魔法少女大乱Online   作:八虚空

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第35話 蹂躙のち死闘

 ザワリと森が蠢いた。そう矮小な存在にしか過ぎないゴブリン達には認識できなかった。

 

「ギギッ」「ギィ?」「グギャ」

「ギャガガ……」「キヒヒッ」

 

 頻りに周囲の空間を見回す落ち着きのない個体。不穏な気配に怯える個体。隙を見せた同族を馬鹿にする個体。

 ゴブリンの反応は様々であったがソレを最初に見た時の反応は概ね同じであった。なんだ。あの木偶の坊の親玉か。そう侮る表情を浮かべたのだ。

 

 未だ生命の乏しい小さな箱庭に奇怪な物体がひとつ。

 その物体は木々を折り曲げて無理やり人型に固めたような歪な姿をしていた。言うなれば辛うじて人のシルエットを模す事に成功した子供の工作といった所だろうか。なる程。ゴブリン達が連想したように意思で動く巨木である点はトレントと似通っているかもしれない。彼らにはさぞ弱々しく見えた事だろう。トレントが見掛け倒しの雑魚である事はこの箱庭のゴブリンにとっては有名な話なのだ。

 

 だが、高くても3メートルもいかない低木であるトレントと違い、その奇怪な物体はおよそ20メートルもの高さを誇っていた。

 そうこの箱庭世界でもっとも大きくて高い唯一の高層建築物なのだ。

 

「良い眺め」

 

 高層建築物の頂上で周りの木々よりも遙かに高い場所からの景色を見て女神は満足げに頷いた。

 箱庭を埋め尽くすように何処までも続く森林の緑と、陽光に照らされた清々しい青空に白い雲と、日の当たらぬ薄暗い外縁地帯と、周囲を囲むように広がる久遠の暗闇。断崖絶壁のようになっている地面の先には何も存在はせず、この世界は文字通りの箱庭である事を表わしていた。

 

 常人では閉所に閉じ込められているような不安感や急に地が崩れ落ちてしまうような錯覚を抱く光景を眺め、ウットリと頬を染め女神は笑った。

 そう。この場所こそが彼女の拠点。この場所こそが彼女の居場所。この場所こそが。

 

 彼女の支配する世界。

 

「今のとこ周囲には何も変わった様子はないかな。そのうち、外を専門に警戒する防衛部隊を作った方が良いだろうけど」

 

 鼻歌を歌いながら感慨深く己の箱庭の景色を眺めていた女神はそう未来の展望を上機嫌に語るとゴミを見付けてしまったかのように顔を歪めた。

 目に映るのはゴブリンの姿。もっと詳しい説明をすると同じ同類を笑いながら足蹴にするゴブリンの姿だった。急な異変に怯えた同類をトレント如きにビビった愚か者として集団でリンチにしていたのだ。

 

「ふぅん。やっぱり君らはそんな感じなんだね。ログハウスから近いし僕が殺したゴブリンの親類縁者が結構いるはずなのにな。身内の心配をするって感情すら存在しないんだ」

 

 ストンとあらゆる感情が抜け落ちた顔で女神はゴブリンを見つめると宣告を下した。

 

「ウッドゴーレム。あれ消して。綺麗さっぱり」

 

 ゴミを捨てておいてと告げるような気軽さで発せられた根絶の命令に木の巨人はその巨大な足を踏み出した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ズドンと巨大な物が落下した音を発してウッドゴーレムが動き出した。意外と滑らかな動きにおおっと僕は感嘆の声を上げた。

 あくまでウッドゴーレムは非生物であって、ラジコンを操作するように動けと意識を割かないと動作しないんだけど、思った通りの動作を完全にトレースしてくれるから巨大ロボットを操縦してるみたいでちょっと楽しい。最初に試した時、一度頭から振り落とされちゃったけどね。20メートルの上空から地面に放り出されてもSRデーモンなら大したダメージを受けないって貴重な情報を得られた訳。正直めっちゃ怖かった。

 

 今は安全ベルトの蔦を腰に巻き付けて身体を固定してるから問題ない。

 うん。最初は5メートルくらいの小型ゴーレムで試すべきだったかもな。それを複数操った方が小さいゴブリンを片付けるには有用だったかもしれない。もう魔素が勿体なくてこの子を運用するしかないけど。500魔素も注ぎ込んで鉄並の硬度にした自信作だからさ。活躍させたいじゃん。

 

 まあ、正直ゴブリン相手なら依り代を通しての発見・急襲・殲滅が一番効率が良さそうなんだけどね。折角の実戦だから新たな逸話を獲得しようと思って。女神の怒りに触れた矮小な怪物が木の巨人に駆逐されるって神話に有りそうだしイケるんじゃないかな。この逸話を通して錬金術系のスキルが生えてきたら嬉しい。

 

「うっ、大きさが違い過ぎて箸で豆をつまむような精密動作を要求されてる」

 

 ざわざわっとウッドゴーレムが森の中を進む度に密集した木々を植物操作でどかしながら進撃させてるんだけど、ギィギィ鳴きながらゴブリンが逃げ惑っていて中々捕まらない。チョコマカと逃げ回って往生際の悪い。

 

「イケ! そこだ!」

 

 ズドンドゴンっと足を踏み出す度に小規模の地震が発生してゴブリンの叫び声がこだました。

 断末魔みたいな狂乱の叫び声だけど、ウッドゴーレムの攻撃そのものは全然当たってない。拳が抉り抜いた土砂や木の破片が凄い速さで飛び散ってるから、せいぜいその破片で怪我を負ってるくらい? ああ、でも目に木片が入り込んで片目を損傷したりしてて被害は結構甚大みたいだな。確かに地震で周辺の建築物が壊れて瓦礫が降ってきてるシーンだって想像したらヤバいか。大きさは力だね。

