魔法少女大乱Online   作:八虚空

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第37話 王権神授

 さて、ゴブリンを当面は滅ぼさないと決めたなら、何時までも怪我人を放置し続ける訳にもいかない。

 重傷なのは目の前にいるウィッシュだけじゃないんだ。僕がウッドゴーレムで蹂躙したゴブリン達にも後遺症が残るだろうレベルの怪我人が2人、ゴブリンのリンチで瀕死に追いやられていたのが1人いる。全員を眷属にして治癒しないといけない。計400魔素の出費。やっぱり再眷属化による治療はコスト面で実用的じゃないね。

 

 あ、そうだ。折角だから僕の眷属じゃなくウィッシュの付き人にするか。これからゴブリンのリーダー役として頑張って貰わないといけないんだ。賛同者がいるなら多少はゴブリンの文明化成功率も高まるでしょ。うん。ちょうど良い概念がある。王権神授説。これをゴブリンで試してみよう。

 

「口を開けて」

「ギャガッ」

 

 無理やりウィッシュの顎を掴んで口を開けさせると僕は自分の犬歯で指を傷付けた。いっつ、地味に痛い。自傷なんてするもんじゃないね。

 その血が滲む指先をウィッシュの口元へ持っていくとポタリと一滴だけ彼の口内に垂らした。これで条件は整ったかな。

 

「ウィッシュ。君を、ゴブリンを統べるモノと女神サルマ・フィメルの名において認めよう」

 

 種族滅亡の危機を救い、女神からこの地のモノを統べるよう託宣が下りる。王朝の始祖としては十分過ぎる逸話だ。

 これで後は血を媒介に体内から再眷属化をすればRに進化間近のウィッシュなら神秘の蓄積によるランクアップを果たすだろう。これもまた一種の儀式。この日は後々、ゴブリン族にとっての祝日に、この地は聖地と化すのかもしれないね。それだけの文化を築ければ。いや、築くさ。ウィッシュが夢叶わず事切れてゴブリンが野蛮で邪悪なモンスターのままだったなら今度こそ滅ぼすもの。築かないなんて許さない。

 

「ギィ、ガガガ」

 

 僕の血を取り込んだウィッシュが光輝いて姿を変えていく。これがランクアップか。この魔素の流れ。僕が流し込んでる魔素だけじゃない。ウィッシュを中心に周囲の魔素が自然と流れ込んで行ってるのが分かる。世界による祝福とでも言えばいいのかな。デーモンとは即ち世界に刻まれた生きる歴史だ。かくあれかし。そうであれと願われた在り方。ゴブリンの王に相応しき存在へと世界に書き換えられている訳だ。良いよ箱庭の主たる僕が認めよう。思う存分、持っていきな。

 

 身長が矮小なゴブリンにしては高く伸びていく。僕よりちょっと低いくらいかな。大きい。この前の悪漢ゴブリンは2メートルはあったから比べると小柄な方だろうけど。顔は、まあ普通にゴブリンだ。別に美形になったりはしていない。緑色の肌に尖った鼻と耳に坊主頭。

 でっぷりと出ていたお腹が引っ込んで細い四肢に肉が付いて中肉中背にはなったけど、それだけ。

 

 でも身体の内部には結構な魔素が内包されているのが分かる。

 同じRランクのトレントと比べても尚、密度が高い。魔素が圧縮されているんだ。流石にSRの僕と比べるとカスみたいなものだけどね。

 

「ハッピーバースデー。生まれ変わった気分はどうかな」

「ギッ……まるで。別の世界に来たようです」

 

 滑らかな口調でウィッシュは日本語を話した。この知識の流入はどういう仕組みなのか僕にもよく分からないけど、箱庭の主である僕の影響を強く受けるらしい。ギリシャ語も何故か分かるけど、日常会話は前世の言語である日本語の方が何倍も親しみがあるからね。

 

「そうだ。折角だから王権の象徴たるレガリアを作ろうか」

「レガ、リア?」

「君が君である証かな。君を見た事のないゴブリンだろうとソレを見たら君を思い浮かべるような物」

 

 歳を取らないデーモンだろうとウィッシュが何時までも王である事を望むとは限らないし、権力をスムーズに移行できるゴブリン王の象徴を今のうちに作っておいた方が良いだろう。行き過ぎれば王の地位もレガリアも奪い合うような争いが巻き起こるかもしれないけど、形のない国にそこまでの価値をゴブリンが感じられるようなら既に文明化されてるでしょ。

