魔法少女大乱Online   作:八虚空

41 / 104
第25話 日本の伝統『赤字スタイル』

「300魔素って」

 

 あまりの高額査定に驚きが隠せない。だって300魔素は現金にして30万円はするんだ。

 確かに僕もミュータントに販売する際は30万円ねってふっかけたけど、それは果実としてじゃなく強化アイテム的な役割でもって使用される想定だったからだ。

 リンゴを一つ買う事で戦力が大きく向上するミュータントと、所詮は甘味でしかないデーモンとではリンゴの価値は大きく違うはずなんだ。それが等価? そこまでデーモンは食事を求めている?

 

「売れるの? いや、売れるんだろうけど顧客は少ないんじゃない? 確かSRの給料って月900魔素くらいでしょ?」

「色々と認識がズレていますね。主様の想像するリンゴの販売方法を教えて頂けますか?」

「スーパー。いや八百屋みたいな感じかな。えっと、店員が店の前でお客さんを呼び込む露天販売方式」

 

 山積みにした野菜や果物の前でオジサンが威勢の良い声で客寄せをする古式ゆかしき販売法だ。

 小売業のスーパーが蔓延した今の時代にも八百屋は生き残っている。前世じゃうちの近所に普通にあった。

 

「露天……つまり路上販売ですか。それは防犯に大量のSRを動員して一区画を取り仕切る感じではなく?」

「いやいや。そんな大袈裟な」

「同じ形式をデーモン国家で試すなら最低限、それくらいの防犯は必要ですよ。商品を命ごと強盗に取られますからね」

 

 あー。まあ、そうなるのか。

 一個で30万円の果物が山と積まれてたら、そりゃなあ。もう美味しい獲物以外には見えないか。

 

「じゃあ、デーモン国家では果物はどういう感じに売ってる訳?」

「そもそも果実を丸ごと客に売るという状況そのものに違和感があります。食材は料理の逸話を持ったSSRデーモンのレストランに卸す物です」

 

 よく考えてください。そうアウルムは言って指折り数え始めた。

 僕の箱庭に実った魔素濃縮リンゴ。これが出来上がるまでの条件を。

 

 魔素濃縮フルーツには品種改良した果樹トレントが必要不可欠。この果樹トレントを生み出すにはデーモン国家で脈々と改良され続けた由緒正しき血筋の一族と地球で数万年にも渡り品種改良され続けた果樹を取り寄せる必要がある。壮大な話だ。まあ、でもここは値段にはそこまで影響しない。トレントは所詮はRランクデーモン。高くても数百魔素で取引きされてるし、地球の産物なんてデーモンにとっちゃ無理矢理に奪う物だから実質タダだ。

 

 だけどトレントを運用しようと思うと土地がいる。そう50万魔素でも品薄状態で現物がない箱庭か、クッソ高い借地費用を支払って借り入れる必要があるんだ。

 この時点で7魔素の果実だから10魔素で売買ねって話にはならない。そういう話があったら確実に詐欺だ。たぶん地球産フルーツを産地偽装して売りつけようとしている。

 

 しかも高級食材の農家をやろうなんて考えるのはデーモン国家じゃ確実にSSRだ。手下のSRに監督させて大量のRランクを働かせてトレントの世話をさせる。

 人件費がとんでもない。SRの給料ってバイトの安月給で一月900魔素って事らしい。正式にSSRの下で働くとなると3千から5千魔素は貰ってるだろうという話だ。すっごい高級取り。

 

 で、トレントの世話をするなら土地の栄養状態も考えなきゃならない。土に含まれる内包魔素の事だ。

 僕の箱庭の土は地球の常識で考えると砂漠一歩手前のカラカラ状態なんだけど、魔素的に考えるなら滋味が富んで植物栽培に適した良い土地なんだそうだ。ニンフの僕が支配者である上に精霊種のスライムが大量に繁殖してて土地の肥やしになってるから特に何の手入れも要らないらしい。地球エリア以外はね。

 だけど普通は何年もトレントを栽培してると土地の内包魔素が枯れてくる。その補填に肥料として魔石を使用するから維持費として値段に反映される。

 

