「よしよし。やっぱり無から生成するより土を触媒に使った方が魔素消費は少なくて済むな」
僕の箱庭アールヴヘイムの薄暗い外縁地帯の先、断崖絶壁となってる世界の果てを見て僕はホッと安堵の溜息をこぼした。
これまでは静かでまるで時が止まっているかのような場所だったそこは今、ウネウネと蠢く焦げ茶色の大量の触手が四方へと伸び続けているショッキングな光景が広がっている。最初に見た時はビックリして外敵に地中から侵略されてるのかと思ったけど、これが僕の箱庭の成長方法らしい。あの大量の触手は箱庭を支えている木々の根っこなんだ。ずっと見ていると遠くまで伸びた根を追いかけるように土が後から出来ていくのが分かる。
どうやら僕が無から生成できるのは植物に限定されている訳じゃないみたいだね。意識的に生成するのは今の段階じゃ不可能だけどさ。
そこに早速、互助会から取り寄せて貰った土砂を投入して土の生成をキャンセルする。
木を操作して上空に持ち上げさせた僕の手からばらまかれた土は根に纏わり付くと固まって癒着した。不思議と崩れない。
いや、そもそも真っ暗な宇宙空間めいた次元の狭間に土砂を投入したら、そのまま空中に浮遊し続けていたから次元の狭間じゃ重力は働いていないのかもね。つまり惑星のように球体じゃなくても箱庭の土地には重力が働くような何かがあるって事だ。その何かは通常空間では惑星内部の一点に収束するよう引力を働かせていて、次元の狭間だと平べったい平面上に引力を働かせている訳か。不思議。その何かの形状でも違うのかな。
一回、興味本位で貧乏くじミュータント……長いな。名前で呼ぶか。鈴原に調べて貰ったんだけど重力が発生する仕組みは謎だったらしく、僕の仮説があってるかどうかも分からなかった。地球では１６６５年にあの有名なニュートンの万有引力の法則が提唱されて、宇宙の全ての物体には引力が存在するって認証されたんだけど、その引力を発生させている何かの正体は今の今でも判明していないんだ。色んな仮説はあるけどね。インベーダーはもう何かの正体を観測したのかな。
ああ、もしかしたら次元の狭間の物理法則なんて実は全く関係なくて、箱庭世界が平面状態なのは神話で世界が平面に表現されているせいかもしれない。そういう信仰の名残が未だに影響してるのかも。
地球平面説神話とでも呼ぼうかな。元ネタは近代に入ってからの誤解。中世時代じゃ地球は球体ではなく平面だったと教養人が信じていたって誤説から。
確か地球が丸いのは紀元前にはもう証明されていたんじゃなかったかな。コロンブスが地球は平らだって信じている教養人に邪魔されて航海の障害となったって有名な話は後生で作られた創作なんだ。ガチで宗教が科学者の障害となったのはガリレオ・ガリレイの地動説と天動説の話の方ね。こっちは異端審問で追求されて法廷で争っている。
現代人が中世じゃ学者でさえ地球平面説を信じていた暗黒時代があるって誤解してるのはカトリックに対するプロテスタントの印象操作の影響。
ガリレオ・ガリレイの宗教裁判のように科学と宗教は相容れないって論調に持っていって改革が必要なのだと訴えたんだ。その１７世紀に行われたヘイトスピーチが１９世紀になって表に出て来て広く信じられるようになった。
地球平面説は古代と、そして近代以降の二重に渡って深い神秘を獲得している。
それこそ神話と呼ばれる程にね。北欧神話、仏教、アブラハム系神話、日本神話、道教と世界中で平面の世界が宗教画に描かれている。そりゃまあデーモンの箱庭も平らになるって訳だね。
「とりあえずアイテムボックスに詰め込んだ土砂は箱庭の周囲に全部ばらまいておこうかな。あ、地球エリアの土壌改善に採取して貰った腐葉土は間違えて放り出さないよう別枠にしないとね。うっ、ミミズのカードがある。土と一緒に支援食料の対価として買い取った奴。必要だとはいえ、これを箱庭で繁殖させるのかぁ。土を豊かにするなら別にスライムでも良いんじゃ……いや、魔素の薄い地球エリアはスライムも嫌がってあまり進出してないし。スライムは魔素的には良くても栄養的には無意味だ。地球エリアの魔素は区域を区切る為に使用した魔石の地点に偏るよう調整してあるし、地球の植物はそもそも魔素に弱い。土の小精霊による魔法改善以外は土壌には特に何もしてない。やっぱミミズが要るなぁ」
やれやれと肩を竦めた僕はウゾウゾと土を取り込んで大きくなっていく箱庭の木の根を見て、世界を支える巨亀と象を描いた古代人の気持ちが良く分かった。
挙動がどう見ても生き物だ。今にもいあいあと喋り始めそうで何か怖い。
