ソードアート・オンライン パラダイス・シフト 作:hirotani
1
「そろそろ、目的を教えてくれ」
入り組んだ街の一画に建つ煉瓦造りの建物に入ったところで、口数の少ないセツナが要求した。正直なところ、彼にはわたしも同意だった。アーウィンから着いてくるよう言われるままここに来ている。宿屋、という場所らしい。料金を払えば一時の寝床を提供してくれるというのだ。良い店なら食事も出るとか。
「そうだな。流石にここなら盗み聞きされることもないだろう」
窓から街並みを一瞥して、アーウィンは言った。
「あと30分ほどしたら、ここに来客が来る。私はその来客と取引をするのだが、相手が厄介でね。こちらの要求を聞いてくれる保証がない」
そんな場に何故わたしを、と疑問を脳裏に思い浮かべたところで「ナミエ」と名を呼ばれる。
「君は私の後ろに立っているだけで良い。向こうから何を言われても何も答えないことだ。良いね?」
随分と強引な言い方だけど、有無を言わさぬ彼女の険しい眼差しに反論の余地はない。それに、この場においてわたしは樹のように突っ立っているのが最良なのだろう。
ここでの立振る舞いが重要なのは「セツナ」と呼ばれた青年のほうだ。
「君には頃合いをみて、相手を刺してもらう。ただし、絶対に殺さないでもらいたい」
果たしてそれは取引ですることなのか疑問だったのだが、セツナの方は表情を変えることなく、
「頃合いとは?」
「私が合図を出す。こういった感じにね」
と当然の如く向けられた質問にアーウィンは手刀を斬る動作をしてみせた。
後になって思うと、きっとアーウィンはセツナなら何も言わずに応じると確信していたのではないだろうか。それにセツナも、自分が関わるということは血が流れると予想していたのだろう。
信頼と呼ぶべきなのか微妙な互いの打算が、結果的に多くを救うことになるとは何ていう皮肉だろうか。
これから綴る死神伝説の一説とされているこの事件だが、この頃の彼はまだ死神とは呼ばれていなかった。
ベクタの迷子としてこの世界に現れた彼が人々に名を知られるようになったのは、闇の皇帝の残していた息子ではないか、という噂程度のものだった。
2
剣先が深々と刺さった自身の肩口を、ローズールは呆然と眺めていた。まるで自分の身体じゃないかのように。その顔が徐々に苦痛と恐怖の混ざった表情を形作っていったのは、遅れた痛みを覚え始めたからだろう。
主人と同じように木偶の坊になっていた護衛たちだったが、ローズールの悲鳴で自らの職務を思い出したように腰に提げた剣を抜いた。
だが対処が遅すぎた。剣を構えたとき、既にローズールの肩から抜かれたセツナの剣は、護衛のひとりの右目を刺して、そのまま頭蓋を貫いていた。因みにローズールから抜いた際に剣先を捻ったのか肩口から腕が落ちたのだが、そんな事に気を裂いていられるほど誰も呑気ではなかった。
もうひとりの護衛は剣を上段に掲げ斬りかかろうとしたのだが、セツナは剣を護衛の顎下から突き上げた。頭頂から切っ先が出てきた男の気迫に満ちた目がひっくり返り、白眼を剥いて糸の切れた人形みたいに崩れ落ちた。
無造作に剣を引き抜いたセツナを、片腕を失ったローズールは怯えに満ちた表情で見上げる。金切り声をあげながら床を這おうとしたが、自分から流れた血がぬかるみ滑って顔面を床にぶつけてしまった。鼻を強く打ったみたいだけど、腕がなくなった肩口の痛みに比べれば大したことはないだろう。
「殺すなとは言われたが、どの程度までやればいい?」
セツナが何の気なしに訊いた。ソファに座ったまま一連の殺戮劇を観賞していたアーウィンは顔色ひとつ変えることなく答えた。
「そうだな、逃げ足を潰しておいてほしい」
するとセツナは間髪入れず、ローズールの革製ブーツに覆われた両の足首に剣を短く滑らせた。半分近くまで刃を入れられた足はもはや地を踏めそうになく、ローズールは立て続けの痛みに泣き喚いている。
そこでゆっくりと、アーウィンがソファから立った。自らの血だまりを広げている憐れな中年男に顔を近付け、挑発的に告げた。
