PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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104:Never Let Me Go.

 

 

 シャドウワーカー本部内の一角。高級スポーツジムよろしくのシャワールームで、天城雪雫はシャワーを浴びていた。

 研究施設にシャワールーム?と雪雫は首を傾げていたが、曰く家にも帰らず研究に没頭する研究員が一部居るらしい。

 なるほど、仮眠室とか調理室とか、やけに生活感ある施設はその為か。と納得を示したのはつい先程のこと。

 

 

「手加減していたでしょ」

 

 

 ふと、雪雫はスモークガラス越しに待機するアイギスに問う。いや、問いというよりは答え合わせというの意味合いに近いだろう。

 

 

「手加減という指摘にはイエスと答えを返しましょう。しかしながら、手を抜いていたと指摘されるならばノーと答えさせて頂きます」

 

「同じこと」

 

「ですが適切でした」

 

 

 アイギスは確かに加減をしていたが、それはあくまでも出力の問題。雪雫の攻撃に対しての反応、判断は諸々一切手を抜いていない。

 

 

「私なんかが全力で攻撃すれば、雪雫さんの細腕なんて音無く折れてしまいますよ」

 

 

 鉄の塊なので、と彼女は笑った。最早それは訓練にすらならないと。だからあくまでも通常の成人女性…近しい存在で言うところの桐条美鶴レベルの出力まで落としたとのこと。

 美鶴が通常に当てはまるかどうかは怪しいが……。

 

 

「でも硬かった」

 

「装甲ばかりはどうすることも出来ないので……。お怪我はありませんか?」

 

 

 怪我、と言われて雪雫は自信の身体を見渡す。凹凸の乏しい身体。一向に大きくならない胸……。

 ではなく、とくに今回の訓練で酷使した脚や腕。

 

 アイギスは…いやラビリスも当てはまるのだが、彼女たちの実態はあくまでも兵器であり機械。身体は人間のものよりも遥かに強固で頑丈。それを分かっていて雪雫も脚を使った攻撃をメインとしていたのだが、それでも防御時の負担は免れない。

 人間の身体に金属が激突すればどうなるか、なんて子どもでも分かりそうな問いだ。雪雫自身、感覚的に痣の2、3個出来ていると思い込んでいたが。

 

 

(打撲傷(うちみ)が無い)

 

 

 何処からどう見ても、少女の身体には傷一つ無い。

 

 

(元々、傷の治りは早い方だけど……)

 

 

 こんなにも治りが早いことなんて今まであっただろうか。と思考に沈む。

 

 一番考えられるのは、傷なんて最初から無かったこと。

 いや、あり得ない。アイギスの攻撃を受け止めたあの時、腕から伝わる痺れの感覚。間違い無く内部の血管からの出血だ。

 

 ではペルソナの力によるものか。無意識下に自分自身が能力を行使したか、それとも美鶴やアイギス達が知らぬ間に回復させてくれたのか。

 どちらもあり得る話ではある。

 

 

「雪雫さん? どうされましたか? 何処かお怪我を……」

 

「……いや、問題ない」

 

 

 まぁ何にせよ問題は無いだろう。と雪雫は結論付けた。

 傷が無いことは良いことじゃないか。生傷作ればショックを受ける幼馴染みも居るし、怒る人達も若干名居るし。

 

 シャワーを止め、スモーク掛かったガラスの扉を開け、外に掛けてあるタオルを取る。

 水が滴る髪にタオルを乗せて、ワチャワチャと拭いていれば、雪雫はポカンと自身を見つめるアイギスの視線に気付く。

 

 

「相変わらず、機能的な直線美ですね。その…私以上に」

 

「もう一戦やる?」

 

 

 

 

 

 

「ブリリアント! 実に見事な戦いっぷりだった」

 

「……どうも」

 

 

 場所は再び応接室。

 桐条美鶴は優雅に微笑みながら、称賛の言葉を雪雫に贈る。

 

 少し意外だ、雪雫はそう感じた。

 美鶴の纏っている雰囲気……育った環境や立場がそうさせているとは思うが、どうにも孤高というか、絶対君主の女王様というイメージが先行していたばかりに、こうもストレートに褒められるとは思わなかった為だ。存外、気持ちの良い人なのかもしれないな、と内心の評価を改める。

 

 

