ソードアート・オンライン パラダイス・シフト 作:hirotani
1
「そうか………」
馬車の揺れで崩れがちな姿勢を正しながら、アーウィンはただひと言だけを呟いた。彼女のわたしへと向ける眼差しが、ただの少女へ向けるものから変わっていくのを話の途中から感じてはいた。
昨夜に村で何が起こったのか、アーウィンは生き残り達から聞いている。でも村人たちがどんな暮らしをしていたのか詳しくは知らなかったらしく、興味本位から発したのだろう質問にわたしはありのままを話した。わたしが村で、ウンベールから受けていた仕打ちの数々を。
「無神経なことを聞いてしまった。無礼を赦してほしい」
揺れでまた崩れた姿勢を正し、アーウィンは深々と頭を下げた。「気にしてないわ」と応じながら律儀な人だな、という印象と同時に、礼儀や作法というものを尊ぶ境遇に身を置いている人なんだ、という自分との境界を覚えずにはいられなかった。
わたしも礼儀作法については無知ではないけど、それはあの村においては儀礼なんて尊ぶべきものではなく、単に貴族のご機嫌取りのために身に着けておくべきものだったからだ。特に領主がわたしに淑女みたいな立ち振る舞いを強要していたのは、さもわたしが服従しているように見て自身の所有欲を満たしていただけなのだから。
「慰めにはならないが――」と苦い顔をしながらアーウィンは言葉を選ぶように話し始める。
「暗黒界では君のような境遇の子どもは珍しくない。戦前はそういう生き方しかできなかった者が大勢いた。鉄血の時代に至っては、惨すぎて記録にも残されなかった事が常日頃起こっていたそうだ」
「戦争が終わって、変わったの?」
「変わった――ように見えているだけだ」
普段でさえ気難しさを描いているアーウィンの目尻が、より険しく吊り上がる。肌のきめ細やかさと灰色ながら艶やかになびく髪から歳はまだ若そうだけど、口利きや顔つきが不相応に老成した雰囲気を醸し出していた。
「確かに法は変わっている。目まぐるしいほどにね。だが、人の性根というものまでは、簡単に変わってはくれないのだ」
「そうね、わたしの村はまさにそうだったから」
戦前の爵位を忘れられず、不毛の地で栄華の真似事をしていたウンベール。彼に付き従う生き方しか知らなかった私領民たち。そしてわたし。
“表”と呼ぶべき世界がどういったものか、閉ざされた空間で育ってしまったわたしは知らない。でも、何となくアーウィンの少ない言葉尻から多少は増しなんだな、と思えた。同時に“表”があることによって生まれる“裏”に、自分が身を置いていたことの自覚が芽生える。
「君のような者を見る度に思い知らされるよ。世界は変わったようで、変わっていないことをね」
アーウィンの滲み出す怒りに、わたしは何と応じたら良いのか分からなかった。だから素朴な疑問を飛ばした。
「あなたは、どうして他人のわたしのために怒れるの?」
ただ純粋だから、と片付けるには、この年齢以上に大人としての思慮を持ち合わせた女剣士には不釣り合いな理由に思えた。ただ恵まれた“表”で生きてきた者の上から目線な同情だったら、わたしも不快感は抱いたかもしれない。でも、先ほど彼女がわたしに謝罪した態度から、単純な善意とか安い正義感で動いている浅薄さは感じられなかったのだ。
「君にだけ身の上を語らせるのは、不公平というものだな」
自嘲するようにアーウィンは笑みを零した。この生真面目とも取れる彼女の気質は、年下のわたしでもどこか心配になってしまう。もっと鈍感に、強かでいられたら張った肩も少しは楽でいられるだろうに。
「私はかつて暗黒騎士団に所属していた」
そう言うとアーウィンは革筒の水で口を湿らせた。どうやら長い話になるらしい。
