魔法少女大乱Online   作:八虚空

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第39話 据え膳

「いいね。最高に痺れたよっと」

 

 3Dビジョンに浮かぶ半透明なキーボードを操作してミュータント傭兵と連絡を取り合っていた僕は賞賛の言葉を最後に送りつけて、フゥと溜息を吐き出した。

 ヤバい。顔が赤い気がする。これ以上、褒め殺しにされるのは耐えられない。なんか気恥ずかしいし。ちょっと頬がニヤけている気がする。

 こんな顔、誰にも見せられない。何でアイツはあんなキザな台詞を躊躇なくポンポン吐けるんだよ。嬉しくなっちゃうだろ。

 

「あーもう。何か精神が本気で女性よりになっちゃってんよぅ」

 

 あまりの恥ずかしさにゴロゴロとベッドを転がって襲ってくる妙な衝動を発散する。

 んなぁーと鳴いて何かを誤魔化す。僕の中の男の子がキュンキュン言ってる乙女心に袋叩きにされてる気がするよ。いや、別にミュータント傭兵の事を恋愛的な意味で好きだって訳じゃないんだけどさ。アレなんだよね。アニメキャラやアイドルに夢中になっちゃう感じ。ファン心理的なのが今凄い主張してる。だから女神は英雄タイプには弱いんだって。直ぐ絆されるチョロイン気質な所があるんだから、気軽に口説き文句を使うのは止めな?

 

「うー。頬が火照ってる。これは何か良くない。良くないぞ……」

「あの女神様。大丈夫ですか?」

「ピッ!?」

 

 急に掛けられた声にビクンと反応すると、そこにはアミールが心配そうに佇んでいた。

 み、見られた? というか、何時から部屋の中にいたんだよ。

 

「アミール、何で僕の部屋の中に? 何時から?」

「いえ、あの。ドアを何度ノックしても反応がなかったので勝手に入ってしまいました。申し訳ありません。入室した理由は、その。ナフィに私の順番だと促されまして。拒否されている様子ではなかったので一度、話だけでもした方が良いのではと」

 

 あ。薄らと頬が赤い。ナフィーサが順番だからって夜にアミールを促したってのはつまり、そういう?

 いやでも、アミールはゴブリンの事で性的トラウマを抱えている可能性があるんだよな。目の前で大事な物が穢されそうになって憎悪と嫌悪で頭が一杯になってが自らの性自認そのものを歪めたんだし。

 

「う、うーん。無理しなくって本当に良いんだよ? ナフィーサの場合も僕としては役目や仕事とかじゃなくて……」

「はい。ナフィの方から望んだんですよね」

 

 思った以上に熱を孕んだ視線に気圧されてコクコクと頷くしか出来なかった。

 あれ。もしかして。そういや僕の外見は女性にしか見えないし男の子の時からアミールにはそういう目で見られてた可能性もあるのか。下の方もついてるから、僕の性自認もあやふやで同性に対する接し方をアミールにはしてたんだよね。好意的な物は感じてたけど恩人に対する感情だと思い込んでたから。

 

 ナフィーサの方は淡い憧れめいた甘酸っぱい感情があるって気付いてたし、僕もちょっとは意識してたんだけど。

 もしかして、女体化したのって性的トラウマや男性嫌悪が理由じゃない?

 

「えっとね。僕は君らが思っているほど立派でも人格者でもないんだよ。むしろ凄い優柔不断。さっき話したようにゴブリンを滅ぼす決定も翻しちゃったし」

「そう、ですね。今すぐゴブリンを許容するのは難しいですし、ゴブリンが文明化するイメージは湧かないですが。でも正直、女神様がゴブリンの抹消を考え直した事にホッとしている自分もいます」

「ん、なんで?」

「主に逆らうような謀反人の一族をも許した優しい女神様なら私達一人一人の事をちゃんと見てくれるでしょうから。人間社会では一度の失敗が長く、非常に長く後に響くんです。下手をしたら二度と這い上がれないくらいに。私達はそういう負債を抱えた国で遙か昔の人間の過失を理由も分からず償い続けてきました」

 

 あ、そうか。アミール達の国はそのアレだったな。失敗国家。

 治安が悪いなんてレベルじゃなく、実質的な戦国状態。複数の勢力が終わらない内戦を続けている国だった。

 その理由がインベーダーによる意図的な分断だった事には驚いたけど、前世の国にも似たような状態になっている国はあった。

 

 別名、破綻国家。崩壊国家。脆弱国家。

 国家としての体をなしていない国。政治家が私腹を肥やす者ばかりで機能せず、中抜きでまともな財源を確保できず、教育・医療・交通・司法・消防・警察などの公共サービスを提供できず、暴力の独占が不可能で頻繁にテロリストやマフィアが湧いてくる。名目上の国だ。