「明彦も満足していたよ。情報を与えるのに相応しい、と。つまり君は先程の戦闘で望むモノを勝ち取った、という訳だ」

 

 

 そう言われ、雪雫は口に運ぼうとしていたティーカップを机に置く。上品なハーブティーの微かな香りが喉の渇きを煽る。

 

 

「さて、君の知りたい事はおおよそ想像出来る。………警察内部の動きについて、だろう?」

 

「そう」

 

 

 短く雪雫は返した。

 元より、シャドウワーカーの直接的な協力を期待はしていない。仮に身動きが取れる状態ならば、稲羽の件が終わった時点で、向こうから怪盗団に接触があっても良い筈だから。

 しかし、接触が無いという事は、そうする理由が無いか、出来る状況に無いという事。

 

 そんな中で今日、怪盗団のメンバーである天城雪雫を()()()()()()()()()()と言う事実は非常に大きな意味を持つ。

 

 何度も言うがシャドウワーカーは警察機構だ。しかも重大案件を取り扱う公安管轄の。いくら関わっていないとは言え、警察内部の動きを察知出来無いほど、鈍くは無いだろう。ましてやシャドウと言う通常は認知する事すら無い化け物専門の特殊部隊。同じ警察内でも敵が多い筈、その手の情報には常にアンテナを張っていても何らおかしくはない。

 だから確実に知っている筈だ、怪盗団が容疑者という前提で捜査が進んでいる事を。

 

 

「まず結論から言うが。どうやら検察は君たち怪盗団を容疑者として挙げるつもりらしい」

 

「………」

 

 

 これでシャドウワーカーの立ち位置が明確になった。

 いくら捜査から外されているとは言え、怪盗団は今や国家を揺るがす犯罪者。それを知りながら、メンバーである私を捕らえる事はせず、あまつさえ情報を与えようとしている。

 

 それは怪盗団に対しての信頼が無ければ選べない選択肢。

 

 

「特捜部…公称は特別捜査部……聞き覚えあるか?」

 

「出れば有罪確定の捜査機関。不敗神話」

 

「そうだ。彼らが重い腰を上げた」

 

 

 怪盗団への信頼。それは共通の敵の存在、警察内部への不信感からなる利害の一致。

 

 

「ならもう、大分プロファイリングも進んで──。いやもうバレてるね」

 

「……随分、諦めが良いな」

 

()()()()()()()()()()()()()、そう考えるのが普通」

 

「────なるほど。君は思っている以上に視ているな」

 

 

 美鶴は静かに目を閉じてフッと笑った。

 

 

「そこまで分かっているのなら、今日はあまり成果が無かったのではないか?」

 

「そうでもない。美鶴達の立ち位置が分かっただけでも収穫」

 

「………ほう?」

 

シャドウワーカー(貴方達)にとってのたんこぶ。怪盗団(私達)が切除してあげる」

 

 

 

 

 シャドウワーカーの本部…一見すればただのオフィスビルから出れば、日はもうすっかり傾き茜空。

 テスト週間で学校が早く終わったため、お昼過ぎにはここに来ていたが、思ったよりも長居してしまったらしい。

 

 

(さて、と)

 

 

 これからどうしたものか、と雪雫は駅へと向かいながら思考を巡らす。

 

 自身の持っている情報、仮説を皆に全て開示すべきか。

 いや、止した方が良いだろう。変に意識させてボロが出ては困る。特に竜司。

 

 

(まぁ…当面は私がアンテナ張ってればいいか)

 

 

 未だに私達に実害が無いという事は、敵にとって怪盗団はまだ利用価値があるという事。

 つまりその時が来れば、いずれ何者かが私達を利用する為に接触してくる。

 その時がチャンスだ。

 

 

(洗いざらい引き出させる)

 

 

 敵の全貌が知れれば、頭目を叩くだけで敵は瓦解する。そうなれば今は雁字搦めのシャドウワーカーだって表立って動けるだろう。

 表で解決出来ない事は私達が、裏で解決出来ない事は彼女達が。

 

 

(甘んじて首輪を付けられてあげる)

 

 

 今だけは。

 

  

 

 

 

 

「あのー……雪雫さん?」

 

 

 家に帰ったら幼馴染が首輪を持って待ち構えていた。

 なるほど、分からん。

 

 

「待ってた。おかえり」

 

 

