ソードアート・オンライン パラダイス・シフト   作:hirotani

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第2幕 クリミナル・マインド

   1

 

 もうすぐ職務に取り掛からなければならない頃だというのに、領民たちはいつも以上に慌ただしかった。原因は言わずもがな、セツナである。

 

「だから、本当にあいつが《ベクタの迷子》なのか信じられるか、て話だ。記憶が無いのに名前だけはしっかり覚えてるなんて都合が良過ぎるだろ」

 

 村の住宅区と畑の境目にある広場で、私領民たちは荒げた声をぶつけ合っていた。

 

「俺の婆さんの話じゃ、所々記憶がある奴もいたらしいぜ」

「そりゃおとぎ話だろうが」

「それを言うなら《ベクタの迷子》だっておとぎ話だぜ」

 

 ベクタの迷子

 

 それは人界で長く語り継がれていたおとぎ話。人界では闇の神、暗黒界では全種族を統べる皇帝として崇められていたベクタが、悪戯に人を誘拐して記憶を抜き取り遠くの地へ放ってしまうというものだ。

 

「そもそも、ベクタはもうとっくに死んでるってのに何で今更《ベクタの迷子》が出てくんだよ?」

「戦争まで寝てたってのに人を攫ってたなんてのもおかしな話だろうが」

 

 そう、今思えばおかしな話だ。10年前の異界戦争でベクタは人界統一会議の代表剣士によって討たれたはずなのだから。

 

「ったく男どもは………。今はあの男をどうするかだろ」

 

 脱線した話題を修正しようと、エメラが割って入った。彼女に着いて広場に出てきたわたし達に、農夫の男たちは矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。

 

「おおふたりとも、あいつは何か思い出したか?」

「何にも。ずっと呆けちまってる。ありゃ相当ひどいね」

 

 エメラが答えると、男たちは一様に顔をしかめた。普通に村に迎え入れたら良いのでは、とそこのあなたは思うかもしれない。

 

 それはごもっともだ。でも、この村は多くの人が飢え死にこそすれど、外から人がやって来ることは今まで皆無だった。だから初めてのことに、私領民たちは戸惑うしかないのだ。

 

 得体の知れない《ベクタの迷子》を、この村に居させていいものなのか。

 

「あの――」

 

 ずっと沈黙していたわたしが声を発すると、皆が一斉に口を閉じた。普段通りの腫物扱いにうんざりしながらも、要件を告げる。

 

「彼、お腹を空かせてるの。パン、まだ残ってる?」

「あるにはあるが、そうよそ者にやれるもんじゃ――」

 

 口をまごつかせる農夫に、エメラは苛立ちを隠すことなく、

 

「いつまで置いといても天命が減るだけだろ。食えるときに食っとかない方が勿体ないよ」

「だがな――」

「この子が欲しいって言ってるんだ。それくらい聞いてやんな」

 

 エメラの剣幕に折れて、農夫は隣にいた若者に小さな小屋を顎で指した。若者は駆け足で倉庫へ向かっていき、小包を手にして戻ってくる。

 

「天命はたっぷり残ってるよ」

 

 そう言って包みを渡してくる彼が、わたしの全身を舐めるように視ていたことには気付かないふりをする。いつもの事だし、私領地の平民がわたしに手出しをするのはウンベールが赦さないだろう。

 

「ありがとう」

 

 媚びもせず、ただ無機質にそう応えて家に戻った。セツナはわたしが家を出る前と変わらず、ベッドに座ったまま宙をぼんやりと眺めている。そんな彼に、わたしは包みを解いて中身のパンを差し出し、

 

「食べる?」

 

 セツナは不思議そうに、目の前にあるパンを眺めた。まさかパンという食べ物まで忘れてしまったのか。《ステイシアの窓》すらも忘れているようだから、それもあり得る。

 

 無言で掴むと、セツナは恐る恐るといったようにパンを口へ運んだ。けど、その硬さに僅かながら目を見開き、視線をわたしへと移す。

 

「これ、パンなのか?」

 

 どうやらパンは覚えていたらしい。

 

「ええ、パンよ。ここの人たちにとってはご馳走」

「不味いな。ハッポウスチロールみたいだ」

「はっぽ……、何それ?」

 

 聞いたことのない言葉が飛び出し、わたしは思わず訊いた。セツナは返答せず、わたしへ怪訝そうな目を向ける。何故わたしが変なものみたいな目で見られなければならないのか。