死神の話を知りたくてこの手記を手に取ってくれた諸氏には申し訳ないが、寄り道に付き合ってもらいたい。けど退屈はしないと思う。アーウィン・イクセンティア。彼女もまた、死神伝説を語る上では欠かせない登場人物なのだ。
2
戦前、君とそう変わらない歳で騎士団に入った私は他の騎士たちと同じように剣の腕を磨き、来る人界との戦いで武勲を立てることしか考えていなかった。暗黒騎士とは、ひいては暗黒界に生きるギルドや種族は皆そのことしか頭にないと思っていたよ。禁忌目録によって厳しく統制されていた人界とは違い、闇の国では”力で奪う”ことが絶対唯一の法だった。
けど、違う考えを持つ者がいた。それは私の師、リピア・ザンケールだった。彼女は自らの財産を投げ打って、人族や亜人関係なく孤児たちを集め面倒を見ていた。
その話を聞いたときは驚いたし、同時に師を軽蔑もしていたよ。いくら種を撒いても雨は降らず芽も出ないこの地では、生きるには強くなるしかない。弱者は淘汰されるのが当然だ。死ねばただ弱かっただけと片付けられる。子に素質が無いと分かれば親は容赦なく子を捨て、次の子を産もうとする。
僻地やオブシディアの貧民街には弱さ故にギルドや種族から追いやられた子ども達が溢れかえっていて、師はその子たちを集め寝床と食事と、更に教育まで与えていた。ゴブリンだろうがオーガだろうが人だろうが関係なくね。
馬鹿げていると、心底思っていた。それに情けなく思ったものだよ。私はこんな甘い女から剣を教わっていたのかと。まあ、最初からあまり良い印象は持っていなかったのだが。リピア・ザンケールという名は騎士団の中でも、人族の女でありながら騎士団に入った変わり者で、しかも騎士としては遅咲きと言われていたからな。
10代で騎士団入りし天才ともてはやされた私にとって、当時の師は単なる踏み台程度にしか思っていなかった。
だが軽蔑していたにも関わらず、私は師から1本も取れたことがなかった。当時は悔しくて地団駄を踏んだよ。子育ての真似事にかまけている女のどこにあの強さがあるのか。きっと孤児院に誘われなければ、この先も師が剣に込めていたものは絶対に分からなかったろうな。
初めて師の孤児院を訪ねた時は、目にしたものが現実と受け入れられなかった。亜人族と人族が同じ屋根の下で同じものを食べ、同じものを学んでいるのだからな。当時、亜人族は人族に敵意を持っていた。特にオークからの視線は殺気すら感じられたよ。にも関わらず、その孤児院にいたオークの子どもは人族の子とパンを分け合って食べていたんだ。
その光景は当然驚いたが、同時に美しくも思えたんだ。これが世界の、本来あるべき姿なんじゃないかとね。互いに殺し奪い合うのではなく、パンを分け合い互いの命を尊重し支え合うことこそが。それは暗黒界に生きる者同士だけでなく、人界ともそういった関係が築けるのではという希望すらも持てた。
師はどこかで、私がそのことに気付くと期待していたのかもしれないな。同じ騎士団の者や騎士長閣下にも打ち明けたことがなかったと言うのだから。私は訊かずにはいられなかった。どうしてこんな事を、とね。すると師はこう答えた。
“新しい時代に、旧き時代の悪習を持ち込んではならない”
師は暗黒界の全種族、それどころか人界との和平を望んでいた。孤児院での光景が世に広がっていけば、と私も希望を抱いたのは確かだが、不可能とも思っていた。暗黒界が辛うじて停戦状態にあったのは十候会議による約定があったからこそ。その約定が結ばれたのも、鉄血の時代での疲弊が深刻になり、各種族が滅亡寸前にまで追い込まれた故のものだった。
