PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
もう既に躊躇いなど無い。いや、始めから無かったかもしれない。目的の為に人を蹴落とすのは当然。障害になるのなら命を摘み取るのも厭わない。今回だって同じこと。奥村邦和の口から真実が語られるのなら、それを閉ざしてしまえば良い。
「………居ない、か」
彼のシャドウを始末し、ポータルの外に出ればそこはがらんどう。シャドウが相変わらず蠢くばかりで、地に這いつくばっていた芳澤かすみの姿は無かった。
「逃げる余力は残していた。はっ、保身に長けている事は好印象だ」
友情とか忠誠とかで動くヤツは非常に厄介だ。玉砕覚悟で突っ込んでくることがあるから。その点、彼女はそういう訳でも無いらしい。口では天城雪雫の為とか何だ言っていたが、結局は我が身大事。
「………………しかし…」
だが、だとしたらなぜ僕の前に現れたのか。ふと疑問に思う。敗走した、ということは結果的には天城雪雫の願いは叶えられない事を意味する。なら最初からここに居ないのと同義だ。
「……………………」
思えばやけに手応え無かった様にも思える。気概…と言えば良いのだろうか。オクムラクニカズを守り通すという意志が、僕との戦いに向く意識が希薄であった様な……。
「何か別の、意図があるとするなら………」
芳澤かすみはシャドウワーカーの
「シャドウワーカーと桐条美鶴……警視庁…公安」
イセカイのシャドウを殺せば、現実の人間も死ぬ。という認識は半分正解で半分間違いだ。そもそもイセカイのシャドウはその人物の現身…心に過ぎない。精神的な死…実質的な廃人化は可能でも、肉体的には死ぬわけでは無い。過去の例をなぞるなら、それこそ無気力症患者の様なものか。命はあるが、心は無い。だからただそこに居るだけで何もしない。
じゃあ、実際に死んでいった奴らは何か。それは精神の死から連鎖的に肉体が死んでいったまでの事。居るだけで何も出来ないのだから、当然放置していれば餓死をする。間が悪ければ車に引かれるかもしれない。結局はタイミングなのだ。表の標的がいま何処に居て、何をしているか。そこさえ合わせれば自殺にだって交通事故にだって。好きなように偽装が出来る。
死人に口なし。とは良く言ったものだ。
「だから今回も、奥村は同じように……」
奥村の精神は死に、当然記者会見は中断される。あとは現場に居る息の掛かった特捜部の人間が廃人となった奥村の身柄を回収し─────。
「……そうか…」
そこで明智はハッとなった。芳澤かすみがここに居た理由。あっさり退いた意図。
「
▼
奥村邦和の急変によって会場は騒然としていた。当然、記者会見どころではない。有事の際にと待機していた警察達が慌ただしく動き、彼を会場の外の廊下へと運び出す。
「はい、そこまで」
そんな折、長谷川善吉は両手を叩いた。パンっと響く破裂音は奥村を取り囲う警察達の意識を彼へと向かわせる。
「病人を連れて何処へ行く気だ? え?」
「……当然、病院に───」
「ならこっちに引き渡しな。丁度、医療班を呼んである」
彼が親指で後ろを指し示せば、丸喜拓人を始めとする桐条グループ傘下の……もっと具体的に言えばシャドウワーカー所属の医療班が待機していた。
「京都府警、警部補…じゃねぇな……。改めて…公安所属の長谷川善吉だ。奥村邦和は
「見た顔では無いな」
「そりゃそうだ。特捜部じゃねぇし」
「その部外者が何の用だ。何故お前に奥村を預ける必要がある。こいつは怪盗団事件の重要な───」
「なら余計に渡すべきだろうがよ。そのままだと、死ぬぞ。まさか大の警視庁様が、民間人の命を見殺し……なんてしねぇよな」
両者陣営の間に沈黙が降りる。
「特捜部には悪いがよ。奥村は俺ら公安も目を付けてたやつでな。死んでもらう訳にもいかないんだわ。安心しろ、後ろの奴らはまぁ見た目こそ胡散臭いが……腕は折り紙付きだ。何て言ったって桐条のお抱えだぜ?」
「…………」
