PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
「やっと解放された」
3つ目のタコ焼きを食べ終わり、ひとしきり満足した様子の雪雫。横で春が「本当によく食べるね……」と感心半分、驚愕半分で空っぽの3枚のお皿を見つめていた。
「んー」
摂取したカロリーは何処へ消えているのやら。食事量に全く持って見合わない細い身体をうんと伸ばしては、呑気に欠伸を零す。その様は何処からどう見ても猫のそれである。
「どう? どうだった? ウチのタコ焼き」
場所は2-Dの教室の前の廊下。杏と蓮が所属するクラスの出し物「メイドタコ焼き」のテラス席……と言えば聞こえは良いが、実際は予算的な問題で教室内を作りこめなかったので苦肉の策で適当に設置した席である。
だから先程、雪雫のクラスに行った時、杏は大いに驚いた。そして同時に自分のクラスが途端にチープで恥ずかしいものに見えた。メイド服に拘るあまりに、優先順位を間違えた、と。
「まぁ、普通。ウチと変わらない」
「だよねー」
だが料理に関しては五分五分だった。
いや、料理という言葉も正しいか怪しい。だって双方とも、市販の冷凍食品を裏で解凍して提供しているだけなのだから。
「……にしてもよぉ…メイドである必要無くね?」
杏がアハハハ、とから笑いを浮かべている横で、竜司がぼそりと呟いた。「メイドとタコ焼き、何の関係があんだよ」と。
「そんなの無いわよ」
「もうちょい拘れよ」
「竜司、言うだけ無駄。大抵、こういう学園祭は『何をやりたいか』よりも『自分をどう見せたいか』が先行して物事が決まる。私の所だってそう。皆がチャイナドレスが着たいから、それに付随して中華喫茶になっただけ。きっと杏のとこもそう。皆ただ、メイド服を合法的に着たいだけ」
「雪雫、それ正解」
因みにメイド服の着用が決定した際、担任である川上は非常に微妙な顔をしていたらしい。
「コスプレ大会じゃん」
「……それに関しては竜司に同意するわ…」
はぁ。と真は肩を落としては頭を手で支える。
近年、クラスの出し物自体のクオリティ下げて、自分達を着飾るモノのクオリティを上げる動きが顕著だ。3年間、生徒会役員として学校と向き合ってきた真にとって、非常に悩ましいポイントだ。
クラスという一個小隊程の人数感で、一つの目標に対して奔走し、時にぶつかり合う。そうやって紆余曲折を経て得た経験、終わった後の達成感が学園祭の醍醐味であり真骨頂だと言うのに、最近では前述の様な流れが強いのだ。
「まぁ、真は真で考え過ぎだと思うけど」
「私なにも言ってませんけど!」
「顔に出てた」
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一同がメイドタコ焼きを選んだのは、単に杏と蓮のクラスの出し物だから…という訳では無い。目を見張る程の閑散としたその光景…圧倒的な人の少なさが決め手だった。
同じ冷凍食品を取り扱っているものの、そこそこ賑わっていた雪雫のクラスとは天と地ほどの差がある客数。いかに人が華やかで小綺麗なものに安心感を覚えるかが、否応にも分かってしまう。
「……静か。落ち着く」
「噂、ここに来るまでの間にも、色々聞こえてきたもんね……」
「あることないことなっ!」
雪雫のクラスからここまでほんの5分もかからない位。その僅かな間であっても、周りから聞こえる怪盗団絡みの噂話。誰か個人に当てられた言葉では無いとは分かっていても、気が気で無かったのは一同の顔を見れば明白であった。
「鴨志田まで被害者扱いになりかけてて、もうやけ食いしたい気分!!」
