魔法少女大乱Online   作:八虚空

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第51話 一攫千金

 ライトエルフのニーナを購入した日は折しも、デーモン陣営の大国であるオリュンポス帝国でそこそこの権勢を誇るラミア種族との密貿易が初めて成り立った日だった。1つ300魔素の魔素濃縮リンゴを100個。3万魔素の大規模取引だ。そのうち、5千魔素がうちの利益になる。

 一回の商取引で馬鹿みたいな利益が出る計算になるけど、アウルムに言わせるとまだまだ小規模なお試し購入に過ぎないらしい。今回のリンゴは試供品として帝都ヘレネスの高級レストランや高級ホテルに内密に提供された物以外は全て一族内で消費されるんだとか。つまりラミア一族には1魔素の儲けもないんだよね。なのに5千魔素を気軽にポンと支払った訳だ。まだまだ小さな箱庭の経済規模じゃデーモン大国のスケールには太刀打ち出来そうにないな。

 

「おそらく当面は今の6倍の量を定期的に納入するよう促されるでしょう。果樹トレントの種類を増やした場合にも同等の量を要求されると思います」

「ブフッ。3万魔素の収入が定期的に入ってくる? しかも魔素濃縮フルーツの種類を増やすだけ収入アップ? 幾ら何でも話がうますぎないかな。味が多少良いだけの単なるRトレント果実に過ぎないんだよ」

 

 インベーダー陣営で富豪の戯れと揶揄されている賭け狂い企画でさえ1万魔素の賭け金が上限なんだ。それ以上にレートを上げると参加者が誰も現れないからって理由でさ。それに箱庭の売却値段も50万魔素だ。デーモンなら誰もが欲する自分の世界を入手できる魔素金額に二十回も取引きすれば届いてしまう。そんな天文学的な利益がリンゴを売るだけで入手可能だなんてあり得ないでしょ。

 信じられない話にアウルムの顔をマジマジと見返すと何を疑問に思っているのか理解仕切れず首を捻っていた。

 

「えっと、他のデーモン国家じゃ食料の値段はそこまで高額って訳じゃないよね。東勝神州の場合は地球と同じくらい有り触れていて森に美味しい果実が実ってるらしいって聞いたよ。多くの妖怪が蔓延る危険地帯でもあるらしいけどさ。次元転移が可能なデーモンが余所からオリュンポス帝国に食料を持ち込んで売り捌いたりしたら値崩れが起きると思うんだけど……?」

「確かにそうですね」

 

 ペロッと舌で唇を舐めたアウルムが艶めかしく微笑む。

 まるで面白い話を思い出したと言うかのように。

 

「実際に多いですよ。転売目的でオリュンポス帝国に食料を持ち込むデーモンは」

「ああ、やっぱり」

「そのうち8割は生きて帰れませんけれど」

「えっ」

 

 デーモン国家オリュンポス帝国で警察の役割を担う正義の女神ディケーによって、そういうオリュンポス帝国の秩序を乱すデーモンは処分されるらしい。

 ディケーは主神ゼウスと法と掟の女神であるテミスの娘でホーライ三姉妹の一人。天使を思わせる有翼の女神アストライアーと同一視される存在だ。ギリシャ神話のモデルとなったと思われるオリュンポス帝国において所属する天使は全てこのテミスとホーライ三姉妹の指揮下にいるみたいだね。

 

 ホーライ三姉妹はそれぞれ秩序・正義・平和を司り神々の女王ヘラの副官として、オリュンポス帝国に貢献している。

 まあ、つまりデーモン国家の立法・司法・行政を支配してるって訳だ。適用されるのはSSR以下に限るって但し書きが付く感じだけどオリュンポス帝国にも法律めいた物はあるんだ。うん。地球の裁判所の象徴となっているローマ神話の女神ユースティティアと同一視されるテミスが最終的な決定権を持ってる感じだけどね。テミスの意見次第で容易に全部ひっくり返る。

 

