魔法少女大乱Online   作:八虚空

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第63話 裏舞台

 3Dウィンドウの箱庭データには生命カウントされなかった木人達だけど、彼らはプログラムのように事前設定さえしておけば内包魔素が尽きない限り自立稼働し続けるゴーレム系の魔道人形の一種だ。自己判断するようなAIを積んでる訳じゃないから放置しておくとバグで変な挙動をするけどね。これは魔素を燃料とする動力機関を入手したのと変わらないと思う。

 

 以前は木を原料にゴーレムを作成しても直接視認しないと動かせなかった。動作も遅く破損する関節部を魔素で再生しながら動かしていたから運用すればするだけ魔素を無駄に消耗していく兵器としては欠陥のある娯楽品だったんだ。プラモデルの玩具を手で振り回しながら戦わせるブンドドと大して変わらない。しかも僕が直接殴った方が攻撃威力すら上。タッパがデカい分、攻撃範囲は増すかな? 鈍くてゴブリンにすら逃げられる始末だけどね。まあ、ウッドゴーレムは元々その程度の性能だったのさ。

 ニンフが最初から保持してる植物操作能力で無理やりに手足を動かしてたに過ぎないからね。仕方ない話だ。

 

 それがSSR黄金の腕輪ドラウプニルで魔法少女のマジックフルーツを解析模倣してから一気に変わった。

 動作は機敏になり、少なくともNゴブリンを模倣するくらいは訳ない。関節部の損傷も地球の球体関節人形の設計を参考にすればマシになった。何より視認しなくても稼働し続ける。うん。これが逸話の獲得か。まるで性能が違う。MMOに例えるなら製造スキルレベルが上昇した訳だね。

 

「これは上手くやれば文明発展の礎になりそうな気がするな。川が無いから諦めてた水車小屋めいた物も作れるし、製粉業が始まれば小麦粉くらいなら丸投げしても出来るようになる。主食のパンが賄えるようになれば空中の魔素に吸収阻害の魔術を施しても何とかなるか? いや、地球産の小麦じゃデーモンは養えないか。まだN果実の万能バナナの方が糧になるな。料理文化を定着させたいなら最低Nランクの食材が有り触れるような状況にしないと魔素の吸収阻害はしちゃ駄目だ。経済の導入もそれからで良いかな。いずれは働かなきゃ生きていけない状態に持っていって本能で生きてる非眷属のNランクを支配できるようにならなきゃいけないけどさ」

 

 数多のN野生種デーモンをRの頭領に率いさせて経済活動の枠組みにはめ込めたら、やっと僕の箱庭は都市国家レベルに到達できる。

 ショップやデーモン国家から雑魚デーモンを大量購入して一気に段階を進めちゃいたいけど、焦っちゃ駄目だ。生存競争を加速させすぎると何とか形になりそうなコボルトやゴブリンの信仰すら群れ毎消えかねないんだ。また一から野生のデーモンに苦労させられたくはない。次もウィッシュみたいに話の通じる類いの伝承存在が生まれるとは限らないんだ。箱庭碑文の共同体補正があってもね。襲撃してきたRゴブリンを忘れちゃいけない。知性と凶暴性は両立するんだ。

 

「主様。今の所、遠隔視によるバグ修正は上手く行ってるようです」

「あ、本当? 木人の命令権限の譲渡はともかく言葉も通じない遠方で指示が通ってるんだ」

「ええ。木人の体内に魔石を埋め込んだのが良かったようですね」

 

 そう一緒に木人の作成研究をやってるアウルムは笑顔で告げた。

 ピッタリと閉じた瞼の端からは血の涙の跡が薄らと見える。有利特徴にある視界拡張+を使用した痕跡だね。

 

 ゼウスの斜め上の償いである眠れなくても気にならないよう目玉を取り外せるようにしたっていうラミア種族の逸話特性。

 この逸話を利用して目玉を魔石内部に保存する事でラミア一族は遠隔の光景を視認する事が出来る。魔素で新たな目玉を再生した後でもね。取り外した目玉との視界は繋がったままなんだ。再生した目玉を新たに魔石化したら更に視界を増やす事も可能。デーモン版の生態監視カメラって訳。

