魔法少女大乱Online   作:八虚空

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第29話 ニンフの別側面

 何も存在しなかった地面から芽が突き破って現れたかと思えば凄まじいスピードで成長して大きな木々へと変貌していく。

 その木々は僕の狙い通りに重傷を負ったアミールや取り押さえられているナフィーサとアルマを避けてゴブリン達へと突き刺さった。緑色の血をまき散らしながら尖った枝に身体を貫かれてゴブリン達が宙へと持ち上げられていく。限界まで硬化させた木々は下手な金属よりも堅く鋭い。生態的に無理な改造をしちゃってるから子孫を残す事も出来ずに直ぐ枯れるだろうけど即席の武器としては十分だ。

 

「ギィアアァァアァアアッッッ!!」

「グギャッ」

「ゴプッ。ガヒュ……クヒュー……」

 

 何十匹ものゴブリンが一撃で再起不能に陥っていく。これが神秘のランク差。

 たかがNランクデーモン如きがSRに逆らって生きて帰れるなんて、まさか考えてたはずないよね?

 ほら、お前らの望み通りの結末だぞ。喜べよ。

 

「オオオオオオオオッッッ!!」

 

 一匹だけガタイの良いゴブリンが押し寄せてくる木々を避け、殴り飛ばし僕に接近しようと頑張っている。矮小なゴブリンにしては珍しく背が高い。2メートル近くはあるかな。こいつが群れのボスか。Rランクデーモン。身体能力と生命力が高いな。全身から血を流しながらも元気に突き進み続けている。

 僕の眷属じゃない野生ゴブリンだから箱庭で生まれて長くても2ヶ月ぐらいしか経ってないだろうにこの状態な訳だ。ゴブリンは繁殖力だけじゃなく成長スピードが突き抜けている。コボルト達だって幼少組は庇護が必要な弱々しい感じだったのに。

 なる程、これが有利特徴の繁殖+と不利特徴の協調性-のシナジー効果か。親が育児放棄をしても無事に育つようゴブリンは種族全体として早熟なんだな。どうりで種族別の円グラフでコボルトに比べてゴブリンの割合が多かったはずだ。変だなとは思ってたんだよ。

 

「足掻かないでよ見苦しい」

 

 周りに生い茂らせた木々に生えた蔦を手掴みして引き剥がす。蔦の茎にはびっしりと鋭いトゲが敷き詰められていて堅さも相まって有刺鉄線のように見える。

 だけど森精ニンフの僕の手を植物が傷付ける事はない。僕が握った部分だけはクニャリと柔らかくねじ曲がり多少くすぐったく感じる程度。

 でも、その蔦の鞭は一振りする度にRゴブリンの身体にギザギザの傷を付けていった。武装としてはまぁまぁ使える。一撃で四肢を跳ね飛ばせないのは僕がSR下位の実力しか持ってないからだろう。だからゴブリンなんかに手を煩わされる訳だ。

 

「負けぬっ! 我らはゴブリン。忌み嫌われし者。猛々しき者。悪逆をもちて世に覇を唱えんとする者よ!!」

「単なる暴漢が無駄に偉そうだなぁ」

 

 そりゃ戦場で猛将が咆えたなら格好が付いただろうけど、コイツらがやってんのは民家に押し入っての暴行とレイプ未遂に過ぎない。

 なのに恥じ入る所か誇らしげに胸を張るんだから魔法少女がデーモン殺すべしってなるのも分かる。デーモン社会全体が基本、中世マインドだから価値観が違いすぎて分かり合えないんだよね。巻き込まれる方としては堪ったもんじゃない。

 

「そういうのいいから」

 

 既にRゴブリンの何倍もの高さに成長した木々から枝が伸びて突進するゴブリンの身体に突き刺さっていく。

 更に手に持った蔓の鞭を利用して即席の拘束具にしようか。ゴブリンの腕を木の枝ごと蔦に巻き付けて切り離し補強。周囲の木々を操作して雁字搦めに結びつける。それを四度。たったそれだけでRゴブリンの処刑台が完成だ。

 

 弱い。Rランクといえど身体能力と生命力しか取り柄のない種だとこんなものなのか。

 手札の多いダークエルフの方が有利だと思うんだけどな。Nランクが大勢いたとはいえR1とR3が対峙して時間稼ぎも大して出来ないってのは……。うーん、奇襲だったし戦闘経験もなかったし負けて仕方ないのか?