「あ、あれは僕自身だし平気だって。今はまだ本能で動いてて操る事は出来ないけど、そのうち意識して操れる、はず」
帰ろう。人間だって勝手に動いてる内臓の映像を見せられたらグロイと思うじゃん。そういうのだって。
「お帰りなさいませ主様。その様子ですと試案は上手く行ったみたいですね」
「お、お帰りなさいませ」
「うん。上手く土を取り込んで成長していってる。普通の土を使うだけでも魔素の節約になりそうだね」
次元転移で拠点のログハウスに数秒で帰還した僕はアウルムと眷属にしたリーダー格の蛇娘に出迎えられた。二人とも僕が地球から取り寄せたメイド服を着ている。勿論、ダークエルフ３人娘にも仕事着として買ってる。アミールのは執事服にした。そっちの方が格好良くてエロ可愛いからね。
うん。バニラビーンズの販売で地球のお金に余裕が出来たからさ。こういうちょっとした無駄遣いも出来るようになったんだ。ま、なんちゃってメイド服だし一着３千円しかしないんだけど。二人とも金髪碧眼の西洋美人だから格式高い雰囲気が醸し出されているね。
あ、蛇娘リーダーは下半身の蛇体が黄土色の鱗で覆われてたから英語で黄土色を意味するオーカって名にした。他の蛇娘は眷属にしてないから名付けてない。集落での名をそのまま使ってるみたいだけど僕はまだ知らないな。まだ気軽に世間話を出来る程には仲良くなれてない。もう全員、箱庭人口の構成員に数えられているから神秘を捧げてくれてるんだけどね。良くも悪くもアウルムの指導が行き届いているし、何やら畏敬の感情を持たれているっぽい。
色々と僕に関する話は皆から聞いてるみたいなんだけど、どうも地球にいる魔法少女と商談をしてるのが決め手だったらしいね。
あの雲上人のURと親しげに、しかも人身売買なんて重大な隠し事をしながら上手く付き合ってる様子が彼女達の長であるSSRを彷彿させるらしいんだ。SR程度の力しか持たない僕の事を文字通り神様のように敬ってくれてる。
ダークエルフの娘達のように敬いながらも何処か友達のような気安さもある関係構築は残念ながら蛇娘とは築けそうにない。
だから、どっちかというとプロのメイドさんに無理難題を吹っ掛ける我儘お嬢様的な感じで行こうと思ってる。うん。これはこれで素晴らしい奴だ。もう開き直ってセクハラしてやろう。そういうのが大丈夫な娘達か様子を見ながらね。まだまだお互い距離を測ってる感がある。
「肥満オークさんの所から買った魔素内包土はどんな感じだった？」
「ナフィーサが地球から購入されたガーデニング用の園芸用土と混ぜ合わせています。苗木トレントの騒ぎようから見ると結構な影響がありそうですね」
「ふーん。土に関しては木に特化した僕の箱庭より普通の山岳地帯の箱庭産の方が出来が良いのかな。木が土から内包魔素の更に特定の成分を吸い切っちゃってる訳だ。一属性に偏りきるのも良くないのかもね」
魔素の節約用として肥満オークさんから買い取った魔素内包土を軽い思い付きでトレントに与えてみるよう指示したんだけど、何か意外と意味がありそう。
森は土属性も兼任してるイメージだったけど、ニンフには山精もいるからなぁ。そこは別物と捉えた方が良さげだね。
ああ、今までインベーダーのコピー商会から買ってた肥料や用土も地球から買うようになった。ミュータント傭兵に問い合わせたら普通に食料を現金化する許可を貰えたから今は現金より魔素の方が価値が上がったんだ。うん。別にコピー商会に隔意がある訳じゃないよ。単にそっちの方が商売的に旨味があるってだけ。感情的に判断するとミュータント商会もコピー商会も僕としてはどっこいどっこいだし。
「アミールとアルマの強化訓練の方はどう？ 肥満オークさんのNイノシシには勝てた？」
「そうですね。二人とも対等な良い勝負をしています」
「お、頑張ってるんだ」
「はい。あのイノシシ。相当な個体ですね。まさか殺さないよう加減しているとはいえ小精霊を操るRデーモンと対等の勝負をするとは。将来性があります」
「そっちの方を褒めるんだ」
肥満オークさんの所から買い取ったNイノシシはリリースして戦闘力の強化を希望したアミールとアルマの訓練相手になって貰っている。
何かもう立ってるだけで存在感のある迫力のあるイノシシだった。身体に幾つも走ってる傷跡を誇らしげに晒して蹄で地面を踏みならして突進してくる様は決して大きくない標準的な大きさにも関わらず逃げたくなる異様な雰囲気がある。様子を見てたウルフ達が頻りに遠吠えをあげていた。
