「やられた」
果樹トレントの自慢ついでにデーモン以外の感想も聞いてみようとミュータント傭兵に魔素濃縮フルーツを提供したまでは良かったんだけど。
まさか魔素を補給したミュータントが急激に強化されるなんて結果を報告されるとは思わなかった。
確かに以前から懐かしの山菜果物の詰め合わせのレビュー評価に疑問を感じてはいたんだ。
★★★★★――美形ドライアド
内包された魔素が瑞々しく美味。
麗しい乙女が手作りしてると思うと一粒で二度美味しい。
他のレビュアーが魔素濃度はともかく味に関しては酷評してる中、一人だけ絶賛してるデーモンプレイヤーがいた。
ドライアドは樹木の精霊だから味覚が違うんだなと感心してたんだけど。
冷静に考えれば精霊種族であるニンフの僕や小精霊達の味覚は人間と変わらないんだから妙な話なんだよ。
★――偏屈ドライアド
騙された。何が美味いだ。二度と買わん。
それはドライアド種族だって変わりないようだった。
デーモンにとって魔素はごくありふれた物。水と同じように飢えないとその美味しさは感じ取れない訳だ。
つまり、美形ドライアド。こいつはデーモンを装ったミュータントだ。
「懐かしの山菜果物詰め合わせ。販売、止めるか」
僕は別に傭兵ミュータントのように完全な人類の味方ってつもりはない。むしろ現状では魔法少女の敵側の立ち位置だ。
困窮してる紛争地帯の人間を買い上げたからね。それ以外にダークエルフ達が助かる道はなかったけど、人身売買に手を出すデーモンを魔法少女が見逃すとは思えない。だから地球に潜む潜在的な脅威であるミュータントが強化されようが構わないんだ。次元の狭間にある僕の箱庭に戦火は届かないし。
同じプレイヤーだって親近感もある。どっちかというと魔法少女よりミュータントの方に親しみを感じる。知り合いもいるしね。
でも、美形ドライアド。こいつは駄目だ。
出自を偽ってデーモンプレイヤーのフリをしてレビューに高評価を書き込む。たぶん僕が低評価爆撃をくらって意気消沈の後、商品の出品を取り止めるって可能性を防ぎたかったんだ。本来の素性は隠したままで。商品の本当の価値に気付かせたくなかったから。出品を止めるか供給量を減らすか値上げをする可能性があると思ったんだろう。
それはミュータントに転売したデーモン達も同じ。僕に一言の報告もなかった。現金が中々手に入らず節約していた時期に僕の商品を転売して儲けていた訳だ。
騙して利用して搾取する。何時かのトレントとは違う。そこに僕へのリターンは一切ない。
「知らない間に搾取しに来てた詐欺師共と、地球の治安維持に尽力する魔法少女なら魔法少女を取るよ僕は」
地球との貿易も現状維持が続かないと継続できるか分からない。インベーダーやデーモンに地球が完全に征服されてしまったら被差別種族であるニンフは隠れ潜むしかなくなる。僕がそれなりに順調にやってこれているのはプレイヤーの共通能力であるショップと掲示板の恩恵が大きい。インベーダー・デーモン・ミュータントそれぞれの供給と需要が違うから箱庭に引き籠もったまま勢力を拡大できてるんだ。
もしショップが機能しなくなったら誰にも見付かりませんようにと祈りながら毎日を過ごすことになる。それじゃジリ貧だ。
「よし。まずは傭兵ミュータントに懐かしの山菜果物詰め合わせを送ってどれくらい強化されるか試して貰おう。貧乏くじミュータントにも比較実験の為に大量に送って――転売しないよう厳命しないと駄目だけど魔素濃縮リンゴも最後に食えって一個送ってあげようか。それで、在来種と魔素濃縮フルーツの内在魔素の比較が出来る。ああ、魔素濃縮リンゴを何個も食べたら際限なく強化され続けるかも試さないと。傭兵ミュータントにはダースで送るか」
想定外の事態が起きたけどトレントの品種改良そのものは大成功だ。
味方のミュータントを選別して強化できるようになったって事だもの。これはミュータント界隈での僕の価値が飛躍的に上がった事を意味する。
まあ、地球じゃ高位デーモンが捨て駒として大量の雑魚モンスターを解き放ってるからマクロ視点では誤差かもしれないけど。
でも持続入手可能でゲーム内マネーで購入できる強化アイテム販売業者なんてネトゲに登場したら重要NPC間違いなしなんだ。
「あ、そうだ。肥満オークさんにも情報提供しないと」
ミュータントに販売するならするで高値でふっかけて貰わないと魔素食材の価値が下がっちゃうからね。
後でショップを見て回って同業者がいないか確認してみよう。
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〇両性ニンフyj502γ9-hwさん
長らくご愛顧頂いた懐かしの山菜果物詰め合わせは本日をもって販売終了致しました。
地球産NO魔素フルーツが販売ラインナップに追加される予定ですので今暫くお待ち下さい。
レビュー
☆――畜生エルフ
残当。もっと早く撤去してラインナップの充実を図るべきだった。
☆――人型ユニコーン
撤去しなくてもショップに追加する余裕はあったと思うが。
☆――ギャル人魚
人手が足りないんしょ。イチゴ・メロン・ブドウおなしゃす!
