魔法少女大乱Online   作:八虚空

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第34話 小さき可能性

「アオーンッ!!」

 

 遠くから聞こえてくる狼の遠吠えに彼は舌打ちして身を隠していた木の影から走り出した。

 遠目に見た限り狼はゴブリンの逃亡した地面の臭いを辿って追ってきている。姿を隠した所であの猟犬共には通じないのだ。

 

「ワオーン!」

「ガウガウッ」

「ウォーン!」

 

 群れの主の声に次々と周囲から他の狼の声が聞こえ始めた。近い。背筋を走る悪寒に彼は走る足を更に速めて追跡を巻こうとする。今更、逃亡しても間に合わない距離にまで既に狼の群れは接近してきていたのだが、それでも彼は抗う為の体力をすり減らしてまで走り続けていた。牙から滴り落ちる同族の緑色の血を目にした事と一昼夜走り回った事で酸素が脳に回らず彼から冷静さと合理性を奪っていたのだ。

 

「ギィッ」

 

 それでも女神の眷属である証か、ゴブリンにしては冴え渡った頭脳が現状の打開方法を探る。真正面からの対峙はマズい。もう何体もの同族がヒットアンドアウェイの繰り返しで嬲られるように全身から血を流して倒れ伏している。狼達にとってこれは決闘ではなく狩りであり一対一の正々堂々なんて作法は期待出来ないのだ。まあ、その点に置いてはゴブリンも似たような価値観だからどうとも思わないのだが、希に挑発すると乗ってくる個体もいるのだという知識を彼はゴブリンに備わる本能を通じて学んでいた。

 

 何かを仕掛けるのなら急がなければならない。狼が咆える事には獲物を警戒させる欠点を補ってあまりある利点があるのだ。狩りの際に自らの居場所を仲間に知らせるGPSと、獲物の逃げる方向を制限する威嚇を兼ね備えた警笛の役目を担っている。現状のままではジリ貧なのだ。

 

「ヒュウ」

 

 次々と本来なら知ってるはずのない知識が脳裏を過ぎっていく。限界を超えた身体の熱がグツグツと彼の体内魔素を燃焼させ続けている。死の窮地が彼の精神をかつてないほど研ぎ澄ませていた。

 

「ガゼヨ。ワガミヲハコベ」

 

 無意識に口から零れた鳴き声が意味のある言語となっていた事に彼は遅れて気が付いた。

 地を蹴っていた足が地面を強く踏み込んで身体が宙に躍り出るのと背後の狼が飛び掛かって来たのは全く同じタイミングで、少しでも判断が遅れていたら獰猛な獣に地面に押さえ付けられていたのだと悟って彼は冷や汗が出た。だが、安心するのはまだ早い。翼を持たない不自由な身では空を自在に飛び回る事など出来ようはずがないのだ。そう、常識で考えるのなら、そのはずなのだ。

 

「グルルッ」

 

 だが、その不変の理を覆し彼は高い木の枝へと舞い上がった。突然の突風が彼の身体を地面から掬い上げたのだ。

 明らかにこれまでの個体とは違うゴブリンに狼は警戒の唸り声を発した。黄金に輝く鋭い瞳が細められ矮小な存在を睨み付ける。姿そのものは普通のゴブリンと変わりはない。それでもウルフに備わる有利特徴が警告を発する。相手は己より格上なのだと察知したのだった。

 

「ギギッ?」

 

 何が起こったのか分からず彼は眼下に集まる狼達を見下ろした。

 あれだけ五月蠅かった猟犬共が沈黙して彼の姿を注視している。首を傾げて自らの姿を確認しても今までと変わった部分はない。

 

「ナニガ」

 

 違いと言えば多少、鳴き声に幅が出来た事だろうか。

 後、そう周囲の空間が妙に騒がしく感じる。これは声だろうか。クスクスと煩わしかった何時ものあの声がハッキリとした言葉として感じ取れた。

 

『ねぇねぇ』『なぁに?』『みてるよ』

『わぁ』『ホントだ』『フフフ』『みてるね』

 

 ざわめく森に小さな女の影が現れては瞬いて消える。

 クスクス、クスクスとこちらを嘲りながら何者かが確かにそこに存在しているのだ。

 

『しらせないと』『そうだね』『おしえてあげなきゃ』

『はやくはやく』『ておくれになるまえに』『まっててね』

 

 森が意思を持ったかのようにザワっと揺れ動いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「うわ、これガチで……?」

 

 これがコボルト達の住民化に複雑な想いを抱きながらも受け入れた後、ピコンと五月蠅いメールの着信音に応答して、貧乏くじミュータントに言われるがままに晒しスレを見た僕の反応だった。

 近付くだけで危険な害悪PLに面白いネタキャラ、原作キャラに関わろうとするPLに地球の歴史に大きな影響を与えそうなPLなど、玉石混交のプレイヤーが入り交じる晒しスレ、有名PL粘着ストーキングスレだけど。今回、晒されたプレイヤーは飛びっ切りのビッグネームだった。

 

「UR日本財閥総帥ってつまりミュータント商会のドンだよね。日本の農家保護を理由に食料売買に制限を設けた。そのトップが実は人肉好きで有名な美食家ミュータントだった?」

 

 冷静になれ。ひとつずつ確認していこう。まず美食家ミュータントは本当に人肉愛好家なのかって事からだ。

 そこは恐らく間違いないと思う。本人が人種の違いや年齢性別によって微妙に味わいが変わるんだと牛肉の産地を語るかのようにスレに書き込んでいたのを見た覚えがある。それにミュータント傭兵が子供達をショップに出品した時、もう少しで購入されて餌食にされていたと苦々しく語っていたしね。後で僕も二人のやり取りを見たけど可哀想な子供を助けるような意図は感じられなかった。うん。美食家ミュータントは人食いだ。これは確定。

