PERSONA5:Masses In The Wonderland. 作:キナコもち
おおよそ4畳ほどの空間。壁に沿ってコの字状にソファが置かれ、その中央にはテーブルが一つ。壁は分厚く、隣の部屋の音も僅かに通さない。
「やぁ、待っていたよ」
そんな密閉空間でソファに深く腰掛け、コーヒーを嗜む茶髪の青年。彼は人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。
「…………」
少女は青年の声掛けに応じる事無く、その無表情な顔を下げたままソファに腰掛ける。丁度、テーブルを挟んで青年と対角線となるように。
「賢明な事だ」
そんな少女…雪雫の様子を見て、明智吾郎は口角を上げる。だがそれは表向きの顔では無く、何処までも冷え切った笑顔だった。目は一切笑っておらず、常にナイフの切っ先の様な鋭さで雪雫の様子を観察している。
「まさか場所の指定がカラオケボックスとはね。他に良いところ無かったのかい?」
「今夜の場合はここで十分。個室とは言え、部屋には監視カメラ。従業員も定期的に店内を巡回する。それに私達、高校生は退店時間も決まってる。ある程度、私の身の安全は担保されている」
加えるならこのカラオケは完全な会員制である為、誰が何時に入退店したかまで店側が把握出来るし、何より雪雫の行きつけで店員も雪雫自身の顔を認知している。そんな彼女があの有名人の「明智吾郎」と2人で来たとなれば目立って仕方ない。
「悪漢に独りで対峙するなら、それくらいの保険は掛けても良いでしょ?」
「僕が悪漢…か」
「何も驚く事ないでしょ。真犯人さん」
「………やっぱり知らん顔していただけか」
真犯人と言われ、明智は表の顔を脱ぎ捨てて口元を歪ませる。
「私が気付いてないとでも?」
「いや。ただあまりにも名演技だったから」
「そういう貴方は本性が見え透いていたけれど」
「……いつから…なんて聞くのは野暮かな」
「そうね。そんなの、分かり切ってる」
明智吾郎=黒い仮面だと雪雫が確信したのは言うまでも無く、奥村の記者会見の日だ。
当日、メメントスでの陽動と護衛をお願いした芳澤かすみから雪雫は報告を受けている。あの日に遭遇した黒い仮面は明智吾郎だと。
「まぁ報告を聞いた時、やっぱり程度にしか思わなかったけど」
「……上手く隠していたつもりだったんだけどな」
「冗談」
雪雫にとってみれば、明智吾郎は初めて会った時から違和感の塊だった。本音と建て前が入り混じっていて、キラキラした態度はハリボテの様に薄っぺらく胡散臭い。まるで地元に居た元警官を見ているかのようだった。
極めつけはこの間、帰り道で会った時だ。今思えば、隠す気があるのか逆に心配になるくらい、本性が漏れ出ていたと思う。
「かすみと既知の仲だった事が災いしたわね。仮に彼女が気付かなかったら、私も
芳澤かすみの父親は番組制作の仕事をしている業界人だ。その時々で明智は彼女の父と知り合ったらしく、そこの繋がりでかすみも彼と食事した事があるらしい。
(っ。クソガキが)
雪雫の言い分に明智は内心で舌を打つ。
気付くのが遅れたかもしれない。言い換えれば、芳澤かすみの情報が無くてもいずれは気付いていたという事。おちょくっているのか、それとも本心か。
「何故そこまで気づいていて彼らに言わなかったんだい? 僕が黒だと知っていれば、今日みたいなリスクは最小限に抑えられていただろうに」
「仮に伝えたとして、何になるの?」
「………………」
「貴方が真犯人だと警察に垂れ込む? 世間に晒す? それこそリスクが大きい。それ即ち、私達の正体も世間に露呈する。なら貴方を改心させる? ううん、それも貴方がペルソナ使いの時点で不可能。直接叩こうにも、肝心の本体はメディアの露出を控えて神出鬼没。つまり伝えたとしても、私達はいつ捜査の手が伸びて来てもおかしくない状態で怯えながら過ごすしかない」
「君は一つ間違いを犯している」
明智の物言いに雪雫は小首を傾げて返した。
「確かに僕の正体を世間に明かした所で警察は止まらない。彼らにも面子ってもんがある。一度言った事は中々取り消しはしない……。でもそれを僕に言う必要は無かっただろう。君達の内で共有して、僕を出し抜く事だって出来た筈」
