PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
シャドウワーカーの本部……表向きには桐条の名を借りたダミー会社のオフィスビルではあるが、その内部の殆どは研究施設と言っても過言では無いだろう。日夜、シャドウやイセカイ…それら超常的な事象に対して対策を講ずるため、美鶴さんが自身のグループの研究部門をそのまま引っ張ってきたのだから、当然と言えば当然と言えるかもしれない。
日夜われわれは、過去の事例をもとに分析、解析を行い、対策を講じている。
例えば、イセカイにおいても活動を可能とする機械の開発や改良、シャドウとの戦闘を見据えた装備品の開発とか。私や姉さんのアップデートなんかもソレらに該当するかもしれない。
しかしながら、机上の空論で終わってしまったらその成果も水の泡。対策を講じたのなら、ぶっつけ本番では無く、ある程度のシミュレーションが必要になる。
だからこのオフィスにはそれを可能とする場所が存在する。
それは2フロアを突き抜ける形で設けられたその空間。50m四方の大きさのその空間には、今日は特に目を引くものは何も無い。床一面にはタイルが張り巡らされ、囲む壁は私ですら破壊が困難な程の頑丈で分厚い壁。一応、この部屋の外側からは、こちらの様子が見える様になっているのだが、中に入ってしまえばそれも分からない。つまりすごく強固なマジックミラーに囲まれていると認識しておけば大体OKだ。
『良いか、2人とも』
部屋の四隅に取り付けられた音響設備から、きっと壁越しに見ているであろう美鶴さんの声が響く。
『武器は互いにナイフ一本。鎌も銃火器も無しだ。それと、ペルソナ能力の行使も禁ずる。これは純粋な戦闘能力を図る訓練だと心してくれ』
「了解しました」
「ん」
すっかり戦闘訓練所と化した臨床試験場で、目の前の雪雫さんを見つめる。
相の変わらずの無表情、クルクルと手に持つナイフを器用に遊びながら、彼女はこの空間を観察する様に視線をあちらこちらに動かしている。
(……器用ですね)
普段使いの鎌とは随分と勝手が違うだろうに、彼女は手に取ったばかりのナイフを往年に渡って慣れ親しんだ相棒の様に遊ばせる。まるで曲芸師のソレだ。
(ペルソナ使いという事を差し引いても…)
身体能力の向上、無意識下における武具の扱いの上達。それらの前例はいくらでもある。しかしながら、彼女ほど才能が多岐に渡る存在が過去に居たものか。
『………では、始めてくれ』
あくまでもこの訓練の目的は、彼女の単純な戦闘能力を図る事。
これまで我々は彼女の強さを総合的に評価していた。それはペルソナや銃や鎌の扱い、仲間との連携……そしてその場にある物を何でも利用する聡明さ。真田さん曰く、何でも有りのストリートファイトに通ずる戦い方。
しかし、それでは天城雪雫が元から保持していた力によるものなのか、それとも
よって今回の摸擬戦ではルールを敷いた。ストリートファイトからリングへ転向させる為に。正しく計測する為に。あくまでもフラットに、他に利用するものも無いこの空間で求められるのは純粋な身体能力。
「…………」
だけど彼女は動かない。ナイフで手遊びするばかりで仕掛けてくる気配が無い。これでは計測にならない。
だから私から動くしか致し方ない。逆手にナイフを持ち、僅かに腰を落とし、そしてそのまま懐に入り込む。
「参ります」
「…………」
保存されたデータから再現されたコンバットスタイル。これは軍隊や特殊部隊などでも用いられる近接戦闘に特化した戦い方。通常、シャドウへの有効打にはなり得ない。だが過去のハイジャック事件*1や、その後の八十稲羽での格闘大会。敵はシャドウばかりでは無く、悪意は様々。取れる選択肢は多いに越したことは無い。
「……っ」
迫る切っ先に目を細め、手遊びを止めて雪雫さんは目を細める。
(……やはり)
放った剣筋は頬の真横を通り過ぎ、空を切る。少ない動作で、完全にこちらの動きを読み切った最小限の回避行動。あたかも、こちらの動きがスローモーションに見えているかの如く、続く二段目の攻撃も、その次も当たるどころか翳める事すらままならない。
