魔法少女大乱Online   作:八虚空

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第33話 信仰の芽生え

 朝早くからピンク色のイベントに頭が占拠されそうになってたけど、野生ゴブリンが集団で襲い掛かってきたのはまだ昨日の事だ。

 ウルフ達にゴブリンを狩るよう命令してあるとはいえ油断していい状態じゃない。そう頬をパンパン叩き僕は火照った熱を冷ますよう息を吐いた。

 

「チィフゥヒィスィ。今日は一日、ダークエルフの3人に付いてあげてて。それで事故は防げるはずだから」

「はーい」「ほーい」「任せなー」「バッチこーい」

 

 朝食の席でふよふよ浮かんでる小精霊の代表役にナフィーサ達の事を任せた。

 不安になるような軽いリアクションだけど、これでダークエルフは精霊術士としての実力を完全に発揮できるはずだ。流石に単なるNゴブリンに準備万端のRダークエルフが負けるとは考えたくない。

 

「アミール。今日は3人一緒に活動するようにね。安全第一でよろしく」

「はい。もう目を離すような事はしません」

「あーいや。昨日も間に合わなかった訳じゃないでしょ。余り気にしないようにね」

「……はい」

 

 間に合った所で何の役にも立たなかったという目をするアミールに苦笑して気にするなと僕は言った。

 アミールだって確かまだ15歳程度だったはず。その年齢で訓練もなしに鉄火場に放り込まれて何か出来る訳がないんだよ。

 

 ああ、そうか。戦闘の訓練を積ませていざという時に備えさせておくのも一つの手か。デーモンなんだから鍛錬を積むだけで逸話的に強化されるはず。たとえどんなに才能がなかったとしても多少は戦えるようになるんだ。肥満オークさんのイノシシなら仮想敵としてちょうど良いかもしれない。

 いや訓練で再眷属化は魔素が幾らあっても足りないからアウルムに傷薬を作って貰う必要があるか。確か畑に植えたマンドレイクがミニトマトみたいな実を付け始めていたから成長促進で増やせば一部は薬用にしても構わないかな。

 

 伝説では引き抜く際に聞いた者を殺す叫び声を上げる人型の根を持った不気味な植物として登場するマンドレイク。そういう性質が判明しているのにも関わらず何故わざわざ危険を冒してまで引き抜こうという人間が登場するのかといえば、このマンドレイクが不老不死の妙薬の原材料になるからだ。呪術や錬金術の素材としてマンドレイクは昔から有名だった。

 地球に存在する多年草のマンドレイクの場合は幻覚幻聴を伴う神経毒を根に含むただの毒草に過ぎないんだけど、デーモン版マンドレイクの場合は伝承の影響を受けて強力な薬効を持つに至っている。

 

 実際、アウルムに聞いたら上位種のSRマンドラゴラを素材とすれば人間の寿命を大きく引き延ばす霊薬を作成する事が錬金術師なら可能らしいし、期待できる。まあ、この世界なら不老不死になりたきゃ素直にデーモンになれば良いってだけの話なんだけどね。

 Rランク程度の神秘じゃ性能限界があるから叫び声を聞いても即死はしないみたいだし薬草としちゃ手頃で良い感じ。普通のデーモンにとったら引き抜くと呪いの叫びを上げてくる傍迷惑な草だけど。専門の知識を持った存在が調合すればRPGのポーションのような物が出来上がるんだ。

 

「ん? 何か様子が」

 

 マンドレイク畑の様子を見てトレント達の折られた枝を回収した後、コボルト達の集落に来たらキュンキュンと情けない声を上げてモフモフが大量に集まってきた。

 コボルトの子供達だ。何を言ってるか分からないけど悲壮な様子で僕の服の裾をつまんで引っ張ってくる。何処かに案内したいらしい。

 

「あー、そっか。昨日はコボルト達の様子を見に来なかったね」

 

 住居として彼らに提供していたログハウスがボロボロに壊されていて、多くのコボルトが重傷を負って横になっていた。

 第一世代のゴブリンなら虐めはしても後に引くような怪我を負わせる事はなかったし、これは僕が始末したRゴブリンに率いられてた奴らの仕業だな。忌々しい。

 

 再眷属化で治療するとして、重傷なのはざっと15体くらいだから1500魔素の出費。

 3分の1以下でコボルトなんて群れで買えるのに治療をする程の価値が彼らにあるんだろうか。

 

「キューン」

 

 切り捨てる方向に行こうとした思考を子供のコボルトの鳴き声が遮る。幼いコボルトは二足歩行の愛玩犬めいた可愛さがあってジッとつぶらな瞳で見られてると何だか居心地が悪い。

 でもなぁ。これから似たような事が何度あっても不思議じゃなくって。群れの数が多くなるにつれて出費も加速して増えていくんだから再眷属化の治療なんて今回くらいしか実行できないし、助けて貰えるって前例を作るのは後々禍根となる可能性だって高くて……。

 

「くぅーん」「きゃん」「キュンキュン」

「キャン」「きゅーん」「クゥン」

 

「ああ、もう分かった。分かったから!」

 

 モフモフの群れに訴えるような目で見られ続けて切り捨てられる程、僕はデーモンの価値観に毒されてはいなかったらしい。

 仕方ないと溜息を吐いて再眷属化の治療を施していく。

 