怪盗団が風評被害に晒されているのは今に始まった事では無いが、遂にはあの鴨志田を擁護する者も出て来た始末。鴨志田の体罰は怪盗団によって元から操られていたもので、その後の改心はただのパフォーマンスだった…と。警察が公表した出鱈目なプロファイリング像を鵜呑みにしてそういう声までもが少なからず上がってきているのだ。
親友である鈴井志保が被害者となってしまった杏にとって、到底聞き逃せる話ではない。
「校長も狙われたという憶測も聞こえてきたな。『ムカついたから』『気付かれたから』って」
「気付かれたって……怪盗団が学校関係者だって思ってる生徒が居るって事よね?」
「まぁ、わざわざ警察が聴取に来たし、そう考える生徒が居るのも自然。むしろ怖いのはここから先」
真に怖いのは世間の、大衆の目。怪盗団が秀尽学園関係者であるという噂が漏れ出れば、また一気に注目を浴びてしまう。秀尽学園の生徒というだけで指を指され、世間の目は監視の目と変わる。もしかしたら少し怪しい行動をしただけで通報されるかもしれない。そうなってしまえば最早、皆と集まる事すら難しくなるかもしれない。
「…俺は明智吾郎の人気ばかり耳に聞こえたな」
「全部怪盗団のお陰だろ!!」
大衆が天地をひっくり返す様に手の平を返す中、唯一主張を曲げず、徹底した怪盗団の危険性を訴え続けた明智吾郎。彼の言う通りになった、と彼を支持する声は多い。彼の姿勢もさることながら、その振る舞いとビジュアルも人気の後押しとなっているのだろう。常に物腰が柔らかく、ユーモアがあり、お伽話の王子様の様な甘い顔。
「あれ、みんなお揃い?」
そんな絵に描いた様な男が、スタスタと軽快な足取りで蓮達の元へやってくる。
「なっ……」
これには流石の雪雫も面を喰らった様で、大きな瞳をさらに大きく見開いて渦中の彼を見つめる。
皆、同じ様な反応だ。あまりに突然の出来事に言葉を詰まらせている。
「こ、講演会は明日なんだけど………」
一早く思考を復帰させた真が、戸惑いを顕わにしながら口を開く。
そんな様子がおかしいのか、明智はクスリと笑みを作りながら一人一人を反応を見ていた。
「会場の下見にね。大勢のお客さんが来るのに、失敗は出来ないし……」
「ヤル気だ………」
「けど、流石に気付かれちゃって……。周りから質問攻めにあってさ」
そりゃそうだろ。と皆は心中で呆れていた。
サングラスやマスクと言った有名人御用達のカモフラージュグッズも無ければ、服装だってテレビで見る恰好と変わらない。そんな中で人が集まる学園祭になんて来た暁にはもみくちゃにされる未来しか見えない。
「変装しないのが悪い」
「雪雫がそれ言う……?」
明智君よりも目立つ姿している癖に。口には出さなかったが、真の呆れ顔には胸中の言葉が浮かんで見える。
「……正直、根も葉もない噂の話ばっかりで、ウンザリして、人の居ない方に逃げてきたんだ」
「そう言う割には満更じゃなさそう」
「まぁどんな形であれ、慕ってくれるのは嬉しいからね」
人当たりの良い笑顔を浮かべるに対して、「そうかよ」と乱暴に吐き捨てたのは竜司だった。怪盗団ありきの明智の人気に、胸中の嫉妬や妬みが入り混じっているのは火を見るよりも明らかだ。
「さてと、下見もこれ位にして、そろそろ引き上げようかな。また目を付けられたら堪らないし」
「え……、本当にそれだけ?」
「ん? 他に何かあるのかい、高巻さん? 言ったじゃないか、会場の下見に来ただけだって」
明智と言えば探偵と言うだけあって、鋭い指摘と観察眼が特徴的だ。以前にメジエドの件で会った時も、明らかに「君達を疑っています」と言わんばかりの揚げ足取りだったのを覚えている。
だから今回のあまりの引き際の良さに、思わず杏は声を挙げてしまったのだ。