当時の暗黒界は各種族やギルドが戦の機会を探り、その均衡はいつ崩れてもおかしくはない状況にあった。ましてや人界など、肥沃な土地という暗黒界に住まう者全てが新天地として求めてきた。奪い合って生きてきた者たちに、共に生きるなんて考えはない。愚かだとは思うが、そういう世界に生まれついてしまったのが暗黒界人というものだ。
それでも、師は本気だった。師は更に、シャスター騎士長閣下も同じ理想を抱いていることを私に教えてくれた。
戦慄したよ。暗黒騎士の長ともあろう者が、戦いのため剣の道を邁進してきた者が、戦のない世界を創ろうとしていたなんてね。
機が――東の大門が崩れる日が訪れたら、騎士長閣下は人界との和平へと持ち込むだろうと師は予測した。そして協力は惜しまないと、たとえ他の諸候たちを斬ってでも閣下と同じ夢を視ると語った。同じ志を持つ者としてもあっただろうが、恐らくは想い人と同じ道を歩みたい、というのもあったのだろうな。当人たちは隠していたようだが、私の目には分かりやすかったよ。
閣下と師が、剣に込めていた力の源とやらの一端が垣間見えた気がした。敵意とか憎悪は確かに力を生み出す。だがふたりは、それらの感情を超越した大義の力というものを信じていたのだ。その根底にある、愛する者と共に同じ夢を往きたいという願いをね。私もその大義の先にある夢を視てみたいと思ったし、師には想い人と結ばれて欲しいと願った。
だが、ふたりの理想は潰えた。異界戦争でね。
東の大門の崩壊を待ちわびたかのようにベクタ帝が目覚め、人界への侵攻を宣言した。機会の悪さに、私は諦めという選択しかないと思っていた。ベクタ帝とは暗黒界においては絶対的存在。数百年前、ステイシア神によって人界を追い出されたベクタ帝とその眷属たる闇の住人たちにとって、人界への侵攻は世代を越えた悲願だった。我らが力を求め続けてきたのは、この時のための備えと言っても過言じゃない。師と騎士長閣下が異端だったというだけの話だ。
その異端さが、悲劇だったのだろうな。
目覚めて2日して、皇帝は再び十候を集めた。その場には私もいて、忘れられない光景だったよ。皇帝は自らの寝首を掻こうとした裏切り者として、返り討ちにしたその首を私たちの前に晒した。
首は、師のリピア様だった。
あの時の感情は、何と言えば良いのかな。当然怒りや悲しみはあったが、同時にやはりという寂しい諦観もあった。師が理想の障害となりえるベクタ帝を排除しようとするのは、何ら不思議ではないとね。
だが、シャスター閣下は違った。愛する者を殺された怒りが、そうさせたのだろうな。怒りを爆発させた閣下は、今まで私たちに見せたことのない力を見せつけた。かつてから習得していたのか、それともあの時だけのものだったのかは今となっては分からないが、最初は魔獣でも召喚したのかと思った。閣下の姿をした巨人が、剣でベクタ帝を叩き斬ろうとしたのだから。
一体どんな術なのかは分からないが、その余波だけで集まっていた十候の何割かが死ぬほどのものだった。私も巻き込まれまいと逃げるのに精いっぱいだったよ。
でも、ベクタ帝の力はシャスター閣下をあっけなく退けてしまった。何というか、まるで閣下が食われ吞み込まれていくように見えたんだ。満腹というものを知らない獣が貪るように、皇帝は閣下の血一滴も残さず啜り尽くした。恐ろしいが、まさに暗黒界を統べる者として相応しい力だ。逆らってはいけない、と私は魂の底から恐怖したよ。
シャスター閣下亡き後の騎士団は、正に腑抜けだった。皇帝に対する裏切り者という烙印を貼られ、権威は地に堕ちた。ベクタ帝と共に現れた――確かヴァサゴという名だったか――将軍の命令を聞くしかなかった私は、奴を斬り捨てられたら、と何度も願った。
しかもベクタ帝の、人界への侵攻なんてものは、新天地を求めた我らを率いるための
戦場にいた大半のオークが大規模暗黒術の生贄として捧げられ、人界軍が開いた地の裂け目を渡らせるために多くの拳闘士たちが玉砕確実の行軍を強いられた。