 ああ、しかも最初から僕の眷属だったコボルトばっか怪我してるじゃん。

 幼い子供を庇ったんだろうけど、新しく眷属になるコボルトが少ないから純粋に単なる浪費に過ぎない訳か。マジでかー。あーあ。

 

 そういえばゴブリンにも僕の眷属はいたはずなんだけど、アイツらはどうしたんだろう。

 僕の家に押し寄せたゴブリンの中には一人もいなかったし……やっぱ子孫に淘汰されたんだろうか。RゴブリンがNゴブリンに従う訳がないし、その可能性が一番高いな。ゴブリン種族の性とはいえ子供に殺されるとはねぇ。質の悪い悪戯ばっかしてくるしょうもない奴らだったけど、こうなると何だかなぁ。惨い。マジでゴブリンとは共存できる気がしないね。

 

「お、メール」

 

――――――――

 

〇肥満オーク

 昨日言ってたデーモントレード。こっちの準備は出来たぞ。

 

〇両性ニンフ

 OK。じゃあ、こっちも今から送るよ。

 

――――――――

 

「ええっと。ああ、いたいた」

 

 目を付けていたコボルト家族を治療が終わった僕は手招きして呼び寄せた。

 偶然にも無傷で今回の件をやり過ごしていたようだ。ふぅん? 運が良かったのかな。それとも同族を見捨てたか。まあ、僕だって通り魔が通行人を襲っていたら一目散に逃げるし卑怯だとは思わないけどさ。

 

――――――――

 

〇両性ニンフ

 ゴブリンよりも弱くて臆病だからコボルトの事、虐めないでね。

 

〇肥満オーク

 お前、俺を何だと思ってんだよ。

 

――――――――

 

 最後の確認を終えた僕はコボルト一家をカード化して肥満オークさんのアドレスへと添付した。

 一拍遅れて肥満オークさんからもNイノシシのカードが送られてきた。うん。対価を受け取った後に知らんぷりを決め込む詐欺師もいるからトレードがすんなりと終わって良かった。ショップを経由しない取引きは信頼できる相手としかやらないのが鉄則なんだ。

 肥満オークさんに御礼のメールを送ってと。さあ、いよいよNイノシシのお目見えだ。

 

 

◆◆◆

 

Nイノシシ(2/10)

有利特徴:繁殖+、食欲+、筋肉+

不利特徴:賢さ-

 

雑食の四足歩行生物。食料を食いだめて冬を乗り越える性質がある。

皮膚の下は筋肉の塊であり、その突進は生半可な手段では止められない。

 

◆◆◆

 

 

 ふんふん。流石に簡易説明を見ても肥満オークさんの秘祭の事は記載されてないか。

 確か豊富な食料を与える程、繁殖スピードが上がるんだっけ。この食欲+と繁殖+のシナジー効果かな。賢さ-の不利特徴がある事に驚いたけど、元人間の肥満オークさんが例外なだけでオークってそういや賢いイメージないもんな。それともランクアップしたらこの不利特徴は消えるんだろうか。

 

「リリースするのが楽しみだな。せっかくだから後で皆と一緒に―――ん?」

 

 メールのやり取りとカードのチェックを終わらせた僕はアイテムボックスにイノシシカードを仕舞うと奇妙な光景に首を傾げた。

 さっきまで騒がしかったコボルト達が完全に静まり返り、全員が一斉に土下座し始めたのだ。

 あのキュンキュンうるさかった子供コボルトも例外なく地ベタに座り込んでいる。ああ、尻尾が丸まってるな。可愛い。

 

「え、なに? 箱庭データも何か反応してる?」

 

 

◆◆◆◆

 

箱庭名:アールヴヘイム

支配者:サルマ・フィメル

 

文明レベル:0

文明タイプ:原始/精霊

 

箱庭人口:337人

経過年月:2月1日11時間

箱庭面積:10km2

 

魔素濃度:7410

蓄積神秘:113

 

保有戦力

N  :4万3千

R  :33

SR :1

SSR:0

UR :0

 

◆◆◆◆

 

 

 何故か箱庭人口の値が一気に180人くらい増えてる。これってコボルト達だよな。

 箱庭人口の数が増えるって事はつまり。

 

「僕に対する信仰心が芽生えた?」

 

 いや嬉しいけど。何で急にそんな風になったんだ。

 怪我人を超常の力で癒やしたから?

 でも、さっきまで普通にワンワン吠えて嬉しそうに騒いでただけだった気がするんだけど。

 僕が肥満オークさんとトレードをするまでは。

 

「あ」

 

 そうか。デーモン脳になってて気付かなかったけど、箱庭間のデーモントレードっていうのは要するに人身売買な訳で。

 つまりコボルトの怪我を癒やす対価として僕は人身御供を求めて、コボルト達は知らず知らず同意していた形になったっていう事なのか。少なくとも今はそういう風に捉えてるんじゃない?

 

「いや、何て言うかそのー」

 

 言い訳の言葉が思い付かず、僕はせめてもの慰めの言葉を吐き出した。

 

「きっと向こうで元気にやってるよ」

 

 うん。気にしない事にしよう。

 箱庭人口が増えたタイミングとデーモントレードをしたタイミングが同じだったのは偶々。そう偶々なんだ。

 コボルト達は怪我を治してくれた僕に感謝して信仰を捧げてくれたのさ。間違いない。

 

 わーい神秘が増えるぞー。やったね。


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