 

 次、UR日本財閥総帥は美食家ミュータントなのか。

 ここは正直、眉唾物かもしれない。課金ガチャで大当たりを引き当てたプレイヤーに対する羨望と嫉妬は凄い物があるからね。自滅した黒羊デーモンのマスターは未だに貶され続けているし、インベーダーのUR当選者も出て来たのが美少女だった事もあってボロクソに言われている。インベーダーの中枢を担ってる軍のトップがそういう扱いをされてるんだ。単なる金持ちに過ぎないUR日本財閥総帥が根拠のない誹謗中傷を受けたって不思議じゃない。うん。ここは確定じゃない。

 

 でもUR日本財閥総帥がミュータントだって事は間違いないし、晒しスレに垂れ込んだ情報元がミュータント商会の従業員らしい事は気になるな。

 内部告発。重大な不祥事が発覚する時はやっぱり身内から情報が漏れるものだからね。黒よりの灰色ってとこか。

 

 食料売買に制限を設けたのは日本政府に対するソンタクだと思ってたけど、こうなるとそれも怪しくなってくるな。僕みたいなデーモンの食料生産者に牽制をする事で自陣営に困窮したミュータントが所属するよう仕向けたとか? それか兵糧攻めでミュータントの善側PLを減らして人食いの同類を増やしたかったとか。んー、魔法少女のターゲットにされた段階でアウトだと思うんだよな。めっちゃ目立つ地位にいるし同類が多少増えようと見逃される事はないはずだ。

 

「警察なら地位と財力でどうにか出来るかもしれないけど、魔法少女にはそういう上からの圧力って意味ないんだよね。良くも悪くも個々に動いてて皆バラバラだし。多少チームを組んだ魔法少女パーティがあるくらい」

 

 まあ、魔法少女が組織だった動きをしないから2大侵略者のインベーダー・デーモンにいいようにやられてるって面もあるんだけどね。激戦を潜り抜けた年長者が戦力的には新米の魔法少女に劣るって特殊な戦力構造になってるせいで上手く集団化しようにも出来ないんだ。しかも魔法少女って我が強いし。サブカル的に言えばキャラ立ちしてるんだよ。大人しく組織の一員として埋没してくれない。

 

 そういう個々の魔法少女の間を取り持って強敵が出て来たら情報を共有して共に対処へ当たらせる役目を魔法少女支援団体が担っている訳だ。

 他にもSR・SSR・URそれぞれに懸賞金を掛けて魔法少女が生活苦で犯罪に走らないようにしたりだとか、困窮するミュータントに戦仕事ばかりだけど回したりだとか、インベーダーの離反者を受け入れたりだとか、デーモン国家の内通者から情報収集したりだとか色々と影で動いている。非国営の民間団体らしからぬ超権力を持ち謎のベールに包まれた非合法組織でトップが誰かも判然としていない。その活動内容から特殊な力を持つ魔法少女が密かに後方を担ってるんじゃないかと言われている。

 

 うん。国際的に動いている魔法少女支援団体の運営に国がノータッチだなんて考え辛いけどね。でも、特定の国家が全面支援していますとか言ったら下手したら宇宙から超兵器で狙い撃たれるかもしれないし。たぶん怖くて公表できないんだろう。インベーダーに地球文明が滅ぼされていないのは彼らの植民地計画の為に地球環境は可能な限り現状のまま維持しろって上から言われてるからっぽいしさ。戦略核を大量導入なんてされたら魔法少女が幾ら強くても国を守るなんて不可能だと思う。

 

 いや、そうとも限らないか?

 URが宇宙戦艦とやり合えるのを考えたら核ミサイルくらい魔法で迎撃可能だったりしても別に変な話じゃ……。

 

「うん。現状を考えれば考える程、UR日本財閥総帥が美食家ミュータントだったら詰んでるよね」

 

 ゲーム意識が消えないまま迂闊に情報を書き込んでしまったせいでドツボに嵌まったって解釈すると余り違和感もないし。そうだよね。MMOの攻略情報とか掲示板で情報共有するのは当然の文化であって、その書き込みのせいでNPCがメタ読みして突撃かましてくるとか想定する事自体あり得ないもの。何だよそのクソゲー。現実かよ。

 

「そうなると僕のバニラビーンズは……」

 

 取引きそのものが無かった事になりかねない。いや、その前に超有名ミュータントが裏で人食いをしてたって表社会に暴露されてしまったら下手すると血で血を洗う内戦が勃発するんじゃないかな。日本にだってミュータントは多いんだ。今のギリギリのバランスが崩れたら小康状態を保ってはいられないかも。

 

「少なくともミュータント商会に務めてるPLはマズいだろうな。内藤さん大丈夫かなぁ」

 

 食料売買を禁止されて資金稼ぎに支障を来たしていた僕の相談に快く乗ってくれた受付のオニーサン。

 それに貧乏くじミュータントの鈴原。ミュータント傭兵のマイン・ブロンド。

 全員が美食家ミュータントの巻き添えで魔法少女に葬られてしまうかもしれない。そういう見境のなさが魔法少女にはある。

 

「はぁ。ここで思い悩んでても仕方ないか。切り替えよう」

 

 今はそう。

 さっさとゴブリンを箱庭から消し去らないとね。


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