 

「滅多に食べられるものじゃないから、味わって食べたら?」

 

 わたしが言うと、セツナは大口を開けてパンを齧った。硬さに悶絶しながらも何とか噛み千切り、口の中で咀嚼する。唾液を含めば、少しは生地も柔らかくなるかもしれない。

 

「水を貰えるか」

 

 どうにかパンを食べ終えることができたセツナに言われ、わたしは水差しを渡す。カップに注いだ少し濁りのある水。井戸から汲んだままで、決してお茶ではない。初めて飲んだ時の味を思い出してかセツナは躊躇するように中身を凝視するけど、喉の渇きには耐えられなかったのか一気にカップを煽る。

 

 不意に、家のドアが勢いよく開け放たれた。

 

「ナミエ、そいつから離れな!」

 

 エメラの怒号にも似た声から状況が変わるのは早かった。彼女の後に続いて入ってきた農夫の男たちが、ベッドにいるセツナへと迷うことなく向かっていく。彼の傍にいたわたしは「どけ!」と半ば突き飛ばされるように退けられ、3人がかりでセツナを取り押さえて外へと引き摺っていった。

 

 追いかけようとするわたしの腕をエメラは掴んで止めた。

 

「よしな!」

「何? どうしたの?」

「あの男、とんでもない奴だったよ」

 

 ようやく手を放して外へ出ていくエメラの後に、わたしも着いていく。村の広場では、連れ込まれたセツナが農夫たちに手足を拘束されながら村人たちに囲まれていた。

 

 若い農夫が、革鞘に収められた剣を重そうに手に取った。集まりに加わったわたしとエメラに、その柄を強調するように見せつけてくる。

 

「こいつが持ってた剣だ。この紋章に見覚えあんだろ?」

 

 若い農夫の言う通り、柄には見覚えがあった。赤黒い血らしきもので汚れているが、蛇の彫刻があしらわれた紋章は、それが由緒正しき逸品であることを示している。

 

「ジーゼック家のだ」

 

 農夫は勝ち誇ったように言い、

 

「ジーゼックの衛士隊が見回りから戻ってきてねえらしいんだ」

 

 戻ってこない衛士隊、彼らに支給される血塗れの剣、それを持って現れたベクタの迷子。

 

 ここまで条件が揃っていると、わたしでも自ずと彼があの森の中で何をしていたのか浮かび上がってくる。

 

「おいお前え!」

 

 若い農夫が、セツナの眼前に剣を突き出す。セツナは昨晩まで自分が持っていた剣を、ただ無表情のまま見つめている。

 

「この剣はどこで手に入れた?」

 

 セツナは沈黙を貫く。お察しの悪い農夫のひとりが「なあ」と切り出し、

 

「どういう事なんだ?」

「まだ分かんねえのか! こいつは殺しやがったんだよ衛士隊を!」

 

 その言葉で、農夫たちは一様にざわつき始めた。中には後ずさりする者もいる。殺人は禁忌目録においては最も恐ろしく、最も凶悪とされる罪。それを実行しようなんて誰も思わないし、ましてや話に聞くことすらない。

 

 少なくとも、わたし達の世界では。

 

「来い!」

 

 農夫たちに拘束されたまま、セツナは畑へと、その先の屋敷へと続く道へと歩かされる。抵抗する素振りなんて見せなかった。彼の周囲には万が一のために数人の農夫が取り囲んでいたけど、屋敷への道のりで彼らの出番は全くと言っていいほどなかったという。

 

 

   2

 

 広場で(ひざまず)かされたセツナの顔を、ウンベールは最大の蔑みを込めた目で見下ろしていた。惰眠を貪っていたのか裸身にガウンを纏っただけの装いは罪人相手には酷く無防備に見えてしまう。その姿を敢えて晒すのは、身の安全を確信しているからこそだろう。

 

 何人たりとも自分の天命を減らすことはできない。何故なら自分こそが、この私領地の長なのだから。集落という小さい世界で、ウンベール・ジーゼックは皇帝どころか公理教会よりも絶対的存在でいられる。

 

 セツナを取り押さえているのは、農夫から鎧に身を包んだ衛士へ交代していた。後ろ手を縄で縛られ、抜き身の剣を目の前に提げられている。

 

「この男が、未帰還の我が衛士隊3名を殺害した犯人と?」

 