 

「よし、今……」

「まちなー」「たんまたんま」「タイム」

 

 足を負傷したゴブリンを仕留めようとウッドゴーレムに拳を握らせて狙い定めた時、周囲に小精霊が何体も現れて腕をバッテンの形にした。

 これは……ゴブリンを庇っているんだろうか? ゆるキャラの小精霊達が? 箱庭の仲間で殺し合うのを止めたいって事なのかな。いや、そんな心優しい感じの娘達じゃないや。今日、出かける時も元気にヤレーコロセーって皆で応援してくれてたし。小精霊もデーモンだ。暴力を振るう事に抵抗なんかない。

 

「えっと、どうしたの? 朝の時は応援してくれてたと思うんだけど」

「それは」「それな」「そういやそうだな」「なんでだっけ」

 

 止める理由を聞いてみたら彼女達自身にも分からなくなったらしく皆で首を傾げて見つめ合っている。

 うーん。記憶力に問題がありますねぇ。その場その場の判断は結構、優秀なんだけどなぁ。

 

「このままゴブリンを殺すと不都合なの?」

「いや」「別に」「ううん」「かまわないよ」

 

 小精霊達にゴブリンが必要なのかと聞くとそれも違うと言う。

 一応、念の為にゴブリン達は逃亡できないよう周囲の樹木を操って拘束したし。小精霊への聞き取りを優先しよう。他の場所にもゴブリンはまだまだ居るんだ。焦る事はない。

 

「このままゴブリンを殺し尽くすのは問題がある?」

「ないない」「逆でしょ」「せやな」「変わったジョークだね」

 

「このままゴブリンを皆殺しにするのは可哀想?」

「なんで?」「?」「意味フ」「おまえは何を言ってるんだ」

 

 うっ、小精霊って記憶力は悪いのにネタで教えた言葉は何時までも繰り返し使う悪癖があるんだよね。

 言葉には気を付けなきゃ。可愛い小精霊のイメージが崩れちゃう。

 

「後はえーと。このままゴブリンを殺すのは勿体ない?」

「それだ」「それな」「そうそう」「だよな」

 

 僕の言葉に一斉に頷いた小精霊達の言ってる事がイマイチ分からなくて首を捻った。

 勿体ない。つまりそれはゴブリンの為でもなく、小精霊の為でもなく、僕の為に彼女達は動いた事を意味している。

 このままゴブリンを箱庭から消し去るのは僕にとって不利益だから止めた。そういう事だ。

 

「そう思った経緯を聞かせてくれるかな」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ギヒィ……」

 

 何度目か分からぬ疲労の溜息を零して彼は腰掛けた木の枝から身体を起こした。

 眼下には相変わらず真っ白な身体を泥だらけにした猟犬共が黄金の瞳で彼の姿を睨み付けている。無駄な遠吠えもせず虎視眈々と獲物を狙い続ける姿に彼は本能的な恐怖と何処までも付き纏ってくるしつこさにウンザリした気持ちを抱いた。

 

 イヌ科の獣は開けた大地に適応する為に足が長く木登りには不向き体型に進化をしているが、それでも全く木登りが不可能という訳ではない。油断すると猛スピードで駆け上がった狼に身体を食いちぎられる可能性があった。いや、可能性ではない。実際に彼は樹上で片耳を猟犬に貪り食われている。

 だが、負傷しているのは彼だけではない。追跡する猟犬達もまた身体に血痕の跡が残っており反撃を受けた事を物語っていた。獲物からの思わぬ手痛い反撃に他のゴブリン達を追うことを止めて全てのウルフがこの場へと集まっている。

 

「ウォーン!!」

 

 威嚇の為かウルフ達の中で最も大きな個体が急に雄叫びを上げ、彼は全身を襲う寒気に咄嗟に樹上から飛び出していた。

 

「ゴガァッ!」

 

 背後からはリーダーが気を引いた隙を利用して気付かれないよう無音で木を駆け上がった狼が飛び掛かってきていた。

 そのまま樹上で眼下に気を取られていたら危なかったと彼は冷や汗をかく。

 

「風ヨ爆ゼヨ」

 

 流暢になってきた彼の口からキーワードとなる呪文の言葉が唱えられ、狼と彼の間で爆風が巻き起こった。

 一瞬の、刹那の間の出来事でしかないが、そこに確かに彼の言葉通りの事象が巻き起こったのだ。

 

「グギィッ」

「ギャンッ」

 

 風に押され狼は地に転がり落ち高所から落下した事で怪我を負い。

 彼は水平に吹き飛ばされて別の樹木へと突っ込んだ。樹木の尖った枝が身体の至る所に突き刺さって痛むが、所詮はカスリ傷。デーモンの自然治癒力で治る範囲だ。

 

「グペッ」

 

 口内に溜まった血を吐き捨てると彼は小柄な身体を活かして猿のように枝から枝へと走り出した。

 その動作の一つ一つに不自然な風が纏わり付いている。箱庭に偏在する見えない微粒子、風の微精霊が彼の手助けをしているのだ。

 

「ガゥッ」

「グルル」

 

 群れの仲間を痛めつけられたお返しをしてやろうとその背をウルフ達が再び追い出し。

 

 

 

「へえ」

 

 その様子を箱庭の女神が興味深そうに眺めていた。


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