PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
5/10 火曜日 曇り
中間テストを前日に控えた秀尽学園。
最後の詰め込み、と図書室に駆けこむ生徒。
普段の努力の賜物か、落ち着いた様子の生徒。
開き直って友達を遊びに誘う生徒。
誰もが翌日に控えたテストに思考を捉われている中、天城雪雫は。
「雪ちゃ~ん!」
「りせ」
何時も通りだった。
「久しぶりっ! 寂しかったよぉ……」
「そうは言っても2日…」
学校から少し離れた通りに止められた一台の真紅の車。
その中で、りせは雪雫の小さな身体を抱きしめる。
「ん~、何と心地良い抱き心地……」
「りせ。私、早く帰りたい」
あ、そっか。と離れかけた意識を現実に戻し、雪雫を解放する。
「そうだよね、明日テスト―――」
「曲作りたい」
「あ、はい」
▼
天城雪雫という少女は、飽きるまでとことん打ち込むタイプだ。
それがどんなに大変な時期だろうと、例えテスト前だろうと。やりたい事を常に優先して行動してきた。
そして、それは今も変わらない。
りせは覚悟していた。
雪雫が曲を作ると投稿したあの日から。
家事は滞り、食生活は乱れ、部屋が惨憺たる状況になっている事を。
掲示板の民達の心配は正しい。
久慈川りせは知っている。経験則で知っている。
こういう時の雪雫は、基本的にダメ人間であると。
(その分、私がサポートしなきゃ……!)
まずは掃除からか、と息巻いて部屋の扉を開け―――。
「……あれ?」
何時もの広い玄関がりせを出迎えた。
「思ったより散らかってない……、というか綺麗」
廊下も、台所も、リビングも、寝室も、作業部屋も。
脱いだ服は放置されて無いし、出したモノは出しっぱなしになっていないし、洗い物も溜まっていない。
「意外?」
「うん、すっごく」
珍しく何処か得意気な顔をしながら、無い胸を張る雪雫。
「私だってやる時は―――」
ピンポーン。
雪雫を言葉を遮る様に、部屋に響く電子音。
「……あ」
「お客さん? 珍しいね。はーい。」
来客に覚えがあるのか雪雫は何かを悟った様に声を上げ、りせは玄関へと向かう。
このマンションに入るにはそれなりの手順が居る。
私みたいに合鍵持ってて入り浸っている人なら素通りだが、そうでない部外者は中々苦労する筈だ。
そんな環境下でここまで来たってことはそれなりに安全な人なのだろう。
そうりせは考え、特に覗き穴で来訪者を確認する事も無く、扉を開け―――。
「ご主人様! 貴女のべっきぃがお手伝いに来た、にゃ…ん………」
「…え、……メイド…? というか…」
お互いがお互いの顔を見つめ僅か数秒。
((絶対に見覚えある!!!))
お互いの顔に既視感を感じていた。
(あ、あれぇ…、この人ってアレだよね…。雪ちゃんの学校の…)
(え、嘘。久慈川りせ…? なんで? 天城さんと知り合い……?)
一向に戻って来ないりせを不思議に思い、雪雫は首を傾げながら玄関へと向かう。
そこで彼女は滑稽な光景を見た。
互いに言葉を発する事無く、ただただポカンと口を開けて見つめ合っている。
「……何してるの? 2人とも」
・
・
・
「えーっとつまり…家が綺麗なのは、家事代行サービスから派遣されたべっきぃのお陰であると」
「うん、料理も美味しい。頼んで良かった」
「そ、そう…」
りせは頭を抱える。
雪雫の事だ。家事代行サービスという言葉をそのまま信じて依頼したのだろう。
「まぁ良いわ。良くないけどいったん置いておきましょう。えーっと、それでこの顔に見覚えは…?」
「!!」
当然、聞かざるを得ない。
高校職員が、風俗で働いているなんて余程の訳ありだ。
関わった以上、聞かない訳には――。
「うん、川上―――」
「!」
だよね、流石の雪ちゃんでも気付いて
「に似てるよね」
いや、本人でしょ。とは突っ込まなかった。突っ込みたかったけど。
こういう所はホントに雪子センパイに似てるというか、雪子センパイ以上に天然というか……。
「…う、うん。似てる、ネ………」
仕方無い。
こういう深い話は大人である私達の分野だ。
雪ちゃんはこのままで居て貰おう。
「あの…、私からも良いですか…?」
「うん、べっきぃ」
「えーっと、雪雫さん…と、りせちー…さん?は知り合いで……?」
べっきぃこと、川上貞代はおずおずといった様子で口を開く。
「知り合いも何も、幼馴染。仕事でもプライベートでも、大切な人」
「~~! またこの子は…そうストレートに…」
(何だこれ、カップルか?)