 大仰な芝居じみた口調でウンベールが訊く。若い農夫は「はい」と証拠品としてセツナが持っていた剣を重そうに差し出した。その手から片手で軽々しく剣を受け取ったウンベールは血の付いたままの柄を見つめ、

 

「うむ、確かにこれは我がジーゼック家の紋章………。誇りある衛士隊でも腕利きの者にしか与えられぬ、我が一族に代々受け継がれてきた剣だ。平民なんぞが易々と触れて良いものではない」

 

 若い農夫の顔が青ざめた。罪人を突き出して何か褒美か特権でも貰えると思ったのか、その事を急ぐ若さが首を絞めるとは思ってもみなかっただろう。

 

「まあ、罪人を捕らえたことは大義だ。些末(さまつ)な事には目を瞑ろう」

 

 分かりやすいほど安堵の表情を浮かべた青年農夫のことなど意識の外に追いやったのか、ウンベールはセツナの前に立った。

 

「剣を下げろ」

 

 衛士は指示に従い、セツナの前にあった剣を鞘に収めた。直後、ウンベールの爪先がセツナの顔面に突き刺さる。倒れたセツナの口端から一筋の血が垂れた。咳き込む彼をウンベールは「ふむ」と眺めながら、

 

「大罪人の血も人と同じく赤いのだな」

 

 これには私領民も衛士も息を呑んだ。他者の天命を減らすことは禁忌目録違反。ウンベールは貴族裁決権の行使で免除されるわけだが、それは村の者も同じことだ。

 

 罪人が発生した場合、自衛のために罪人とした者の天命を損じることは赦される。

 

 これは数ある法の中でも下位ではあるけど、村の掟として定められている。つまりセツナが衛士隊殺害の犯人と確定した時点で、農夫たちも彼を傷めつける権限を与えられたということになる。

 

 セツナもわたしと同じ、人でない化け物とみなされるのだ。

 

 皆もそれは知っているはず。それなのに何故好きなようにしなかったのか。理由は至って単純だ。

 

 わたし達は慣れていないからだ。暴力というものに、他者を傷付ける行為に。例えそれが罪人相手だったとしても、違法行為を働いた自らの魂が闇の生物と言われた暗黒界の亜人たちのように汚れることを忌避しているのだ。

 

 法の下での裁きとして暴力を成し遂げられるのが、貴族であることの証でもある。

 

「貴様の名前を聞こう」

 

 ウンベールは訊いた。セツナは倒れたまま起きようとしない。気を失っているように思えたが、その目はしっかりと開かれウンベールを見上げている。

 

 その態度が気に入らなかったのか、ウンベールはセツナの脇腹に足を沈めた。咳き込みと共に、セツナの口から血の混じった唾液が吐き出される。まだやり足りないのか、ウンベールは証拠品の剣を抜き切っ先を罪人の青年へと定め――

 

「セツナ」

 

 振り下ろされようとした直前に、その声が貴族を静止させた。

 

「セツナって名乗っていましたよ、そいつは」

 

 そう声を張り上げたのは、わたしの隣に立つエメラだった。

 

「エメラ、確かこの男はお前が預かっていたのだな?」

「ええ、そうですが」

 

 エメラがぶっきらぼうに答えると、ウンベールは口端を歪めた。それが笑顔と分かるまで数舜を要したのは、あまりにも下卑(げび)た顔だったからだ。

 

 集まっている者全員に聞こえるほどの通る声で、ウンベールは告げた。

 

「大罪人セツナ。四等爵位当主たるこのウンベール・ジーゼックが、貴様を貴族裁決権により処刑する!」

 

 それは当然の判決だった。最大の罪には最大の罰が与えられるもの。例えウンベールが貴族という権限を持たなかったとしても、異議を唱える者はいなかったに違いない。

 

 わたしもまた、そうだろうな、と思っていたのだから。

 

「執行は明日、ここで行うとする」

 

 ウンベールは続ける。

 

「それまで、その魂がステイシア神の御許(みもと)へ召されることがなくとも、天命を以って赦しが与えられるよう祈っておくがいい」

 

 殺人は確かに罪だ。それは誰もがそう思っている。でも、罪人を法や権威の下に殺すことは、果たして罪じゃないと言えるのだろうか。禁忌目録に記載がなくても、帝国基本法になくても。

 