 でも業務上、ホーライ三姉妹は主神の妻である女王ヘラの配下な訳でさ。

 しかもテミスは主神ゼウスの前妻でね。ヘラの美貌に惹かれたゼウスが関係を持とうとしたら結婚しないと駄目って条件を出されて、マッハで捨てられた可哀想な女性なんだ。

 ホーライ三姉妹はヘラとテミスの因縁に右往左往しながら業務を遂行している苦労人URって訳。何だか親近感が湧くね。

 

 だけど、ホーライ三姉妹をパワハラ被害者のギャグ担当だとなめちゃいけない。

 正義の女神ディケーは警察と裁判所の役割を併せ持つから彼女の判断で法律違反者は簡単に処分できるなんてまだジャブだ。

 アストライアーの逸話において正義の女神は人間が堕落し戦争を行う事に憂い地上を去ったと言われている。で、彼女が去った後に地上はゼウスが起こした大洪水で洗い流されているんだ。つまり地上の監視者の役割を担ってた訳だね。ディケーには人類が不正を働いた時にゼウスに訴えるという神話上の記述があるし間違いないだろう。アブラハム系宗教の天使の役割まんまだ。

 

 そんでホーライ三姉妹は秩序だけではなく季節と時間も司ってるんだ。

 季節に関しては諸説あるし別の神格の名が出てくるから考慮しないにしても時間は間違いなく司ってる。

 そう、オリュンポス帝国の重要区画に施されている次元転移の遅延結界。その術式を施したのがホーライ三姉妹なんだ。ディケー配下の監視官にも次元転移を遅滞させる消耗品の簡易魔道具が全員に支給されている。

 

「次元転移による逃亡を阻止されたデーモンに未来はありません。オリュンポス帝国において他国からの食料転売は重罪です。死罪を言い渡されてその場で殺されますね」

「マ? え、前に聞いた時は農業ギルドへの罰金として箱庭を取られるって言ってなかった? 僕にとっては死刑判決と大して変わらないけどさ」

「ニンフは歴としたオリュンポス帝国の構成種族ですからね。命だけは助かるでしょう。箱庭を隠し持ってる事がバレたSSRも普通は即座に死罪とはなりませんし。他国、いえ別の神話体系に属するデーモンへの罰則が厳しいだけです。地球に攻め入ったギリシャデーモンが戦利品として持ち込んだ類いの食べ物なら堂々と見せびらかしても特に何も言われませんよ。全てはディケーの心証次第ですから」

「うっへぇ」

 

 相変わらずの蛮族文化。法治国家とはやっぱ全然有り様が違うなぁ。

 まあ、寒さに凍える人間を哀れに思って火を与えたプロメテウスを山の山頂へ磔にして3万年も生きたまま巨大な鷲に肝臓をついばませたようなゼウスが主神の国だしね。ちゃんとした国家運営を期待する方が間違っているのか。

 

「その。食料密売に手を出しちゃってるラミア一族は大丈夫なの? 族滅されたりしない?」

「オリュンポス十二神の機嫌が悪い時に変な発覚の仕方をしたら十分あり得ますね。その場合でもこちらにまで危害が及ばぬよう主様の事は一部のラミアしか知りませんのでご安心ください」

 

 十分あり得ちゃうのかー。マジかー。

 うん。オリュンポス帝国に僕が直接行く事は今後もないな。命が幾つあっても足りない。

 

「恐らくラミア種族がそこまで追い詰められる事はないでしょうからお気になさらずに」

「そうなんだ。何か安心できる材料がある訳?」

「オリュンポス十二神が一柱。豊穣神デメテル。彼女はこちら側です」

 

 巨神族ティターンの長クロノスと地母神レアーの娘であるゼウスの姉デメテル。

 父親であるクロノスに食われ腹の中で幼少期を過ごした豊穣神であり、後にゼウスに救われたオリュンポス十二神初期メンバー。ゼウスとの間に娘さえこさえた彼女が実は現状に思う所があった?