 こちらの困惑なぞ知るか。とでも言うかの様に、幼馴染こと天城雪雫は微笑を浮かべる。

 

 

「た、ただいま…」

 

 

 一旦、この状況を整理しよう。

 

 私は仕事を終え、今さっき家に帰ってきた所だ。雪雫の家では無い、自分の家に。

 雪雫の家でも良かったのだが、「明日も朝から仕事だしなー」とか「最近忙しそうだしな―」とか、自分の心に残った僅かばかりの遠慮が、私を自宅へと誘った。

 

 時刻としては夜の10時を数刻ほど過ぎたばかり。

 ご飯もお風呂も今日は外で済ませて来たし、後は寝室でダラダラしよーと思って、帰宅して間髪入れずに寝室へと直行したら、ベッドが僅かに膨らんでいる事に気付いた。

 もしや…と思って恐る恐る布団を捲れば、そこには案の定、ベッドの上で小さく丸まっている、それはもう天使の如く可憐で可愛い幼馴染が居た。びっみょーに、ほんの僅かに身体のシルエットが見える位の透過度のベビードールを着て。

 

 まぁ雪雫がいきなり家に来るとか、私が帰る前に家に上がり込んでいるとか。何時もの事ではあるし、合鍵渡してある手前、特段驚きも無い。

 幼い体躯に不釣り合いな……でもアンバランスさが逆にエッチな部屋着を着ているのも、まぁ差して問題は無い。雪雫、少しませているから。

 

 でも目が合うや否や、キラキラと目を輝かせて首輪を渡してくるのは違うんじゃないかな?

 

 

「雪ちゃん? その手のモノは……?」

 

「チョーカー」

 

 

 ジャラジャラと鎖の付いたものをチョーカーとは言わない。人はそれをジョークグッズと言う。

 

 

「ちょっと見せて?」

 

「ん」

 

 

 雪雫から差し出されたチョーカー、目算ジョークグッズを手に取る。

 

 重さはそこそこ。きっとこの1m弱程の鎖が大部分を占めているだろう。

 手触りは上々。素材はレザー……しかも結構上質なヤツだコレ。

 デザイン性は……なるほど。ベルトの中央の部分が丸型の金具で繋がっているタイプね。鎖を取り外せば普段使いも出来る2in1。うーん、便利!

 ん……裏面側に何か印字されてる……。ふんふん、なるほど。…あぁ、あそこのメーカーが作ったものなのね。

 あい、大体分かった。

 まとめると、作りは存外にしっかりしていて、普段使いも出来るデザイン性。世界に名を連ねる大手ブランド製の人間用の首輪、と。

 

 

「………雪雫さん…何処でコレを?」

 

「ネット」

 

「恐るべしデジタル社会!」

 

 

 良くないよ。良くないって電子マネー。チャージさえしちゃえばこんな幼気な未成年が気軽に買い物出来ちゃうんだよ?

 こんなの、大人の私から見たら用途は一つ……。

 

 

(いや、待て)

 

 

 一度冷静になって考えるんだ。

 本当にただのアクセサリーとして購入した、という線は考えられないか?

 

 オシャレに疎い雪雫がオシャレに目覚めたんだ。

 思えば私がチョーカーをあげて以後、彼女は常に身に着ける程気に入っている。でもそろそろ、二個目の選択肢も欲しいなーとか、そういう感じで二種類目を購入。でも自分で似合っているかは自信が無いから、私に判断を委ねて来た。

 

 そうだ、そうに違いない。

 

 

「雪雫、念のため聞くけど、これは何用?」

 

()()()()

 

 

 久慈川りせの仮説、見事に崩れる。

 こ、この子…確実に分かって──いや、まだだ。まだ言質は取ってない。

 

 

「せ、雪雫……寝る…って、そのー……どういった意味…、でせうか?」

 

「不思議な事言う。特別な事なんて無い、言葉通りでしょう?」

 

 

 いや、言葉の通りが2つあるから聞いているのですが。

 

 こちらが困惑を示していると、雪雫は呆れた様に溜息を吐いた。

 

 

「りせと寝る時用って言ってるの」

 

 

 細められた紅い瞳が、やけに蠱惑的に映った。

 

 

「もっと、マーキングして欲しくて」

 

 

 すくりとベッドから立ち上がり、雪雫は私に歩み寄る。裾先のフリルを揺らし、そのしなやかな脚を私の脚に絡め、細い指先は首元をなぞる。

 

 

「寝てる時ですら自由を奪われるなんて、素敵じゃない?」

 

 

 熱を帯びた頬が、湿っぽい吐息が、潤んだ瞳が、私の脳内をグジュグジュに犯す。

 

 

「こ、この………」

 

「?」

 

 

 この、ナチュラルボーンサキュバスがよ~~~!!