まぁ、銃弾を避ける様な少女だ、特段驚きはない。
無いのだが。
「……反撃、しないのですか?」
「んー、観察中」
攻撃を避けるばかりで、一向に攻撃の意志を見せない。手に持つナイフをこちらに向ける事無く、それどころか腰の後ろで腕を組んで避けるのみ。迫る私に対して常に一定の距離感を保ちながら、まるでダンスでも踊るかの様な振る舞いだ。
「……っと」
だがそれも何時までも続かない。私に対して距離を取り続ける事はそれ即ち、徐々に後退していくという事。そしてこの空間も広しと言えど無限ではない。彼女の背には退路は無く、あるのは分厚く無骨な壁。
「もう逃げ場はありませんよ!」
その細い首を掻き切る様に真横に一閃。
なに、本当に切る訳ではない。そもそもこれは見てくれは精巧に出来ているがあくまでも訓練用のナイフ、殺傷能力は無い。それにこれで彼女が何もアクションを見せず終わったとしても、その身体に当たる寸前で動きを止める位、
だが、そうはならない。
「……ん。馴染んだ」
避けるばかりであった彼女が、初めて動きを見せた。
雪雫さんの細腕が、私の動きを遮る。
ナイフを持つ方の手根に当たる部位が、彼女の前腕部で受け止められている。
「ようやく、ですねっ!」
関節の動きを抑えられてしまえば、これ以上彼女に刃が届く事は無い。力を籠めれば容易く手折れてしまいそうな細腕だったが、不思議とそれは無駄な事だと感じる。
アプローチを変える必要があると感じた私はそのままナイフを手放す。
重力に従って落ちていくナイフを空いているもう片方の手でキャッチ。今度はお腹を目掛け──。
「なっ」
今度は彼女の行動の方が早かった。
ナイフを持ったその瞬間、私の手は彼女の片脚に絡めとられる。膝窩*2とふくらはぎに挟まれ、柔らかい感触に包まれたと思った矢先。
「んしょっ!」
彼女は勢い良く身体を捻る。
挟まれている腕を軸に、天地が入れ替わる。気付けば寝技を掛けられる様な形で地に倒れ伏していた。
追い詰められたあの状況で形成を逆転させるその手腕は見事と言える。通常の人間であればここで戦闘が終わってもおかしくない。
そう、通常であれば。
私はその体勢のまま、投げ出された脚で彼女へ目掛けて力を込める。
「……っ!」
私の反撃はやはり塞がれてしまったが、拘束は緩んだ。隙を見て彼女を振りほどき、体勢を立て直して距離を取る。
「機械の身体に関節技は如何なものかと」
「………だよね」
ニヘラと僅かに口角を上げて、再びナイフで遊ぶ雪雫さん。
「……………」
「……………」
しばしの睨み合いが続いた後、雪雫さんは手遊びを止めてナイフを逆手に持った。
(来る)
一歩、彼女が踏み込む。
何気無い、動作に見えた。
だが、私の心が、機械仕掛けの心臓がざわめく。
瞬間、彼女は私の目の前でナイフを構えていた。
▼
「まるでアクション映画のワンシーンだな」
試験場の外で少女達の戦闘を見守りながら、桐条美鶴は感心半分、驚き半分と言った様子で感想を述べた。
「正直驚いてる。雪雫のやつ、想像よりも動けているじゃないか」
その美鶴の隣で少年の様に目を輝かせている真田は、興奮気味に口を開いた。更なる強さを求めて自分を鍛え続ける彼にとっても、見応えのある光景の様だ。
「明らかに稲羽で同行してきた時よりも……」
「洗練されている、か?」
「せやね…。元々ちょっと人並外れとるっては思うてたけども。普通、ペルソナも得意な武器もあらへん状態で、アイギスに付いていけるもんなん?」
やや言葉を詰まらせながら、ラビリスは困惑気味な表情を浮かべる。
アイギスとラビリスは常に桐条やシャドウワーカーが所持する膨大なデータベースにアクセスが出来る。今のアイギスはその中からナイフを用いた戦闘データを抽出し、その場その場に合わせて再現しているのだ。
膨大な知識に疲れの知らない身体。フラットなルール下において、アンドロイドという長所を存分に活かした彼女に、普通の人間はまず対応出来ない。それこそ、その道において膨大な経験値を持つ達人以外は。
「皆月の例もある。アレが身体能力に影響を及ぼす事象は確認済みだ。ラビリス、