 なる程。そう言われてみれば300魔素はしてもおかしくないな。

 

「主様と同じく箱庭を隠し持ったSSRデーモンが伝手を使って入手したニンフや精霊種に農業をさせる事自体は珍しくないでしょう。その場合は魔素的費用もだいぶ抑えられます。ですが、そうなると詐欺とは別の意味で産地偽装をしなければなりません。販売ルートを辿って食材を卸している事業主を特定される訳にはいきませんからね。農業はオリュンポス12神のデメテル・アプロディーテ・ヘラ3女神の領域。下々の食事など気にされないとは思いますが、密告者が現われて万一気紛れを起こされでもしたら命に関わります」

 

 だから何重にも間に仲卸業者を挟んでマネーロンダリングをする必要があるのだとか。

 資金洗浄とか何か犯罪を犯しているかのようだな。いや、デーモン国家的にはガチでそうなのかも。3女神の名の下に利権が保障された農業ギルド的な物があって、それを介さない闇ブローカーとの違法取引きを繰り返している商売相手の犯罪商人みたいな感じ。うわ、リアルで何か嫌だなぁ。

 

「なので、適正価格は確かに300魔素なのですが、実際に売買したら50魔素の取り分が残れば良い方だと思います。申し訳ありません」

「いや下手したら送り込んだダークエルフの子達ごと浚われて行方不明なんて事態になってたよね。注意してくれて助かったよ。でも、そんな劇物を売買可能なの?」

「ええ。都市にはラミア一族の者が常駐しておりますから。対価として現物の一部を引き渡せば快く協力してくれるかと」

 

 マジで課金ガチャでSRを引いてて良かった。

 他のデーモンプレイヤーとか、どうやって対処してんだろ。借金の返済とか言ってたから闇金あたりと手を組んで販売ルートを構築してんのかな。逆に借金のない情報弱者なデーモンプレイヤーは……。色んな意味でこええ。無知は罪だね。

 

「あ、あの。女神様。私達が帝都ヘレネスに赴く件は」

「ごめん。ちょっと想定が甘かった。人員も足りないし都会行きはキャンセルで良い?」

「大丈夫です」

 

 あからさまにホッとした表情で胸をなで下ろすアミール。うん。男の子だからって人攫いは怖いよね。しかも相手は完全な人外だし。

 同じくホッとしてるナフィーサと少し残念そうなアルマが対照的だ。我儘を言わないだけの自制心はあるようだけど、今の話を聞いても行きたがってるのは相当なバイタリティだな。成長したら大物になるぞ。

 

「何かそういう知識を前提に考えると、10魔素の在来種詰め合わせを転売されても仕方ない気がしてきた。食料って最低100魔素はするんだよね?」

「はい。このリンゴの三分の一くらいの魔素量なんですよね? 内包魔素的に考えるならその値段が妥当かと。分量は……なる程。その量だったら100魔素は確実に行きますね。内包魔素さえ豊富ならヘスティア傘下のSSRシェフの腕で味は何とかなります」

 

 必要魔素量は微々たる物なんだけどな。最初から生えてた在来種でもそんなに高価なのはニンフの希少性が高いからだろうか。ああいや、土中の魔素を利用してるから箱庭データ外の魔素も関係してんのか。土中の魔素を気付かない内に補填してくれてた精霊種のスライムに感謝しなきゃね。それにあそこまで酷評された在来種の食材を美味しく調理するシェフの存在も無視できない。

 

 原作に登場したファンタジー料理を作り出す凄腕料理人。彼らの手腕なら料理に特殊な効果を及ぼす事が可能だ。

 それは知っていたんだけど、その特殊効果が料理の味を劇的に向上させる事も含まれているなんて想像してなかった。そりゃ食材の段階で味を向上するよう品種改良するって発想にならないわ。

 

