PERSONA5:Masses In The Wonderland.   作:キナコもち

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まだパレス突入してないってマジ?


113:Memento mori.

 

 

 時を刻む音ですら耳障りになる程の静寂。お互い呼吸すらも忘れ、ただただ黙って見つめ合っていた。

 下から注がれる紅い瞳からは考えは読み取れない。能面の様な顔からは感情すらも読み取れない。仲間内の中でも取り分け雪雫の変化に関して機敏であると自負していたが、彼女がその気になればこの様だ。

 

 

「………そう」

 

 

 たっぷり時間を置いて、ようやく彼女は口を開いた。

 その声音に起伏は無く、やはり感情は読み取れない。最早、生気すら無い。そう感じざるを得ない程、無機質で何処までも一定だ。

 

 

「信頼されてるのね、私」

 

 

 紅い瞳に映る自身と目が合う。眉間に皺を寄せ、口元は感情が溢れ出ない様に一文字を描いている。まさに必死、と言った形相であった。

 物事を考える際、私は常に「自分にとって最も不都合な展開」を考える。言う所のリスクヘッジという奴だ。最低値が事前に分かっているのなら、それを回避、軽減する為の対策が立てられる。

 今で言う所の「不都合な展開」とは、言うまでも無く「裏切り」だ。

 

 しかし、裏切りの可能性を頭では考えつつも、心の底からそれを否定したい感情が沸々と湧いてくる。思考と感情のせめぎ合いという所だろう。

 雪雫は私の余裕の無い表情から、透き通る様な目でそれを見透かしているのだ。

 

 

「そういう所、私は好き」

 

 

 そう言いながら、雪雫は静かに目を閉じた。紅い瞳は瞼のカーテンに閉じられ、長い睫毛がピタリと重なる。拘束を解こうと抵抗を見せていた腕からは力が抜けていき、身体はよりソファに沈む。

 

 やった。

 内心で歓喜の声を上げる。雪雫と言えば強情、頑固、意固地の三拍子。やると決めたら最後までやり遂げるし、弱みもあまり見せない。そんな牙城を私は崩せた───

 

 

「ふふ」

 

 

 と思っていた。

 底冷えする様なその声を聞くまでは。

 

 

「扱いやすくて、ね」

 

 

 再び雪雫が目を開いた時、それは私の知っている色では無かった。何処か温かみの在った紅色は、玉兎*1の様な金色へと変わっている。

 

 

「………なっ」

 

 

 喉元からヒュっと乾いた音が鳴る。背筋が凍り付く感覚に陥り、手足の感覚が麻痺していく。まるで急所にナイフを突きつけられた様な。

 

 

「まさか………!」

 

 

 雪雫から溢れ出す力の奔流。室内である筈なのに、轟々と風は吹き荒れ、窓はカタカタと嘶き、カーテンは激しくなびく。

 

 この現象を私はよく知っている。

 しかしそれは、決して現実世界にある筈の無いもの。人間の内海が具現化されたイセカイでのみ姿を顕す事が出来るもう1人の自分自身。

 

 

「アリス」

 

 

 ペルソナだ。

 

 

 

 

 

 

 

「蓮、雪雫の事なんだが……」

 

 

 物々しそうに口を開いたモルガナに「ああ」と短く返す。

 明智の提案、ニイジマパレス、指名手配など、考える事は山ほどある状況ではあるが

 

 

「俺も気になっていた」

 

 

 彼女の異常性については、再考の余地がある。そう思っていた。

 

 

「ホンニンは皆が気付かないだけ…の一点張りだが、いくらなんでもおかしいだろ、アレ」

 

 

 アレとは「大衆にとっての雪雫の認識」のこと。有り体に言えば、身バレについてだ。

 雪雫の加入前から話されていた話ではあるが、ジャンヌ・ダルクの覚醒に垣間見えた確かな理不尽に対する怒りや正義感。そして共に戦っていく内に築いた信頼関係。それらが議論の場を先延ばしに続けていたが、今回の一件でその異常性が再び浮き彫りになった。

 

 

「講演会の時、明智が話題に挙げたアーティストの天城雪雫。誰かしら…特に秀尽生はそれらしい反応を返しても良さそうなものだが……」

 

「誰一人、その場に居た生徒会のセツナに結び付ける者は居なかった。極めつけは後夜祭だ。見てだろ、オマエも。あんな大勢の前で歌ったんだぜ? くしゃみをするだけでネットの記事になる様な人気っぷりだ。卒倒しても良い筈だろ」

 

 

 でも、そうはならなかった。

 

 