「貴方一人を退けたとして、その次は?」
「……………」
「今更、全部の事件が明智吾郎一人の仕業でした、なんて言わないよね。一連の事件は組織的な犯行の筈。それも警察を自由に動かせる様な強い権力を持った人。人を一人二人消す事なんて容易く出来るほどの。貴方はそんな人の駒の1つ。つまりはトカゲの尻尾。明智吾郎を出し抜いたとしても、またその次の見えざる敵を見据えて動かなければならない。全貌が見えない中、手探りで戦い続けるなんてとってもリスキー」
ふぅと溜息を吐いて背もたれに背中を預けては天井を仰ぐ雪雫。その顔は何処か諦観した様な顔持ちであった。
「
一瞬、彼女が何を言っているか分からず明智吾郎は思考を止めた。時間が止まった様な沈黙が部屋を包み込む。
「……君、何を言っているのか分かっているのかい?」
「伝わらなかったのなら言い方を変える。仲間を貴方達に売るから、それで手を打ってほしい」
雪雫は、天城雪雫はその紅い瞳に一片の曇りも無く、そう言い切った。
嘘を言っている様にも見えない。そしてその場しのぎの方便という訳でも無さそうだ。彼女は正しく、寝返る事が何を意味するかを分かった上でこの提案をしている。
「私、りせと一緒に過ごせるなら何だっていい。でもこのまま貴方達と敵対し続けたらそれも危ぶまれる。こっちは一学生、相手は国家権力をも操れる大人となれば、戦い続けて疲弊するのはこっちの方。だったら長いものに巻かれて、小さい方はプチって潰しちゃえばいい。そうすれば、そもそも戦いは起きない。恒久的な平和が実現する」
「その為に仲間を売ると」
「うん、少し悲しいけど。勘定科目で考えれば払う費用としては安い。オオヤマダの改心までは利害が一致してたから、後は成り行きでその場その場の感情で戦ってたけど…。奥村の件でハッキリした。私達が悪だと思って突いたのはこの国そのもの。……私、
「…………ふむ」
「昼間の提案も明智が効率的に怪盗団を捕らえる為の方便でしょ。一人でやるよりも、もう一人内部に協力者が居た方が楽な筈。明智達は怪盗団に全部の罪を押し付けられる。私はそれに協力する引き換えに、日常を手にする。どう?」
提案の内容とその先の未来。払う費用と得る利益に関しての矛盾は特に無い。
そしてそれを語る彼女の性格と提案の乖離もそこまでは無い。そもそも彼女は怪盗団の中でも冷静で、ある程度の損得勘定で動くタイプだ。この間の芳澤かすみが良い例だろう。
怪盗団よりも久慈川りせを優先するのも、普段の彼女を知っていれば十分に理解出来る。
しかし、日常という点が引っ掛かる。
彼女から怪盗団が消えたとて、もう一つだけ非日常と接触しているのは事実。彼女が怪盗団を見限ったのが事実だとしても、その後でシャドウワーカーと共謀されでもしたら目も当てられない。
「もう一つの不安要素も、怪盗団を片付けた後に手伝う。大丈夫、向こうは怪盗団以上に愛着が無いから」
そんな明智の不安を言い当てるかの様に、雪雫の口から語られる後の始末に関する事。
「瓦解させるなら内部から、でどう? 怪盗団を不条理に始末された復讐心で潜り込んで、中をかき乱す。その間に貴方達が潰しちゃう。シャドウワーカーとて警察組織……余裕でしょ?」
「そこまでして、君が得たいのは久慈川りせとの平和、か」
「私にとって、彼女は全てなの。何にも変えられない…だから───」
「……いや、そこは疑う余地も無い。君と言う人間が良く分かったよ」
自分の目的の為なら、容易く他者を蹴落とす事も厭わない。
……つまりこちら側の人間だ。
「分かった。それで条件を呑もう。怪盗団と…それからシャドウワーカー。二つのペルソナ使いの集団を潰すまでの一時的な協力関係。
「良くお分かりで。こっちの要望を組んでくれて助かる」
個人間の取引で完結させれば、不用意に彼女が上の人達を知る事は無い。
彼女は先程、「全貌が見えない中で戦うのはリスクがある」と言った。だが裏を返せば「全貌が分かりさえすれば、リスクが少なければ牙を向ける用意がある」という事。
ならば、不必要に情報を与える必要は無い。少ない情報の中で体よく利用し、不都合があれば切り捨てれば良い。
「あ、そうだ。協力記念に一つ聞いて良いかな?」
「?」
「今日の講演会で確信したんだけど…。やっぱり君、ペルソナに何か特別な能力でもあるのかい?」