「天命が尽きる前に教えてもらおうか。貴様の根城を」
3
気晴らしに外の風景を眺めても、広がっているのはお馴染み殺風景な赤い空と黒い大地。岩だらけで草木は皆無。暴力と血が流され続けてきた暗黒界は、たくさんの血が流れた異界戦争を経てもその血流が留まることを知らない。
何の気なしに顔を引っ込めた馬車の中から、今日も黒い大地に血を垂らし続けている。
「神をも怖れぬ背信者どもが………」
ローズールにはそれがせめてもの抵抗なのだろう。肩の傷はアーウィンが暗黒術で塞いでくれたけど、布すら巻いていない足首の傷からは未だ血が流れ続けている。血が出ればその分天命も減り、確実に自身の命が削られていくという恐怖が刻一刻と脈打っていく。
「いくら祈ったところで、神が私たちを救ってくれたか? 真実を既に知っていたからこそ、商工ギルドは神より金を信じたのだろう」
「異界戦争で、我らがどれほど力添えしたと思っている………! 剣を振るしか能のない獣の分際で!」
「それ以上減らず口を叩くのなら、残ったほうの目も失うことになるが」
その言葉で自らの出番とみたのか、セツナが眠ろうと閉じていた目蓋を開きローズールに向けた。すっかり恐怖を植え付けられてしまったのか、失った左目から涙のように血を流すローズールは「ひっ」と言葉にならない悲鳴を漏らした。
あまりにも口が固いから、痺れを切らしたセツナが邪魔なネズミを払いのけるかのような素振りでローズールの左目に浅く剣を突き刺したのだ。
「何なのだこいつは……。ベクタ帝の
「息子ではなく迷子だそうだ」
訂正しつつ、アーウィンは興味深いとばかり顎に手を添える。
「だが、ベクタの落胤というのは面白いな。万が一自らが死んだ後のために、どこかの女にこっそり産ませたとか」
「おかしな設定を付けるな」
「いや、なかなか良いものだよ。ベクタの子どもでなければ、こんな仕打ちはできそうにないからね」
怪我人を横になんて会話だろう。まるで労働者の休憩時間みたいな他愛のなさだ。ローズールはただひたすらに怯えている。会話に参加していないわたしに縋るような視線を送ってくるけど、わたしは無視を決め込んで再び窓の外を眺めた。
「それに、本当に君がベクタの息子ということもあり得る」
「俺はそのベクタに似ているのか?」
異界戦争で戦っていたのなら、本物のベクタ帝を見たことがあるのだろう。アーウィンはセツナの顔をじ、と凝視する。そう長くはない逡巡で結論は出たらしく、アーウィンは険しくしていた表情を緩め、
「似てないな。ベクタは髪が金色で目は碧かった。似てるところがあるとすれば顔色が悪いところくらいかな」
人界人らしい白い肌を指さされてもセツナは気を悪くした様子はなく、冷たい表情で沈黙を貫いていた。
戦後に作成された異界戦争の記録は、この手記を書く頃には一般公開されていてわたしにも容易に閲覧が可能だった。暗黒界側の記録にベクタの容姿について事細かな記述はあったけど、黒髪黒目なセツナとの共通性は見出せなかった。
でも実際、後世で議論されている死神の正体のひとつに、ベクタの
指摘できる箇所は無数に存在する。例えば、死神が生まれたとされる頃ベクタはまだオブシディア城で眠っていたはずであり、その間にどうやって子どもをこさえたというのか。
何故父が没した直後に現れることなく軍備の増強に努めなかったのか。
皇帝の息子――すなわち皇子ならば、何故オブシディア城を訪れなかったのか。
このように肯定よりも否定できる要素が多いのだが、未だこの説を信じる者はいる。それは暗黒界人の意識に根付いたベクタ信仰が手伝っているきらいもある。
ベクタは再び眠りに就いただけで、再び人界へ侵攻する機を待っている。人界代表剣士が闇の皇帝を討ち取ったことが公表された際、暗黒界ではそう主張する一部の暗黒騎士や暗黒術師たちによる反乱が起こった。人界で起こった《四帝国の大乱》に比べるとこちらは3日程度で終息した小規模なもので、単に《反乱》と呼ばれることが多い。