☆――雪女郎
スイカ・キウイ・ミカンも頼む。シャーベッドにしたい。
☆――美形ドライアド
お待ち下さい。今の3倍、いえ5倍は出すので販売継続を。それか個人間取引きを!
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あの後、ミュータント傭兵に魔素濃縮リンゴを十個以上食べて貰ったけど最初ほどの劇的な効果は見込めなかった。
やはり魔素不足に陥っていた状態が解消されたのが大きかったらしい。在来種の詰め合わせを文句を言いながらも食べきった貧乏くじミュータントも結構な強化をされたらしいしね。
内在魔素は大違いでリンゴ1個が在来種詰め合わせ全部の3倍近くの魔素を内包してる事が判明した。また食べ続ければ一定段階までは目に見えて強化が続く事。レア食材の方が強化の限界点が高い事。強化される限界点を超えても僅かながら強化されている感覚はあるらしい事が分かっている。
「ニンフの僕が生成したとはいえ最初から自生してる在来種はNランク評価すら得られない程度の神秘値。逆に魔素濃縮リンゴは1日で1魔素を放出していたトレントがRランク最高峰の維持魔素である消費1に反転してまで作成した魔素の結晶。差は歴然だね」
広く浅くと狭く深くの違いって奴。ニンフの僕は10km2の全地帯を森で覆った上に余った魔素は空間に放出してるから個々の植物の神秘値そのものは低いんだろう。今はまだ。
「これミュータントはR食材限界値まで強化されたらSRデーモンか同じミュータントを食わなきゃ伸び悩む訳だよね。僕の魔素濃縮フルーツなら現状最高峰のミュータント軍団を生み出せるんじゃ?」
参ったな。思った以上に魔素濃縮フルーツの価値が高い。
現金での通常販売は止めた方が無難だね。間違いなく現地政府か魔法少女に目を付けられる。
「よし。地球での販売は傭兵ミュータントと貧乏くじミュータントに任せよう。信頼できるミュータントにだけ秘密裏に販売するって事で」
値段はまあ諸々を考えて30万円くらいで良いかな?
金で強くなれるなんてミュータントは何て便利な種族なんだろう。
買えるようなリッチな奴はほぼいないだろうけどね。
それで良いんだ。金がないならないで低ランクデーモンの肉を食うだろうし、運営にミュータントはナニカされてて食えない繊細な奴はいないらしいし。
「問題はショップ販売すら転売されるから駄目だって事か」
当初の想定通り魔素濃縮フルーツはデーモンに魔素で購入させて甘味として消費して貰いたい。
その目的を遂げるには最低でもデーモン国家で直売りする必要がある。主なターゲットはRランクあたりかな。SRの高位デーモンは次元転移が可能だし、特殊効果のあるファンタジー料理を口に出来る地位だ。単なる魔素豊富なリンゴは売れない。
「Rランクの月収が高くて100魔素付近。30魔素が生存に最低限必要で70魔素から家賃諸々を引くと。Nランクが生きれる最低限が10魔素で月収が30だから……うん。リンゴは10魔素で売ろう」
内包魔素だけで考えるなら10魔素の価値は魔素濃縮リンゴにはないんだけど。おそらく売れる。
デーモン国家の低ランクデーモンは魔石を丸呑みして生き長らえている。だから食事という娯楽の概念が存在しないんだ。
そこに提供されるのが地球で長らく品種改良されてきた甘味フルーツ。10魔素の値段ならNランクも命を削って購入する可能性がある。
デーモン国家に住む一部のNランクは長生きした事で知能が野生種よりも高くなってる場合もあるらしいから顧客になり得る。うん。イケるな。
「解放するか。ラミア」
そう口にして僕は自分よりも強力だろうデーモンのカードを手に取った。