 

 ああ、そういえば肥満オークさんに聞いた逸話に似たような話があった。

 働き者Rドワーフと怠け者SRドワーフの話。僕がURデーモンの神詐称疑惑に懐疑的になった由来の情報だ。

 

 先祖代々高名な鍛冶師を排出してきた血族の子として生まれた時からSR並の神秘と鍛冶の腕を持ったドワーフと、鍛冶師に憧れて弟子入り入門してきたポッと出のドワーフがいて。どんな経緯があったかは知らないけど、弟子入り入門したRドワーフの打った渾身の作品がSRドワーフの打った量産品として売られてた時期があったらしいんだ。

 逸話のドワーフ血族には鍛冶修行として見習いの時期はどんなドワーフだろうと包丁や釘なんかの日用品の依頼を毎日受ける義務が課されていた。それを面倒臭がったSRドワーフはRドワーフに仕事を押し付けて遊んでろくに鍛冶をしなかった。でも、Rドワーフの丁寧な仕事ぶりにSRドワーフの評判は高く神秘的には何の問題もなかったんだ。

 

 問題が表出したのはRドワーフが鍛冶師としての修行を重ね続けSRへと進化した時。

 それまでの行状を把握していた親方ドワーフは二人のドワーフに渾身の武器を作成するよう命じた。完成後にはその武器同士で模擬戦をすると宣言して。

 神秘的に考えるならRランクから成り上がったばかりのドワーフとSR最高峰の神秘値を誇るドワーフでは勝負にならないはずだった。鍛冶の腕も神秘の補正で向上し続けていて遊んでいただけのSRドワーフでも腕が人間のように鈍るなんて事はない。純然たる神秘差が勝負を分けるはずだったんだ。

 

 でも勝負を制したのは元Rランクドワーフの武器の方だった。裏仕事ばっかりで表に知られていなかった彼に神秘的な補正はろくになかったはずなのに。

 日々の鍛冶仕事を熟してきたドワーフデーモンの真実の歴史が、偽りの歴史で塗り固めたドワーフデーモンの神秘を凌駕したって訳。

 この真実の歴史の積み重ねをデーモン界隈では逸話の獲得という。個々のデーモンが辿った歴史は誰に見られずともデーモンの内包魔素に刻み込まれているんだ。

 

 だからURデーモンが神を詐称して成り上がったのならば、神の逸話を実際に再現して体験しなければ本来の神の力は手に入らないって事になる。

 

 もっと分かり易く言うと、デーモンには種族レベルとスキルレベルがあって神秘の蓄積では種族レベルしか上がらないって訳ね。スキルレベルを上げたきゃ逸話を積み重ねていく必要がある。戦闘力を上げたきゃ戦を、生産能力を上げたきゃ生産活動を、魔術能力を上げたきゃ神秘的体験をって感じに。

 

 それで今回のゴブリンとダークエルフを見ると、戦闘スキルの向上によるスペック差を覆した下克上って話になるかな。

 生まれてずっと生死を掛けた生存競争を繰り返してきたゴブリン達と農業に精を出してきたダークエルフ達とじゃNとRの基礎能力の差があっても厳しいんだね。勉強になった。

 

「女神さま。アミールが」

 

 泣きそうな声に振り向けばアルマが半脱ぎの衣服を引きずってこちらに向かってきていた。

 何故か僕の目を見て、ビクッと震えて立ち止まっている。どうしたんだろう。

 

「ああ、そうだったね。大怪我してるんだった」

 

 安心させようと笑いかけたらアルマもうんと頷いて笑ってくれたんだけど、何処か無理矢理に笑顔を作ったかのような歪な表情だった。

 ゴブリンに襲われて怖かったのかな? ああ、そういえばダークエルフ達は皆まだ子供だったね。幼さ故のスペック不足も今回の状況を招いたのかもしれない。

 