「きっちり治して意識が戻れば声掛けるからよ。この件は公安預かりにさせてくれ。なぁに同じ警察だ、邪険にはしねぇからよ」
「…………っ。……行くぞ」
舌打ちを残し、ゾロゾロと警官達は去っていく。長谷川は「態度わりぃなぁ」とぼんやり呟きながらその背を見送った。
「警官も突き詰まると筋者とそう大差無いって言うが…ほんとその通りだな。ありゃ人殺しの目だぜ」
「………長谷川さん、僕らも」
「おう。任せたぜ、先生。きっちり治療して生き証人として連れて来てくれ」
ペコリと丸喜は頭を下げて、今も声にならない声をあげ続けている奥村を連れて行く。
まぁ、桐条のとこに任せておけば間違いは無いだろう。と長谷川は思った。監視をしているからこそ、分かる信頼感。きっと過去の様に、命を蔑ろにする様な事はしない筈だ。
「…………もうクタクタだ。おじさんに危ない綱渡りさせないでくれ。俺、駆け引きとか苦手なんだよ。白鐘の嬢ちゃんよ」
「ふふ、かっこよかったですよ。長谷川さん」
コツコツとヒールを鳴らして廊下の角から現れたのはうら若き女性だった。腰まで届く髪、誰もが羨むそのプロポーション、知的な顔立ち。過去に高校生探偵として名を馳せたその人物、白鐘直斗。
「時々、お前さんの立場良く分からなくなるんだけど。どっちの味方?」
「別にどちらでも。強いて言うなら、天城雪雫のですかね」
「おー……あの女子高生シンガーか。娘も好きだぞ」
直斗の立ち位置は非常に曖昧だ。過去に公安の依頼で桐条を追っていたと思えば、今はシャドウワーカーの
「まぁどちらに身を置いても、僕の正義は変わらないですから」
「相変わらず眩しいねぇ」
長谷川と直斗は知らぬ間柄ではない。過去に事件で何度か顔を合わせているし、桐条絡みで意見を聞く事も多々ある。
「……今回の件、シャドウワーカーは…」
「はいはい。釘を刺さなくても分かってるよ。陣頭指揮はお前、実働隊は俺。あくまで嬢ちゃんに舞い込んできた依頼に俺が協力した……だろ? 上にもそう報告してやるよ」
「話が早くて助かります。見返りは生き証人、という事で」
「いつ目を覚ますかは謎だけどな」
またな。とヒラヒラと手を振って長谷川はこの場を後にする。
「………一先ずは、という所かな」
一人そう呟き、直斗は壁に背を預けて溜息を零した。スマホを確認すれば『もう一人の実働隊』からグッジョブの意を表すスタンプが送られてきていた。どうやら無事に逃げおおせた様だ。
今回の仕事の成功条件は奥村邦和を死なせない事。精神的にではない。あくまでも肉体的に、だ。
「仮死状態による、死の回避……」
今回の作戦の中で、仮に芳澤かすみが防衛を成功させたとして、奥村の命が助かったという訳にはいくまい。その精神がイセカイに残り続ける限り、何度だって殺人鬼はシャドウを殺しに行くだろう。それをこれから先ずっと、守り切れるか───と言われれば答えはNOだ。今回動けたのは全ての注目が怪盗団に向いており、加えて芳澤かすみ、丸喜拓人の両名の存在がブラックボックスであったからこそ行えたこと。常々公安から見張られ、最近では警視庁からの抑えつけがある中で動ける人材などそうはおらず、一度表に立った以上……それがシャドウワーカーの一員として立っていなくても、
そんな一度限りのチャンスで奥村邦和を救う手段はたった一つ。精神が死んだ奥村を、治療という大義名分を持って桐条グループが保護する事。幸か不幸か、心理学の分野においては一歩抜きん出ており、実際に廃人化事件の被害者と思われる患者も研究・治療の一貫で保護しているのは周知の事実。グループの動きとしてはごく自然の事。
「奥村のシャドウは既に消滅している。彼を殺すなら現実世界で殺人をするしかない」
だがその身はもう既に桐条が確保している。おいそれと近づけはしない。向こうも派手に動けば監視している公安に……それも自分達の息が掛かっていない勢力に睨まれる事となるし、こちらとしても面と向かって動く大義名分が出来る。だから奥村が実質的に死に口を閉ざした今の現状で妥協する他、無い筈だ。