「……せやね。こう、胸がざわつく感じ。以前よりも強いよ」
アイギスも感じてるんやないかな。と彼女は続ける。
「美鶴、確か雪雫は影時間を認識していたんだよな? つまり、先天的なペルソナ使いという訳だ。皆月以上に計り知れない」
「だからこうして───」
「ハッキリ言うぞ。夏の頃と今じゃまるで別人だ。身体が順応したとして、何かそうなった要因があるとは考えられないか?」
「……………」
目線の先の少女を見つめる。
アイギスの動きに対応し、あまつさえ攻勢に立っている少女を。
普通じゃない。
そんな事は
▼
(確実に、分かっていますね)
頭、首、胸……次々と繰り出される人体の急所を狙った正確無比な一撃。それらをいなしながら、雪雫さんの動きを注視する。
もう先程の様にナイフで手遊びをする可愛らしい少女は存在しない。その鋭い目付き、機敏な動きはプロのソレだ。
(観察、ですか)
最初、彼女は観察中と言った。
慣れないナイフでの近接戦闘。恐らく彼女は私の動きをお手本にしている。
軍隊や特殊部隊で用いられるこのスタイルは確かな実績と先駆者たちの積み重ねがある洗練されたスタイルだ。
しかし、逆に言えばそれだけ研究されているとも言える。あらゆる部隊で用いられるという事は即ち、訓練をすればある程度の人間は習得が可能という事。つまり、マニュアル化されているのだ。
私は心を持っているが、あくまでもベースは機械。
それを分かっていて、彼女は私の動きを観察していたのだろう。そのマニュアルを、私の動きから読み取る為に。一般人では知り得ない知識を得るために。
「………くっ」
振り下ろされたナイフを寸前で両腕で止める。
これ以上、刃が進まないと判断した彼女はナイフを持つ手を離して落とす。ナイフは重力に従って落ちていき、もう片方の手がそれを掴む。
(…同じ、ですね)
先程の自分の動きと。
「っ」
がらんどうの腹部を狙った鋭利な突き。
すかさず頭上の防御を解き、腹部へ向かう彼女の腕を掴む。
「真似してばかりでは、状況は変わりませんよ?」
「奇遇。丁度、私もそう思ってた」
途端、彼女から放たれたのは回し蹴り。掴まれた腕を軸にして、私の頭部を狙う。
手の拘束を解き、半歩後ろに下がる。
それを見てすかさず彼女が半歩前に詰める。
下手に距離を取れば不利なのは自分だと分かっているのだ。小柄な彼女は的が小さい代わりにリーチが短い。これまではそれを大鎌やペルソナでカバーしていたが、今はそれが無い。ならばその的の小ささを活かして相手の懐に潜り続ける他ない。
迫る彼女に合わせて私も対応する。姿勢を低くして一歩踏み込んだ彼女の顎を目掛け、膝打ち。
「危なっ」
当たる寸前で動きを止め、上体を僅かに起こす雪雫さん。
低すぎて狙えなかった急所。その瞳を目掛けて、一閃。
しかし、それすらも彼女を捉えられない。
眼前に迫っていたナイフは雪雫さんの手によってその軌道を逸らされ、空を切る。彼女はナイフを受ける訳でも避ける訳でも無く、その内側からナイフを持つ私の手を掌打したのだ。いくら機械と言えど、その身体の駆動は人間に近しい。当たる寸前で伸びきった腕を強打されれば狙いは当然ブレる。しかもそれが手首ともあれば軌道修正も不可能だ。
少女の真横を通り過ぎたナイフ、伴ってやや態勢の崩れたアイギス。ほんの僅かの隙、1秒と経たずに持ち直せるであろう位の隙間。しかし天城雪雫はそれを見逃さない。
「捉えた」
伸びきった腕を狙って放たれたのはハイキック。通常の人間であればその衝撃で骨が折れてしまうであろう衝撃は、機械である私でさえもナイフを取りこぼす程だった。
零れたナイフを取られれば私は丸腰の武装解除された状態。訓練としては良い落とし所だろう。
しかし、彼女は落ちるナイフをキャッチすることは無く、それはカランと音を立てて地に落ちた。
「何故……」
恰好のチャンスを彼女が見逃す筈が無い。
不思議に思って雪雫さんに視線を向ければ、彼女は脚と手をブラブラとさせて、ほんの僅かに苦い顔を浮かべていた。
「アイギスの身体、硬くて痛い。これ以上は無理、降参」
こうして私と彼女の再戦は、存外に呆気なく打ち切られた。