「………………」
「全校生徒が揃いも揃って君を知らないのはおかしいだろう」
講演会でわざと天城雪雫の話題を振ったが、誰も彼もが知らん顔。変装している訳でも無い、口裏を合わせている様子すらない。学校だけでは無く、街中だってそうだ。白髪に紅い瞳、成長期という言葉を知らない様な身体。あれだけ目立つ見た目をしていて、人目を浴びる活動をしていて、皆が皆、その場に居る彼女を正しく認知していない。
事実、天城雪雫個人宛に放った警官共は彼女の自宅を特定出来ない所か、まともな尾行すら出来なかった。だから先日、偶然を装って僕自身が彼女に会いに行ったのだ。……もっとも最初から尾けているのは分かっていた様だったが。
「───そうだ、と言ったら?」
瞼が細められ、鋭い視線がこちらに向けられる。
どっちだろうか。以前はその異常性を自覚していない様にも見えたが、今は自覚している様にも見える。
「……いや何。凄い能力だ。そう思ってね」
まぁ良い。どちらにせよ、さほど大きな問題ではない。
結局、僕からしか得る情報が無い以上、行動範囲は制限される。この僕が彼女を見張れば特段問題は無いだろう。
「おっと…そろそろ時間か。健全な高校生は帰らないとね」
気付けば22時まで後15分とちょっと。
解散には良い頃合いだ。
「じゃあ、また。精々僕と協力する様、皆を説得しておいてくれ。まずは話はそれからだ」
「ん」
「いやぁ、君のお陰でもう一つ、楽しみが出来たよ」
「………」
彼女の
「君に売られたと知った時の彼らの顔を見るのが楽しみだよ」
▼
疲れた。
雪雫は家(りせの)に帰るや否や、ムスとした表情を浮かべた。
疲れた。疲れた疲れた疲れた疲れた疲れた。
念仏の様に脳内で何度も唱えながら、鞄を放り投げて、ブレザーと靴下を脱ぎ捨て、浴室に向かう。丁度りせがバスタイムを楽しんでいる様で、扉のスモーク部分に薄っすらと人影が浮かんでいる。
疲れた。沢山馴れない事したから癒しが欲しい。
一日外に出ずっぱりで、挙句の果てに明智吾郎と密室に居たもんだから、りせの感覚が薄れてしまったから。だから上書きして、刷り込ませて。
なんて思いながら雪雫は浴室の扉をガラっと開け、制服のまま中へ踏み入れる。
「うぇっ!?」
あまりの突然の出来事に、りせは泡塗れの肩をビクンと震わせた。丁度、身体を洗っている所だったらしい。
「た」「だ」「い」「ま」
どこかねっとり、そしてじっくりと一言一言を呟いた雪雫は、制服を着たままの状態でりせを後ろから抱きしめる。
「え、へ? ちょ、ちょっと……雪ちゃん!? 制服が!」
「いい。良いから、このまま」
泡塗れになる事も、濡れる事も構わない。
雪雫はたっぷり水分と泡が乗った背中を、身体全体で擦りながら、その唇は首元へ。
「ちょっ…それ不味い……って」
白いワイシャツが水分を吸うことにより、布の感触から何か形容しがたい感触へ変わっていくのが、背中から伝わる感触で分かった。
首元をなぞる白い髪が徐々に湿っぽくなっていき、りせの肌に張り付く。
「りせ」
小さく呟きながら、雪雫はシャワーのレバーへ手を伸ばした後、上げる。
「わっ!」
勢いよく噴射されたお湯が2人の頭の上に降り注ぎ、りせの身体の泡を流し、雪雫の制服はさらに湿り気を増して最早、服として機能を失った。
「りせ」
「は、はい」
シャワーを止め、りせは雪雫の方へ振り返る。
白い髪は肌に張り付いていて、その境界線をあやふやにしていた。制服は細い身体にピッタリと張り付いて、惜しげもなくそのスレンダーなラインを強調し、シャツに至っては向こうの景色がありありと見て取れる。
「私いま、誘ってる」
「……う、うん」
状況があまり飲み込めず狼狽えるりせに痺れを切らした雪雫は、彼女の右手を自身の胸元へ運んだ。
湿った布の奥に確かにある感触に、りせは心臓を高く鼓動させる。
「私は今日たくさん疲れた。だからりせに沢山、身体の隅々まで触ってもらって、マッサージをしてもらう必要がある。まず手始めに脱がして、ぎゅーしよ。隙間なく密着して、体温分けあお。それ終わったら、脚揉んで、腰撫でて、胸這わせて、執拗に、丁寧に。たまに痛くして。特に
ちょっと乱暴にする位が丁度良い、よ。
りせの理性は瓦解した。