 あ、いや、確かに神話上の逸話を思い返せば心当たりが多い。そもそもゼウスとの間に娘が出来たのはゼウスに無理やり行為に及ばれたからで、その後には弟の海神ポセイドンにも同じ目に遭わされている。それでも可愛がっていた娘のペルセポネーは冥界の王ハデスに浚われて問答無用で嫁入りさせられた。

 ペルセポネーが消え弟にレイプされたデメテルの憤怒は凄まじく復讐の女神エリーニュスと呼ばれる程だったという。

 

 またゴルゴン三姉妹の末っ子メドゥーサは元はコリントスで崇められたギリシャ先住民族の女神でありデメテルと同一神格だった。

 デメテルがゼウスに辱めを受ける神話は遊牧民族が農耕民族を征服した事を意味し、ペルセポネーが浚われてデメテルが各地を放浪した逸話はデメテル信仰が弾圧されて各地を転々としていたという事を意味している。それでも被征服者のデメテル信仰を根絶できなかった古代ギリシャ支配者は主神の姉であり愛人であるという地位を与え彼らの信仰を自分達の神話体系に取り込んだんだ。

 

 こういう人間の事情が何処までデーモン国家にいる豊穣神デメテルと関係あるのかは分からないけど、間違いなく彼女はゼウスに思う所があるだろう。

 何せこういう背景を持った彼女が艱難辛苦の果てに両想いになったイアシオンをゼウスに嫉妬で殺されてんだからさ。浮気三昧のゼウスが夫婦でもないデメテルの恋路を邪魔するって。イアシオンってしかもゼウスの息子だよ? ペルセポネーが冥界に行ってて不在の間は豊穣神としての役目を放棄して世界に冬が訪れるくらいだしデメテルのオリュンポス帝国に対する感情は察せるものがあるな。

 なる程、同じく神々に弄ばれたラミア種族をデメテルが庇うのも理解できる。

 ラミア一族が食料の密売なんてヤバい事業に手を出してても余裕そうなのは大いなる庇護者がいたからか。そりゃ儲かるわ。ハードル高いもん。

 

「ああ、そうでした。例の件。SRゴブリンの次元座標の売買についてですが」

「お、あの詐欺メール。黄昏ゴブリンの次元座標ね。任せっきりにしてたから、もう忘れてた。どう本物だった?」

「はい。千里眼でハッキリと確認が取れました。折角のチャンスなのでラミア一族で箱庭を占拠しようと動いていますね。奴隷落ちしたSSRを何人も投入するようです」

「うわぁ……これが次元座標のバレたデーモンの末路か」

 

 デーモン国家において貴族階級であるSSRだろうと何らかの事情によって借金をしたならば奴隷として売り払われる。

 もしくは子作りをして強力な血筋を売り渡す事を強いられる。そうやって魔素富豪は自陣営の更なる強化をしていく訳。SR種族であるラミアも上層部はそういう高級奴隷デーモンを侍らせているんだ。そうじゃなきゃドン引きするような逸話の多いオリュンポス帝国で生き残れはしない。

 

「それで、こちらが情報料の5万魔素となります。お納め下さい」

「マ?」

 

 黒革のスーツケースがスッと手前に押し出されカチャと中身が曝け出された。

 内部には千魔素分が圧縮された平べったい魔石のインゴットがずらりと縦2列横5列に渡って並べてある。5枚の魔石が寸分の狂いも無く重なり合ってる様がオリュンポス帝国の魔素操作技術の巧みさを示しているな。僕じゃ千魔素を一つに圧縮しようとすると野球ボールを歪にしたような形にしか出来ない。圧倒的な技術格差が見ただけで分かるね。この蛇のマークはラミア種族を表わしているのかな。もはや芸術品に見える。

 

「あと品種改良用のトレントにお困りのようでしたから、10株のトレントをおまけに付けさせました。後日納入される予定です。勝手な真似をしてしまい申し訳ありません」

「いや、謝んなくて良いよ。凄い助かる」

 

 10株のトレントって8千魔素は最低でもするって言ってたよな。原価で購入した場合でも。

 それを情報料のオマケに付けろって交渉してOKされるのか。色んな意味で凄い。PLとの経済格差がヤバい。

 

 これは確かに危ない橋を渡ってでも密貿易をしようって思うだろうな。

 ドバドバと脳汁が大量に出てる気がする。ゾクゾクと奇妙な震えが走る。

 

 うーん、ギャンブルに嵌まる気持ちがちょっと理解できちゃった感があるね。


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