オブシディア城に攻め入った反乱分子たちを将軍イスカーンとその妻シェータ・シンセシス・トゥエルブが全滅させたことで、戦闘はあっけなく停止。イスカーンは反乱と異界戦争での戦績から暗黒界軍の総司令官に就任した。
人界に比べたら無法地帯に感じられる暗黒界でも、強者の命令は絶対という法は古代から存在している。深く根差す法の定めた強者の頂点にイスカーンが立ち、その口から発令された殺人・傷害・窃盗の禁止を破れる者は存在しない。
そう、存在しないはずなのだ。神話の時代から続いてきたこの世界の、法という絶対的壁に風穴を開けてしまう者。
それを可能とするのは存在そのものが法と同義の神。
そして、死神だった。
4
そこは岩間に囲まれた、辛うじて道らしきものが開かれた場所にある関所のような印象を受ける木造の建物だった。望遠からでも何棟かに分かれているのが見えて、それなりに大所帯の人数を受け入れられそうでもある。
城、と呼ぶにはいささか質素なものだ。オブシディアの街に建ち並ぶ建物は大半が石や煉瓦造りだったことを思えば、暗黒界では乏しい木材を組んだ家を持てるのは特権的なものなのだろう。だとすれば、商工ギルドの懐はそれなりに潤っているのではないかと思えた。
その権益が全うな手段で得られたものでないことは、既に知ったことだが。
建物の前には簡素ながら門が構えられていて、近付いてくるこちらの馬車に気付いてか門の傍に建てられた小屋から衛士らしき男が出てきた。「止まれー!」と不必要なほどの大声に応じて、御者は手綱を引いて馬車を止めた。
「来客の予定なんて聞いてないが」
訝しげな視線を送りながら、衛士が窓に顔を突っ込んでくる。その目が見開かれた。理由はお察しの通り、隻腕隻眼で布を巻かれた口元からひゅーひゅー、と荒息を漏らすローズール。
いくら恐怖に歪んだみっともない顔でも、雇い主と認識はできたのだろう。すぐさま剣を抜いた衛士だったけど、その身体はセツナが蹴破ったドアによって後方へ飛ばされた。
「あーあ……」とアーウィンが溜め息をついた。騒ぎを起こそうとしている事じゃなく、乱暴にされたドアの天命が大分減ってしまった事に対してだろう。そもそも、大暴れしろと指示を出したのは、他でもないアーウィンである。
事に気付いたのか、小屋からもう2人ほど待機していたのだろう衛士たちが続々と出てくる。
「おい、こいつ何なんだ?」
取り敢えず出てきたものの、状況がいまひとつ分かっていない衛士のひとりが訊いた。ドアに突き飛ばされた衛士が剣を杖代わりに立ちながら、何とか震えを抑えようと語気を強める。
「こいつ、伯爵を拷問した!」
他の衛士たちは、一様に首を傾げた。法が順守されるこの世界で、暴力を振るえる人間がいるとはどうにも信じ難い。だがそれを裏付ける事が起きた。馬車から転げ落ちたのが、彼らの雇い主ローズール伯爵である。
その姿――右腕がなく左目を潰され、両の足首からは血が流れ続けている。助かると思ったのか地面を這いずり回りながら布を噛ませられた口から何かと喚く姿を、衛士たちは本当に主人なのか半信半疑の眼差しを向けている。
ついでに述べておくと、左腕も使えない。布を噛ませるときにしぶとく抵抗したものだから、セツナが骨を折ったのだった。
その醜態で全てを察した衛士たちが、剣を抜いてセツナを囲んだ。傷害は禁止されている。ただし、正当な理由があれば例外とされる。例えば、罪人に対しての防衛であること。
躊躇なんて感じられなかった。ひとりが振り下ろした剣をセツナは受け止める。拮抗したところを好機とみたのか別の者の剣が突き出されたが、最初の剣を弾いたセツナは迫りくるもうひとりの衛士の突きをすれ違いざまに避けつつ、剣を握るその手を掴み切っ先を修正してやった。剣を弾かれたたらを踏んだお仲間の喉元に。
図らず同士討ちしてしまった衛士の頭もしっかりと斬り落とし、残ったひとりへと目を向ける。取り残された者の、鎧をかちかちと鳴らすほどの震えは見ていて憐れだった。下段から振り上げられた剣なんて、素人のわたしから見てもほぼやけくそ同然だっただろう。
あっけなくセツナに弾かれ、ほぼ一瞬のうちに首をはねられた肉体は制御を失って倒れた。