違う、と何度も心の底で叫んだ。師も、騎士長閣下も――いや、戦場にいた者たちはこんな事のために戦っていたんじゃない。種やギルドなんて関係ない。皆が故郷にいる者たちのため、愛する者たちのために決死の覚悟で戦場へ赴いたのだ。
そのために勇ましく果てることもできず、皇帝の大義なき欲望のため惨めに死んでいく者たちを目の当たりにしながら、私は己の無力に絶望と憤りを感じることしかできなかった。
戦争の結果は知っての通り、人界の代表剣士がベクタ帝を討ち戦いは終わった。あの時、南から広がっていく夜空を見上げた私は孤児院の子ども達の顔を想った。きっとあの子たちは師の帰りを信じ待っていることだろうと。師が愛する人共々殺されたなどと知ったらどんなに悲しむことか。
だから私は星に願った。あの子たちが悲しみを乗り越えられるよう、強く生きられるようにと。
これからの世界に、悲しみなんて起こらないように、と。
だが、世界は変わらなかった。
人界で発足した統一会議と暗黒界の総司令官に就任した拳闘士ギルドのイスカーンが終戦協定を締結し、それで師の悲願は果たされたと思った。
終戦後すぐに人界側は暗黒界に食糧支援を施行している。それで食糧不足は改善に向かったし、子どもが口減らしに捨てられることもなくなったのは事実だ。だが、その恩恵を受けられたのはオブシディアとその周辺のみだ。支援が始まって10年が経っているというのに、未だ僻地は慢性的な飢餓に苦しんでいる。当然、口減らしに捨てられ身をひさぐしかない子どもも大勢いるのだ。
人界側にも事情はあるだろう。それまで人界の民たちのために耕していた畑を、一度に暗黒界人のためにと増やすことは容易でないことも理解できる。だが、暗黒界側も食糧の見返りとして資源物資を人界へ流しているというのに、これではつり合いが取れない。
そもそも、人界には暗黒界の民全てを受け入れられるのに十分な土地があると言われているのだ。それなのに統一会議は土地の未開拓を理由に受け入れを拒み続けている。
そこに、人界から逃れてきたという貴族共だ。奴らは僻地で苦しんでいる村を襲撃し、現地人たちを虐殺した。君の村のようにね。人界には禁忌目録という法で殺人を禁止しているが、奴らは我らを人とみなさない。闇の国に生きる怪物だとね。
これが何を意味するか分かるか。和平など形だけだったということだ。表向きとして分かりやすい救済措置をするだけで、零れてしまった者たちの声は聞こえない振りをして放置される。
イスカーン総司令も効果があると思い込み、統一会議のやり方に何も指摘をしない。暗黒界でも殺人や略奪行為の禁止が発令されたが、強者が弱者を虐げるという世界の図式は何も変わってはいない。
だから、私は暗黒騎士団を去った。あそこに居ては、師の掲げていた大義が廃れてしまうような気がしてね。
3
話し終えて少し疲れたのか、深い溜め息をついてアーウィンは水を飲んだ。「飲むか?」と差し出された水筒を受け取って、わたしも半分にまで減った水を口に含む。その臭みや澱みを一切感じない清涼さに、思わず目を剥いてしまった。ただ井戸から汲んだだけの水が、これほど綺麗なものだろうか。
「ここまで自分の身の上を、しかもまだ会って間もない者に話すのは初めてだよ」
言いながら、アーウィンはどこか可笑しそうに微笑しながらわたしを見つめていた。一見すると年下の子どもに向けるような、でもどこか探っているような眼差しに身構えるけど、この馬車の密室では無駄なあがきというものだ。
「君には、まるで全てを見透かされているような気がする。何と言うか、嘘が吐けない、てところかな」