目の前でいちゃついている2人を眺めながら、川上は思考に耽る。
(雪雫、天城雪雫…、それに久慈川りせ、幼馴染……。なーんか引っかかる様な)
後一歩、というところまで答えが出掛かっているのだが、その先が霧に包まれたように不鮮明だ。
「それじゃあ、私は曲作るから、二人とも仲良くね」
「あ、待って! もうちょっと余韻に浸ろうよ、雪ちゃん!!」
曲、作曲、雪ちゃん。
「あ―――」
えぇぇぇぇぇぇ!!
川上貞代の絶叫が再び響いた。
◇◇◇
5/11 水曜日 雨
空を覆う分厚い暗雲。
陽光を一切遮り、地上に影を落とすその光景は、秀尽学園の生徒達の心情を表している様だった。
秀尽学園第一学期中間試験初日。
多くの生徒がその顔を曇らせて決戦の地へと向かう中。
「……………?」
天城雪雫は通常運転だった。
「何かヨユーそうだなぁ…、お前……」
肩を落とす生徒達の群れを不思議に思い、首を傾げる雪雫。
そんな彼女に掛かった声は、生徒達の様子を代表するかの様に暗いものだった。
「テストって…、なんであるんだろうな……」
遠い目をしながらそう語るのは、坂本竜司。
彼の顔色から察するに、テストの学業の成績はそこまでの様だ。最も、学年の違う雪雫はそんなこと知らないが。
「嫌い?」
「好きな奴の方が少ないと思うぞ……」
そうなんだ、と興味無さげに呟く雪雫に、竜司はさらに溜息を吐いた。
「蓮は余裕そうだし、杏は英語が出来るからなぁ……。鬱だ……」
「……頑張って」
「お前もな―……。曲作ってるんだろ? よくやってるよ…」
「…家事やって貰ってるから。その分、他の時間に充てられる」
一言も勉学に充てていると言ってないが、竜司は感心した様に相槌をした後、「雪雫も蓮側か…」と顔の影をさらに濃くする。
「そういや家事やって貰ってるって…、りせちーって家事出来るのか?」
「……料理は壊滅的。他はある程度。でも悠程じゃ無い」
聞きなれない名前に疑問符を浮かべる竜司だが、親戚か何かだろうと心の内で完結させる。
「それにりせも忙しい」
「え、じゃあ何? お手伝いさんでも居るの? メイドみたいな?」
「うん、メイド」
「…まじで?」
半分冗談で言った竜司だったが、予想外の返答に目を丸くする。
「最近知った。家事代行サービス」
「ほぉーん、そんなものが―――」
雪雫の持つ鞄から出されたチラシを受け取り、マジマジと見つめる竜司。
そこに書かれた文字を一字一句読んでいく内に、段々と言葉が消えていく。
「……雪雫さん…、これをどこで……?」
「…? 新宿。ララの店の近くに落ちてた。……欲しいならあげる。私、べっきぃの連絡先知ってるから」
「べっきぃ……。お気に入りがいるのか…」
「変なこと言った?」
「…いや、俺の心が汚れてるだけかもしれないから気にしないで……」
そう言いながらそそくさと受け取ったチラシを鞄に突っ込み、引き攣った笑みを浮かべる。
家事代行サービス「ヴィクトリア」と書かれたチラシに思いを馳せながら。
◇◇◇
5/13 金曜日 曇り
地上を照らす筈の月明かりは分厚い雲の覆われ、少し湿り気が混じった空気が漂う晩。
大多数の学生は試験勉強や課題に追われているであろうこの時期。
「うぇへへへ~」
「……熱い」
天城雪雫は久慈川りせに遊ばれていた。
「ほっぺぷにぷに~!」
「………はぁ…」
膝の上に乗せられ、頭を撫でられたリ頬をつつかれたり。
最初はスマホでゲームをしていた雪雫も、スキンシップが気になるのか、今はスマホを置いてされるがままの状態だ。
…それでも、彼女はりせから降りない辺り、嫌では無いのだろう。
「最近忙しかったからね、こういう時に雪ちゃん成分を補充しとかないと」
りせは仕事で。
雪雫は学校と曲作りで。