ああ、そういやウルフ達の餌も用意してあげなきゃな。食用肉を買って餌付けするよう与えるんじゃなく、生きた草食動物を箱庭に放って狩りをさせた方が良いらしいから小動物を大量に買って繁殖させないと。普通の飼い犬のようにペット扱いしてはいけない。その対応では誇り高い猟犬としての歴史を積み重ねるウルフデーモンの経歴に傷を付ける。彼らは箱庭碑文にも登場する偉大なデーモンなんだ。対応を間違えないよう注意しないと。主としての品格に関わる。
それを実行するには箱庭内に完全な食物連鎖を築かないといけない。まだ地球の野生動物を箱庭に住まわせられるのは地球エリアだけだからNデーモンの小動物を揃える必要がある。いや、地球の動植物を眷属化すれば……。うーん。リンゴの木すら魔素で腐らせた今の僕では無理かな。地球の長年の支配者であった人間ほどの魂の格は他の動植物は持ってないだろうし無駄死にさせるだけか。Nデーモンなら大して高くないし買った方が良い。
で、ウルフの餌にする小動物を全てデーモンで賄おうとすると維持魔素の問題にぶつかる訳だ。
今までは殆どが精霊種だったから気にしなかったけど。食物連鎖を構築しようとするなら維持魔素と出産魔素はちゃんと考えないといけない。
参考に地球での食物連鎖の仕組みを思い出そうか。デーモンにも通じる部分があるかもしれないし。
まず、地球での食物連鎖の底辺は植物……じゃない。植物は生産者という第二階層の存在なんだ。
地球では食物連鎖の底辺は分解者。土壌動物だね。主に微生物。他にさっき見てたミミズやダンゴムシなんか。死体や排泄物を分解して栄養に還元する役目。ミミズやダンゴムシは落ち葉、枯死した葉を食べて分解してるって訳。
その栄養を受け取って食物連鎖の上位者に食べられるのが植物。生産者。
生産者である植物を食べる昆虫や昆虫を食べる小動物が第一次消費者。植食性動物。
その植食性動物を食べる肉食性動物が高次消費者。生態系の頂点だ。
生態系ピラミッドの図表には載ってないけど、更にその上に人間が来る感じかな。生態系の本当のトップ。ま、昨今はそれも怪しいんだけど。
よし。これをデーモンに当てはめよう。まず底辺は僕だ。
いや冗談じゃなく。魔素を無から発生させるニンフは分解者より更に下層にいる。これは間違いない。
他にも地母神や豊穣神が同じ底辺仲間だね。創造者とでも呼ぼうか。
この創造者の魔素を受け取って色々な物が生まれる訳だけど、この時点で地球の食物連鎖とは食い違う。創造できる物が幅広すぎる。唯一神なんて世界そのものをまず生み出すからね。創造者さえいればオールオッケーだ。食物連鎖すら構築する必要なんてない。
まあ、仮に一つ上の階層を儲けるなら分解者だね。物質を魔素に還元する者。
死骸や排泄物を取り込んで死んだら土中の魔素となるスライムは分解者で間違いない。このスライムの仲間は、そうだな。破壊神あたりかな。世界を破壊して魔素へと還元する役目を持ってる。凄い奴が仲間だなスライム。
この上に魔素を吸収して食べられる役目の生産者がいる訳だ。あ、まんま精霊種か。
土中の内包魔素を吸収して誰でも利用可能な魔素へと変換して空中に放出するトレントだけじゃなく、ゴブリンやコボルトも身体の維持や出産による消費魔素を最低限にしている代わり戦闘力が低い。まるで誰かに食べられる為に存在しているかのようだ。
その弱い精霊種を食べるのが魔獣種かな。維持と出産に魔素消費が多い代わりに戦闘力が高い種。消費者な訳だね。
この地位にウルフやイノシシ、動物系のデーモンがいるっと。その次が亜人種かな。高度な文明を作って魔獣種を狩る亜人種は高次消費者の地位に相応しい。
で、そうやって育まれた都市で格上のデーモンを信仰する事で亜人種は神秘を上位者に捧げている。
うん。この地位にいるのが生態系の本当のトップ。神々な訳だ。僕も当てはまるね。トップは二重に役目を担ってるのかな。
そう考えるとニンフが弱いのは仕方ない訳だ。この食物連鎖の底辺が上より強い力を持つようになったら消費魔素を理由に力を抑える必要性がないもの。幾らでも魔素を使いたい放題の無敵のデーモンじゃん。
うん。アブラハム系のデーモン国家がなくて良かった。この仕組みで唯一神はマズい。本当に最強な気がして来た。
でも天使や悪魔は実在してるんだよな。近隣にないだけでアブラハム系のデーモン国家はある？ どうなんだろう。
ああ、いや。思考が逸れた。今はウルフの為にも箱庭に生態系を築こうって話だった。
分解者や生産者はもう大丈夫だから、必要なのは第一次消費者だね。昆虫や昆虫を食べる小動物。その中でも精霊種が必要。
どんなデーモンを買えば良いのかハッキリした。Nランクの安い奴を見付け次第、箱庭に解き放とう。生態系構築の時だ。