それは買い被りというものだ。ただわたしが身の上を話したから、不公平と律儀にアーウィンも自分のことを話しただけに過ぎない。
それを指摘したところで、きっとアーウィンは認めないだろうな、とも思っていた。騎士時代に育んできた立振る舞いで彼女の人格というものが形作られたのなら、頑固とも取れる面は今更矯正がきくものじゃないだろうから。
「騎士を辞めて、あなたは今何をしているの?」
「師の孤児院を継いでるよ。子ども達は放っておけない。あとは――」
そこで、馬車が止まった。相殺できなかった勢いに身体を傾けさせながら、アーウィンは含みのある笑みを見せる。
「見てもらうのが早いな」
扉を開けて軽々と馬車から降りるアーウィンに続こうとしたけど、彼女のようなしなやかな所作はわたしに真似できるものではなかった。少し高めな段差から跳び下りて、着地で脚をもつれさせたわたしをアーウィンは易々と支えた。こういった気配りを容易くできてしまうのは、孤児院の子ども達と触れ合っているからだろうか。
今度はしっかりと足裏に地の感触を確かめながら、目の前に広がる光景を視野に収める。それはウンベールの屋敷とは比べ物にならないほどしっかりした木組みの家屋。壁のくりぬかれた一画には、目を凝らすと透明なものがはめ込まれているのが見える。あれが話に聞いていた、ガラスというものだろうか。
その家々が、人々の行き交う道を挟んだ左右にどこまでも一直線に建ち並んでいる。これが街というものだろうか。同じ赤い空と黒い大地の暗黒界なのに、空気の澱みを感じない。活気や、息づく営みと言うべきか。
「交易の中継点だ。街と呼ぶほど大きくはないがね」
なんて言ってのけるアーウィンは、馬車の前に建っている家に入っていく。とても大きな家だ。人の背なんて優に越している。何だか巨人の口に吸い込まれそうな緊張にしばし慄きながら、わたしも彼女に続いて両開きの木製扉を潜った。
建物の中には多くの鎧を身に纏った人々がいる。人だけじゃなくオークも混ざっていた。各々がテーブルで飲み物を手にして、更に盛られた食べ物をつつきながら談笑している。
アーウィンの姿を認めた若い青年が、彼女に近付き右の拳を胸元で握り大声を張り上げる。
「ご苦労様です、将軍」
「
「はっ。それで、如何でしたか?」
「そう急ぐな。まず休ませてやりたい者たちがいる。彼女に何か食事でも――」
「ナミエ!」という声が談笑の隙間から、アーウィンの声を打ち消した。駆け寄ってくる顔には見覚えがある。確かめようとしたところで、若い男特有の固い腕とそう厚くもない胸板がわたしを包み込んだ。
「ああ、無事で良かった………」
涙でも浮かべているのか、鼻水を絡んでいるけどその声は何となく村の青年農夫だったと記憶している。ああそうだ、セツナに食べさせるパンを倉庫から取ってきた彼だ。こうして触れるのも初めてだが、わたし以外でも彼は女に触れる機会に恵まれなかったのか酷くぎこちない手つきだった。力が強く鬱陶しさすら覚えたわたしの機敏を察してか、アーウィンが少し険の籠った声を出す。
「申し訳ないが、彼女は疲れているんだ」
と籠手で覆われた手で成人男性をわたしから離したアーウィンに、青年は抗議の目を向ける。
「いや、俺はこの子と村で――」
「話は彼女から聞いてるよ。それで、君は彼女に何をしてやったんだ?」
「それは、パンを分けてやったり――」
「彼女が本当に望んでいたことが何か、知っていたのか?」
立て続けに迫る質問に、青年はとうとう押し黙ってしまった。自分よりも背が高く、しかも剣を提げているとはいえ女に言い負かされるのは男としてのちっぽけな矜持が傷付いたことだろう。村では基本的に、女衆は男よりも下位と序列が付けられていた。