最近、家に出入りするメイドの目もあり、堂々としたスキンシップを控えていたりせの欲望がここに来て爆発した様で。
「……私、明日テスト……。」
「良いじゃん良いじゃん。どうせもう余裕でしょ?」
りせの細い指がシルクの様な肌を滑る。
太ももから、腰へ。腰からお腹へ。
「……くすぐったい」
「あ……」
スキンシップを素直に受け入れてたものの、むず痒い刺激は我慢出来ず。
猫の様にするりとりせの細腕を掻い潜り、雪雫はりせの隣へ逃げる。
「もうちょっと楽しみたかった……」
「……どうせ後でする」
「まぁね~♪」
家に入り浸るりせ用の部屋が無い訳では無いのだが、彼女自身、その部屋を使おうとしない。
寝る時は当然の様に雪雫のベッドに入り込む。
雪雫が言いたいのは、ここでスキンシップ取らなくても寝る時するでしょ、って事だ。
「明日で雪ちゃんのテストが終わって、今週末は私も休み……。楽しみだな~!」
「今週末……、あ」
そういえば、と思い出したように声を上げる雪雫に、りせは首を傾げる。
「……美術展、興味有る?」
◇◇◇
班目一流斎と言えば、その業界では知らぬ者など存在しないと言える程の、日本を代表する巨匠である。
柔らかい笑みを浮かべて赤子を抱く女性が描かれた「サユリ」を代表に、その幅広い表現力と作風からファンも多い。
そんな班目の展覧会当日。
5月15日 日曜日 曇り
展示会場は大勢の客で賑わっていた。
広くはない展示会場にたくさんの人がすし詰め状態。
ゆっくりと流れる人の波に身を任せて進むしかない程、その空間に余裕は無い。
「雪ちゃん…、手を離さないでね」
「うん」
歳の割には小柄…、というよりも平均身長を大きく下回る雪雫にとってこの人の群れは高い壁の様で。
以前、沖奈駅で起きた天城雪雫迷子事件の記憶もあり、りせは決して離さない様に強く強く握り締める。
「雪ちゃんは見たい絵あるの?」
「全部。何が活動の刺激になるか分からないし」
「相変わらずのストイックさ…。そういう所も好き!」
度々会話を挟みながら、順路に従って歩みを進める2人。一つ一つ、展示されている絵を満足するまで眺め、それが持つ意味を自分なりに噛み砕いたらまたその次へ。
何処かで聞いた事ある様な少女の声や、インタビューを受けている班目本人の声すら気付くこと無く。黙々と作品鑑賞に浸る。
そして、それも終わりに差し掛かった頃。
「………?」
初めて雪雫は表情を変えた。
「どうかした?」
形の良い眉を僅かに顰めて、訝し気な表情で目の前の作品を見つめる。
黄昏に染まる空に、僅かな暗雲が立ち込めている様な。そんな絵。
「感情的な絵」
「……そうだねぇ…、なんだろう。他の奴よりも作風が荒々しいというか、雑…、というか。」
「他のもそうだけど、これは特にそう。サユリを描いた人の絵とは思えない」
「それだけ作風が広い…、とか」
「だとしたら役者に向いてる。こんな真っ直ぐな感情をトレース出来るなんて」
「……本人が描いてない、って言いたいの?」
雪雫は視線を渦中の絵から、りせの方へ。
その穢れを知らない真っ直ぐな目がりせの顔を映す。
「作品はその人の性格がよく表れる。ここの作品に班目の性格を表したものは無いように見える」
雪雫は続けた。
「本当にここ全部の作品を一人で描いたなら―――」
人の域を超えている。
小さな呟きは、喧騒の中に消えていった。
▼
班目展行った。
彼は大した役者だと思う。
SNSに投稿された1つの呟き。
この意味を深く考察する者、首を傾げる者、何かの比喩表現だろうと自己完結する者、と反応は十人十色。
しかし、雪雫本人が口下手という事もあり、特に深い意味は無いだろうと、特別話題になる事無く、ネットの海に沈んでいった。
後日、この投稿が話題を呼び、一気に盛り上がる事となるのだが、それはまた別の話。