 うん。ゴブリンに土地を譲るつもりはない。あくまでも彼は僕の箱庭に住まわせて貰っている一種族の王だ。そんな他種族との揉め事の種になりそうな事は許しちゃ駄目だね。最悪、僕の箱庭から独立しようとか勘違いする輩が現れるだろうし。

 

「よっと」

 

 アイテムボックスから果樹トレントの、リンゴの木の枝を取り出した。僕の箱庭で今、もっとも神秘が豊富な素材って言ったらコレなんだ。まあ、R素材に過ぎないんだけど、そこはこれから積み上げる歴史で神秘を賄って欲しい。

 それにリンゴの木はケルトの自然信仰において不老不死・永遠の愛と幸福を意味している。ウィッシュの意を汲むとこれ以上にらしいレガリアの素材はないんじゃないかって気もするね。

 

 で、この神秘が豊富過ぎて僕じゃ加工が出来ない枝を芯にして、枝の周りを普通のトレント素材の枝に巻き付かせていく。うっ。蛇みたいに滑らかな感じを出そうとすると加工がすっごい難しい。植物操作を習熟しようと毎日訓練してるのにな。まだまだ未熟。せめて色合いだけはそれらしくしよう。白蛇は日本では縁起の良い動物だとされてるから白で。

 

 蛇は毒を持ってたり脱皮したりする事から死と生の象徴だと遙か昔から信仰されてきた。そこから転じて豊穣の象徴、神の使いだとされている。

 つまり地母神の、ニンフの僕の象徴な訳。

 それで同時に蛇の巻き付いた杖ってのはギリシャ神話に登場する名医アスクレピオスの杖も連想させるんだ。

 医療・医術の象徴として世界的に広まってるシンボルマーク。自力で精霊魔法に辿り着いたウィッシュなら医療魔術にも開眼してくれるかもって期待できる。

 

「ふぅ。何とか形になったね」

 

 白蛇の巻き付いた黒い漆黒の枝。名前は……そのままウィッシュの杖で良いか。

 祈りの杖と訳したら何かそれっぽいし。

 

「はい、あげる」

「あ、ありがとうございます?」

 

 良く分からないまま差し出されたレガリアを受け取ったウィッシュを見て僕はニヤリと笑った。

 

「受け取ったね?」

「はい」

「確かに受け取ったね?」

「は、はい……」

 

 ただならぬ様子に既にレガリアを受け取った事を後悔してそうな顔をしてるウィッシュに気軽に僕は言い放った。

 

「じゃあ、ゴブリンの国作りは任せたよ。最初は小さな集落で良いから頑張ってね」

「ギッ?」

「ゴブリンの国を作ってね」

 

 何を言われてるのか分からないと単なるゴブリンの振りをして首を傾げたウィッシュに僕は更にもう一度、告げた。

 

「ゴブリンに文明をもたらして。君が生きてる間は見逃すけど、駄目だったら今度こそゴブリン滅ぼすから」

「!?」

 

 うん。諦めなウィッシュ。

 ギリシャ女神なんてこんなもんだ。無茶ぶりするだけで呪わない僕はまだ優しい方なんだぞ。

 

 さあ次は君の側近を作りに行こう。Rランクデーモンなら眷属の作り方も分かるはず。

 必要な魔素は僕が具現化した魔石を使うと良い。

 何故かちょうど近くに半死半生のゴブリンが何人か居るから連れて行ってあげるよ。いや、僕って優しいな。鞭の役目はもう僕が担ったから君は飴の役目を熟すだけで簡単に皆の心を掴めるぞ。死ぬかもしれないし急いでね。

 

 ハリーハリーとウィッシュを急かして連れて行き、怯えるゴブリン達を治療して彼らの住居をポポンと作ったり、今度うちの子達を襲ったらウッドゴーレムがまた来るよと脅して超巨大な破壊神の像の主っぽい逸話を獲得したり、諸々の処置を終えてやっとゴブリン関連の問題にケリが付いた。

 

 でもまあ、最初は上手く行かないだろうね。

 Nランクのゴブリンがウィッシュに逆らうとは思わないけど、襲撃しに来た武闘派のRランクゴブリンみたいなのがまた生まれてくるはず。

 箱庭は広い。ウィッシュも何処に生まれるか分からない同格のゴブリンを完全に従える事はまだ出来ない。

 