下々の者たちの、矮小な誇りを守るための序列だ。自分は惨めじゃない、もっと下のやつがいるんだから、という自己欺瞞。この青年も、ウンベールがいなければわたしを好きにできるとでも思っていたのだろう。辛うじて上と思い込める立場に若さゆえの情欲が上乗せされて。
「ひっ」と青年は更に意気地の無さを露呈させるような、上擦った声を唐突にあげた。青年だけじゃなく、建物にいる何人かが同じように息を呑むなり声にならない悲鳴をあげるといった反応をしている。
彼らの視線の先、建物の入口へと目を移すと、そこには火傷で乾いた顔の青年が、冷たい眼光で屋内を見渡している。
「そいつは適当に空いてる部屋に入れておけ」
アーウィンが指示を飛ばすと、彼の両隣に着いていた男たちが「はっ」と応じて手首を縛られたセツナを奥の階段へと連れていく。素直に階段を上がっていく彼の姿を見上げるわたしの手をアーウィンが取り、
「さあ、君もここだと休まらないだろう」
引かれるまま、わたしとアーウィンも階段を上がった。2階建ての建物は初めての経験で床が抜けやしないか怖かったけど、造りがしっかりしているこの建物は床板をいくら踏んでも軋みはするが揺れもしなかった。
通された部屋は小さい、ベッドと小さなテーブルのみが置かれたものだった。腰掛けたベッドに敷かれた布団は、馬車の揺れで痛んだお尻が吸い込まれそうなほどに柔らかな生地だった。生糸でも、こんな柔らかさを出すのにどんな編み方をしているのだろう。
「済まないね。村の者と話したいことでもあったかもしれないが」
「ううん。別に話すことなんてないわ」
「ん、そうか」
何となく察してくれたのか、アーウィンはそれ以上の追求はしてこなかった。
「見ての通り――と言っても分からないか。下に居るのは私の同志たちだ。種族やギルドとか関係なく募っている。皆、さっき話した今の世界の零れ者たちだよ」
「もしかして、反乱でも起こすつもり?」
わたしの予想にアーウィンは笑った。笑っているけど、困っているような顔をしていた。
「まあ、確かに反乱運動と言って間違いはないね。ただ、人界の皇帝家みたいな兵力はない。それに私たちがならず者とはいえ、禁忌を破ることはできない。今の体制に反旗を翻そうと考えれば、何故か右目が酷く痛む。私だけでなく、同志たちの多くがそれを経験しているんだ」
つまりは、大義はあっても動くための1歩が踏み出せない。それを阻むものが、何故かアーウィンたちの右目にあるのだろう。
「そんな時に見つけたのが、あのセツナという男だ」
今日、アーウィンはその1歩を踏み出す術を見つけたのだ。禁忌など知ったことかと、衛士隊を惨殺した神をも恐れない存在を。
「彼なら、この世界を変えられるかもしれない」
そーどあーと・おふらいん えぴそーど5
キリト=キ
アスナ=ア
リーファ=リ
ア「こんにちは、そーどあーと・おふらいんの時間です。司会のアスナです」
キ「解説のキリトです」
ア「今回は何とゲストキャラが出るわよ、それではどうぞ!」
リ「こんにちは、リーファです」
キ「おおスグ、来ちゃったんだな………」
リ「お兄ちゃん何でそんなテンション低いの?」
キ「今に分かるさ……。てか、このコーナーは俺とアスナのふたりでやるんじゃなかったのか? 俺の負担減ってありがたいけど」
ア「当初はその予定だったけど、考えてみたらわたし達がこのコーナーやってるのは本作で出番が無いからで、だったら原作でもあまり出番が無かったリーファちゃんや他の原作キャラ出しても良いじゃん、ていう作者の判断よ」
キ「原作でも出番なかったは余計だ! うちの妹頑張ったんだぞ!」
リ「あーこういう事なんだねお兄ちゃん………」
ア「さ、という訳で今回はリーファちゃんも交えて作品の解説をしていくわよ。まずは新キャラね。アーウィン・イクセンティアのビジュアルがやっと完成しました、どうぞ!」