「アイツ、特に素性も隠して活動とかしてないだろ? アーティスト名も本名、年齢も実際の通り。何なら実家だって割れてる。それに加えてあの見た目だぜ?」

 

「気付く…よな普通」

 

「ああ。だからおかしいんだ。それに、セツナがそれに気付かない筈が無い」

 

 

 雪雫と言えば、頭の回転が早く、視野も広い。

 そんな彼女が気付かないだろうか。真と並ぶ程に、物事を深く捉える事が出来る彼女が。

 

 

「何か裏があって、敢えて見て見ぬ振りをしている。ワガハイはそう思っている。身バレして困るのなら、最初から大ぴらに活動しなきゃいい」

 

「自分でも原因が分からない。という事も考えられないか? 特に自分自身に不都合が無いから放置している……不確定な要素を多弁する様な性格でも無いし」

 

「うーん…まぁその可能性もあるが……。いかんな、状況が状況なだけに妙に勘ぐってしまう」

 

 

 一旦、整理してみようとモルガナは言う。

 

 

「セツナの正体を知っているのは勿論ワガハイ達、それとクジカワリセやタケミ、カワカミと言ったアイツと個人的に関わりのある奴らだ」

 

「共通点は……直接関わりがある……ってこと位か?」

 

「いや、それなら校内の生徒とかも当て嵌まるヤツが居る。厳密に言うなら『アーティストとしてのセツナ』を認知しているヤツら…だろうぜ」

 

「…認知……」

 

「ああ、思い出したか? 大分前になるが…話しただろ」

 

 

 雪雫どころか真も加入していない頃。

 斑目を改心し、次のターゲットについて探していたあの時。確かに言った『天城雪雫は不可解だ*2』と。

 

 

「ワガハイの考えはあの時の仮説と変わらない」

 

「集合無意識…メメントスに存在する人間の認知をまとめて変える、か」

 

 

 逆に言えば現実世界の認知を変えればセツナを正しく認識出来る。

 その例が久慈川りせや武見などの、セツナの個人的な知り合いだろう。

 

 

「理屈は分かった。だがどうやってだ? イセカイ全体の認知を書き換えるなんて、人間の業とは思えない。ましてや雪雫がメメントスに初めて入ったのは6月だ。それ以前から不可解な兆候はあった」

 

「ああ、だから怪しいんだよ」

 

「なに?」

 

「考えてもみろ。ワガハイ達とは全く違う…力を得る過程も、その召喚の方法も」

 

 

 アイツ、あの時が本当に初めてか?

 

 

 

 

 

 

 信じられない。

 雪雫がその名を口にした途端、彼女の背後から這い出たのは何度も怪盗団を助けてくれた、彼女のペルソナそのもの。

 

 幼い少女の姿をしたペルソナは口元を歪めながら、指を呆然とする私に差し向ける。

 

 

「……うっ」

 

 

 途端、身体が後ろに引っ張られた。

 ボスっという音と共に天地は逆転し、雪雫を見下ろしていた筈の私の視界は天井を映している。体勢を立て直そうと身体を起こそうとするが──叶わない。力は入る。が、身体が全く動かない。まるで金縛りにでもあったような気分だ。

 

 

「仕返し」

 

 

 アリスの呪力は影となって自由自在にその姿を変える。例えばシャドウを貫くナイフやフォークに。例えばシャドウを洗い流す黒い波に。今回の場合は何やら触手の様に細くて柔らかいものだった。四肢に、首に、お腹にソレは巻き付いている。

 

 

 影が私をソファに縫い付けている──。

 

 

 そう認識した頃には、雪雫が代わって私を見下ろしていた。

 

 

「拘束されるってどんな気分? ドキドキ、するでしょ」

 

 

 恍惚とした表情で雪雫は私を覗き込む。

 傍から見れば恋人との逢瀬の様なソレだが、実際はそんな生易しいものではない。黄金の瞳は狂気すら感じさせ、何処までも深くて不気味だ。

 

 

「……な、なんで…ペルソナを…」

 

「面白い事を聞く。逆にどうして、現実世界で私が使えないと思った?」

 

 

 どうして。と言われれば、言葉に詰まる。それに対する明確な解は持ち合わせていない。

 だってペルソナはもう1人の自分で、精神の具現化で。同じく精神世界が具現化されたイセカイでのみ行使が出来る力。イセカイで得た経験や知見は持ち帰る事が出来る。でもペルソナだけは──だってイセカイと現実世界には絶対的な境界があるのだから。

 

 

「アリスは力の源が違うって、言ったでしょ」

 

 

 狼狽える私を嘲笑うかの様に、彼女は続けて言った。

 

 