「………って言うのが僕の考えだけど……。君の意図した通りになったかな。………雪雫ちゃん」
今回の話を直接持ち掛けてきたのはかすみだ。だけど最近になってペルソナ使いに目覚めた彼女が、ここまで見据えているとは到底思えない。実際にイセカイに何度も出入りをし、その仕組み、成り立ちを理解し、様々な悪意に触れて来た人間。それでいてシャドウワーカーの状況、人員を把握している人物……そんなの、直斗が知る限り一人しか居ない。
「後は君達次第だ」
協力しようにも動けない。組織に所属している以上、様々なしがらみに囚われるのは常。奥村の命を助けて安心、なんて事は無い。それは彼女も分かっているだろう。これからが本当の闘い。向けられる悪意を振り切って、その根源に鉛玉を打ち込めるのは怪盗団しか居ない。
▼
「セツナは?」
「…今は落ち着いてるわ。あっちで水を飲ませて…あっちで座らせてる」
今まで改心を繰り返してきた蓮達が、初めて見た光景。流れた時間は短く、放送も途中で途切れたがそのシーンは鮮明に脳裏に焼き付いている。
「……前に聞いた事あるんだけど。雪雫って昔、殺人事件の第一発見者になった事あるらしいの。多分それで……」
「奥村の様子を見てトラウマが蘇った、か」
「大丈夫だと良いんだけど」と真は呟く。
奥村の苦しみに悶えているあの姿を晒した時、真っ先に声を上げたのは雪雫であった。誰もが呆然と、理解が追い付かない状況の中で。恐らく
「……そうだ、春は?」
「あっちでずっと電話しっぱなしだ……」
「…そう……」
全員が黙り込む。仕組み上は起こり得ない、自分達の仕業ではない。と理解していながらも、見方によっては娘である奥村春をそそのかし、この状況を引き起こした張本人。勿論、春はそんなこと思っていないだろう。だけど、あの衝撃的な数分はどうしてもマイナスな思考を引き起こす。
「…歓迎会、どころじゃないわね……。今日の所は一先ず解散しましょう」
しかしここで黙りこくっていても何も変わらないのも事実。今は少しでも精神的な負担を軽減し、出来るだけクリアな思考で向き合うことが大切だ。それを真は誰よりも分かっていた。だからいの一番に、努めて冷静に声を上げたのだ。
「春には私から連絡入れておく。雪雫も私に任せて」
▼
地検特捜部の若手検事、新島冴は険しい表情で見ていた。奥村が廃人化されるその瞬間を。何度もシークバーを戻してはその異変を目に焼き付ける。何度も何度も何度も何度も。
見れば見るほど、自身の仮説が声を大きくしていく。見れば見るほど、怪盗団に対しての怒りが沸々と溢れてくる。
(奥村は飼い犬に手を噛まれた)
会社の急成長の裏で起きる数々の不審な事件。それらは全て怪盗団の手によって引き起こされたもの。証拠は無い、手口も不明。だがそれ故に、尻尾すら掴めない怪盗団の仕業なのではないかと、ほぼ確信に近い勘が冴に告げる。
彼女の筋書きはこうだ。奥村と怪盗団は利害関係にあったが、ある日を境に破綻。犯行の手口を知っている奥村を口封じする為、怪盗団が手を下した、と。
(……嗚呼)
妙に頭がすっきりする。散らばっていた点が線で繋がっていく様な感覚。
そうだ、きっとそうに違いない。これが現実だ、これが真実だ。証拠は無くとも私の勘がそう告げているのだからきっと正しい。
天啓が降りた様に冴の頭はその思考で埋め尽くされる。
構成員数、手口、目的、全てが不明の日本を騒がす大悪党。そいつらを私の指揮で捕らえる事が出来たのなら、きっと───出世の道も開けるであろう。
「……誰にも渡さない……。怪盗団を捕らえるのはこの私!!」
一人、新島冴はその瞳の奥に色濃い欲に満ちた炎を滾らせていた。
原作のこのシーンで祐介が「廃人化してすぐに死ぬものなのか?」みたいなことを言ってたのを思い出して、いや違うんじゃね。と思った私はこう解釈しました
一応奥村が心肺停止になったのもジョーカー達が帰宅した後なので、少なくとも即死とかでは無かった筈