「急ごうか。手遅れになったら大変だ」

「あ……うん!」

 

 アミールの容体が気になって思わず険しい顔になってしまったら、何故かアルマは逆にホッとした顔をして僕の手を引いて連れて行こうとする。

 ああ、待って。まだ用事があるから。先に行ってて。うん、お願い。

 

「おのれ女神めぇ。我らを家畜として飼うつもりか。させん。させんぞぉ」

「君らなんか要らないよ」

 

 Rランクゴブリンが何か寝言をほざいていたから拘束具の植物を操作してギチギチと全身を少しずつ引き千切っていくよう設定しておいた。

 言葉が通じるRランクゴブリンの眷属に命じて僕に対する崇拝の念をゴブリンの群れ全体に植え付けて神秘の足しにする予定だったけど、いいや。こんな害獣を飼う趣味なんてないし皆殺しにしよう。

 

「リリース」

 

 アイテムボックスからウルフカードを取り出して解放する。

 

 

◆◆◆

 

Nウルフ(10/10)

有利特徴:追跡+、察知+

不利特徴:食性制限-

 

四足歩行のイヌ科哺乳類。世間の野生の狼に対する食性の誤解により肉食となった準精霊種。

頭が良く群れの上位者に従順で命令を遵守する反面、社会的階級に厳しく融通が利かない。

野生動物の一種でありながら精霊が具現化した生き物だと信じられている。

 

◆◆◆

 

 

 パッと一瞬だけ光ったかと思うと目の前に十頭の狼の群れが出現した。

 全身が真っ白で目付きが鋭く黄金の瞳がこちらを睥睨している。同ランクのゴブリンやコボルトとはまるで雰囲気が違い知性の高さが目を見ただけで分かる。

 

「僕が誰だか分かる?」

「ワフッ」

 

 一言発して頷いた後は僕を見たまま微動だにしない。これは命令待ちって事かな。

 周囲に広がる血の匂いを敏感に嗅ぎつけて緊急事態だと察したか。これは小精霊と同じくNランクの上澄みっぽいね。

 

「あの血を流してる緑の二足歩行生物。ゴブリンって言うんだけど一部がバラバラに逃走していてね。追いかけて仕留めてきて欲しいんだ。食べられるなら餌にしても良いよ」

 

 僕の言葉と周囲の木の枝に貫かれているゴブリンの姿を注意深く観察してウルフ達は頷いた。

 うん、良い子達だ。この子達は野生に返さず僕らで育てるか。

 

「顔がイヌ。君らと似たような感じだったら標的じゃないから注意してね。ゴブリンだったら見付け次第、襲い掛かって良いから」

 

 もう注意事項はないかな。ダークエルフ達は今日はログハウスに泊めて治療に専念してもらうつもりだから外で鉢合わせるなんて事にはならないし。

 トレントは木の精だからウルフの餌になりようがない。よしOKだ。

 

「じゃあ、お願いね。GO!」

 

 僕が森の奥を指さすと一斉にウルフ達は遠吠えを上げて走り始めた。

 迷いのない足取りは明確に目標が何処にいるのか分かっている動きだ。頼りになる。

 

 でもゴブリンの数はもう数百匹に達しているから絶滅は直ぐには無理かな。僕が直接、動けば確実なんだけどアミールの治療を後回しにする訳にはいかない。

 トレントを果樹トレントにしたように眷属化を利用すれば例え致命傷でも何とかなるはずだしね。実際、僕の箱庭に来たばかりの頃、人間だった3人はダークエルフに生まれ変わる事で助かったんだ。

 

 そう僕は荒れる内心を宥めて息を吐いた。

 悲鳴が耳障りだ。もう周囲で様子見をしていたゴブリンも逃げた事だし見せしめはいらないだろう。

 

 パンと手を叩いてRゴブリンをバラバラにすると今度こそ僕はその場を去った。


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