  

 

 私は脳内で思いっきりそう叫ぶ。

 

 昔からそうだ。上京してからは特にそうだ。この子は人の気持ちを煽るのが上手い、とても上手い。それが意図していても、意図していなくても。彼女に気持ちを転がされた人たちは何人も知っている。

 そんな魔性と言っても過言でない雪雫との半同棲。私がどんな思いで、数々のトラップを我慢してきた事か。

 

 まだ雪ちゃん未成年だし…。アイドルって立場があるし…。雪子センパイの目もあるし……。

 色々なしがらみとか、周りの目とかで何とか踏み止まっている手前、彼女はそれを知ってか知らずか奈落に引きずり堕とそうとして───。

 

 

(……アレ?)

 

 

 待って、私本当に踏み止まれてる?

 よく、自分の胸に手を置いて考えてみよう。

 

 んーーーーーーーーーーーーーー。

 

 

「……分かった」

 

 

 もう首輪一つ程度じゃ変わらない気がしてきた。

 

 

「付けてあげるから、座って」

 

「……やった!

 

 

 後ろにハートでも付きそうな位の声音。小声だけどバッチリ聞こえているからね。

 

 

(さてと)

 

 

 ウキウキでベッドに腰掛け、今か今かと待ち望んでいる雪雫。そこだけ切り取れば見た目相応な微笑ましい光景だが、生憎恰好と私が手に持っているそれが完全に夜のソレだ。

 

 

「じゃあ、着けるよ」

 

 

 目の前には白く細い首。力を入れてしまえば簡単に手折れてしまいそうな華の茎。そんな所に、今から私は無粋な首輪を嵌める。

 ジャラリと響く金属音と共に、雪雫の肩が僅かに跳ねた。嗚呼、どうやら鎖の一部が太ももに当たってしまった様だ。

 

 そんな仕草一つですら、今は劇薬に等しい。

 

 手を回して、それを一周させた所で、長さを調節する穴の存在に気付く。残りの穴は2つ程。雪雫の体躯にしてはあまり余らなかったな、とふと思う。大体この手のタイプは彼女が小柄過ぎるが故、大分持て余すのだが……。まるで彼女に合わせた様なサイズ感だ。

 

 

「どう? 苦しくない?」

 

 

 顔を覗き込めば、そこには立派な小ネコが居た。ほっそい首に重苦しい鎖をぶら下げて、やや不服そうに眉を潜める白いネコ。

 

 

「まだ余裕ある。最後まで締めていい」

 

「……大丈夫?」

 

「オーダーメイドだから、大丈夫」

 

 

 なるほど。やけにピッタリと思ったら、ちゃんと計測した上で作って貰ったのか。

 流石、ハイブランド。この手のグッズですらしっかりしている。

 

 

「分かった」

 

 

 初めは何の冗談かと思ったが、ここまで来ると逆にブランド名が安心感を与えてくれる。

 私は雪雫の要望通り、ベルトのメモリを一つ、また一つと最奥まで進める。

 

 

「…んっ………は…………ぅっ」

 

 

 雪雫からあがる絶え絶えの息、小さな手がベッドシーツに皺を作り、太ももは身じろいで摺り寄せている。

 

 

「……雪雫、やっぱり…」

 

「……ん、んうっ……問題、ない。これくらい、で丁度、良い。あたま、すこしボーっとする、けど心地、いい。りせと、居る時くらいは、なにも、かんがえたくない」

 

 

 こちらに背を向けていた雪雫が振り返れば、繋がれた鎖は静かに音を立てる。

 その鎖を持って、こちらに引っ張れば、雪雫は苦しそうに喘ぎながら、私にもたれ掛かる。

 

 

「素敵な夜だね、りせ」

 

 

 首輪をしっとりと撫でながら、雪雫は艶やかな笑みを浮かべた。

 




雪雫さんはきっとストレスが溜まっています。
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