「さあて、行くとするかな」
と嘆息交じりに言いながら、アーウィンは馬車から降りた。剣を鞘に収めたセツナは頼みの綱を失ったローズールを肩に担ぎ上げる。
「ナミエ」
わたしも馬車から降りようとしたとき、アーウィンは振り向いてきた。
「ここから先、君にとって辛いかもしれない。ここで待っていても良いんだよ」
さっきのローズールに対するものとは正反対の、温かな声音だった。アーウィンもここは初めて訪れるはずだが、彼女には既にこの先にどんな光景が広がっているか、そして自分たちが何を起こすのかが見えていたのだろう。それがわたしにとって決して愉快なものじゃないことも。
でも、それは今更だ。わたしは今この地に来ている。アーウィンとセツナと共に。成り行きではあるけど、着いていくと決めたのは結局のところわたしの意思だったのだから。
「一緒に行く」
答えると、アーウィンは優しく微笑んだ。きっと、彼女はこれも見越していたのだろう。つくづく読めない女だ。当時のわたしにとって頼れる人だったからどうしても憎めない。
それなりの量の血が流れたにも関わらず、母屋からは誰も出てくる気配がない。衛士たちに応援を呼ばせるどころか、断末魔さえ赦さなかったのだから気付かれないのも致し方ないか。そうなるとこちらから出向くしかない。
正直すぎるほどに、わたし達は母屋の正面入口らしき大きな両扉の前に立った。扉に手を掛けようとしたセツナの背にアーウィンは告げる。
「言っておくが、誰彼構わず殺さないでくれよ。保護すべき者までやられたら君の首輪を爆破しなければならん」
「どうやって見分ければいい?」
「殺すのは攻撃してきた者に限る、でどうかな」
「なるほど」
納得したのか、深く嘆息したセツナは大きく勢いを付けて、肩のローズールを扉目掛けて投げ飛ばした。
まるで邪魔者扱いされたネズミみたいに、ローズールの身体は扉を破って馴染み深いだろう自身の城とも呼ぶべき場へと転がっていった。
「何だ⁉」
「何事だ!」
「衛士たちは?」
「何やってるんだ!」
驚愕に興奮が上乗せされた怒声があちこちから槍のように飛んでくる。長テーブルが置かれた広間にいるのは多くが壮年から中年の男たち。そして隅っこには、まだ男女の判別が付かないほど幼い人族の子ども達が固まっていた。中には胸の膨らみが見える少女もいる。
その子たちへ視線をくべながらも、アーウィンは込み上げるものを飲み下すよう息を深く吸い込み、声を張り上げた。
「突然の無礼をお赦し願いたい。我々の要求はひとつ。ここに方々から拉致監禁している子ども等がいるはずだ。その者たちを解放してもらう」
アーウィンの声はよく通ったが、あちら側で聞いていた者がいたのかは怪しいところだ。彼らの意識は無造作に投げられた人らしき形の肉塊にあって、傍にいる者から徐々にその正体を察し始めた。
「は、伯爵……!」
ざわめきが波紋のように広がっていくのを感じた。不穏さが欲望に塗れた男たちの裡にあるどす黒いものを刺激し、やがてそれは敵意へと転換されわたし達へと向けられる。
大勢の敵意を真正面から受け止めつつも、伸ばした背筋を崩さずにアーウィンは更に告げる。
「これは拒否とみて良いのかな? ならばこちらも実力を行使させてもらう」
衛士らしき屈強な男が剣を抜いた。だが隣にいた口ひげを蓄えた初老の男が、手を挙げてそれを制し自ら前に歩み出る。
「もしそちらの要求を我々が吞んだとして、見返りはあるか?」
「貴殿らの安全の保障、では不服かな?」
「つり合いがとれているとは言えんな。自らの行いを理解しているのか? これは交渉などではなく脅迫だ」
「私もできることなら穏便に事を運びたかったが、それを無視してこのような事態にしたのはそちらの伯爵だ」
男の目に明瞭な敵意が見えた。自分と親子ほど歳の離れた娘に舐めた態度を取られている。ギルド内で高職らしき身なりの彼にとって、多くの部下がいるだろうこの場でそれは屈辱だったことだろう。
今にも張り詰めた糸が切れそうな沈黙を破ったのは、ギルドの者に口布を外してもらったローズールだった。