 

 そんな国でも戦国時代の日本が戦国大名ごとに独自の統治を行っていたように一定の秩序がなくもないんだけど。

 下手に軍事技術が進んじゃっているからなぁ。安値で銃が出回っているから子供でも大人を撃ち殺せる訳で。死傷者は昔とは比べ物にならない上に統治も難しい。何処かの勢力が大勝ちしたとしても内部から崩壊する可能性が高いし。ホント良くまぁミュータント傭兵は内戦を終わらせられたもんだ。あれかな。火種をばらまく為に幾つもの有力勢力との伝手が傭兵団にあったとかかな。インベーダーに全体のヘイトを向けさせて団結させたって彼は言ってたけど。言う程、簡単な事じゃないだろうに。

 

「だから不安なんです。ダークエルフという種族にひとくくりにされるのは。誰が同胞となるかも分からないあやふやな状態は。私達は確かな立ち位置が欲しい」

「それで権力者である僕の情婦になろうと考えたのか。言っておくけど、その立場も確かなものじゃないよ。僕はハーレムを作って箱庭の成長に貢献しなきゃいけない地母神だ。君らが安心できるような立場じゃあ」

「いえ。女神様は情を交わした相手を見捨てません。あんなにも怒ってくれたじゃないですか」

 

 そう信じ切った笑顔で微笑んだアミールに見透かされてるなと僕は溜息を吐いた。

 たぶん僕は彼らを切り捨てるべきタイミングで切り捨てられない。一国を滅ぼした傾国の美女を時の皇帝が最後の最後まで寵愛し続けたような駄目な甘さが僕にもある。

 

 でも、それでいいんじゃないかという気持ちもあるんだ。

 僕は王じゃない。女神だ。正しさではなく感情で動く生き物。損得ではなく快不快を優先するギリシャ女神。

 この箱庭では僕がルールで、僕の望んだ社会を構築できる。寵愛を授けた者を害してまで世界に奉仕しなければならない理由なんてない。

 

「んんぅ。分かった、分かったよ。僕の負け。アミールが望んでくれるなら拒否はしないよ」

「そっそうですか!」

「でも、アミールが身体を差し出すのは単にそういう地位が欲しいからなの。僕に対する何らかの感情はない? もういっそ、エロいからヤリたいなんて言う下心でも良いからさ、何かないの?」

「っ……ぁ……ぅぅ」

 

 15歳の思春期の元少年をからかうような気持ちで問いかけてみたらアミールは言葉に詰まって真っ赤な表情になった。

 うーん。何かエロい。男だったとは思えない。大して胸もないし洋服の上からじゃ変化は多少、丸みを帯びたってくらいしか分からないんだけど。中性的な少年っぽい美少女ってだけでイケない危うい色気がある気がする。両性になってから僕、少し嗜好が変わってるなぁ。もっと胸の大きな年上のお姉さんが好みだったのに。アウルムみたいな。いや、それはそれで今でも大好きなんだけど。

 

「そ、そぅ……に、きまって……」

「ん?」

「そうに決まってるじゃないですかぁ!! 女神様は無防備過ぎるんです!!」

「お、おぅ」

「朝に裸同然のシースルーで寝惚けてリビングに来たり、食事中に胸の谷間にココナッツジュースを零したり、仕事終わりに気軽に抱きついてきたり、夜中に大声で喘いだり、ドアを開けっぱなしのまま翌朝まで裸で眠ってたり、もう色々と。本当に色々と見えちゃいけないものが見えてて、聞こえちゃいけないものが聞こえてくるんですよ!!」

 

 もうリンゴのように真っ赤な顔色になったアミールに糾弾されて、そんな事もあったなと僕はアハハと頭を掻いた。

 いやだって、ずっと小精霊に行為中の情事を視姦されまくっているんだもの。そりゃ感覚も麻痺るよ。でも確かに男の子時代のアミール君にはちょっと刺激が強かったかもしれない。よく僕って襲われなかったな。最初に同居した男性がアミールで色んな意味で良かった。

 

「フゥーッ、フゥーッ」

「アハハ。何かゴメン」

「いえ、良いんです。理由は分かってますから」

 

 もう涙さえ目に浮かべてるアミールに僕はせめてものお詫びとしてサービスをしてあげる事にした。

 

「そうだね。女性になったばかりで身体を触られるのには抵抗があるかもしれないし」

「いえ、そんな事はっ」

「うん。大丈夫なのは分かってる。でも僕はアミールにも楽しんで欲しいんだよね」

 

 だからと僕は続けた。

 

「僕の身体、触ってみる?」

「っ……………、………………はい」

 

 ゴクリと息を呑む音が僕にも伝わって来た。

 け、結構、緊張するな。

 アミールの目が狼なんだけど。もしかして早まった?


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