 一度に複数の視界を繋げると万華鏡をずっと覗き込んでるようで気持ち悪くなるらしいけど、目玉との視界リンクは簡単に切れるから目的地の光景だけを視認する事も可能らしくて監視員として重宝されてるらしい。ラミア一族の監視網はオリュンポス帝国の警備に無くてはならない重要な物なんだ。

 

 始祖の境遇を思えば、よくまあ、そんな風に都合良く利用出来るなって思うけどSRデーモンじゃ破格の要職らしくてね。今じゃウィンウィンなんだと言う。

 食料転売の罰則にアウルムが妙に詳しかったのもこれが理由だね。ラミア一族はホーライ三姉妹の正義の女神ディケーの配下種族なんだよ。町のお巡りさん的立ち位置。

 そのお巡りさんが主神の姉である豊穣神と組んで裏稼業を密かにやってる辺りオリュンポス帝国の闇は深い。日本で考えるなら警察組織内部にヤクザ組合の椅子が用意されてるのと大して変わらないぞ、これ。

 

 ま、まあ法律が王族の気分でコロコロ変わるような国じゃラミア一族は頼りになるって事だね。うん。

 

「ゴブリンが3体ほど、こちらに接近中です」

「白蛇の杖を持った個体はいる?」

「はい。ウルフの後をノーマルゴブリンを2体引き連れてついて行ってますね。定期連絡にしては少し早いですが……」

 

 木人の頭部に埋め込んだ目玉魔石から遠方の光景を視認したアウルムはそう言って首を傾げた。

 

 

 

「ギギッ、オヒサジブリデス。メガミザマ」

「ん? あ、ウィッシュじゃなくて僕の眷属ゴブリンって事はもしかして君、第一世代?」

 

 トレント広場でウルフに連れられたウィッシュ達を出迎えた僕はNランクのゴブリンにそう言葉を掛けられた。

 箱庭初日に解放した30体のゴブリン。規格外の第二世代であるRゴブリンに駆逐をされた第一世代のNゴブリン達。ウィッシュ以外はとうに全滅したと思っていたけど、まだ生き残りがいたのか。しかも僕を女神様と敬うような特異な個体が。

 

 うーん。でも、流石にウィッシュのような宗教の開祖染みた悟りを得たような存在が2体も自然発生するとは思えない。

 これは箱庭碑文の補正の賜物かなと内心で訝しんでいるとウィッシュが小声で『教化に成功しました』と僕に囁いてきた。どうやらウィッシュには僕の思考は筒抜けだったらしい。しかも風の微精霊を利用して僕以外には声が聞こえないよう細工までしている。

 

 僕の顔色って読みやすいのかなと苦笑して跪く第一世代ゴブリンを見た。

 苦労をしたのか身体中傷だらけで片手に杖を持っている。自然治癒では癒えない深手を負ったのか片足が不自由みたいだ。伝承存在のデーモンといえど最下級のNランクだと魔素を補給しても完全に傷が癒えるとは限らないんだよね。四肢を失ってもニョキニョキ生えてくるのはSR以上の話。

 

「その足はRゴブリンにやられたの?」

「ギィ……」

 

 悄然として俯く第一世代ゴブリンを見て、僕はへぇと目を細めた。

 片足がろくに動かず逃亡も出来ない身体障害者のゴブリンが未だに生存して同族の集落で生活できている。これは生まれた赤子を五月蠅いと虐め殺していた野生のゴブリン種族では絶対にあり得なかった快挙だ。互いに助け合うという協調性がウィッシュの元で育まれ始めてるんだ。