 大義の下での殺人に、神は裁きではなく祝福をくれるのだろうか。記憶がないまま明日までの命になってしまったセツナを見て、わたしはそんな事を考えていた。

 

「さあお前たち、仕事に戻れ! 今年こそは畑中に麦を実らせるのだ。できなければお前たちにも罰を与えなければならん!」

 

 ウンベールの命を受け、私領民たちはこぞって畑へと向かっていく。彼らの顔からは、どうせ今年も駄目だろうな、という諦感がありありと見て取れた。

 

「ナミエ」

 

 家路につこうとしていたわたしを、ウンベールが呼び止める。

 

「昼過ぎに来るように」

 

 今日のお勤めは随分と早いものだ。一晩中セツナを見ていたから、夕方までにはゆっくり寝ておきたかったのに。

 

 家に帰って、セツナに貸していたベッドに横になる。一晩だけでは彼の使っていた痕跡なんてものは残るはずもなく、いつもと同じ硬いシーツの感触だった。

 

 横になると疲労していた身体はすぐに眠りへと落ちてくれる。夢を見たような気がした。どんな夢だったのか、その情景はこれを書いている今となっては忘却の彼方へと過ぎ去ってしまった。けど、とても温かい夢だったことだけはしっかりと覚えている。目が覚めたとき、わたしの目からは涙が零れていた。思わず泣いてしまう程に、わたしが求めていたものが、その夢には満ちていたのだろう。

 

 目が覚めたのは昼前で、昨晩に手を付けなかった干し肉をスープにして食べた。水を吸わせても、筋張った食感はどうしても消えない。こんな魔獣の肉でも美味しく調理できる技術があれば、少しはこの村の生活も味気あるのかもしれないが。

 

 食事中に昼休憩の時間なのか、顔に土を付けたエメラが帰ってきた。わたしの作ったスープを出すと、そのままの干し肉を食べるつもりだったらしいエメラは破顔した。

 

「美味しいねえ」

 

 美味しいわけがない。多少ましになっただけだ。そんな文句を押し留めて、わたしは代わりに質問をした。

 

「あの人は、死ぬの?」

 

 エメラはスプーンを持つ手を止めて、表情を陰らせた。

 

「そりゃそうさ。殺されても文句の言えない事をあの男はしでかしたんだからね」

「じゃあ、ウンベールは?」

「え?」

「ウンベールも、そうじゃないの?」

 

 追い打ちをかけるわたしの問いに、エメラは少々困ったように眉間に皺を寄せた。

 

 貴族裁決権を盾にわたしを弄び、私領民に不毛な農耕をさせていながら自分は屋敷で享楽を貪っている。そんな彼もまた、本来なら裁かれるべき人間じゃないだろうか。

 

 エメラは溜め息をつき、

 

「そうだね、あんたの言う通りウンベールも相当なろくでなしだ。だけど、あれは人殺しまではしちゃいない。やってることは酷いけど、あたし達を生かすためっていう名分が通っちまうのさ」

 

 なら、わたしもそうなの、と訊こうとした。わたしへの仕打ちも、村の存続のために必要なのか、と。でもそれを見透かし遮るように、エメラは言葉を続けた。

 

「けどね、あのセツナっていうのは別だ。誰かを殺しておきながら何食わぬ顔で生きるなんて、そんな都合の良い話はないよ」

 

 エメラの言葉に、わたしは反論する意思なんてなかった。

 

 あの男は死ななければならない。法の下に。

 

 

   3

 

 ジーゼック家の屋敷前に、ぽつんと太い樹の杭が打ち込まれていた。そこに手を後ろで縄に縛られた罪人が、吹きさらしのまま放置されている。

 

 少し離れたところには階段が4段だけ設けられた木製の台が置かれている。きっとこれが処刑台。罪人はここに上げられ跪き、ウンベールによって首を撥ねられるのだろう。

 

 明日にここへ上げられる罪人のセツナは、縛られたまま広場へ入ってきたわたしを無言のまま見ていた。本当に明日死ぬのか不思議に思ってしまうほど、セツナは落ち着いていた。恐怖というものが、微塵も感じられない。

 

 わたしは彼のもとへ歩き、訊いた。

 

「あなた、本当に衛士を殺したの?」

「ああ」

「どうして?」

「見つかれば、殺されていたのは俺のほうだった。連中はそれをやりそうだったからな」

 