「生きとし生ける生命にとって、決して切り離せない宿命って何だと思う?」

 

「……失う事。つまり死よ」

 

「アリスは『私の死』そのもの」 

 

 

 だから現実の世界でも顕現出来る。だって生きている以上、常に背後に迫る概念なのだから。

 

 

「な、なにを言って───」

 

「真は知らないだろうけど。昔はもっと死は間近にあった。毎晩、決まって日付が変わるころ。シャドウは人間を求めてそこら中を闊歩していた。人間を喰い物にする為に。朝になったら隣人が死んでました、なんて日常茶飯事」

 

 

 呆然と聞くしかない私を見て、雪雫の背後に佇むアリスはクスクスと笑う。

 

 

「分かる? 元々、シャドウと人間に境界線なんて無かったの。その時の力の名残が、このアリス。だからアリスは、こっちでも存在出来る」

 

 

 

 

 

 

 一人の少女が居ました。

 

 その少女は幼い頃から病床に伏せ、いつ命を失ってしまうかも分からない状況でした。

 地元の医師も、名だたる名医も腕を尽くしましたが、解決策はおろか原因すら掴めません。

 

 誰もが諦めかけた2009年の春。

 都内の病院が彼女の治療に手を挙げました。国内有数の大学病院、世界的企業である桐条が運営する巌戸台にある病院。

 

 きっとそこでなら。と誰もが希望を見出しました。

 

 しかし逆に言えば、ここでダメなら──。

 少女は言葉を飲み込んで、故郷を旅立ちました。

 

 

 

 

 結果だけで言えば、ダメでした。

 国内有数と言うだけあって、その少女の命をギリギリまで延ばす事は出来たものの、結局は原因が不明。

 

 あらゆるハイテク機器が、名医が匙を投げる中、少女は漠然と分かっていました。

 こんなものでは治せないと。

 

 少女は決まって夢を見ます。

 毎晩零時。日付が変わるその頃。時が止まった様に全てが停止する静止した世界。

 そんな世界に訪れる夢を。

 

 初めてその世界を認知したのは随分前の事。少女からしたら既に当たり前の風景となっていたその世界ですが、そこに恐怖を抱いたのは都内に来てからの事。

 最初に聞いたのは人の悲鳴。そして足音とも形容しがたい何かが這いずる音。故郷に居た頃は聞く事の無かった異常。

 

 この世界が化け物達の狩場だと気付くにはそう時間を有しませんでした。

 

 その時、少女は気付きます。

 自分は病気なのではなく、この夢の世界の化け物達に手招きされているのではないかと。

 

 悲鳴が聞こえた次の朝には、決まって医師達が慌ただしくしていました。

 少女専属の若い医師だけは、その姿を悟られまいと振る舞っていましたが、目の下の隈がその状況をありありと表していました。

 

 化け物達に原因があったとしても、少女に出来る事はありません。

 少女以外の人間は決まって置物の様になってしまうし、病床に伏す彼女が化け物達に抗える筈も無い。

 

 

「見つからないように」

 

 

 そう病室の隅に縮まりこんで、祈るしか出来ませんでした。

 

 

 

 

 

 そんな無力な日々が終わりを告げたのは2010年の1月の終わりの事です。

 

 

 この日も少女は部屋の隅でお祈りをしていました。

 別に少女に信仰する宗教も信じる神も居ません。けれど必死に少女は祈りを続けていました。

 

 しかし少女は異変に気付きます。

 何時もよりも騒がしいのです。人の悲鳴も今日は聞こえません。化け物達の這いずる音も数少ない。これは少女の胸騒ぎでした。

 

 疑問に思った少女は立ち上がります。

 ふらりふらりと覚束ない足取りで窓際へ。何時もより多い光量に釣られて。

 

 

まるで虫みたい。

 

 

 と少女は場違いな笑みを浮かべていました。

 

 窓を覗けば不気味な程大きい満月と、それを衝かんとする巨大な建造物。塔と形容出来るその頂上には何やら後光の様なものが差している様に見えました。

 

 

綺麗。

 

 

 綺麗。そう、とても綺麗でした。

 満月を背景に後光を受ける天を衝く塔。少女はバベルの塔を連想しました。でもすぐさま少女は首を振って否定します。バベルの塔は人が立てたもの。アレはとても人が作ったものとは思えない、と。

 

 

 見れば見る程、塔への興味は尽きません。

 ここに来てから半年以上が経ちましたが、この日は特に目を奪われました。月の魔力が人を狂わすとは良く言ったものです。

 