「言う通りにしろ! こやつらはやると言ったらやる。この黒装束の男、こやつはベクタの落胤だ。ここにいる全員殺されるぞ!」
殆ど裏返った声の訴えに、再び場がざわつき出した。
「ベクタの落胤だろうが罪人は罪人。そやつらを殺せ!」
どこからかそんな声が沸いた。指令が出たからか、控えていた衛士たちは自らの剣を抜くのに躊躇がない。
だがそれは、セツナも同じだった。
腰の鞘から引き抜かれたセツナの剣、その鋼の刃が赤熱したように輝いているのが見えた。それを一閃すれば赤い軌跡が円を描き、一瞬の後に周囲にいた者たちの身体から鮮血が飛沫をあげた。
その一撃は、場を混沌へと変えるのに十分だった。身なりの良い男たちが行儀よく椅子に座っていた先ほどの光景は消え去り、剣を手に衛士たちが立て続けにセツナへと向かっていく。
首を撥ねられた、死にたての衛士を肉の盾として次の斬撃を防ぐ。死体とはいえ味方を斬ったことに動揺した衛士の見開かれた両目に指を突っ込んで、潰れた眼球を頭蓋の中でかき回すように指に捻りを入れていく。
指を抜けば、視界を奪われた衛士が痛みに悶えながらがむしゃらに剣を振り回して味方だろうがお構いなしに斬ってしまう。その混乱に乗じて、セツナの剣が戦闘員たちの間をするりと抜けていく。一瞬の後に、床には彼らの頭や手足が落ちて、少し遅れて肉体が倒れていく。
「ナミエ!」
ぼう、とその光景を見ていたわたしの耳にアーウィンの声が入り込んだ。突き飛ばされるように押され、すぐ横にアーウィンが衛士と剣を斬り結んでいる。
いくら鍛錬を積んでいるだろうアーウィンも、ひと回り以上大きな体躯の衛士相手では分が悪いらしい。剣を弾くことも押し返すこともできず、じりじりと押されそのまま斬られるかは時間の問題に思えた。
拮抗は予想外な形で決した。衛士の胸から細身の刃が突き出して、その切っ先から血を垂らした。まるで自分から生えてきたような鈍色の剣を、衛士は他人事のように見つめている。力の緩みを悟ったアーウィンはすぐさま剣を上段に振り上げるが、狙った敵の頭は吹き飛んでしまった。
狙いを失って剣を宙で遊ばせることになったアーウィンは困惑の目を衛士の頭がなくなった首元へ釘づける。大きな身体が倒れ、巨躯に隠れていた襲撃者は無表情のまま自分の殺した命を眺めていた。安堵に深く溜め息をつきながら、アーウィンが訊く。
「まさか全員殺したのか?」
「半分近くは逃げた。追わなくて――」
か細い「助けて」という声が、血の海から聞こえてきた。言葉を切って振り向いたセツナの視線の先で、ふらついた痩身の若い男が近付いてくる。
「こ、殺される……。助けて………」
「おい、君は――」というアーウィンの声は耳に届いていないのか、男はがらんどうに「助けて」と繰り返しながらセツナにすがりつく。返り血なのか流血なのか分からないが、手についたものがべっとり服に付くのも意に介さずセツナは男を受け止める。
男の手が背中に伸びた。
さっきまでの緩慢さが信じられない速さで突き出された手から光るものが視え、わたしはそれを伝えようと口を開く。
でも、彼はとうに見抜いていたらしい。男の手はセツナに掴まれ、そこに握られていた小ぶりなナイフはセツナの胸元に触れる寸前で静止している。
鈍い音がした。掴まれた手首をあらぬ方向に曲げられ、男は痛みに絶叫する。セツナは掴んだままの手を男の口元へ持っていき、自分で持ったナイフを自ら咥えさせて、下顎に拳を突き上げた。
自分でナイフを食った男は、床に転がったきり動かなくなった。
そーどあーと・おふらいん えぴそーど8
キリト=キ
アスナ=ア
ア「こんにちは、そーどあーと・おふらいんの時間です。司会のアスナです」
キ「解説のキリトです」
ア「いやー久々に荒れた回になったわね!」
キ「いや戦闘パートの血生臭さは仕方ないとしてもだな、何か淡々と傍観してるナミエもサイコパスなんじゃないかと思えてきたよ」
ア「だってナミエはずっと性奴隷だったキャラクターよ。男という存在は基本的に汚らしい虫けらとしか思ってないんだから、今回の戦闘も害虫駆除みたいなものよ」