「本番は明日だ。今日は早めに戻って休むことにするよ。きっと、明日は濃密な日になりそうだしね」
「……………」
相も変わらぬ朗らかな笑顔。だがその閉じられている筈の瞼のほんの隙間から、明智の冷たい瞳が雪雫には見えた。
「何だったんだ、アイツ……」
それじゃあ。と言い残してこの場を去った明智の背中が完全に見えなくなった頃合いで、モルガナがバッグから顔を出す。
「濃密な日、ね」
「何をするつもりかしら、明智君………」
誰が敵かも分からず、何処まで自分達に捜査の手が伸びているかも分からない現状。どうしても勘ぐり深くなってしまう。
しかもよりによって、自らが招いたとは言え、相手があの明智吾郎だ。
「取り敢えず今日はワガハイ達も引き上げようぜ。こんな状況じゃあ、居るだけで体力使っちまう」
「……モナちゃんに賛成。ただの世間話だったのに、今ので疲れちゃった」
モルガナの意見に対して反対も無い。明智の言う通り、明日の講演会が怪盗団にとっても勝負所だ。疲れが残って、明智の言った事を聞き逃しました。何て事態になったら目も当てられない。
「ええ、そうね……」
特に真は明日の講演会の司会を務めるのだ。観客と明智に悟られない様、あくまでも一般市民の立場で彼の情報を引き出さなければならないのだから。この中で一番の重責を担っていると言っても過言では無い。
「帰ろうか」
蓮の言葉に一同頷きを返して、それぞれ帰路に着く。
「みんなお揃い、ね」
もう隠すつもりもないのかな。と呟く雪雫の言葉は誰の耳にも届かなかった。
◇◇◇
10月26日 水曜日 晴れ
学園祭2日目
『それではただいまより、講演会を始めます』
ガヤガヤとしていた場内がしんと静まり、観客の視線はライトで照らされる壇上へと注がれる。
司会を務める真の額から一筋の汗が流れる。注がれるライトの熱量による熱の放出か、はたまた緊張による冷汗か。
『本日のゲスト、明智吾郎さんです!』
「始まったな」
「だね……」
そんな様子を頭上から……体育館の二階部分。所謂キャットウォークから見守る5人。蓮、杏、竜司、春、雪雫の秀尽組は明智の一挙手一投足を見逃さないと言わんばかりに視線をやっている。
「祐介と双葉は?」
「席確保出来たって。多分、フロアの人混みの何処か」
下に視線を送れば見渡すばかりの人。本来想定されていた客数を遥かにオーバーして、立ち見の観客さえ居る始末だ。
それだけ、明智吾郎の……そして怪盗団が世間に注目されているという事。
改めてそれを目の当たりにして、春はゴクリと固唾を呑み込んだ。
『なんだか、すみません。こんなに集まってくれてるのに……。マスコットとか、歌手の方とかの方が、皆さん嬉しかったですよね? ……ほら、それこそ天城雪雫さん、とか。僕、彼女好きなんですよね』
あははは、と会場の所々から笑い声が挙がる。
明智吾郎が掴みの為に良く口にする常套句だ。自分を卑下して笑いと親しみやすさを誘うといった手法。メディアで良く聞いた光景。
「っ、嫌なヤツ」
笑い声に紛れて雪雫の口から漏れ出る舌打ち。
あからさまに不快そうに眉間に皺を寄せている。
『………ふぅん』
『本日、明智さんには巷を賑わせている怪盗団…その捜査過程の実体験などを、お聞かせ願えればと思います』
明智のジャブで起きた笑いが少し収まったタイミングで、真がすかさず会の進行を促す。
さも会話の主導権はこちらにあるぞ、とアピールするかの様な見事な司会だ。検事局の姉を持つだけはある。
『尋問される側には慣れて無くて……お手柔らかに』
そこで再び笑いが起きる。
明智が講演会全体のムードを作るか、それとも真が会話の主導権を握り続けるか。壇上で密かな戦いが繰り広げられていた。