 衛士たちが森で何をしていたのか、それを当人から聞くのは先の事になる。だからわたしは、「やりそう」だなんて推測で殺されてしまった衛士たちへの哀れみを覚えながら、青年の顔を見上げていた。

 

 だからだろうか、処刑が決まった人間には酷と知っていても、その質問をするのに抵抗はなかった。

 

「死ぬの、怖くないの?」

「怖いな。死にたくはない」

「殺しておいて?」

「そうだな、勝手なものだ」

 

 まるで他人事のように言う。明日死ぬための心の準備とか、そういったものをこの青年はまるでしようとしない。

 

 そう、セツナはこの時、自分の死というものを全く実感していなかった。それは愚かさでも、死なないという強固な意思でもない。

 

 その根拠をまだ知らないわたしは、セツナに異端さを覚えながら屋敷へと入った。

 

 その日のウンベールは盛んだった。昼から夜までずっと腰を振り続けていた。流石に疲労を感じた頃に天命を見てみたら、少し減っていたほど。殆どされるがままだったわたしの方も天命が減っていた。

 

「今夜はここで寝ろ」

 

 ベッドで休憩していたら、ウンベールからそう言われた。

 

「食事はそこにある」

 

 指さす方を向くと、料理の皿を乗せたワゴンがドアの前に置かれていた。行為の際中に使用人が持ってきたのだろうか。全然気が付かなかった。

 

 服も着ないまま、皿に乗ったものをフォークで刺す。恐らくは今日のうちに衛士が仕留めたのだろう、近隣に生息する馬に似た魔獣のステーキ。

 

 一切れ口に入れて噛んでみる。ソースで濃い目に味付けしてあるけど、獣臭さはどうしても消せなかったらしい。それでもいつもの干し肉と比べたら格段に美味と思えるのは、味覚が貧しいからか。

 

 背後から、ウンベールの腕が伸びた。片手をわたしの腰に回し、もう片方の手でワゴンのグラスを手に取って中身を煽る。

 

「お前も飲むがいい。西帝国産の50年ものだ」

 

 口元に寄せられたグラスの中で揺れる液体をじ、と見つめる。血よりも濃い赤ワイン。グラスに口を付けて舐めるように口に含むと、慣れない渋みに思わず顔をしかめてしまう。

 

「味も分からぬ田舎娘が」

 

 嫌味ったらしく笑い、ウンベールは残ったワインを飲み干した。きっと人界から持ち込んできた秘蔵だろう。こんなものよりも持ってくるべきものは沢山あっただろうに。貴族の階級意識というものは正常な判断すらも鈍らせてしまうらしい。

 

「明日を楽しみにしていろ。人を斬るのは、あのライオスでさえ叶わなかったことだ」

 

 そのライオスとやらが誰なのかは知らないが、よほど対抗心を燃やしていた人なのだろう。ウンベールはその手に剣を握る時を待ちわびているかのように、わたしに回した手をせわしなく動かした。

 

「明日、俺はもっと強くなる。もはや四等爵位に収まらないほどにな」

 

 肉を貪るように食べて、口からソースが垂れているのも構わずに咀嚼し続ける。ボトルから注いだワインで口の中を流すと、わたしをベッドへ引きずるように誘った。

 

「楽しみだな、明日は」

 

 そう言って、彼の身体がわたしの上に圧し掛かる。

 

 バイオリン、弾きたかったのにな。

 

 彼の腕の中で、わたしはぼんやりとそんなことを思っていた。

 





   そーどあーと・おふらいん えぴそーど2

キリト=キ
アスナ=ア

ア「こんにちは、そーどあーと・おふらいんの時間です。司会のアスナです」

キ「解説のキリトです。今回こそはしっかりと解説の務めを果たしたいです」

ア「キリト君がこう言うので、今回は作中世界の設定について解説していくわよ。まず注意として、本作の設定は作者の独自解釈によるオリジナル設定なので、原作とは異なっていることを最初に言っておくわ。まずはウンベールの村についてね」

キ「地の文でも説明したけど、作中は異界戦争から10年が経ってるんだ。貴族制度が廃止されて人界守備軍に天下りした家もあったけど、それは殆どがロニエやティーゼみたいな下級貴族の家ばかりだったんだ」