キ「じゃあセツナはどう思ってるんだ? 一応男だけど」
ア「人殺し」
キ「どストレートだな!」
ア「あとは極悪人とか血も涙もない悪魔とか、まあ何よりは死神ね。まだ作中じゃそう呼ばれるまでストーリー進んでないけど」
キ「ようは人とみなされてないわけか………」
ア「そういうことね!」
キ「えー主人公が人外扱いされてることが分かったところで今回は――」
ア「かったるい解説のコーナーです」
キ「言い方……。今回は作中での粛清対象になった商工ギルドについての解説だな」
ア「原作の異界戦争では物資補給とかの後方支援担当で、ベクタにごま刷ってたおっさんのギルドね」
キ「一応ギルドの頭目はレンギル・ギラ・スコボって名前があるから覚えてやってくれ」
ア「でも裏方であんまりパッとしなかったわよね」
キ「とはいえ重要な役割だぞ。あんまり原作での描写がなかったからここからは本作での独自設定になるが、商工ギルドは主にダークテリトリーでの物流や交易を生業としていたギルドだ。暗黒騎士とか暗黒術師とかの素質に恵まれなかった人族たちの、力じゃなく経済で生き残るためのギルドってわけだな」
ア「亜人族にも商売してたの?」
キ「主に取引先は人族のギルドだったみたいだな。商工ギルドとしては亜人族にもマーケットを広げたいところだけど、亜人族の多くが人族に対抗意識を持ってるから上手くいかなかったんだ。とはいえ人族でもあんまり信用はされなかったみたいだけど」
ア「どうして?」
キ「ダークテリトリーは弱肉強食の世界だから、必然的に力の強い人が尊敬を集めやすい風習があるんだ。だから力より経済力を重視する商工ギルドへの偏見が強いんだよ」
ア「あー確かに現実でもビジネスマンとかって金の亡者みたいで胡散臭いわよね。金の切れ目が縁の切れ目って感じで絶対に友達になりたくないし仕事の付き合いでもすぐに斬り捨てたいわよね」
キ「アスナさん、何か商売人に恨みでもあるんですか?」
ア「SAOの頃ショボい剣売りつけられたのよ!」
キ「個人の恨みかよ!」
ア「詐欺、駄目、絶対‼」
キ「えー正論ですが今回の趣旨からは外れるのでスルーします。異界戦争じゃ戦闘要員じゃなかったこともあって、商工ギルドは戦死者が一番少なかったんだ。それで戦後も支障なく経済活動を続けられるはずだったんだけど――」
ア「はずだったけど?」
キ「――人界統一会議主導での交易が始まったので一気に収益が落ち込みました」
ア「うわ、またキリト君のせいね!」
キ「いや俺だって悪気があったんじゃないというか何ていうか……。俺が発明した冷蔵庫とかの家電が商材の主流になっていって、それまで商工ギルドが扱ってきた武器や防具の素材とかの市場から様変わりしちゃったんだ」
ア「平和になったら武器の需要なんてないものねえ」
キ「そんな訳で商工ギルドは新しいビジネスを企画することになったんだが、そのうちギルド内での派閥争いが起こって内部分裂が起こったんだ。本作で登場したローズールはその半ば独立した派閥のひとつってわけだ」
ア「作中ではローズールは兵士育成のコンサル業みたいなもので勢力を広げていたことになってるわね」
キ「それはあくまで表向きだな。ローズールは慈善事業として孤児の保護もしていたんだけど、実際は集めた孤児たちを奴隷市に流していたんだ」
ア「因みに作者曰く、孤児院経営を装った奴隷商は鬱展開の定番だそうです」
キ「いらんわそんな定番!」
ア「戦後10年というのは激動の時代だから、まさに鬱の王道ネタの宝庫よ」
キ「それでこの時代設定だったのかよ………」
ア「本作は定番から変わり種まであらゆる展開を読者様に提供していきます!」
キ「どうせ全部鬱なんだろ。もう現時点でエログロ路線まっしぐらじゃん」
ア「世の中はね、綺麗ごとばかりじゃないの。汚いものを見続けることで、見えてくるものがあるのよ」
キ「見えてくるものって、例えばどんな?」
ア「それはね――」
キ「それは――?」
ア「次回をお楽しみに!」