【挿絵表示】
キ「ポニーテールの女剣士か。何て言うか………」
リ「ん? どうしたのお兄ちゃん」
ア「ポニテでデカパイ剣士ていう属性が完全にリーファちゃんと被ってるわね」
リ「ええ⁉」
キ「いや違うぞスグ! 全体的なシルエットが似てるなと思っただけというか――やめてそんなゴミを見るような目で見ないで俺お兄ちゃんだよ!」
ア「因みに作者はデザインが終わったと同時にこのキャラ被りに気付いたのですが、描き直す気力も失せたのでこのまま通すことにしたそうです。それに本作にリーファちゃんは出ませんから」
リ「アスナさん、それ言わないでください割とショックです………」
ア「あら、リーファちゃんは出たいの? この鬱展開で原作の要素皆無な二次創作に?」
リ「………いえ」
キ「うん、懸命な判断だぞスグ」
ア「それではアーウィンのプロフィールですが、年齢は25歳で身長は170センチ、鎧のヒールを足したら175センチね。スリーサイズはバスト90ウエスト59ヒップ89です」
リ「何かやけに細かいね………」
キ「まあ、作者の趣味だな………」
ア「因みにスリーサイズは『ラブライブ! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』に登場する
キ「またラブライブかよ!」
リ「スタイルの良いふたりを参考にしたんだね………」
ア「作者によるとグラマラスな大人の女性を出したくて生まれたキャラクターだそうです。だからおっぱいはデカくてもお子ちゃまなリーファちゃんにはない魅力を持ったキャラクターね」
リ「なっ……。いくら大きくたって年取ったら垂れるじゃないですか! ブラ取ったら絶対に形崩れますよ! 張りは10代のわたしの方が――」
キ「もうやめてスグ! お兄ちゃん妹が下品になってくの見たくない!」
ア「ほらお兄ちゃん泣いちゃったわよ。よしよしってパフパフしてあげて」
リ「アスナさんも少しは自重してください! 原作ファンの炎上買いますよ!」
ア「もう良い子ちゃんなんだから。大体この作品自体が原作ファンに喧嘩売ってるようなもんなのよ。今回だってアーウィンが散々キリト君の政策ディスってたでしょ?」
リ「ちゃっかり作品の解説に移ろうとしてる。お兄ちゃん、お義姉さんが怖い………」
キ「俺も妻が怖い………」
ア「はいはいふたりとも仕事して。えー今回アーウィンは戦後アンダーワールドの体制に反発するキャラクターとして登場したわけですが、これについてキリト君はどう思う?」
キ「責任は感じちゃうよな。俺も出来る限りのことはしようとしてたけど、現実問題として実現できない事も山積みだったから」
リ「お兄ちゃんとアスナさんの頑張りは原作のムーン・クレイドル編でも描かれてたから、それを思うとアーウィンの言い分はちょっと身勝手なのかな」
キ「でも、頑張ったからどうこう、ていう立場じゃなかったからな。一応俺は戦後の最高指導者だったから。政治ってのはちゃんと結果を出さないと支持されないんだな」
ア「原作主人公が偉業を成し遂げたからって万人が救われるとは限らないのよ。本作は救われず貧乏くじを引かされた人の物語なの」
リ「何かアスナさんが急に真面目になって不気味です………」
ア「作品がシリアスだからボケづらいの。わたしだって辛いのよ分かる?」
リ「分かりたくないです………。何て言うか、戦後10年経ってもアンダーワールドはまだ不安定だったんですね」
キ「ムーン・クレイドル編だけでもダークテリトリーの問題というか伏線が多すぎて回収しきれなかったくらいだしなあ。食糧問題に雇用問題に、四皇帝の暗躍とか暗黒術師ギルドも何か企んでるっぽかったし。人界だけでも貴族や天職制度の廃止とか教育制度の普及とか色々立て込んでたし。あと整合騎士たちにシンセサイズの事も教えるかどうか悩みどころだったんだよなあ」