ア「てことは、ウンベールみたいな上級貴族は殆どがダークテリトリーに逃げたってこと?」

キ「それもほんの一部だな。原作ムーン・クレイドル編《四帝国の大乱》で人界の皇帝たちが人界統一会議に反乱を起こしただろ。各国の上級貴族たちは皇帝側に付いたんだけど、コテンパンにやられた事と逆賊に味方したっていうレッテルから人界じゃ再就職先が見つからなかったって事なんだ」

ア「つまりは没落した貴族が暗黒界でホームレス寸前になるっているメシウマ話ね」

キ「言い方に気を付けてね……。まあ、貴族は爵位と一緒に財産も没収されたから、皇帝がやられたらもう抵抗する力もなくなったんだ。統一会議に降伏した貴族には、一応仕事の手配はしておいたけどな」

ア「農夫を手配したら拒否した貴族もいたそうですね」

キ「でも働かなかったら給料出ないから最終的には渋々働いてたけどな」

ア「じゃあ、ウンベールは財産も無しにどうやってダークテリトリーまで逃げたの?」

キ「あいつは鼻が利いて、皇帝が負けると踏んだら財産が取られる前にそそくさ荷物まとめて私領民たちと一緒に逃げたんだ。その頃は戦力がセントラル・カセドラル防衛や各国城の襲撃に集中してたから、東の大門は警備が手薄だったんだよ」

ア「にしてもよく私領民たちは着いていったわね」

キ「そこもウンベールの賢さだな。あいつは私領民の人たちに統一会議がジーゼック家の私領地を没収するから生きていく土地がなくなるってそそのかしたんだ。それを鵜呑みにしちゃった私領民たちはあいつに着いていっちゃったんだよな」

ア「アンダーワールド人は上から言われたことはころっと信じちゃいますからね」

キ「禁忌目録とか法とかを律儀に守っちゃうからな。貴族連中はその抜け穴をずっと探し続けているわけだけど。何はともあれ、こうしてあの貧しいウンベールの村が出来上がったってわけだ」

ア「いやー清々しいほどのゲスっぷりですね!」

キ「あ、因みに気になっている人もいるかもしれないけど、ユージオに斬られたウンベールの片腕は再生してるぞ。あの凌辱未遂のあとアズリカ先生に直してもらったことになってる。その一件であいつは修剣学院を退学して実家に戻って、戦争中に正式にジーゼック家の家督を継いだっていうのが本作での設定だ」

ア「何で戦争中に継いだの?」

キ「先代当主の父親から面倒事を押し付けられたって感じだな。名目上はそのために学院を辞めたことになってるから断れなかったみたいだ」

ア「子も子なら親も親ってことですね。因みに父親は本編には出てこないの?」

キ「作者的にいちいち設定考えて登場させるのも面倒なキャラクターだから、当主であるウンベールの機嫌を損ねたばっかりに懲罰として村を追放されたって設定になってる。ダークテリトリーだから多分生きちゃいないだろうな。因みに母親のほうはとっくの昔に死んでるって事になってる」

ア「つくづくウンベールってクズだったのね」

キ「本作に限っては作者のオリジナル設定だけどな………。こうなったのも作者の意向が『アンダーワールドの闇を書く』だから」

ア「ここまでする必要があったの? 流石にわたしナミエが可哀想になってきたわよ」

キ「いや同情するの遅すぎるよ。まあ原作で戦争後の俺たちの事が僅かだけ書かれてたけど、結構楽しくやってる印象だったからその裏で起こっていた事っていう体で本作を書いてるみたいだ」

ア「わたしとキリト君がキャッキャウフフしてた時にこんな事が、て?」

キ「いや言い方! ――原作でアスナが料理の試作して皆で美味い美味い言いながら食べてる場面があったから、その対極を書きたかったみたいだ。本作で村での主食になってる干し肉とか、滅多に採れない麦で作った固いパンとかがそれだな」

ア「作者にとってわたし達の生活は、所詮は上流階級のボンボンってことね」

キ「一生懸命戦ったんだから美味いもん食うぐらいいいじゃん! 俺メンタルボロボロだったんだから!」

ア「作者の弁を借ります。『あんなの生温い‼』」

キ「ええ⁉」

ア「本作の読者さんはもっとメンタルやられますよ!」

キ「え、これ精神兵器?」

ア「さあ、というわけで今回はここまで! ついに迫ったセツナの処刑。しかしウンベールはただ殺すだけで終わるわけもなく――次回をお楽しみに!」

キ「読んでくれてありがとう」

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