「味は関係なく内包魔素で値段が決まるなら地球産フルーツを実らせるよう品種改良した意味はなかったかぁ。上手く行った会心の出来だったんだけどなぁ」

「………いえ。意味はあります。料理の味は料理人の積み重ねた歴史に比例すると言われてはいますが、調理法の工夫や高ランク食材の使用で更に美味になるのも間違いありませんから」

 

 アウルムの見た所、品種改良したトレントの魔素濃縮リンゴは値段が2重に変動しているんだと言う。

 まずはSR利権でRランクが買えない程の値段に食材の値段が跳ね上がっている。それは土地の借地費用やギルドの中抜きによってハードルが設けられている為であり農業生産者が好きに変動させられる物ではない。不当に安売りしてる奴がいたら利権を侵されたSRが笑顔で大挙して押し寄せる。

 

 だけど、それでもトレントは所詮Rランクデーモンだ。空気中に魔素を放出する品種改良を受ける前ならトレントも果実を実らせていた時期はあった。そういう品種は現在も存続しており食材としては安価な値段で流通している訳だ。そう、300魔素は食材としちゃ安いんだ。信じられない。

 

「だからこの魔素濃縮リンゴも同程度の値段で売買されるのですが、もしこの味わいが有名になってSSRの晩餐に提供されるようにでもなれば」

 

 あ。地球でも似たような話があるな。ブランド化って言うんだけど。

 

「更に値段は跳ね上がります。そうですね。例えるならRランクデーモンにもかかわらずニンフモドキが数千魔素のSRランク並の値段で売買されているようなものでしょうか」

 

 魔素を過剰に放出するような特定の精霊種は国策で国家奴隷として禁漁区で纏めて飼育されている。魔素による経済をURが統制する為に禁漁区のデーモンが売買される事はない。あるとすれば国家間の取引きか配下への褒美としての下賜だろう。一部の選ばれしニンフはそうやって上の位階へと抜擢される事があるんだ。

 

 女神ヘラが自身の司る属性とは関わりのない農業に口を挟んでくるのも眷属としたニンフ達がヘスペリデスの園にいるからだ。食した物を不老不死にする黄金のリンゴを実らせる果樹の世話をするSSRニンフ達ヘスペリデス。女神ヘラの祖母ガイアが主神ゼウスとの結婚を祝して贈った黄金の木がある果樹園はヘラ自慢の聖域だ。まあ、例によってその限られた者しか口にする事が許されないはずの黄金のリンゴをゼウスが浮気相手にばらまいてヘラの激怒を買うわけだけど。

 

 で、そんな重要ポジションを任せられるような尊い血統にもデーモン的には外れ個体のRランクは生まれてくる訳だ。場合によってはSSRにまで成り上がる血統なのにもかかわらず。だから、そのまま繁殖させて駄目な血が混ざってはならんとRランクの個体は外に売り出される。ニンフモドキという蔑称を付けられて。

 まあ、上から見れば外れ個体なのかもしれないけど、下から見れば尊い血を引いた魔素で売買可能な金の生る木だ。そういう個体がブランド化してRランクにもかかわらずSR並の値段で売買されるって訳。

 

 もうね。ブランド化の引用として用いられる程、高価な贈答品としてニンフ種族が有名過ぎて嫌になるね。誰だよ。ふたなりに出来るからってこんな種族を選んだ奴は。

 

「うん。魔素濃縮フルーツに関してはもうアウルムに任せる。可能な限りトラブルにならないようにね。多少、損をしても良いから」

「承りました」

 

 ホッと安堵した笑顔でアウルムは礼をした。ゴメンね。ろくに物価も把握できないご主人様で。

 これ、地球産NO魔素フルーツを1魔素で売買してるって言ったら怒られる感じ? しかもミュータントにはそれ以下で、下手したら0.1魔素付近の赤字値段で売ってるんだけど……。いやだって現金が欲しいんだもの。多少、魔素的に損しても人間を購入できればリターンは大きいから取り戻せるんだよ。駄目?

 

「ひそひそ」「こそこそ」「あちゃちゃ」「なむなむ」

 

 目の合った小精霊にどうしようと無言で尋ねたらご愁傷様と拝まれた。

 げせぬ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。