 その時、タイミングが悪ければ犠牲者が出る可能性もある。今回のように上手く救えるとは限らない。

 ダークエルフの娘達の事を考えるならウィッシュを犠牲にしてでもゴブリンはここで根絶やしにした方が良いんだ。これ以上、繁殖したら根絶するのにも壮絶な苦労を必要とするだろう。

 

 だけど考えてみれば危険なのはゴブリンだけじゃないんだ。

 肥満オークさんの所から貰ってきたNイノシシからはRオークが何時の日か生まれてくるだろう。同人誌界隈でゴブリンと双璧を担うエロモンスターが。肥満オークさんの異教の神めいた祭りを経験した事で別物と化してると油断するのは危険。

 

 更に一心に僕を慕って命令に従っているウルフ達も子供は野生の生き物だ。こっちは子供が生まれても群れの主に従うだろうから注意すれば大丈夫だろうけど、野生の肉食動物なんて放し飼いにしてたら危険なのは当たり前の話。

 

 それでコボルト。彼らも臆病な性質だけど最初はゴブリンに引けをとらない凶暴性を表わしていた。今の従順で可愛らしさを生き残る戦略に据えたのは箱庭内で最弱の地位にいるのだと理解したからだ。ゴブリンが消えて彼らが箱庭に満ちてRランクが生まれてきたら今のまま大人しいだろうか。逸話ではコボルトは坑夫を困らせる為にコバルトを生み出したという。そう、熱すると毒の煙を発生する鉱石を悪戯でね。

 

 他にもRデーモンやSRデーモンを僕はデーモン国家からアウルムを通じて購入していく予定だ。

 そうやって箱庭の生態系を整えて行こうと考えている。ゴブリン程度を恐れていたらやっていけないんだ。

 

 やっぱり、ダークエルフ達にも自衛できる力を付けさせないと駄目だね。その為にはウィッシュの言う事を聞かず襲撃してくるだろうRゴブリンと配下のNゴブリンの群れは都合が良い。僕が何時でも助けられる程度の脅威を相手に実戦を積める。文明を重んじる知的なゴブリンと野蛮で暴力的なゴブリンに分断できたらゴブリンにゴブリンの駆逐を任せる事も選択肢に入るし。やりようはあるな。

 

 それに僕の守護する地域の外は危険だって状態はある意味理想的な環境なんだ。

 地球から買い入れた人間がダークエルフ3人娘のように協力的な人ばかりとは限らない。中には僕を敵視する人もいるだろうし、箱庭で犯罪を犯そうとする者も現れると思う。僕が命令で行動を牽制するのは現実的じゃない。数十人ならまだしも、僕はこれから人間を何百人単位で購入していく予定なんだ。手が回らないし、それが出来ても信仰が得られるかは微妙。

 

 でも僕の保護下にいないと危険だという認識が広まれば……崇めるんじゃないか? 偉大な守護者である僕を。

 今のダークエルフ達との関係は壊したくないし元人間には僕は優しい女神様としてずっと接する予定だ。苛烈な真似は可能な限り人間には行いたくない。眷属にしたら大丈夫だって話だけど、人間はあの魔法少女が生まれてくる種族だしね。何が起こるか分からない。

 

 でも、甘い顔ばかりしているとツケ上がってなめ始めるってコボルト達のおかげで良く分かった。

 だから鞭も必要なんだけど、どうしようかと悩んでいたんだ。

 その役目を今回、僕がしたように外部の者に任せれば……。野生のゴブリン。意外と使えるな。

 

 それに、全く何の争いもない理想郷を目指すのも一つの手だとは思うけど、それだと外敵には弱い。

 管理できる範囲で敵を育てて、戦の歴史を積み重ね味方の戦力を高める。ゴブリンを文明化する事で敵の中からも味方を作り上げる。

 

 これが僕がゴブリンを受け入れようと思った全ての思惑。

 うん。単なる辻褄合わせだね。ゴブリンを滅ぼさないで済む理由を後から色々と考えてそれらしく語っただけ。

 ダークエルフ3人娘に手を出されてカッとなっていたあの時の僕ならそんな理屈なんて気にしなかった。理屈で感情は納得しない。ゴブリンを醜いと感じたままなら何の躊躇もなく滅ぼしていただろうと思う。それが何の意味もない無駄な事だったとしても。

 

 ウィッシュの事を気に入った。

 僕がゴブリンを滅ぼさない本当の理由はこれだけだ。

 

 女神は昔から英雄には弱いのさ。一種族の行く末を決めてしまうくらいにはね。


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