 もう一人連れられて来ているゴブリンの方もよく見てみたらウィッシュがRデーモンに進化したあの日、同族に虐められて血塗れになっていた臆病なゴブリンだった。丸坊主のゴブリン達の中で一体だけ頭髪が生えた変わったゴブリンだったから印象に残ってたんだよね。間違いない。

 

 2体のゴブリンからはウィッシュとは比べ物にならない些細な量だけれど確かに神秘が僕に捧げられていた。

 他に行き場の無い弱者をまずは取り込んだのか。眷属といえど心酔させるのは難しいからね。良い選択だ。

 

「そうだね。ウィッシュの傍でゴブリンの文明化を手伝ってくれるなら治してあげても良いよ」

「グキャ。ホンドウニ゛?」

「うん」

 

 歓喜の顔で見上げてくる第一世代ゴブリンに僕は笑顔で頷いた。彼から注がれる神秘値が一段階、濃くなった。

 こういうのを求めてたんだろうとウィッシュに視線を一瞬向けると深々と頭を下げられた。分かり易い奇跡は信仰の萌芽に必要不可欠。最初はやり過ぎなくらいに大盤振る舞いした方が良いんだ。出し惜しみをするのは軌道に乗った後。信仰心が足りないから願いが叶わないんだと説法させて、何でもかんでも容易く僕に頼らないよう持っていかなきゃね。それで領民の堕落を防ぎ、ヴェールの向こう側に隠れる事で僕の神秘性を上げる事が出来る。

 

 そんな感じの打算塗れの奇跡をもたらす予定だったんだけどさ。

 

 

 

「あ、甘い。美味しい」

「うめぇ……うめぇよぉ……」

 

 折角、遠くから来たんだからと果樹トレントの果物をNゴブリン達に振る舞ったんだ。

 まだ苗木トレントはゴブリンを怖がって震えてるけど、大人トレントに果実の味を知っていれば少なくとも無闇に切り倒そうとはしなくなるはずと説得して魔素濃縮フルーツを提供して貰った。色んな種類の果樹トレントの中から頭髪ゴブリンは艶やかな陽光を反射していたRリンゴを選び、第一世代ゴブリンはRバナナを選んだ。第一世代の方は以前箱庭中に生い茂らせていた時にバナナを口にして味を知っていたみたいだね。迷いなくバナナを選ぶとは目が高い。

 

 そんな風に呑気に構えていられたのは魔素濃縮フルーツを口にしたNゴブリン達が進化し始めるまでだった。

 涙を流しながら果実を頬張っていた2体のゴブリンが進化の兆しを見せ始めた時は流石に顔が引き攣ったね。そういえば、魔素濃縮フルーツって箱庭の主が改良に改良を重ね続けた彼らよりも格上のデーモン樹木に実る高魔素果実なんだよな。SR最高峰の高位デーモンが厳重に守っている聖域の果実だって事も加味したら口にしたNランクデーモンが進化しても何もおかしくないんだ。

 

 シャクシャクとリンゴを頬張る頭髪ゴブリンは身長が急激に伸びていき筋肉が全身に付き始めた。ウィッシュよりも大柄の2メートルの巨体。身体能力に補正のある戦士タイプのゴブリンだ。

 バナナを少しずつ味わっていた第一世代ゴブリンは身長は変わらず。いや、むしろNゴブリンの時よりも縮んだように見える。というか一気に老け込んだ。

 ハゲ頭なのは変わらないけど真っ白い髭が顎辺りに生え、シワが顔中に刻み込まれていく。まるで何十年も生きた老ゴブリンのようだ。多分、術士タイプのゴブリンなんだろう。

 

「…………」

 

 この状況を一瞬で見て取った僕は地球の神話を引用して逸話と化す事が出来ないかと模索した。

 単なる幸運なゴブリンが偶々、進化した。良かったねで終わらせるのは余りに勿体ない。この出来事に神秘的な意味を持たせなくては。

 

「生命の実。知恵の実」

 

 多少、現状とはズレてるけど、これで行こうと僕はバナナ型神話の逸話を思い浮かべた。


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