 やがて少女は窓が煩わしくなり、初めてこの時間に病室の窓を開けました。椅子を脚立代わりにして身を乗り出す少女。風は無いけれども、突き刺す様な冷え切った空気が心地良い。時間も、己の身体の事も忘れて、少女は月夜に酔ってしまいます。

 そしてそれが幸か不幸か、少女の運命を決定づけました。

 

 月夜に酔っていたのは少女だけではありません。化け物達も同様でした。

 

 

────

 

 

 少女は気付けば病室に横たわっていました。ベッドではありません。冷たく、無機質な床に。

 コホっと咳き込めば、口からは何やら温かくてドロリとしたものが零れだします。不快感を覚え拭おうとしますが、四肢は鉛の様に重く動きません。

 やがて床に広がる自身の黒髪が紅く染まっていくのを見て、「ああ、これは血液か」と認識しました。

 

 血とは無縁の人生だったけど、映画や小説をよく見る少女です。自分の状況は正しく判断出来ました。

 身体に致命的な欠損が生じた事も。

 

 

────

 

 

 これで終わりか。

 瞳からは涙が零れます。頬を伝って零れる涙は自身の血液に混ざり合うばかりで、洗い流すには全く足りません。

 

 後悔を多く抱える程、長く生きて来たわけではありませんが、未練は沢山ありました。

 だから、少女は正しく死を怖いと感じたのです。

 

 ゆっくりと指先の感覚が無くなっていき、瞼が重くなる中、胸中には無へと向かう恐怖で埋め尽くされました。

 己の運命を受け入れる程、少女の精神はまだ完成していないのです。

 

 自分の命が失われていくのを感じながら、少女が見たものは月明かり。

 そして空を舞う無数の羽根。

 

 

やっぱり綺麗

 

 

 恐怖の底で少女が縋ったのはその光景。

 不気味な月明かりに照らされて、空を舞う翼の一欠片。

 それが病室の窓から入り込み、天からのお迎えかの如く、横たわる自身の上に降り注いだところで──。

 

 少女の命は失われました。

 

 

 

 

 

「私は一度死に触れている。そして、アリスは私を殺したシャドウそのもの」

 

「──────」

 

「良い機会だから教えてあげる。『死を想うこと』…それがアリスの力の根源」

 

 

 話の通りなら雪雫は一度死んでいる。

 その経験が身体に染みついている。ましてや内に存在するペルソナこそが下手人なのだ。

 彼女以上に、死に対して想いがある人間など、そうは居ないだろう。

 

 

「最初はそんな事があったなんて忘れていた。でもアリスを召喚しようとする度、その時の感覚が身体を支配する。段々とそれは記憶を呼び覚まして──」

 

 

「……完全に思い出した」

 

 

 件のアリスはやはりクスクスと冷たい笑みを浮かべている。雪雫の背中から前へ手を回して、まるで自分のモノだと主張するかの様に抱き着いている。

 ……これがペルソナ? 本当に?

 

 

「……力の経緯は分かったわ…。正直半分も理解出来ていないけど……」

 

「………まだ何か?」

 

「隠し事、それだけじゃないでしょ?」

 

 

 きっと雪雫が本当に隠している事と、今語ったことは別だ。

 あまりにも唐突な召喚と現実離れしたエピソードに目を奪われそうになるが、それは目くらまし。

 

 本当の隠し事は『あつかいやすい』、この一言にきっと込められている。

 

 

「……普通なら卒倒すると思うけど…流石、冷静」

 

「お世辞はいいわ」

 

「──でも、そんな真に残念なお知らせ」

 

 

 今度は雪雫が私の上に乗った。

 嬉しそうに口角を歪めながら、私をアリスと共に見下ろしている。

 

 

「私がただアリスを見せびらかす為に出したと思う?」

 

「…………」

 

「ここ。弄らせてもらう」

 

 

 とんとんと細い指が私の額を叩く。

 

 

「───なっ」

 

「悪く思わないで。これからやろうとする事、知られると非常に都合が悪いの。でも一時的に記憶を消した所で、真は頭良いからすぐまた気付いちゃうでしょ?」

 

「そ、そんな事、出来る訳────」

 

 

 人の記憶を弄る…なんて事出来る筈が無い。ペルソナを行使する事によって、確かに忘却状態には出来るが、あくまでも一時的なものだ。

 

 しかし、雪雫は間髪入れずに「出来るよ」と口にした。

 その顔に嘘は見られない。

 

 

「私をなんだと思ってるの?」

 

 

 死んで蘇った、化け物だよ?

 底冷えする様な甘い声が、耳を打った。

*1
月の異称。月の中にウサギが住むという伝説から

*2
14.5:Next target is…?より




唐突な告白が真を襲う───!!
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