リ「………ねえお兄ちゃん、気になったんだけど」
キ「ん?」
リ「色々と解決しなくちゃいけない問題たくさんあったのに何で機竜なんて造ってたの?」
キ「うっ……」
ア「リーファちゃん良いとこ突いてきたわねえ。そうよ自由研究なんてやってる暇なんてなかったのよ。それなのにキリト君はとにかくフィーリングで行動しちゃうんだから困ったものよねえ」
キ「いや、あれは終わりの壁を越えるっていうれっきとした目的があってだな。あの壁越えてアンダーワールドの居住圏が広がれば――」
リ「人界だけでもダークテリトリーの人たちが住めるだけの土地はあるって作中でも言及されてたよ」
ア「因みにその設定は原作19巻で、キリト君が人界には未開の土地が多いっていう件が元ネタになってるわ」
キ「確かに人界にはまだ土地が有り余ってたけど、アドミニストレータが無暗に人口が増えないようあれこれオブジェクトを置いてたから中々開拓が進まなかったんだよ」
リ「んなもん黒い剣でぶった斬っちゃえば良いじゃない。何のためにお兄ちゃんチート覚醒したのよ」
ア「宝の持ち腐れとはこの事よねえ。因みに裏設定だけど、この時代のキリト君はダークテリトリーとの交易のため列車の開発を進めていたことになってるわ」
リ「うっわまた自由研究。そりゃアーウィンみたいに不満持つ人が出てくるのも当然よねえ」
キ「俺頑張ったもん! 物凄い頑張ったもん(泣)」
リ「はいはい泣かないの飴ちゃんあげるから」
キ「うわああスグがアスナに毒されたああ!」
リ「あ、そういえばアンダーワールドの人たちって法律とか上の人からの命令に逆らえないんですよね、右目の封印とかで。何でアーウィンは反乱運動なんてできるんですか?」
ア「ほらキリト君、解説の出番きたわよ」
キ「ぐすん……。何て言うか、解釈の違いってやつだよ。カーディナルのマグカップはコースター無しで置けないけどスープカップと思えば置けるって説明があったけど、あれと同じように法や命令なんてのは解釈次第でいくらでも捻じ曲げられるんだ」
リ「てことは、アーウィンにとって従うべき相手はイスカーンやお兄ちゃんじゃなかったって事?」
キ「その通りだな。アーウィンにとって精神的指針になってるのは師匠のリピアで、俺は言うなればリピアの理想を歪めた独裁者で倒すべき敵っていう認識なんだ。とはいえアーウィンも右目の封印で反乱に踏み切ることはできずにいたから、一応俺が為政者とも思ってるみたいだけど」
ア「まあ要は、あれね」
キ「あれ?」
ア「キリト君が優柔不断なのが、アーウィンていう反逆者を生み出した原因よ」
キ「えええ⁉」
リ「ああ、それですね!」
キ「スグまで⁉」
リ「だって原作がハーレム系に片足突っ込んでるのって、アスナさんがいるのにお兄ちゃんが方々で思わせぶりな態度取るからじゃない」
ア「今まで被害らしい被害が無かったから見逃してたけど、とうとう大問題に発展しちゃったわね」
キ「いやいやいやちょっと待ってそれとこれとは話が別――」
リ「凄いよお兄ちゃん! お兄ちゃんの優柔不断さが遠回しに死神伝説作ったんだよ!」
キ「こじ付けにも程があるわ!」
ア「という訳で判明しました。本作でこれから起こるでしょう悲劇、その根源はキリト君です!」
キ「清々しいほどの濡れ衣!」
ア「さあ謎が解明できたところでお別れの時間です。リーファちゃんどうでしたか?」
リ「最初は大丈夫かなって思いましたけど、結構楽しかったです」
ア「じゃあ、また来てくれますか?」
リ「あはは、嫌です」
キ「だろうね」
ア「次はどんなゲストが来るんでしょう。次回をお楽しみに!」