「あいつ、何処まで知ってんの?」
「怪盗団を悪者扱いしておきながら、でもお父様の事件や他の不審死事件は無関係……って」
「真犯人の目星がついてんのか、怪盗団が俺達って気付いてんのか……。そこんとこ上手く聞き出してくれよ、頼む…真!」
皆が真を見守る中、蓮はチラリと雪雫に視線をやる。
何時もの様に無表情で、キャットウォークの策に寄り掛かりながら皆と同じ様に舞台を見つめている。一見すれば普段の彼女と変わらないが、その瞳。蓮にはその紅い双眸が冷え切っている様に感じた。
まるで、出来の悪い三文芝居を見ているかのような。
『正直言って、どのくらい進んでいます? 怪盗団の捜査…差支えない範囲で』
『いきなり核心、ついてきますね』
そうこうしている内にも会は進んで行く。
限られた時間内で周りに悟られない様に情報を聞き出さす必要があるのだ。うかうか世間話から入ることはしていられないのだろう。
『差支えない範囲…って事で話すと、テレビやネットに出てるのが全部です。まだ足取りは掴めていませんし、犯行の手口も、未だ判然としません』
『なるほど…。国家権力をもってしても、逮捕は困難を極める……そういう事ですね?』
『あまり大きな声で言えませんが……まぁそんな所です』
予想通りと言えば予想通り。期待ハズレと言えば期待ハズレ。
蓮達とて、明智がペラペラと内部情報を喋るとは思っては無いが、情報としての価値は低いものだ。
『ところで、明智さんは怪盗団と直近の事件や精神暴走事件との関連を否定されたそうですが……。怪盗団の不正義を主張してきた貴方が何故? 殺人をしていないと言い切れる根拠は?』
『尋問、慣れてません? まるで女検事さんみたいだ』
またもや会場から笑いが起こる。
「ホント、嫌味なヤツ」
どうも雪雫はお気に召さないらしい。
『すみません、私自身、興味ある内容だったので。つい………』
真から繰り出された質問による畳みかけ。
少し前のめり過ぎたかと、内心で反省する真だったが、かと言って質問を取り下げる訳にもいかない。
『改めてお聞かせ願えますか? 怪盗団を悪だと訴えていた貴方が、怪盗団の無実を主張する理由を』
『これまで怪盗団に改心された面々は、奥村も含め、いずれも劣らぬ悪党です。だけど何故、奥村だけがあのような形になってしまったのか』
『………何故、何です?』
『その理由、少なくとも僕には見つけられなかった……。だからこそ、怪盗団とは別だと、考えるべきだと思うんです』
明智の言い回しに竜司は「は?」と首を傾げた。
「どゆこと?」
「明智は事件解明をする上でホワイダニット…つまり動機を大切にしてるってこと」
「……ごめん、雪雫。あたしにもさっぱり……」
「動機が分からない、釈然としないから、一連の犯人を怪盗団とは決めつけず、広い視野で事件を見るべきって言ってる」
ふむ。と蓮は顎に指を添えて頷いた。
まぁ確かにそれなら実際の警察の動きとは合わないのも分かる。警察は動機や犯行方法を二の次に、まずは犯人を捕らえようという空気がニュースを見ていても感じ取れる。
雪雫の言葉を借りるなら、警察はフーダニットを重要としている……という事か。
『……それに…もしもの、話です』
『……?』
『怪盗団が僕の知る…彼らなら。あんなことをするなんて思えない』
静寂を保っていた館内から、明らかなどよめきが広がった。
『今の発言…警察は既に正体を掴んでいると……?』
真から再び汗が流れる。心臓の鼓動が早まり、緊張が明智に伝わってしまうのではないかと、思わず足が竦んでしまう。
『いえ、警察もまだそこまでは……』
だけど…と明智はキャットウォークの影を確かに見つめて
『僕は目星ついています。怪盗団の正体を……ね』