惧していたのは、問題が解決している頃にわたしが寿命で死んでいることだった。片や亡き娘と、片や喪った恋人との再会を夢見て、ふたりはアンダーワールドでの合流を約束し装置に身を委ねた。

 

 異世界に行く瞬間はどんな感じか、わたしはセツナに訊いた。彼は眠りに就くように穏やかだったと言っていた。

 

 まさに夢の世界に往く心地だったのだ。自分の身体を囲う装置が棺桶として用意されていたことも、もうひとりの自分が作られていたことも知らずに。

 

 そしてセツナは目覚めた。この手記の最初に書いた暗黒界の片隅で。

 

 かつての罪も思慕も忘れて。

 






そーどあーと・おふらいん えぴそーど28


キリト=キ
アスナ=ア


ア「こんにちは、そーどあーと・おふらいんの時間です。司会のアスナです」

キ「解説のキリトです」

ア「やっとよ……。やっとセツナの謎が明かされたわよ!」

キ「まあ謎って言っても、読者さん達は何となくSAOプレイヤーってことは気付いてただろうけどな。始まったばかりの時点で『パラダイス・ロスト』との関係を察してた人もいたし」

ア「でも謎なのは変わりないじゃない。タイトル似てたり主人公とヒロインの名前が同じだったりで匂わせ満載だったのに作者がずっとだんまり決め込んでたんだから」

キ「まあ、それは確かにな。俺も正直やっと言えるって思ってるよ。そんな訳で、本作は作者が以前投稿してた『ソードアート・オンライン パラダイス・ロスト』の派生作品なんだ」

ア「何で派生なんてまどろっこしい言い方するのよ続編で良いじゃない」

キ「続編て言ってもストーリーが繋がってるわけじゃないから元の作品は読まなくても問題なしっていう作者のこだわりなんだよ。『パラダイス・ロスト』は途中で原作とは大きく違ったストーリーになるんだけど、本作『パラダイス・シフト』は事が原作通りに、つまり俺がヒースクリフに勝ってSAOをクリアした後のセツナを描いたものなんだ。つまりはIF展開で、続編とするにも精神的続編てやつだな」

ア「何で今更になって派生作なんて書こうと思ったの?」

キ「そこは作者も悔いがあったってことだよ。『パラダイス・ロスト』はアインクラッド編で完結するんだけど、最初はフェアリィ・ダンスやファントム・バレットとかの続きも書く予定だったんだ。だけど続けたら面白くなくなるからアインクラッド編で終わらせたんだけど、作品のテーマに決着が付けられなかったから本作はそのリベンジのために始めたわけだな」

ア「じゃあ、本作は『パラダイス・ロスト』の最初に組んでいたプロットってこと?」

キ「あながち間違っちゃいないな。本作のベースになったのは『パラダイス・ロスト』がアインクラッド編以降も続いていた場合の最終章として構想していたエピソードなんだ。とはいっても舞台はアリシゼーションじゃなくて作者の完全オリジナルエピソードだったけど」

ア「時系列が原作であまり触れられてないムーン・クレイドル編の後っていうのもオリジナル展開がしやすかったっていう事情なのね」

キ「そういうこと。あくまで『パラダイス・ロスト』とは独立しているっていう体だけど、作者としては作品を読んでくれた読者さんにも楽しめるよう刷り合わせの要素も組み込んだんだ。シンセシス・ゼロなんかはその代表格だな。そのセツナ・シンセシス・ゼロのフードを取ったビジュアルがこれだ」


【挿絵表示】


ア「まあ作中でも言われていた通りセツナと同じ顔ね」

キ「このキャラはSAO時代、15歳の頃のセツナをモデルにしてるんだ。だから『パラダイス・ロスト』でのセツナの服とかのビジュアルはまんまこのシンセシス・ゼロと同じになる。このキャラはさっき言ったベースになったエピソードから引き継いだ要素で、最後の敵は主人公の分身ていう展開をやりたかったらしい」

ア「セツナの罪を象徴するのは過去の自分自身てことね。まあ正直ありふれたネタだから斬新とは言えないけど」

キ「おい作者渾身の設定をディスるな。まあ作者も『ロックマンゼロ3』のオメガや『ローガン』に出てきたウルヴァリンのクローンを元ネタにしてるんだけどな」

ア「何はともあれ作品最大の謎が明かされたわけだから、ストーリーはようやくクライマックスになるわけね。それでは、クライマックスに向けて作品の新しいビジュアルを公開します。こちらです!」


【挿絵表示】


キ「おお……、ん?」

ア「いやー恰好いいわね! セツナとシンセシス・ゼロ、シンプルながら迫力ある絵になったわ!」

キ「いや、アスナさん。俺この構図見たことあるんだけど。あの某ブラックサンに………」

ア「何よ、トレパクだっていうの? どこが光太郎さんと信彦さんなのよ!」

キ「完全に確信犯じゃねーか! シンプルな構図だから見逃しそうになったけど明らか『仮面ライダーブラックサン』とおんなじだよ! あとキャッチコピー! これ「空想と浪漫。そして、友情」じゃねーか『シン・ウルトラマン』だよ!」

ア「失礼ねこれでも配慮したのよ。最初考えてたキャッチコピーは「罪とは、何だ。罪とは、誰だ」だったんだから」

キ「どっちにしてもパクリだろうが!」

ア「キリト君、もう創作物に溢れたこのご時世に本当のオリジナリティなんてものは無いのよ。作者はそれを悟ったの」

キ「やかましいわ! 珍しくコーナーが真面目に進んでると思ったのに何だこのツッコミどころの嵐は!」

ア「さあ、本編は鬱展開を更に進めていくわよ。記憶を取り戻したセツナはどうするのか、次回をお楽しみに!」

キ「はあ、いつになく疲れた………」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。